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夜の終わり

ー/ー



「本当はガナッシュの民、いや、せめてこの国の民にゆきわたるだけのフェースシールドを作りたかったんだが、政府は俺の言うことを信じやしない。周囲の連中だけの分でも、と思って用意したんだ」
 ゲンナイは、ナイトンとアサダ、リオにそのフェースシールドを差し出した。三人はそれを恐る恐る手にとり被った。
「なにも見えなくなりました」
「それはそうだナイトン。俺だってどの程度の照度が世界を襲うのかまったくわからないんだから」
「でも先生、ものすごい明かるさがガナッシュを包み込むとして、最悪でも目がつぶれるだけじゃないですか。それに屋内や洞窟に逃げ込んで、その光害から逃れれることができるように思うんですけど」
「そうよ、そのとおりだわ」
 リオがナイトンの主張に同意し、アサダも何度か首を縦に振った。
「それはそうなんだがねぇ」
 ゲンナイがそれまでの強気な態度から一転、口ごもった。ナイトンの言うとおりだということには気づいていたが、その先に推論を進めることができなかったのだろう。
 そのときリオが叫んだ。
「ちょっと! あれは何?」
 ヘリーオスという巨大な月は今、新月だった。満天の星空に浮かぶ星辰の幾つかを隠していたヘリーオスの縁が白く耀きだした。
「まさか、蝕が途切れようとしているのか!」
 ゲンナイが叫んだ。
 今や、ヘリーオスの縁から、真っ白く耀く球体が顔を覗かせつつあった。それはガナッシュの人々が初めて見る主星の姿だった。
 街中が悲鳴に包まれた。悲鳴は主星の光を浴びたガナッシュの半分の土地であがった。残された半分は、その反対側にあったが、そこもガナッシュの自転にともなって、まさしく白日のもとに晒されることになる。
 街が、都市が、見たこともない明るさに耀き、主星を見てしまった人々は目を焼かれ、失明した。ガナッシュの人々は生まれて初めて経験する『昼』という恐ろしい現象になすすべもなく、主星から顔を背け、目をつぶり、家の中に、あるいはこれもまた初めて見た物陰というものに身を潜めようとした。
 主星の光がガナッシュに降り注ぐと、ゲンナイすら想定していなかったことが発生した。
 ガナッシュの表面を覆っていた氷海が解けだした。そしてガナッシュの人々にとって主食であったヤモシが、急激に繁茂を開始した。その成長速度はそれまで人々が経験したものとは次元が違っていた。しかも、ヤモシは巨大化した。今やガナッシュ中を覆わんがばかりになったヤモシは形態を変化させていた。ヤモシの豆のような部位が開いて大きく口を開けたのだ。ヤモシはまるで意思をもったかのように、人々に襲い掛かった。ヤモシは食人植物になっていた。
 2021年間、ヤモシは人々の食料として大事に育てられ、絶滅から守られてきた。そして2021年に一度、大繁殖をしてそれまで自分たちを食べていた生物の捕食を開始したのだ。それがヤモシの生態だった。
 ガナッシュの文明は崩壊した。人々はヤモシに捕食され、地面を裂いて急成長するヤモシのために建造物のほとんどが崩壊した。僅かに生き延びた人々は、この現象を後世に伝えることができなかった。ゲンナイもまた、自身の体験を細かく書き記すことはできなかったが、わずかな記録を残すことは出来た。偶然居合わせた刺客の二人がわが身を犠牲にしてゲンナイとナイトンを守ろうとしたからだ。二人がヤモシに食われたあと、ナイトンがゲンナイの身を庇い、ヤモシに食われた。彼らの犠牲で得た1ルーナの何百分の一かの時間でゲンナイは僅かな記録を残した。それが後世の人々の目にとまり、文明の非連続性が少しでも緩和されることを願いつつ。ヤモシは地上のあらゆる生命活動を察知し、襲い掛かった。ゲンナイもヤモシに食われた。
 やがてガナッシュは再び蝕の中に入っていった。
 昼が終わり、夜が訪れた。
 夜はこの後、2021年の長きに渡って続く。
(了)


