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4-2

ー/ー



「――が。……おい、日向!」

 俺を呼ぶ声が聞こえ、そこで初めて自分が上の空だったことに気づいた。目の前には白い湯気の中で鰹節を踊らせるタコ焼きが差し出されている。昼メシとして近江が買いに行き、俺は店横にある柵へ寄りかかって楽器の番をしていたのだ。

「お前、ちゃんと楽器見てろよ。手分けした意味ないだろうが」
「……わりぃ」

 そう言われて急に不安になったが、幸い足元には二人分の楽器がきちんと置かれている。俺たちにとってこれはただの楽器ではなく大切な武器なのだ。盗まれたりでもしたら笑い話にもならない。
 近江はタコ焼きを俺に手渡すと、隣で同じように柵に寄りかかって自分の分を食い始めた。

「和泉を安芸に任せて、メストの警戒するって言ったのは日向だろ。カッコつけんならしっかりしろ」
「はぁ? んなんじゃねぇよバカ」

 すると近江は口の中をタコ焼きでいっぱいにしながら、横目で俺を睨んだ。

「バカは、もご、お前だ。気になってるくせして、んぐ、安芸に譲るなんて、あむ」
「テメ、食うか喋るかどっちかにしやがれ。俺は別に、譲ってなんか」

 ソースとマヨネーズがたっぷりかかったタコ焼きを見つめ、俺は口籠もった。

 悔しいがコイツの言うとおり、さっきから頭にチラつくのはあの二人のことだった。勿論、親父さんの弓道をずっと傍で見ていた安芸は和泉の弓指導役として適任であるが、和泉の傍にいたがるアイツへ余計な気を回してしまったのも事実だ。和泉にとっても喧嘩ばかりの俺や近江といるよりは、安芸の方が安心感もあるだろうしな。

 俺は二人がどんな関係になろうと興味はない、と思っている。
 ……はずなのに。

〝私、高杉君のチェロ好きだよ!〟

 和泉にそう言われた時、体の中心が揺れたのだ。
 過去の因果かアイツの言葉にはどうにも反応してしまう。

 これは前世の俺の感情……だよな?

「相変わらず素直じゃないねぇ。それ、食わないなら俺が貰うぞ」
「ちょ、ま、誰も食わねぇなんて言ってねぇだろ!」

 手元のタコ焼きを近江に奪われかけ、俺は慌てて奴が持つそれを一口で頬張って奪い返した。

 瞬間。

「ッ!? ~~~~!!」
「アホか、熱いに決まってるだろ。俺が平気なだけで」

 大阪で食べた最初のタコ焼きの味は、火傷によって全く覚えていない。




 特訓4日目。今日も僕は和泉と防音ブースでゴム弓を使ったフォームの訓練中だ。
 ここならば気分転換に楽器の演奏もできたりして、意外と使い勝手が良く気に入ってしまった。

 何より外野に誰もいないのがいい。お陰で僕は今日も和泉を独り占めだ。

「うん。前より全然綺麗になったね、和泉」
「えっ本当?」
「ほーらほら、褒めたら中心がズレたよ。ちゃんと意識しないと」

 ただつい指導には熱がこもっちゃうんだけどね。
 僕から指摘されるたびに、和泉が慌ててピンと背筋を伸ばす姿が面白くて可愛いから、というのも否定はしない。

 それにしても和泉のフォームはこの短期間でかなり様になった。ヴァイオリンを弾く時と使う筋肉が似ているのか、初心者の練習にはツキモノの筋肉痛も発生していないらしい。かなりペースは早いけど、この調子なら明日は矢を放つ練習に入っても良さそうだ。

「よし、疲れたろう? そろそろ休憩しようか」

 そう言うと和泉は上半身の力を抜き、子犬のようにコクコクと小刻みに頷づいた。
 ……それダメ反則、可愛すぎ。

 更に和泉は「休憩しよう」と言ったにも関わらず、嬉しそうにヴァイオリンを取り出した。そしてゴム弓を楽器の弓に持ち替えた彼女は、僕にもクラリネットを出すよう目で催促するのだ。
 この誘惑に僕が勝てると思うか? 否、抵抗の余地なく即K.O.負けに決まっているだろう。

 そして僕たちは、今日も僕が好きなG.F.フックスの二重奏をセッションする。一度弾いてから和泉はすっかりこの曲の虜だった。
 特徴ある細かな音符の動きも二度ほどの演奏で覚えてしまった彼女は、楽譜を見る必要がなくなり僕とのアイコンタクトも増えていった。これだけでも十分に幸せすぎるが、彼女の艶やかな音色と上手く重なった時の高揚感がもう最高に堪らない!

