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4-4

ー/ー



 奴はそろそろ和泉の元に到着する頃だろうか。
 とある機械が置かれている広間で調整をしながらそう思っていると、背後へ感じた気配に読みが的中したと察して微笑した。

暗里(あんり)様、五音衆(ごおんしゅう)()が和泉に接近いたしました。どうやら安芸国の首領も居合わせているようです」
「ほう、レイピア使いの安芸か。奴らが羽とどんな戦い方をするのか見物ぞ」

 偵察隊の報告を聞き、私はクツクツと笑い声を上げる。
 五音衆――かつての国守護楽団に破れて封印された、我が暗黒軍最強の刺客。以前の五音衆は浄化されてしまい蘇生は叶わぬが、私がこの長い年月をかけて二代目となる彼らを作り出したのだ。

 羽はその中でも怪力だけが取り柄の脳筋男であるが、最強の名に恥じぬ働きはできよう。

「いよいよ面白くなってきたな。変換機(コイツ)の最終調整をしながら、楽しませてもらおうではないか」

 先日の刺客ほど簡単にはいかぬぞ、国守護楽団ども。
 五音衆・羽を相手に、お前たちの力を見せてみるがよい!




 その巨体が目に入った瞬間、考えるまでもなく体が勝手に動く。
 彼女が10メートルまで射当てた巻藁ネットの距離を伸ばそうとしていたのだけれど、それを投げ捨てて僕は突進していた。

「和泉、伏せろッ!」

 僕の声に驚いた彼女が振り返った先に見たのは、木製の巨大ハンマーを振り上げた、分厚い筋肉に覆われた身長2メートル近い大男だった。和泉が咄嗟に伏せると僕は彼女の頭上を飛び越えて、大男の懐に体ごと激突し奴を後退させた。
 巨体の上に大振りのハンマー使いなら、その動きは鈍いことくらい承知済みだ。

「荒井君!」

 和泉に呼ばれて横目で振り返ると、彼女は近くに置いてあった僕の楽器ケースを開いて中身を投げていた。武器変形するのに楽器の組み立ては必要ないと先日教えたのが功を奏している。

変化(ヴァリエ)ッ!」

 弧を描いて空中を落下してくるクラリネットに手をかざし、叫ぶ。
 するとバラバラだった部品が光を放ち、一本のレイピアとなったそれをキャッチして、そのまま体を旋回させて後退した大男に刺突した。

「はぁあッ!」
「ぬぅうん!!」

 大男は剣先が届くあと一歩のところで飛び退き、僕の攻撃を回避した。
 奴の正体がメストであることは間違いないだろう。しかし、こんな巨体の気配に全く気づかなかったとは、僕としたことが不徳の致すところだ。

 深呼吸をして気合いを入れ直し、レイピアを構えながら怪しく笑みを浮かべる敵を注視した。
 とにかく体がデカい。全身が強靱な筋肉で覆われていて、腕だけでも電柱ほどの太さはあるだろう。上半身には無数の古傷があり、顔の左頬にもこめかみから顎に向かって大きな傷があった。頭はリーゼントに短いポンパドールでキメている。

 何より目に付くのは奴の右胸にある、〝羽〟の文字を五角形で囲んだ刻印だ。
 羽……。五角……。

 ――まさか。

「小ぉ僧! 貴ぃ様にぃ用はなぁい。死にたぁくなかったぁら、とっとぉとそこを退ぉくんだな」

 こちらが真面目に考え事をしている時に、奴が変なイントネーションで喋りだして転げそうになった。何だよ、そのふざけた口調は。

「断る。お前の相手は僕だ」

 和泉までの道を塞ぐようにして、僕はその場から動こうとしなかった。コイツの言葉からしても、端から奴の狙いは和泉だ。封印の力を持つ彼女の存在はメストにとって脅威でしかない。

 だが、だからこそ僕たちがいる。
 彼女に誓った〝僕が守る〟という言葉に偽りはない。

 それにここで彼女を守ることができなければ、散々嫌味を言ってきた日向たちにも顔向けができない。

「そんなぁオモォチャで俺様に挑ぉもうとは。良かろぉう、ではまずぅは貴様から殺しぃてくれぇるわぁッ!」

 相変わらず気持ち悪い喋り方をしながら、奴はいよいよハンマーを振り上げて僕に襲いかかってきた。鍛え上げられた筋力によりその破壊力は凄まじく、当たれば一溜まりもないのは抉れ上がった地面を見れば一目瞭然だ。オマケになりふり構わず振り回すものだから、地面だけでなく周りの雑木林も問答無用で破壊していく。
 だが奴のような大振りの攻撃に対し、僕は敏捷性には自信がある。動きをよく読めば避けることは容易く、奴の身のこなしを見据えながらあの胸のマークについて考えていた。

