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103 救出

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 ビスタークは人通りの多い商店街を散策した。土産物の目星もつけておかないとニアタが五月蝿そうだなと思いながらうろうろしていた。    ふと路地に目をやると、ガラの悪そうな男たちが誰かに絡んでいるようだった。折角神衛兵かのえへいとして承認されたのに揉め事を起こして登録を解除されることを考えるとあまり首を突っ込みたくは無かった。しかし状況だけでも確認して人を呼ぶくらいならできるかと思い路地へ向かった。    そこにはレリアと呼ばれていたビスタークを助けた女がいた。周りに他の三人はおらず、おろおろしている。様子見をする予定だったが、やめた。 「俺の女に何か用か?」  ビスタークは男たちにそう言って詰め寄った。 「ああ? なんだお前?」 「邪魔すんな!」  そう言いながら殴りかかってきたので軽くいなして転ばせ、男たちが起き上がる前にレリアを抱えて反力石リーペイトで飛んだ。屋根の上に乗るとそのままその場所から少し離れた屋根の上で一旦レリアを下ろし、座らせた。 「お前、砂漠で介抱してくれた奴だよな? 他の仲間はどうした? はぐれたのか?」  ビスタークがそう聞くとレリアは驚きに目を見張ったまま何回か頷いた。 「迷子か。じゃあさっきの通りに戻って探さないとな……さっきの奴らと鉢合わせるとあれだから少し時間を空けてもいいか? 今はあまり面倒事を起こしたくないんだ」  またレリアはこくこくと頷いた。顔が真っ赤だった。そういえば余計な事を言ったなと思いながら弁明する。 「あー、あれはそう言えば大人しく引き下がるかと思ったからだ。殴りかかってきたから意味無かったが。だから気にするな」  また黙ったまま二回頷いた。なんだか違和感を感じた。彼女は先程から一度も声を出していないのだ。そういえば砂漠で介抱してもらったときにも声を聞いていない気がした。 「お前……もしかして口がきけないのか?」  わかってもらえたのが嬉しかったのか笑顔で頷いた。ビスタークはレリアの首に普通なら無いものを見つけ、喉が良く見えるように彼女の顎を指で上へあげた。  そこには喉を横に切り裂いた傷痕があった。おそらくはこのせいで喋れないのだろう。 「この傷……どうした? あ、すまん」  顎を上げさせたまま聞いてしまい、慌てて手を離した。それに聞いたところで喋れないではないか、と思った。レリアは肩から下げた鞄をごそごそと漁って紙束と鉛筆を取り出し、それに文字を書き始めた。 【父に拾われた時にはもうこの傷はあったそうです。小さい頃なので覚えてなくて原因はわかりません】  なるほど、紙に書いてもらえばいいのか、と思っていると、彼女はまだ文字の続きを書いていた。 【傷仲間ですね】  ビスタークは意表を突かれた。男ならまだしも女に言われるとは。自分の身体に傷があるのは女なら余計に辛いのではないだろうか。 「俺のこれは傷じゃねえよ。生まれつきだから痣なんだ」  自分の右頬を触り忌々しい感情を隠しながらそう言い、先ほど書かれた文字に目をやる。 「拾い子なのか。父親は一緒にいた色黒の男か? 他の奴らも家族なのか?」  レリアは頷いた。 「じゃあ探さないとな。向こうも心配してるだろ。あいつ等がいなくなってるといいんだが」  そう言った後、名前を名乗っていないことに気が付いたので教えた。 「俺の名前はビスターク。お前は?」  レリアと呼ばれていたのは聞いていたが確認のため聞いてみた。 【レリア=A=フォスター】  レリアは自分のフルネームを書いて見せてきたのでビスタークは動揺した。  ここの文化には結婚するときに相手へ名前を贈る、というものがある。親から贈られたミドルネームの頭文字から名前をお互いにつけるのだ。普通は「名」だけ名乗るもので、せいぜい教えたとしても「姓」までだ。ミドルネームを教えたり聞いたりすることは相手に気があるということになる。  だから動揺したのだが、別の地域にはそういう風習が無くフルネームを教えるのが普通なのかもしれないと考え、平静を装った。  レリアは紙と鉛筆をビスタークに渡してきた。 