 あぁ日向、君の気遣いに感謝しよう。
 そう思った途端、どことなく彼が盛大にクシャミをする音が聞こえた気がした。

「あ~、楽しかった!」

 二楽章分あるこの曲をきっちり弾き終わって、和泉は興奮しながら余韻に酔いしれている。特訓に来ているのに、まるでメインはこっちの演奏みたいだ。

「君はヴァイオリンを弾いてる時が、一番幸せそうだね」
「それを言ったら荒井君も、クラが好きだって滲み出てるよ」

 和泉の言うとおり、僕はクラを吹くのも練習をするのも好きだ。前世に従って始めたことだけど、苦だと思ったことはない。
 習い始めたのは8歳の時だった。音楽とは無縁の家系だったのに、「テレビで見て」という幼いながらの適当な理由でクラを吹きたいと両親にせがんで、とても驚かれた記憶がある。

「じゃあ、吹奏楽部とかにも入ってたの?」
「いや、部活には中学も高校でも入らなかったよ。別で習い事をしていたから」

 そう答えると僕は手にしたクラを逆手で掴んで前に突き出し、呪文を唱えた。

変化(ヴァリエ)

 途端にクラは目映い光を放ち、たちまち胴が細くなって一本の剣に姿を変えた。
 ――レイピア、僕が使う武器だ。

「これを扱うために、僕はフェンシングも始めたんだ。レイピアと戦術は違うにしろ、素早さが求められる技術は生かせると思ってね」

 クラリネットとフェンシング。この習い事は金銭面で両親をかなり悩ませた。それでも僕のために希望を叶えてくれたことは感謝しかない。この異様な組み合わせについては首を傾げていたけれど。

