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フェースシールド

ー/ー



「おまえさんたち、ルーナに限らないが、ガナッシュの月に満ち欠けがあるのは知っているよな」
「もちろん、生まれてこの方ずっと見てきましたから」
「じゃあ、ルーナはなんで白く耀いている部分があると思う?」
 アサダとリオは満天の星空を見上げながら首をひねった。夜の闇は、三つの月と星の明かりをもってしても深く、濃い。
「ガナッシュの動物の視覚器官が大きいのは、僅かな光源からできるだけ光を取り込み、物が見えるように作られているからさ。触角器官が鋭敏なのも、その補完的機能にほかならない。だから、人工的に作られた火なんて直接見たら目がつぶれちまう。眩し過ぎるんだ。フェースシールドでそれを遮断する必要があるわけだ」
「火山の噴火を間近で見た者がよく被害にあうわ」
「だろ。で、だ。さっきの質問に戻るよ。ルーナにはなぜ白い部分があると思う? そしてなぜそれが満ちたり、欠けたりすると思う?」
 アサダもリオも首をひねるばかりだった。ゲンナイはそれを面白そうに眺めている。
「ガナッシュは2020年以上もの間、ずっと空を覆いつくす星に取り囲まれ、幾つかの月が浮いている状態を続けてきた」
 あたりまえのことを言うなとばかりにリオが反抗的な態度で言った。
「そんなことは、わかっています」
「本当にわかっているのかな。さっきの質問の答はどうした? ルーナにはなぜ白い部分があると思う?」
「それは、白く耀く石みたいなものがあって、それでそう見えるんじゃないですか」
 リオが答をひねり出したが、ゲンナイは首を振った。
「できましたよ。ヤモシ鍋。ガナッシュコウモリ入りです」
 ナイトンがお膳を四つ持ってきた。椀には煮込み料理が盛られている。
「さ、食ってくれ。遠慮はいらねえから」
 ゲンナイが率先して箸をとった。ナイトンとアサダがそれに続き、表情が硬かったリオもしぶしぶといった風情で椀に手を出したが、料理を口に入れると、強張った表情が思わず緩んだ。それを見てゲンナイが大きな目を細める。
「お譲ちゃんは別嬪さんだねえ。刀を構えて怖い顔しているより、そういう顔のほうがよっぽどいいよ」
 リオがそっぽを向いたが、心なしか上気しているようだった。だが、その変化を捉えるには室内は暗すぎた。もっともそれがこの星の常態なのだが。
「火を使うときを思い出してごらん。火のあたっているとこは明るいだろ」
「フェースシールドで目を守らなければ、目が潰れてしまいます」
 ナイトンが台所仕事がいかに危険かを語った。
「ルーナのような月は、何かの明かりを反射しているって考えられないかい?」
「何かの明かり?」
 リオの顔に素朴な疑問が浮かんだ。
「でもそんなものがあったとしたら、私たちにも見えるんじゃないですか」
「お嬢ちゃん、そのとおりだ」
「それに、ルーナを照らすほどの明かりって・・・」
「おまえさんたち、月以外の星は、何でまたたいていると思う?」
 皆が沈黙した。
「西の国のハーシェルさんってのが、でっかい望遠鏡ってものを作ったんだ。やっこさん、それで星を見たのさ。でもね、それほど大きく明るくは見えなかったのでルーナを見ちゃった。それで目を潰しちまったんだが、視力を失ったかわりに、ある考えがハーシェルの頭に浮かんだのさ。星たちは本当は巨大な光源かもしれない。それがあんなに小さいのはとても遠くにあるからだってね」
 ゲンナイは一息ついてから言った。
「その星がガナッシュのすぐそばにあったとしたらどうなる?」
「あるわけないわ!あるなら見えるはずじゃない」
「そのとおりだ。でも、もしあったとしたら?なぜ見えない?」
「何かがそれを隠している?」
 ナイトンがゲンナイの誘導で正解に辿りついた。
「さすが我が弟子だ。正解だ」
「でも星を隠しているものって・・・」