「? 俺にも書けっていうのか?」  そう聞くと頷いたので自分も仕方無くフルネームを書いた。 【ビスターク=Z=ウォーリン】 「これでいいか?」  レリアは笑顔で頷きながら紙を受け取ったが、その途端横へ倒れてしまった。暑さにやられたのか顔が赤い。ビスタークは慌てて昨日貰った闇源石ニグータイトで影を作った。 「おい! 大丈夫か?」  口が効けないため、意識があるのかどうかわかりづらい。ビスタークは焦った。今のところ息はしているが急変する恐れもある。声をかけながら軽く頬を叩いたところ少し首が動いた。 「しっかりしろ!」  レリアが少し目を開けた。その後すぐビスタークの声に反応して目を合わせた。そして困ったような笑顔を向けながら起き上がろうとする。 「無理すんな。横になってろ」  持っていた鞄代わりの袋の中からタオルを出して頭の下に敷いてやった。 「はー、焦ったぜ……」  レリアは申し訳なさそうにビスタークに視線を合わせる。休めるようしばらく間を置いてから話しかけた。 「昨日と逆だな。そうだ、水飲むか?」  こくりと頷いたので自分の水筒を渡した。上半身だけ起き上がり、水を飲むついでに倒れたとき落とした紙束と鉛筆を拾って文字を書き始めた。 【急に倒れてすみませんでした。よくあることなんです】 「よくあること?」 【緊張状態から気が緩んだりするとよくなります。さっき助けてもらってホッとしたからだと思います】 「……助けないほうがよかったか?」  レリアは勢いよく首を振った。そのせいなのかまた倒れそうになりビスタークが慌てて支えた。 「急に頭を動かすなよ。頭から血が下がってまた気を失うぞ」  レリアはふらつきながらも紙に文字を書いていく。 【助けないほうがなんて、そんなわけないじゃないですか! 書き方が悪かったですね。本当に助かりました。ありがとうございます】  レリアは丁寧な仕草で頭を下げた。 「危ない目に合わないようにしろよ。助けたとたんに倒れられるとこっちの心臓に悪い」 【そうしたいです】 「随分と虚弱なんだな」 【はい。困っています。家族に迷惑をかけてばかりで】 「体調が落ち着いたら探してやるから安心しろ」  そう言うとレリアは笑顔で「ありがとうございます」と言っているように口をパクパクと動かした。  レリアの体調が少し良くなってから先ほどの細い路地に降り立った。男たちはいなくなったようだが商店街の通りは人でごった返している。人を探すのはなかなか難しそうだった。屋根の上から探すことも考えたが、上から覗き込むとレリアが落ちそうで危ないかと考えて諦めた。 「いい方法を思い付いたんだが、悪目立ちしそうなんだよな。どうする?」  レリアに聞くときょとんとした顔をして頷いた。よくわからないがやってみるということだろうと理解した。 「じゃあ悪いがちょっと乗せるぞ」  ビスタークはそう言うとレリアを抱き上げて自分の左肩に座らせた。レリアは驚いたのと高さに怖くなったこともあってビスタークの頭にしがみついた。   「髪の毛は引っ張らないでくれ。絶対に落とさねえから安心して探せ」  レリアはおそるおそる周りを見渡している。離れたところに三人らしき頭を見つけるとビスタークの肩を軽く叩き指をその方向へ指す。 「あっちだな? わかった」  レリアを肩に乗せたまま移動した。確かに悪目立ちしていて皆の注目を浴びたが、身内の三人にも見つけてもらえた。 「レリア!」  三人が駆け寄ってきたので肩から下ろした。レリアは手話で三人に何か伝えていたようだった。 「迷子になって悪そうな奴らに絡まれてたんでな、ちょっとお節介させてもらった」 「あ! あなた、行き倒れてた人?」 「ああ。あの時は世話になった。これで借りは返せたかな?」 「探していたんだ。ありがとう。二度も会ったんだから縁があるのかもしれないな。食事でもどうかな?」 「ちょ、親父、それは……」  たぶんこの中年の色黒の男がレリアを拾った父親なのだろう。礼を言い、食事に誘ってきた。その息子と思われる男は嫌がっているようだが。 「レリアもそうしたいだろ?」  父親に言われてレリアが笑顔で頷いた。