「そうだよね……皆、ここまで来るのに相当努力してきてるんだよね」
「気にすることないよ、僕はやりたくてやってきたんだし」

 そう。実際両立は大変だったし、双方を極めるのにもかなり苦労した。でもこの2つは僕にとって、辛いことを忘れさせてくれる大切な存在でもあったんだ。

 そして和泉。いつか再会する君のことを想って、ここまで頑張ってこれたんだよ。
 隣で楽しそうに笑っている彼女に、僕は心の中でそう呟いて感謝した。


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「――が。……おい、日向!」
 俺を呼ぶ声が聞こえ、そこで初めて自分が上の空だったことに気づいた。目の前には白い湯気の中で鰹節を踊らせるタコ焼きが差し出されている。昼メシとして近江が買いに行き、俺は店横にある柵へ寄りかかって楽器の番をしていたのだ。
「お前、ちゃんと楽器見てろよ。手分けした意味ないだろうが」
「……わりぃ」
 そう言われて急に不安になったが、幸い足元には二人分の楽器がきちんと置かれている。俺たちにとってこれはただの楽器ではなく大切な武器なのだ。盗まれたりでもしたら笑い話にもならない。
 近江はタコ焼きを俺に手渡すと、隣で同じように柵に寄りかかって自分の分を食い始めた。
「和泉を安芸に任せて、メストの警戒するって言ったのは日向だろ。カッコつけんならしっかりしろ」
「はぁ? んなんじゃねぇよバカ」
 すると近江は口の中をタコ焼きでいっぱいにしながら、横目で俺を睨んだ。
「バカは、もご、お前だ。気になってるくせして、んぐ、安芸に譲るなんて、あむ」
「テメ、食うか喋るかどっちかにしやがれ。俺は別に、譲ってなんか」
 ソースとマヨネーズがたっぷりかかったタコ焼きを見つめ、俺は口籠もった。
 悔しいがコイツの言うとおり、さっきから頭にチラつくのはあの二人のことだった。勿論、親父さんの弓道をずっと傍で見ていた安芸は和泉の弓指導役として適任であるが、和泉の傍にいたがるアイツへ余計な気を回してしまったのも事実だ。和泉にとっても喧嘩ばかりの俺や近江といるよりは、安芸の方が安心感もあるだろうしな。
 俺は二人がどんな関係になろうと興味はない、と思っている。
 ……はずなのに。
〝私、高杉君のチェロ好きだよ!〟
 和泉にそう言われた時、体の中心が揺れたのだ。
 過去の因果かアイツの言葉にはどうにも反応してしまう。
 これは前世の俺の感情……だよな?
「相変わらず素直じゃないねぇ。それ、食わないなら俺が貰うぞ」
「ちょ、ま、誰も食わねぇなんて言ってねぇだろ!」
 手元のタコ焼きを近江に奪われかけ、俺は慌てて奴が持つそれを一口で頬張って奪い返した。
 瞬間。
「ッ!? ~~~~!!」
「アホか、熱いに決まってるだろ。俺が平気なだけで」
 大阪で食べた最初のタコ焼きの味は、火傷によって全く覚えていない。
 特訓4日目。今日も僕は和泉と防音ブースでゴム弓を使ったフォームの訓練中だ。
 ここならば気分転換に楽器の演奏もできたりして、意外と使い勝手が良く気に入ってしまった。
 何より外野に誰もいないのがいい。お陰で僕は今日も和泉を独り占めだ。
「うん。前より全然綺麗になったね、和泉」
「えっ本当?」
「ほーらほら、褒めたら中心がズレたよ。ちゃんと意識しないと」
 ただつい指導には熱がこもっちゃうんだけどね。
 僕から指摘されるたびに、和泉が慌ててピンと背筋を伸ばす姿が面白くて可愛いから、というのも否定はしない。
 それにしても和泉のフォームはこの短期間でかなり様になった。ヴァイオリンを弾く時と使う筋肉が似ているのか、初心者の練習にはツキモノの筋肉痛も発生していないらしい。かなりペースは早いけど、この調子なら明日は矢を放つ練習に入っても良さそうだ。
「よし、疲れたろう? そろそろ休憩しようか」
 そう言うと和泉は上半身の力を抜き、子犬のようにコクコクと小刻みに頷づいた。
 ……それダメ反則、可愛すぎ。
 更に和泉は「休憩しよう」と言ったにも関わらず、嬉しそうにヴァイオリンを取り出した。そしてゴム弓を楽器の弓に持ち替えた彼女は、僕にもクラリネットを出すよう目で催促するのだ。
 この誘惑に僕が勝てると思うか? 否、抵抗の余地なく即K.O.負けに決まっているだろう。
 そして僕たちは、今日も僕が好きなG.F.フックスの二重奏をセッションする。一度弾いてから和泉はすっかりこの曲の虜だった。
 特徴ある細かな音符の動きも二度ほどの演奏で覚えてしまった彼女は、楽譜を見る必要がなくなり僕とのアイコンタクトも増えていった。これだけでも十分に幸せすぎるが、彼女の艶やかな音色と上手く重なった時の高揚感がもう最高に堪らない!
 あぁ日向、君の気遣いに感謝しよう。
 そう思った途端、どことなく彼が盛大にクシャミをする音が聞こえた気がした。
「あ~、楽しかった!」
 二楽章分あるこの曲をきっちり弾き終わって、和泉は興奮しながら余韻に酔いしれている。特訓に来ているのに、まるでメインはこっちの演奏みたいだ。
「君はヴァイオリンを弾いてる時が、一番幸せそうだね」
「それを言ったら荒井君も、クラが好きだって滲み出てるよ」
 和泉の言うとおり、僕はクラを吹くのも練習をするのも好きだ。前世に従って始めたことだけど、苦だと思ったことはない。
 習い始めたのは8歳の時だった。音楽とは無縁の家系だったのに、「テレビで見て」という幼いながらの適当な理由でクラを吹きたいと両親にせがんで、とても驚かれた記憶がある。
「じゃあ、吹奏楽部とかにも入ってたの?」
「いや、部活には中学も高校でも入らなかったよ。別で習い事をしていたから」
 そう答えると僕は手にしたクラを逆手で掴んで前に突き出し、呪文を唱えた。
「|変化《ヴァリエ》」
 途端にクラは目映い光を放ち、たちまち胴が細くなって一本の剣に姿を変えた。
 ――レイピア、僕が使う武器だ。
「これを扱うために、僕はフェンシングも始めたんだ。レイピアと戦術は違うにしろ、素早さが求められる技術は生かせると思ってね」
 クラリネットとフェンシング。この習い事は金銭面で両親をかなり悩ませた。それでも僕のために希望を叶えてくれたことは感謝しかない。この異様な組み合わせについては首を傾げていたけれど。
「そうだよね……皆、ここまで来るのに相当努力してきてるんだよね」
「気にすることないよ、僕はやりたくてやってきたんだし」
 そう。実際両立は大変だったし、双方を極めるのにもかなり苦労した。でもこの2つは僕にとって、辛いことを忘れさせてくれる大切な存在でもあったんだ。
 そして和泉。いつか再会する君のことを想って、ここまで頑張ってこれたんだよ。
 隣で楽しそうに笑っている彼女に、僕は心の中でそう呟いて感謝した。