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商談84 入間継雄

ー/ー



 本須賀ポットパイ、実に魅惑的なメニューだ。それを目にしてしまった手前、俺は他のメニューに目もくれない。たとえ自家焙煎のコーヒーがあろうともだ。
「本須賀ポットパイをご希望かな? こりゃあ腕が鳴るぜぇ!」
 店主は腕まくりをしながら息巻いている。ロースターに接触したのか、せっかくの髭が隅の方だけチリチリに焦げてしまっている。誰も40秒で支度しろなんて言ってないのにな。
 ポットパイを待つ間、俺は店内に設置されている暖炉の火を見つめていた。オール電化が珍しくない昨今、見た目で温もりを感じる空調設備は貴重な存在となっている。そういえば、親父の実家にも石油ストーブがあったっけなぁ。今となっては懐かしい。
『ブーッ! ブーッ!!』
 俺が少年時代を懐古していると、スマートフォンに着信が入った。どうやら電話の主は叔父のようだが、一体何の用だろうか?
「はい、冬樹です」
 俺は渋々電話に出る。叔父の話は長いから、正直言うと面倒なんだよなぁ......。
『冬樹、元気にしてるかぁ!?』
 そして声もでかい。俺は思わずスマートフォンから耳を遠ざける。年齢を重ねたせいか、叔父は以前よりも大声になっている気がする。
「なんだよ叔父さん。また事業が大当たりか?」
 俺は適当に話題を振ってみる。正直、叔父の会社が儲かっていようがいまいが俺の知ったことではない。
『そうなんだよぉ! ウチの証券会社が過去最高益を記録してなぁ!! 時代はやっぱり株だよ! 株!!』
 しまった、よりにもよってタイムリーな話題だったか。これは話が長くなりそうだ。適当なところで話を切り上げなければ。
「NISAやiDeCoも注目されているだろうからねぇ。ゴメンおじさん、今立て込んでいるから後で掛け直す!」
 俺は適当な理由をつけて話を切り上げる。読者の周りにも面倒な親族の一人や二人、いないだろうか?
『そうそう、お前の親父が危とk――!』
 叔父は何か言いかけたような気もするが、俺は無理やり電話を切った。親父のことで何か話があったのかもしれないが、どうせ大したことじゃないだろう。この時の俺はそう高を括っていた。
 俺が通話を終えると、店内には何かを煮込んでいるような香味が漂い始めた。あらゆる食材の旨味が凝縮されたその香味は、俺の胃袋へノックしてくる。あぁ、俺の五感が揺さぶられる!!
 だが、叔父の電話が重大な知らせだったとは当時の俺が知る由もなかった。


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 本須賀ポットパイ、実に魅惑的なメニューだ。それを目にしてしまった手前、俺は他のメニューに目もくれない。たとえ自家焙煎のコーヒーがあろうともだ。
「本須賀ポットパイをご希望かな? こりゃあ腕が鳴るぜぇ!」
 店主は腕まくりをしながら息巻いている。ロースターに接触したのか、せっかくの髭が隅の方だけチリチリに焦げてしまっている。誰も40秒で支度しろなんて言ってないのにな。
 ポットパイを待つ間、俺は店内に設置されている暖炉の火を見つめていた。オール電化が珍しくない昨今、見た目で温もりを感じる空調設備は貴重な存在となっている。そういえば、親父の実家にも石油ストーブがあったっけなぁ。今となっては懐かしい。
『ブーッ! ブーッ!!』
 俺が少年時代を懐古していると、スマートフォンに着信が入った。どうやら電話の主は叔父のようだが、一体何の用だろうか?
「はい、冬樹です」
 俺は渋々電話に出る。叔父の話は長いから、正直言うと面倒なんだよなぁ......。
『冬樹、元気にしてるかぁ!?』
 そして声もでかい。俺は思わずスマートフォンから耳を遠ざける。年齢を重ねたせいか、叔父は以前よりも大声になっている気がする。
「なんだよ叔父さん。また事業が大当たりか?」
 俺は適当に話題を振ってみる。正直、叔父の会社が儲かっていようがいまいが俺の知ったことではない。
『そうなんだよぉ! ウチの証券会社が過去最高益を記録してなぁ!! 時代はやっぱり株だよ! 株!!』
 しまった、よりにもよってタイムリーな話題だったか。これは話が長くなりそうだ。適当なところで話を切り上げなければ。
「NISAやiDeCoも注目されているだろうからねぇ。ゴメンおじさん、今立て込んでいるから後で掛け直す!」
 俺は適当な理由をつけて話を切り上げる。読者の周りにも面倒な親族の一人や二人、いないだろうか?
『そうそう、お前の親父が危とk――!』
 叔父は何か言いかけたような気もするが、俺は無理やり電話を切った。親父のことで何か話があったのかもしれないが、どうせ大したことじゃないだろう。この時の俺はそう高を括っていた。
 俺が通話を終えると、店内には何かを煮込んでいるような香味が漂い始めた。あらゆる食材の旨味が凝縮されたその香味は、俺の胃袋へノックしてくる。あぁ、俺の五感が揺さぶられる!!
 だが、叔父の電話が重大な知らせだったとは当時の俺が知る由もなかった。