 間違いない、あれは五音衆の印だ。『(きゅう)(しょう)(かく)()()』で構成される中国から伝わった日本の伝統的音楽理論用語である『五音』を派生させて、黒使(こくし)が生み出した最強の刺客集団、それが五音衆である。
 確かかつて五音衆は前世の和泉が完封し、音の小玉の浄化まで済ませたはずだが……今メストを率いている何者かが復活させたのか。あるいは新たな五音衆か。

 否、いま懸念すべきはそこではなく、問題は五音衆ならば僕の力では倒せないということ。

 それ即ち、和泉による封印が必須。
 しかし彼女はまだ弓を始めたばかりであり、何よりまだ肝心の封印呪文は分かっていない。

 さて、どうする……安芸。

 どうするも何も選択肢はただ1つ、〝守る〟と誓ったその約束を果たすのみ。倒すことはできなくとも、戦闘不能にまで持っていけば今この場だけは凌げるはずだ。

「どぉうしぃた!? 逃げぇているぅだけでは、俺様をぉ倒せぇんぞぉ!」
「あぁ、そうだな」

 トンッ、と軽やかに地に降り立ち僕は奴を……羽を見上げた。確かにいくらスピードが上手でも、逃げ回っているだけでは埒が明かない。それに僕には奴に一矢報いるだけのパワーが欠けている。
 ()()を使うのは初めてで少し怖いけど、和泉のためなら僕は何だって捧げられる。そう思い僕は一瞬だけ彼女を振り返った。不安そうに揺れている瞳と目が合ったのは、気のせいなんかじゃない。

