永遠に続く時の、切り取られた一幕。
ー/ー
冬の夜、鉄格子の柵は触ると凍りつくほど冷たかった。
地面の水たまりを作業服に飛ばしながら僕は「よお、調子はどうだ」と檻の中のそいつに問いかけた。
殺風景で、敷き藁が途切れ度切れに散らばった檻の右隅に、そいつは横たわっていた。檻の中に一つだけある窓の外を見つめながら。
ボロボロに老いた猿だった。
手足を丸め込み、こちらに向けている背中の毛先は、泥と藁がこびり付き、よれて抜け落ちた様になっている。
背中にゴツゴツとした背骨を浮き立たせた老猿は、僕が檻の前に来た事を察知したのか、シミだらけの顔をこちらに向けた。
しわくちゃになった目元に、一瞬眼光が灯る。それもすぐ、億劫そうに間延びした顔に埋められ、老猿はまた僕に背中を向け、窓の外を見始める。
僕は檻をそっと開けて、中に入って行った。
散らばった藁や糞を片付けながら、僕は老猿の方を見る。
老猿は窓の外をじっと見ている。赤ら顔は長年の生活の中ですっかり色素が抜け落ちて、それが窓の外の灯にぼうっと照らされている。
時々、老猿の顔に、斑点状の影が映る。外には雪が降っていた。全てを染め尽くすかのように振り続ける雪が。
片付けが終わると、僕は老猿の横に腰を下ろした。こんな事をしていたら園長に嫌味を言われるのだが、構わなかった。
老猿の見つめる窓の外。そこには大粒の雪に晒されて、次第に残雪を積み上げ岩肌を白くしていく猿山があった。
連なった猿山は、雪景色の中にぽっかりと頂上を浮き立たせていた。
「あそこに座るのは、どんな気分だったんだ?」
老猿は答えない。変わりに少しだけ目を見開いた。
ーーこいつは、今あの頂上を見て何を思うのだろう?
かつてはあの猿山に君臨し、他の猿達からも恐れ続けられていたこいつは、今はもう、地位も家族も取られ、凍えた檻の中で小さく丸まっている。
地位を剥奪された老猿は、他の猿どもがする様に、その玉座を取り返そうとはしなかった。
年だから腑抜けちまったんだ、などと言われていたが、僕はそうは思わない。
頂上を見据えるこいつの目には、玉座に固執する生物の本能とは違う性質の光が映っていた気がする。
それはもう自分では果たす事の出来なくなった何かなのだろうか? それとも……。
突如、老猿から吐息が漏れた。寒そうに身体をもぞつかせたそいつに、藁をそっとかけた。
老猿は窓の外を見ていた。大雪の外から僅かに漏れる光を受けて、老猿の瞳が茶色く、瞬いた。それは次第に、緩やかに、閉じられていく。
「おやすみ、王様」
老猿はいつまでも外を見続けた。
そんな老猿と僕に、何も構う事もなく、雪は強く降り続けた。
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