「月さ。ルーナのような月が、常にその星をガナッシュから隠しているんだ。俺がそれに気づいたのは、ハーシェルの書いた論文の写しを見たときだ。ハーシェルは星空を観察しているうちに、星を隠す存在に気がついたそうなんだ。暗黒星雲って呼んだっけかな。つまり、星の光をさえぎるものがあるってことだ。そこで俺は西の国のコペルニクが主張していた地動説とからめてひとつの仮説をたてた」
 三人の生徒は今や、固唾を呑んでゲンナイの次の言葉を待っていた。
「もし、ルーナのような月がガナッシュのまわりを大小取り揃えて10数個くらいまわっていたとして、それらの月がガナッシュがどのような公転、自転をしていようと、常に光り輝く星の姿を隠していたとしたら」
「先生」
「俺はそれを『蝕』と呼ぶことにした。ひとつの月が『蝕』からはずれると別の月が『蝕』に入る。こうしてガナッシュの間近の星、それを俺は『主星』と名付けたが、『主星』の姿、すなわち明かりの元を常に隠し続けているんじゃないかと思ったんだ。もちろんガナッシュは大きいから、ある地点だけが完全な『蝕』にあっても他の場所では『蝕』からはみ出てしまうかもしれない。だが、巧妙に配置された月たちが常にガナッシュの半面を『主星』から隠しているとしたら」
「その『蝕』とやらのおかげで我々は『主星』を見ることができない?」
 アサダの呟きにゲンナイが頷き、さらに仮説を進めた。
「だが、その『蝕』がはずれるときがあるかもしれない。それが2021年に一度起こるとしたら」
「どうなります?」
 リオが青ざめながらゲンナイに尋ねた。
「2021年に一度、ガナッシュは主星の明かりをまともにあびることになる」
「それは、どのくらいの明るさなのでしょう?」
「ナイトン、俺にもそれはわからない。想像もつかないんだ。ただし、それが文明を崩壊させるだけの圧倒的なものだということは言える」
「ならば、ものすごく厚いフェースシールドを用意すればいいんじゃないですか?」
 ゲンナイは弟子の言葉に待ってましたとばかりに、押入れからまさに、今、ナイトンが言ったとおりの道具を取り出した。


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「おまえさんたち、ルーナに限らないが、ガナッシュの月に満ち欠けがあるのは知っているよな」
「もちろん、生まれてこの方ずっと見てきましたから」
「じゃあ、ルーナはなんで白く耀いている部分があると思う?」
 アサダとリオは満天の星空を見上げながら首をひねった。夜の闇は、三つの月と星の明かりをもってしても深く、濃い。
「ガナッシュの動物の視覚器官が大きいのは、僅かな光源からできるだけ光を取り込み、物が見えるように作られているからさ。触角器官が鋭敏なのも、その補完的機能にほかならない。だから、人工的に作られた火なんて直接見たら目がつぶれちまう。眩し過ぎるんだ。フェースシールドでそれを遮断する必要があるわけだ」
「火山の噴火を間近で見た者がよく被害にあうわ」
「だろ。で、だ。さっきの質問に戻るよ。ルーナにはなぜ白い部分があると思う? そしてなぜそれが満ちたり、欠けたりすると思う?」
 アサダもリオも首をひねるばかりだった。ゲンナイはそれを面白そうに眺めている。
「ガナッシュは2020年以上もの間、ずっと空を覆いつくす星に取り囲まれ、幾つかの月が浮いている状態を続けてきた」
 あたりまえのことを言うなとばかりにリオが反抗的な態度で言った。
「そんなことは、わかっています」
「本当にわかっているのかな。さっきの質問の答はどうした? ルーナにはなぜ白い部分があると思う?」
「それは、白く耀く石みたいなものがあって、それでそう見えるんじゃないですか」
 リオが答をひねり出したが、ゲンナイは首を振った。
「できましたよ。ヤモシ鍋。ガナッシュコウモリ入りです」
 ナイトンがお膳を四つ持ってきた。椀には煮込み料理が盛られている。
「さ、食ってくれ。遠慮はいらねえから」