「頃合いを見て逃げてね、和泉」
「……荒井君、何をっ」

 心配そうに背後で叫んだ和泉の声を聞こえないふりして、怪訝に太い眉を潜めた羽の顔を睨みながら、僕はレイピアを両手で前に掲げて唱えた。

心体増強(モジュレーション)! (たん)3度……ッ!!」

 瞬間、体が燃えるように熱くなり、鼓動が五月蠅いくらいに早鐘を打った。体は羽根のように軽く、感じたこともない力が漲ってくる。

「な、にぃ!?」
「おぉおおおおおお!!」

 唸り声を上げて、僕は狼狽えている羽に猛進した。


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 奴はそろそろ和泉の元に到着する頃だろうか。
 とある機械が置かれている広間で調整をしながらそう思っていると、背後へ感じた気配に読みが的中したと察して微笑した。
「|暗里《あんり》様、|五音衆《ごおんしゅう》の|羽《う》が和泉に接近いたしました。どうやら安芸国の首領も居合わせているようです」
「ほう、レイピア使いの安芸か。奴らが羽とどんな戦い方をするのか見物ぞ」
 偵察隊の報告を聞き、私はクツクツと笑い声を上げる。
 五音衆――かつての国守護楽団に破れて封印された、我が暗黒軍最強の刺客。以前の五音衆は浄化されてしまい蘇生は叶わぬが、私がこの長い年月をかけて二代目となる彼らを作り出したのだ。
 羽はその中でも怪力だけが取り柄の脳筋男であるが、最強の名に恥じぬ働きはできよう。
「いよいよ面白くなってきたな。|変換機《コイツ》の最終調整をしながら、楽しませてもらおうではないか」
 先日の刺客ほど簡単にはいかぬぞ、国守護楽団ども。
 五音衆・羽を相手に、お前たちの力を見せてみるがよい!
 その巨体が目に入った瞬間、考えるまでもなく体が勝手に動く。
 彼女が10メートルまで射当てた巻藁ネットの距離を伸ばそうとしていたのだけれど、それを投げ捨てて僕は突進していた。
「和泉、伏せろッ!」
 僕の声に驚いた彼女が振り返った先に見たのは、木製の巨大ハンマーを振り上げた、分厚い筋肉に覆われた身長2メートル近い大男だった。和泉が咄嗟に伏せると僕は彼女の頭上を飛び越えて、大男の懐に体ごと激突し奴を後退させた。
 巨体の上に大振りのハンマー使いなら、その動きは鈍いことくらい承知済みだ。
「荒井君!」
 和泉に呼ばれて横目で振り返ると、彼女は近くに置いてあった僕の楽器ケースを開いて中身を投げていた。武器変形するのに楽器の組み立ては必要ないと先日教えたのが功を奏している。
「|変化《ヴァリエ》ッ!」
 弧を描いて空中を落下してくるクラリネットに手をかざし、叫ぶ。
 するとバラバラだった部品が光を放ち、一本のレイピアとなったそれをキャッチして、そのまま体を旋回させて後退した大男に刺突した。
「はぁあッ!」
「ぬぅうん!!」
 大男は剣先が届くあと一歩のところで飛び退き、僕の攻撃を回避した。
 奴の正体がメストであることは間違いないだろう。しかし、こんな巨体の気配に全く気づかなかったとは、僕としたことが不徳の致すところだ。
 深呼吸をして気合いを入れ直し、レイピアを構えながら怪しく笑みを浮かべる敵を注視した。
 とにかく体がデカい。全身が強靱な筋肉で覆われていて、腕だけでも電柱ほどの太さはあるだろう。上半身には無数の古傷があり、顔の左頬にもこめかみから顎に向かって大きな傷があった。頭はリーゼントに短いポンパドールでキメている。
 何より目に付くのは奴の右胸にある、〝羽〟の文字を五角形で囲んだ刻印だ。
 羽……。五角……。
 ――まさか。
「小ぉ僧! 貴ぃ様にぃ用はなぁい。死にたぁくなかったぁら、とっとぉとそこを退ぉくんだな」
 こちらが真面目に考え事をしている時に、奴が変なイントネーションで喋りだして転げそうになった。何だよ、そのふざけた口調は。
「断る。お前の相手は僕だ」
 和泉までの道を塞ぐようにして、僕はその場から動こうとしなかった。コイツの言葉からしても、端から奴の狙いは和泉だ。封印の力を持つ彼女の存在はメストにとって脅威でしかない。
 だが、だからこそ僕たちがいる。
 彼女に誓った〝僕が守る〟という言葉に偽りはない。
 それにここで彼女を守ることができなければ、散々嫌味を言ってきた日向たちにも顔向けができない。
「そんなぁオモォチャで俺様に挑ぉもうとは。良かろぉう、ではまずぅは貴様から殺しぃてくれぇるわぁッ!」
 相変わらず気持ち悪い喋り方をしながら、奴はいよいよハンマーを振り上げて僕に襲いかかってきた。鍛え上げられた筋力によりその破壊力は凄まじく、当たれば一溜まりもないのは抉れ上がった地面を見れば一目瞭然だ。オマケになりふり構わず振り回すものだから、地面だけでなく周りの雑木林も問答無用で破壊していく。
 だが奴のような大振りの攻撃に対し、僕は敏捷性には自信がある。動きをよく読めば避けることは容易く、奴の身のこなしを見据えながらあの胸のマークについて考えていた。
 間違いない、あれは五音衆の印だ。『|宮《きゅう》・|商《しょう》・|角《かく》・|徴《ち》・|羽《う》』で構成される中国から伝わった日本の伝統的音楽理論用語である『五音』を派生させて、|黒使《こくし》が生み出した最強の刺客集団、それが五音衆である。
 確かかつて五音衆は前世の和泉が完封し、音の小玉の浄化まで済ませたはずだが……今メストを率いている何者かが復活させたのか。あるいは新たな五音衆か。
 否、いま懸念すべきはそこではなく、問題は五音衆ならば僕の力では倒せないということ。
 それ即ち、和泉による封印が必須。
 しかし彼女はまだ弓を始めたばかりであり、何よりまだ肝心の封印呪文は分かっていない。
 さて、どうする……安芸。
 どうするも何も選択肢はただ1つ、〝守る〟と誓ったその約束を果たすのみ。倒すことはできなくとも、戦闘不能にまで持っていけば今この場だけは凌げるはずだ。
「どぉうしぃた!? 逃げぇているぅだけでは、俺様をぉ倒せぇんぞぉ!」
「あぁ、そうだな」
 トンッ、と軽やかに地に降り立ち僕は奴を……羽を見上げた。確かにいくらスピードが上手でも、逃げ回っているだけでは埒が明かない。それに僕には奴に一矢報いるだけのパワーが欠けている。
 |こ《・》|れ《・》を使うのは初めてで少し怖いけど、和泉のためなら僕は何だって捧げられる。そう思い僕は一瞬だけ彼女を振り返った。不安そうに揺れている瞳と目が合ったのは、気のせいなんかじゃない。
「頃合いを見て逃げてね、和泉」
「……荒井君、何をっ」
 心配そうに背後で叫んだ和泉の声を聞こえないふりして、怪訝に太い眉を潜めた羽の顔を睨みながら、僕はレイピアを両手で前に掲げて唱えた。
「|心体増強《モジュレーション》! |短《たん》3度……ッ!!」
 瞬間、体が燃えるように熱くなり、鼓動が五月蠅いくらいに早鐘を打った。体は羽根のように軽く、感じたこともない力が漲ってくる。
「な、にぃ!?」
「おぉおおおおおお!!」
 唸り声を上げて、僕は狼狽えている羽に猛進した。