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エピローグ〜悪魔を憐れむ歌〜

ー/ー



 ターゲットとなる女子生徒の通う学院に出向きながらも、真中仁美(まなかひとみ)を仕留め損ねたミランダ・ジョヴォヴィッチを名乗る人外のモノは、ビジネスホテルの一室で、まんじりともせずに翌朝を迎えることになった。

 獣人化した下半身に矢を受けた直後から、心身に異常を感じはじめた彼女は、針本針太郎(はりもとしんたろう)が校舎屋上から落下し、その直後にリリムの能力を発動させた真中仁美(まなかひとみ)が、男子生徒とともに地上に着地するまでの場面を呆然と見るしことしかできなかった。

 それでも、屋上の出入り口付近から、生徒や警備員と思われる人物の声と気配がしたことから、すぐに、この場所を離れなければならない――――――という理性だけは、かろうじて保たれていた。

 ただし、屋上に設置された出入り口は、一ヶ所のみなので、こちらに向かっている人間たちと鉢合わせをしてしまう可能性が大きい。

(クッ……仕方ない)

 校舎の階段へと続く出入り口が使えないと判断したオノケリスは、半身半獣の姿のまま、校舎屋上から裏庭を見下ろす。
 そして、切り立った崖や高地の岩場を移動するラマのように、四つ足で、校舎のフチの雨よけや排水パイプの接続部分を器用に伝って地上に降り立つと、木々が、うっそうと茂る裏庭の奥へと駆け去った。

 その後、宵闇にまぎれて、学院の敷地そばの人気(ひとけ)の少ない踏み切りを渡りきったところでヒトの姿に戻ると、住宅街を抜け、花屋敷駅の駐輪場に駐車させていた愛車の1965年型ハーレーダビッドソンにたどり着くと、彼女の根城となっていた祝川(しゅくがわ)沿いの教会とは反対方向の東の方角に向けて、走り始める。

 最初のターゲットを仕留め損なった以上、教会に戻ったところで、自分を(かくま)い、保護してもらうことは期待できない、とオノケリスは判断を下した。
 
 今回、彼女が得意とする偽装工作をまったく行えなかったため、学院に侵入した修道服の外国人女性は、不法侵入および傷害罪の重要参考人となってしまったわけで、この日の出来事が警察に届けられれば、ひばりヶ丘学院の近隣の教会施設は、まちがいなく捜査対象になってしまうだろう。

 そうなれば、遅かれ早かれ、自分の居場所はなくなってしまう――――――。

 そう結論を下した彼女は、組織による保護という選択肢に早々と見切りをつけて、連絡を絶ち、ほとぼりが冷めるまで単独行動を取る道を選んだ。

 孤独には慣れきっている――――――。

 教会組織の妖魔を狩る者(ディアボロス・ハンター)(とら)われるまでも、単身で気ままに野山を駆け回っていたし、やむを得ず組織に所属し、妖魔を狩る者(ディアボロス・ハンター)の一員として他の魔族を狩る側に回ってからも、単独行動が基本だった。
 
(いまさら、毎日、寝蔵(ねぐら)が変わることくらい、どうってことないさ……)
 
 学院と警察が素早く対応し、万が一、自分に捜査の手が及んだときのために、これからは、毎晩、宿泊する施設を変更する方が良いだろう。
 
 これまでの経歴(キャリア)から、その点に対しては、さして不満はないのだが……。

 現在のシスター・オノケリス……いや、ミランダには、自身の行動の足かせになっているものが、二つあった。

 一つは、愛車の1965年型ハーレーダビッドソン。

 長年乗り慣れている相棒と言っても良いこの大型バイクは、教会組織の手配のおかげで、面倒な通関手続きを自分自身でせずとも、どの国で活動するときも支障なく乗り回すことができた。

 ただ、教会の手が借りられないとなれば、彼女の母国であり、妖魔を狩る者(ディアボロス・ハンター)の本拠地でもある欧州へのバイク輸送は、いくつもの手続きを踏まなければならなくなってしまう。

 教会組織以外に身元保証のない彼女にとって、それは、大きな困難が予想される。

 さりとて、いまや自分の分身にも感じられるほどの愛着を持つ自慢の愛車を、そう簡単に手放すつもりなどない。

 そして、もう一つの懸念事項は、屋上での戦闘行為で下半身に弓矢を当てられた後から感じるようになった、胸のうずきと苦しみだ。

 これまで魔族や、その周辺に居る人物の命を狩ることに対して、罪悪感や同情を覚えることなど皆無と言って良かった。

 それが、あの屋上での戦闘以来、自分が馬乗りになり、首を締め上げようとしていた少年の姿を思い出すたびに、胸が高鳴り、同時に息苦しさを覚えるようになっていた。

 もしも、あのまま、あの少年を窒息死させてしまっていたら――――――。

 そう考えると、途端に胸が痛み、リリムたちと親しくしている彼の心身を傷つけてしまったことに対する罪悪感がこみ上げてくる。

 それは、ミランダ・ジョヴォヴィッチを名乗る彼女にとって、初めての経験であり、また、それだけに、このココロの苦しさに対する対象方法を持ち合わせていなかった。

(いや、これは、一時的な感傷に過ぎない……自分の能力(チカラ)がフルに発揮できる満月の時期になれば……リリムたちなど)

 彼女がそう考えるように、オノケリスと呼ばれる魔族は、満月の夜に、自身の持っている能力を最大限に活用できるという特性を持っている。

(次こそは、必ず――――――)

