『ローズマリー、きみのことを雇いたい』
『雇う、ですか? 殿下が、男爵令嬢の私を?』
『有能な人材に、身分は関係ないだろう。協力してくれたら、きみら家族……使用人を含む男爵家の人たちを国外へ逃がし、生活の基盤を整えるまでの金貨を渡そう』
『殿下は、どうなさるおつもりですか?』
『……王族としての責務を果たすさ』
そのときの彼女の表情は、なにかを耐えるようだった。
計画は順調に進んでいった。ローズマリーは本当によくがんばってくれて、感謝している。
レジスタントのリーダーは着実に仲間を増やしていき、国民たちの国への不満は増していった。
極めつけは心優しき公爵令嬢を公開婚約破棄。さらに問答無用で国から追い出した。そのため、国民のリンジーへの評価は下がり、クーデターの日を早めたようだ。
(シャーロット、どうかきみだけは無事に生きていてほしい)
そう願って、目を伏せる。
そして、それからどのくらいの時間が経ったのかわからない。
日に日に減っていく牢屋に捕らえられた人たち。
一日に一回は確実に公開処刑を|行《おこな》っているようだ。それだけ、国民たちは王族や貴族を憎んでいる。
さらに数日が経ち、ついにリンジーの番になった。
公開処刑の場所まで連れていかれ、断頭台に頭を押し付けられる。
(――これだけの人々が、王族の死を望んでいる)
リンジーは無言をつらぬいた。ただただ、憎悪で満ち溢れている国民たちの視線を感じ取り、目を伏せる。
刑が執行されるその一歩手前、凛とした声が響いた。
「お待ちください、お願いします……!」
聞き慣れた声が耳に届く。その声が、シャーロットのものだと気付いたとき、リンジーは反射的に顔を上げていた。
民衆をかき分けるように近付いてくる彼女の姿を見た彼は、「近付くな!」と声を上げる。
「なぜです、なぜなのですか、リンジー殿下! どうして私に、ともに死ねと言ってくださらないのですか!?」
リンジーと命運をともにする覚悟だと、シャーロットが口にした。
ならば、ともに逝けばいいと民衆がシャーロットを断頭台へ運ぶ。
南の大陸にいるはずの彼女が、なぜここにいるのか。そしてリンジーと命運をともにしようとするのかがわからず、リンジーはただ彼女を見つめていた。
「――なぜ、戻ってきたんだ。きみは、きみだけは生き延びるべきだったのに!」
声を荒げるリンジーに、シャーロットはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、リンジー殿下。わたくしもこの国と……あなたと命運をともにしたいのです。わたくしはあなたを愛しているから」
「シャーロット……」
「国民たちよ! これで満足か!? お前たちもこの国の王族、貴族たちと変わらない! 自分たちの気持ちを晴らすために公開処刑をするなど、言語道断! 覚えておきなさい! 我ら王族、貴族の死を! 誇り高き死を! その目に焼き付けなさい!!」
シャーロットは小瓶を取り出し、リンジーに向けて優しく微笑む。その小瓶の蓋を開け、中身をぐっと飲み干した。
「やめろ、やめてくれ、シャーロット! 死ぬべきなのは俺であって、きみではない!」
「――いつかまた、巡りあいましょう……」
シャーロットが倒れるのと同時に、ギロチンの刃が落とされる。
その瞬間を見ていた人々は、王族や貴族を処刑することでこれまでの|憂《う》さを晴らしていたことに気付き、叫び出す。
自分たちが、あれほど嫌っていた王族と同じことをしていることを実感し、おかしくなったかのように叫ぶ。
のちに、このクーデターは『シャーロットの悲劇』と名付けられた。
◆◆◆
――この国には魔女がいる。
あの『シャーロットの悲劇』と名付けられた令嬢と同じ名前の魔女が。
魔女は国内を転々と歩き、拠点を変え、今日もただ……ひたすらになにかを待っている。
それは『シャーロットの悲劇』から三百年後のある日。
魔女の家を訪れたたったひとりの少年。
シャーロットは彼を見て、目を大きく見開いた。
「――リンジー……?」
「やぁ、シャーロット。ずいぶん、待たせてしまったようだね」
三百年前と容姿は違えども、それは確かに『リンジー』で、シャーロットは彼を見つめる。
この三百年で君主制から共和制と変わり、国は見違えるほど豊かになった。
様々なトラブルもあったが、国民たちが協力し合い、解決していく。
その様子を三百年……シャーロットはずっと見守っていた。
「まさか本当にきみとはね……」
リンジーを家に招き入れたシャーロットは、お茶を出す。
あの日、彼女が毒を飲んだあと……シャーロットは埋葬されるはずだった。だが、彼女の身体は仮死状態だったようで、誰もいない場所で目覚めて以来、身体は老いることも死することもできずに……ただただ生きることしかできなかった。
どうやら、あの毒薬の副作用のようだった。毒薬をくれた魔女のもとへ向かい、なぜ自分が死ねなかったのかと問うと、魔女はひっひっひと笑いながら教えてくれた。
シャーロットが飲み干した毒薬には、近くの人の想いに反応する魔法がかけられていたらしい。
彼女を死なせたくないと願ったリンジーの想いによって、シャーロットは生き延びたのだ。
「……本当の本当に、リンジーなの?」
「うん。まさか三百年も月日が流れているとは思わなかったけれど……。ごめんね、シャーロット。ずいぶんと待たせてしまったようだ」