 ゲンナイが率先して箸をとった。ナイトンとアサダがそれに続き、表情が硬かったリオもしぶしぶといった風情で椀に手を出したが、料理を口に入れると、強張った表情が思わず緩んだ。それを見てゲンナイが大きな目を細める。
「お譲ちゃんは別嬪さんだねえ。刀を構えて怖い顔しているより、そういう顔のほうがよっぽどいいよ」
 リオがそっぽを向いたが、心なしか上気しているようだった。だが、その変化を捉えるには室内は暗すぎた。もっともそれがこの星の常態なのだが。
「火を使うときを思い出してごらん。火のあたっているとこは明るいだろ」
「フェースシールドで目を守らなければ、目が潰れてしまいます」
 ナイトンが台所仕事がいかに危険かを語った。
「ルーナのような月は、何かの明かりを反射しているって考えられないかい?」
「何かの明かり?」
 リオの顔に素朴な疑問が浮かんだ。
「でもそんなものがあったとしたら、私たちにも見えるんじゃないですか」
「お嬢ちゃん、そのとおりだ」
「それに、ルーナを照らすほどの明かりって・・・」
「おまえさんたち、月以外の星は、何でまたたいていると思う?」
 皆が沈黙した。
「西の国のハーシェルさんってのが、でっかい望遠鏡ってものを作ったんだ。やっこさん、それで星を見たのさ。でもね、それほど大きく明るくは見えなかったのでルーナを見ちゃった。それで目を潰しちまったんだが、視力を失ったかわりに、ある考えがハーシェルの頭に浮かんだのさ。星たちは本当は巨大な光源かもしれない。それがあんなに小さいのはとても遠くにあるからだってね」
 ゲンナイは一息ついてから言った。
「その星がガナッシュのすぐそばにあったとしたらどうなる?」
「あるわけないわ!あるなら見えるはずじゃない」
「そのとおりだ。でも、もしあったとしたら?なぜ見えない?」
「何かがそれを隠している?」
 ナイトンがゲンナイの誘導で正解に辿りついた。
「さすが我が弟子だ。正解だ」
「でも星を隠しているものって・・・」
「月さ。ルーナのような月が、常にその星をガナッシュから隠しているんだ。俺がそれに気づいたのは、ハーシェルの書いた論文の写しを見たときだ。ハーシェルは星空を観察しているうちに、星を隠す存在に気がついたそうなんだ。暗黒星雲って呼んだっけかな。つまり、星の光をさえぎるものがあるってことだ。そこで俺は西の国のコペルニクが主張していた地動説とからめてひとつの仮説をたてた」
 三人の生徒は今や、固唾を呑んでゲンナイの次の言葉を待っていた。
「もし、ルーナのような月がガナッシュのまわりを大小取り揃えて10数個くらいまわっていたとして、それらの月がガナッシュがどのような公転、自転をしていようと、常に光り輝く星の姿を隠していたとしたら」
「先生」
「俺はそれを『蝕』と呼ぶことにした。ひとつの月が『蝕』からはずれると別の月が『蝕』に入る。こうしてガナッシュの間近の星、それを俺は『主星』と名付けたが、『主星』の姿、すなわち明かりの元を常に隠し続けているんじゃないかと思ったんだ。もちろんガナッシュは大きいから、ある地点だけが完全な『蝕』にあっても他の場所では『蝕』からはみ出てしまうかもしれない。だが、巧妙に配置された月たちが常にガナッシュの半面を『主星』から隠しているとしたら」
「その『蝕』とやらのおかげで我々は『主星』を見ることができない?」
 アサダの呟きにゲンナイが頷き、さらに仮説を進めた。
「だが、その『蝕』がはずれるときがあるかもしれない。それが2021年に一度起こるとしたら」
「どうなります?」
 リオが青ざめながらゲンナイに尋ねた。
「2021年に一度、ガナッシュは主星の明かりをまともにあびることになる」
「それは、どのくらいの明るさなのでしょう?」
「ナイトン、俺にもそれはわからない。想像もつかないんだ。ただし、それが文明を崩壊させるだけの圧倒的なものだということは言える」
「ならば、ものすごく厚いフェースシールドを用意すればいいんじゃないですか?」
 ゲンナイは弟子の言葉に待ってましたとばかりに、押入れからまさに、今、ナイトンが言ったとおりの道具を取り出した。