 そう心に誓った彼女は、中等部一年と高等部三年の女子生徒が写った二枚の写真を眺めながら、次なる機会の策を練り始めた。


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 ターゲットとなる女子生徒の通う学院に出向きながらも、|真中仁美《まなかひとみ》を仕留め損ねたミランダ・ジョヴォヴィッチを名乗る人外のモノは、ビジネスホテルの一室で、まんじりともせずに翌朝を迎えることになった。
 獣人化した下半身に矢を受けた直後から、心身に異常を感じはじめた彼女は、|針本針太郎《はりもとしんたろう》が校舎屋上から落下し、その直後にリリムの能力を発動させた|真中仁美《まなかひとみ》が、男子生徒とともに地上に着地するまでの場面を呆然と見るしことしかできなかった。
 それでも、屋上の出入り口付近から、生徒や警備員と思われる人物の声と気配がしたことから、すぐに、この場所を離れなければならない――――――という理性だけは、かろうじて保たれていた。
 ただし、屋上に設置された出入り口は、一ヶ所のみなので、こちらに向かっている人間たちと鉢合わせをしてしまう可能性が大きい。
(クッ……仕方ない)
 校舎の階段へと続く出入り口が使えないと判断したオノケリスは、半身半獣の姿のまま、校舎屋上から裏庭を見下ろす。
 そして、切り立った崖や高地の岩場を移動するラマのように、四つ足で、校舎のフチの雨よけや排水パイプの接続部分を器用に伝って地上に降り立つと、木々が、うっそうと茂る裏庭の奥へと駆け去った。
 その後、宵闇にまぎれて、学院の敷地そばの|人気《ひとけ》の少ない踏み切りを渡りきったところでヒトの姿に戻ると、住宅街を抜け、花屋敷駅の駐輪場に駐車させていた愛車の1965年型ハーレーダビッドソンにたどり着くと、彼女の根城となっていた|祝川《しゅくがわ》沿いの教会とは反対方向の東の方角に向けて、走り始める。
 最初のターゲットを仕留め損なった以上、教会に戻ったところで、自分を|匿《かくま》い、保護してもらうことは期待できない、とオノケリスは判断を下した。
 今回、彼女が得意とする偽装工作をまったく行えなかったため、学院に侵入した修道服の外国人女性は、不法侵入および傷害罪の重要参考人となってしまったわけで、この日の出来事が警察に届けられれば、ひばりヶ丘学院の近隣の教会施設は、まちがいなく捜査対象になってしまうだろう。
 そうなれば、遅かれ早かれ、自分の居場所はなくなってしまう――――――。
 そう結論を下した彼女は、組織による保護という選択肢に早々と見切りをつけて、連絡を絶ち、ほとぼりが冷めるまで単独行動を取る道を選んだ。
 孤独には慣れきっている――――――。
 教会組織の|妖魔を狩る者《ディアボロス・ハンター》に|囚《とら》われるまでも、単身で気ままに野山を駆け回っていたし、やむを得ず組織に所属し、|妖魔を狩る者《ディアボロス・ハンター》の一員として他の魔族を狩る側に回ってからも、単独行動が基本だった。
(いまさら、毎日、|寝蔵《ねぐら》が変わることくらい、どうってことないさ……)
 学院と警察が素早く対応し、万が一、自分に捜査の手が及んだときのために、これからは、毎晩、宿泊する施設を変更する方が良いだろう。
 これまでの|経歴《キャリア》から、その点に対しては、さして不満はないのだが……。
 現在のシスター・オノケリス……いや、ミランダには、自身の行動の足かせになっているものが、二つあった。
 一つは、愛車の1965年型ハーレーダビッドソン。
 長年乗り慣れている相棒と言っても良いこの大型バイクは、教会組織の手配のおかげで、面倒な通関手続きを自分自身でせずとも、どの国で活動するときも支障なく乗り回すことができた。
 ただ、教会の手が借りられないとなれば、彼女の母国であり、|妖魔を狩る者《ディアボロス・ハンター》の本拠地でもある欧州へのバイク輸送は、いくつもの手続きを踏まなければならなくなってしまう。
 教会組織以外に身元保証のない彼女にとって、それは、大きな困難が予想される。
 さりとて、いまや自分の分身にも感じられるほどの愛着を持つ自慢の愛車を、そう簡単に手放すつもりなどない。
 そして、もう一つの懸念事項は、屋上での戦闘行為で下半身に弓矢を当てられた後から感じるようになった、胸のうずきと苦しみだ。
 これまで魔族や、その周辺に居る人物の命を狩ることに対して、罪悪感や同情を覚えることなど皆無と言って良かった。
 それが、あの屋上での戦闘以来、自分が馬乗りになり、首を締め上げようとしていた少年の姿を思い出すたびに、胸が高鳴り、同時に息苦しさを覚えるようになっていた。
 もしも、あのまま、あの少年を窒息死させてしまっていたら――――――。
 そう考えると、途端に胸が痛み、リリムたちと親しくしている彼の心身を傷つけてしまったことに対する罪悪感がこみ上げてくる。
 それは、ミランダ・ジョヴォヴィッチを名乗る彼女にとって、初めての経験であり、また、それだけに、このココロの苦しさに対する対象方法を持ち合わせていなかった。
(いや、これは、一時的な感傷に過ぎない……自分の|能力《チカラ》がフルに発揮できる満月の時期になれば……リリムたちなど)
 彼女がそう考えるように、オノケリスと呼ばれる魔族は、満月の夜に、自身の持っている能力を最大限に活用できるという特性を持っている。
(次こそは、必ず――――――)
 そう心に誓った彼女は、中等部一年と高等部三年の女子生徒が写った二枚の写真を眺めながら、次なる機会の策を練り始めた。