......さて、そろそろ帰るとするか。バスは当分来ないし、途中までは歩いた方が早そうだ。雪も止んで視界良好、これなら問題あるまい。
俺は本須賀駅への帰路を歩む。と言っても、雲原スキー場まで歩けばバスは増便されている。まぁ、そこまでの道中もなかなかに長いけれどな。
しかしながら、山の空気は澄んだ味がする。頭上に広がる青空を眺めれば、それはひとしおだ。本須賀の町並みを眼下に収め、自然の雄大さに身を預ける。この醍醐味は高原ならではだろう。
「あれ? 気のせいか......」
俺は某の気配を察知して慰霊碑を振り返る。遠目ながらに判然としないものの、ぼんやりと人影が映っているように思える。不思議だ、俺以外の人物があの場にいたとは思えない。
その人影は僅かに笑みを浮かべると、すうっと消えていった。某の正体を察し、俺は静かに手を振った。
しばらく進むと、道中に一軒の喫茶店を見つけた。ログハウス調の建物に『喫茶本須賀』と書かれている。長い散歩で体も冷えてきたことだ、少しばかり立ち寄らせてもらおう。
『カランカラン』
店の扉を開けると、垂れ下がっていた呼び鈴が店内に響く。それに気付いた店主がこちらへ振り向く。
「いらっしゃい。こんな時に来客とは珍しいもんだ」
店主は山男を思わせる体格のいい壮年男性。顔面には立派な髭を蓄えており、三角帽子を被ればサンタクロースに見えなくもない。
サンタはコーヒー豆を焙煎していたのか、傍らでロースターが轟々と音を上げている。コーヒーの香味が店内に漂っていて、何とも落ち着く雰囲気だ。
「40秒で支度するから、ちと待ってな」
客は俺だけ、そこまで慌てる必要もないがな。俺は店主を待つ間に店内を見渡す。レジには自家焙煎のコーヒー豆に自家製スイーツ、それと本須賀牧場直送の乳製品。本須賀チーズはあるだろうか? 後で忘れずにチェックしよう。
手元のメニュー表を広げる。喫茶店だけあってコーヒー豆が充実している。モカ・イルガチェフにグァテマラ、癒しの空間を演出するには最適な面々だ。
コーヒーもいいけれど、ここは何か心身を温めるものがいいなぁ。そう思っていると、軽食の欄にそれらしきメニューを見つけた。
「えぇっと......本須賀ポットパイ?」
ポットパイというと、温かいスープの上にパリパリのパイを被せたあれか。そうそう、これだよ! これ!!
俺は即座に注文を決めた。