三百年、細々と暮らしていたシャーロットにとって、リンジーの訪問は本当に驚きで、彼が生まれ変わり前世の記憶を持っていることにも驚いた。
リンジーは生まれ変わってから十六歳になるまで、首都で暮らしていたらしい。
十六歳のとある日、突然記憶がよみがえったとシャーロットに話した。
「幼い頃に記憶を取り戻していたら、たぶん気が気ではなかっただろうね」
「……残酷な記憶ですもの」
「記憶が戻ってから、きみのことをずっと探していた。シャーロットと呼ばれる魔女のことを。すまない……俺のきみを守りたいという気持ちが、きみを死から遠ざけていたんだな……」
申し訳なさそうに眉を下げるリンジーに、シャーロットはゆっくりと首を左右に振る。
「魔女が教えてくれました。きっとあなたが生まれ変わるだろう、と。そして……わたくしのことに気付いてくれるだろう、と……」
「魔女が?」
「はい。彼女はわたくしとあなたが再会すれば、きっと運命が巡るだろう、と……」
運命が巡る? とリンジー口にする。シャーロットはそのときのことを思い出して、目を伏せた。
彼が首を傾げると、彼女は視線をリンジーに向ける。
「――会いたかった。ずっと、待っていたの……」
「シャーロット……」
目に涙を浮かべて微笑むシャーロットに、リンジーは椅子から立ち上がって彼女に近付き、その手を取った。
「ずっとひとりきりにしてすまない。これからは、ともに生きよう、シャーロット」
「……それは、プロポーズですか?」
「花束も指輪もないプロポーズでは、失礼だったかな?」
「いいえ、いいえ。リンジー殿下。あなたとともにいられることが、わたくしの一番の喜びですわ」
そっとリンジーの手に自分の手を重ねて、シャーロットは美しく微笑む。
それから、リンジーとシャーロットはふたりで細々と暮らしていく。
生まれ変わったリンジーは、孤児として首都の孤児院で暮らしていたこと、そこでともに住んでいた子どもたちや世話をしていてくれた人たちのこと、十六歳の誕生日に記憶を取り戻してからシャーロットを探すために旅に出たことなどを……時間をかけて彼女に話した。
シャーロットも、三百年の間にあったことを、ゆっくりとリンジーに話す。
「――いろんなことがありましたね」
「本当に。シャーロットを見つけ出せてよかった」
「……首都で、わたくしのことは、どのように伝えられていましたか?」
自分で|尋《たず》ねながらも、人からの評価が怖いのか、少し肩が震えていた。
そんな彼女を安心させるように、リンジーは微笑みを浮かべる。
「心優しき魔女がいる、と。きみは、よく人を助けていたのだろう?」
「……助けた、というよりも……わたくしはただ、|尋《たず》ねられたことを教えただけで……」
薬草の|煎《せん》じ方、どの薬草がどの症状に効くのか。自身の知識を、親や子を助けたいという切なる願いを持つ人々に与えていた。
各地を転々としていたが、どこからか彼女の噂を聞いた人たちが、助けを求めるようになり、結局首都の近くの森に住むことにしたことを思い出してハッと顔を上げる。
(――わたくしがこの森の中に住むようになったのは、十六年前。もしかしたら、彼が生まれ変わったことを感じ取っていたのかもしれませんね……)
目の前にいるリンジーに、シャーロットは顔を赤らめた。
彼女の師匠である魔女は、シャーロットの寿命は愛するものと同じであること。愛するものが命を落とすとき、彼女が望めばともに|逝《い》けるだろうと言っていた。本当かどうかはわからない。
「……もしも、もしもこの先……リンジー殿下が命の危機に陥ったとき、今度こそは、わたくしも一緒につれて|逝《い》ってくださいませね」
「シャーロット、それは……」
「わたくしはもう、あなたを失う虚無感を味わいたくないのです」
「……そうか、そうだね……。うん、今度はともに……|逝《い》こう」
リンジーの言葉に、シャーロットは美しく微笑む。
リンジーとシャーロットは、森の中でひっそりと暮らすことを選んだ。
時々、旅行のように各地を巡り、平和になった国を見て、あのときの判断は間違っていなかったのだと確認していた。危険が近付けばできるだけ遠くへ逃げる。
ふたりだけの世界を何年も、何十年も続けた。それでもリンジーとシャーロットは幸せに暮らしていた。互いしか要らないと思えるほどに、彼らはずっと愛し合っていた。
たまに喧嘩をすることもあったが、いつの間にか仲直りをして、喧嘩よりも笑い合う時間のほうが圧倒的に多かった。
そんな時間を大切に、大切に積み重ね――ふたりはずっと一緒に暮らしていた。最期の瞬間まで、ふたりは幸せに暮らしていた。
◆◆◆
『シャーロットの悲劇』には。続きがあったことを、国民は知らない。
それが彼と彼女にとって、とても幸せな結末だったことも。
ただただ、『シャーロットの悲劇』は語り継がれていた。
ときには絵本に、ときには劇にと姿を変えながらも、シャーロットの悲劇は民衆に広く継がれていた。
ただ、その悲劇ではあまりにも哀れだと、年々『シャーロットの悲劇』は幸せな結末へと書き換えられていく。
シャーロットとリンジーは、天からその話の流れを眺めていた。
「まさかこんなに後世にまで、語られるようになるとは」
「あの頃には思いませんでしたね」
そんな会話をしながら、彼らはともに過ごしている。
彼らの幸せな時間は、まだまだ続いていくようだ。