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「本当はガナッシュの民、いや、せめてこの国の民にゆきわたるだけのフェースシールドを作りたかったんだが、政府は俺の言うことを信じやしない。周囲の連中だけの分でも、と思って用意したんだ」
 ゲンナイは、ナイトンとアサダ、リオにそのフェースシールドを差し出した。三人はそれを恐る恐る手にとり被った。
「なにも見えなくなりました」
「それはそうだナイトン。俺だってどの程度の照度が世界を襲うのかまったくわからないんだから」
「でも先生、ものすごい明かるさがガナッシュを包み込むとして、最悪でも目がつぶれるだけじゃないですか。それに屋内や洞窟に逃げ込んで、その光害から逃れれることができるように思うんですけど」
「そうよ、そのとおりだわ」
 リオがナイトンの主張に同意し、アサダも何度か首を縦に振った。
「それはそうなんだがねぇ」
 ゲンナイがそれまでの強気な態度から一転、口ごもった。ナイトンの言うとおりだということには気づいていたが、その先に推論を進めることができなかったのだろう。
 そのときリオが叫んだ。
「ちょっと! あれは何?」
 ヘリーオスという巨大な月は今、新月だった。満天の星空に浮かぶ星辰の幾つかを隠していたヘリーオスの縁が白く耀きだした。
「まさか、蝕が途切れようとしているのか!」
 ゲンナイが叫んだ。
 今や、ヘリーオスの縁から、真っ白く耀く球体が顔を覗かせつつあった。それはガナッシュの人々が初めて見る主星の姿だった。
 街中が悲鳴に包まれた。悲鳴は主星の光を浴びたガナッシュの半分の土地であがった。残された半分は、その反対側にあったが、そこもガナッシュの自転にともなって、まさしく白日のもとに晒されることになる。
 街が、都市が、見たこともない明るさに耀き、主星を見てしまった人々は目を焼かれ、失明した。ガナッシュの人々は生まれて初めて経験する『昼』という恐ろしい現象になすすべもなく、主星から顔を背け、目をつぶり、家の中に、あるいはこれもまた初めて見た物陰というものに身を潜めようとした。
 主星の光がガナッシュに降り注ぐと、ゲンナイすら想定していなかったことが発生した。
 ガナッシュの表面を覆っていた氷海が解けだした。そしてガナッシュの人々にとって主食であったヤモシが、急激に繁茂を開始した。その成長速度はそれまで人々が経験したものとは次元が違っていた。しかも、ヤモシは巨大化した。今やガナッシュ中を覆わんがばかりになったヤモシは形態を変化させていた。ヤモシの豆のような部位が開いて大きく口を開けたのだ。ヤモシはまるで意思をもったかのように、人々に襲い掛かった。ヤモシは食人植物になっていた。
 2021年間、ヤモシは人々の食料として大事に育てられ、絶滅から守られてきた。そして2021年に一度、大繁殖をしてそれまで自分たちを食べていた生物の捕食を開始したのだ。それがヤモシの生態だった。
 ガナッシュの文明は崩壊した。人々はヤモシに捕食され、地面を裂いて急成長するヤモシのために建造物のほとんどが崩壊した。僅かに生き延びた人々は、この現象を後世に伝えることができなかった。ゲンナイもまた、自身の体験を細かく書き記すことはできなかったが、わずかな記録を残すことは出来た。偶然居合わせた刺客の二人がわが身を犠牲にしてゲンナイとナイトンを守ろうとしたからだ。二人がヤモシに食われたあと、ナイトンがゲンナイの身を庇い、ヤモシに食われた。彼らの犠牲で得た1ルーナの何百分の一かの時間でゲンナイは僅かな記録を残した。それが後世の人々の目にとまり、文明の非連続性が少しでも緩和されることを願いつつ。ヤモシは地上のあらゆる生命活動を察知し、襲い掛かった。ゲンナイもヤモシに食われた。
 やがてガナッシュは再び蝕の中に入っていった。
 昼が終わり、夜が訪れた。
 夜はこの後、2021年の長きに渡って続く。
(了)