店内に漂う香味が俺の胃袋へノックしてくる。実家を想起してしまうような温かい香りに、俺の五感は限界を迎えようとしている。
「はいよ、お待ち遠様」
だが、野太い店主の声によって俺は現実に引き戻される。残念ながら、俺が求めているのはその空気じゃないんだ。
俺の眼前には、焼きたてパイが上部を覆ったスープ皿。直径はCDほどの大きさだが、ドームの如く膨らんだパイが存在感を誇張する。そして何より、香ばしく焼き上がった小麦の香りが俺の食欲を腹の底から呼び起こす。
「いただきます!」
俺は心してスプーンを手に取る。木製スプーンというのが北欧っぽさを演出している。この店主、なかなかに出来る人間だ。
さて、このポットパイをどう攻略しようか? よし、ここは手堅く中心部を穿ってみよう。
『サクッ!』
俺の一押しでドームが綻びる。けれど、その音が既に旨い! 耳で味わうとはこういうことだろう。この小気味のいい音は、木製スプーンの適度な硬さによって成せる業である。
「......熱っ!」
ドームを穿つと、内部に押し込められていた香味の暖気が俺の顔面を急襲する。いけない、危うく火傷するところだった。
「ほぉぉぉっ......」
暖気が通過すると、今度は旨味と温もりを伴った香味が俺の鼻へやってくる。その香味に、俺も思わず頬が緩む。
香りに焦らされている俺だが、そろそろ本命を拝みに行こうか。俺は、天井の陥落したポットパイにスプーンを入れる。
ポット内部は、シチューのようなクリーム色のスープで満たされていた。具材は玉ねぎ・鶏肉にほうれん草、それからぶなしめじが浮いている。気になる具材ばかりだが、ここは本命たるパイ生地を頂こう。
ポットに落ちたパイ生地はクリームを纏っている。さて、サクサク感が失われないうちに味わおう。俺はパイ生地をスプーンごと口内へ押し込んだ。
「......熱っつ!」
しまった、クリームが想像以上に熱を帯びていた。俺は慌ててパイを口内で転がす。熱いながらも分かる、パイのサクサク感と仄かにチーズを纏ったクリームのハーモニーが。
「......熱っ! 熱っつ!!」
口内の火傷に負ってもなお、俺は食べ進めるのを止められない。具材の旨味が凝縮されたスープを、俺の胃袋が欲して止まないんだ!!
「お客さん、そんなにがっついて大丈夫かいっ!?」
俺の食いっぷりを見ている店主は、両手を広げて困惑を隠せない。けれど俺は口内の火傷を押し殺し、黙々と熱々のポットパイを頬張った。