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 ビスタークは人通りの多い商店街を散策した。土産物の目星もつけておかないとニアタが五月蝿そうだなと思いながらうろうろしていた。    ふと路地に目をやると、ガラの悪そうな男たちが誰かに絡んでいるようだった。折角神衛兵かのえへいとして承認されたのに揉め事を起こして登録を解除されることを考えるとあまり首を突っ込みたくは無かった。しかし状況だけでも確認して人を呼ぶくらいならできるかと思い路地へ向かった。    そこにはレリアと呼ばれていたビスタークを助けた女がいた。周りに他の三人はおらず、おろおろしている。様子見をする予定だったが、やめた。 「俺の女に何か用か?」  ビスタークは男たちにそう言って詰め寄った。 「ああ? なんだお前?」 「邪魔すんな!」  そう言いながら殴りかかってきたので軽くいなして転ばせ、男たちが起き上がる前にレリアを抱えて反力石リーペイトで飛んだ。屋根の上に乗るとそのままその場所から少し離れた屋根の上で一旦レリアを下ろし、座らせた。 「お前、砂漠で介抱してくれた奴だよな? 他の仲間はどうした? はぐれたのか?」  ビスタークがそう聞くとレリアは驚きに目を見張ったまま何回か頷いた。 「迷子か。じゃあさっきの通りに戻って探さないとな……さっきの奴らと鉢合わせるとあれだから少し時間を空けてもいいか? 今はあまり面倒事を起こしたくないんだ」  またレリアはこくこくと頷いた。顔が真っ赤だった。そういえば余計な事を言ったなと思いながら弁明する。 「あー、あれはそう言えば大人しく引き下がるかと思ったからだ。殴りかかってきたから意味無かったが。だから気にするな」  また黙ったまま二回頷いた。なんだか違和感を感じた。彼女は先程から一度も声を出していないのだ。そういえば砂漠で介抱してもらったときにも声を聞いていない気がした。 「お前……もしかして口がきけないのか?」  わかってもらえたのが嬉しかったのか笑顔で頷いた。ビスタークはレリアの首に普通なら無いものを見つけ、喉が良く見えるように彼女の顎を指で上へあげた。  そこには喉を横に切り裂いた傷痕があった。おそらくはこのせいで喋れないのだろう。 「この傷……どうした? あ、すまん」  顎を上げさせたまま聞いてしまい、慌てて手を離した。それに聞いたところで喋れないではないか、と思った。レリアは肩から下げた鞄をごそごそと漁って紙束と鉛筆を取り出し、それに文字を書き始めた。 【父に拾われた時にはもうこの傷はあったそうです。小さい頃なので覚えてなくて原因はわかりません】  なるほど、紙に書いてもらえばいいのか、と思っていると、彼女はまだ文字の続きを書いていた。 【傷仲間ですね】  ビスタークは意表を突かれた。男ならまだしも女に言われるとは。自分の身体に傷があるのは女なら余計に辛いのではないだろうか。 「俺のこれは傷じゃねえよ。生まれつきだから痣なんだ」  自分の右頬を触り忌々しい感情を隠しながらそう言い、先ほど書かれた文字に目をやる。 「拾い子なのか。父親は一緒にいた色黒の男か? 他の奴らも家族なのか?」  レリアは頷いた。 「じゃあ探さないとな。向こうも心配してるだろ。あいつ等がいなくなってるといいんだが」  そう言った後、名前を名乗っていないことに気が付いたので教えた。 「俺の名前はビスターク。お前は?」  レリアと呼ばれていたのは聞いていたが確認のため聞いてみた。 【レリア=A=フォスター】  レリアは自分のフルネームを書いて見せてきたのでビスタークは動揺した。  ここの文化には結婚するときに相手へ名前を贈る、というものがある。親から贈られたミドルネームの頭文字から名前をお互いにつけるのだ。普通は「名」だけ名乗るもので、せいぜい教えたとしても「姓」までだ。ミドルネームを教えたり聞いたりすることは相手に気があるということになる。  だから動揺したのだが、別の地域にはそういう風習が無くフルネームを教えるのが普通なのかもしれないと考え、平静を装った。  レリアは紙と鉛筆をビスタークに渡してきた。 「? 俺にも書けっていうのか?」  そう聞くと頷いたので自分も仕方無くフルネームを書いた。 【ビスターク=Z=ウォーリン】 「これでいいか?」  レリアは笑顔で頷きながら紙を受け取ったが、その途端横へ倒れてしまった。暑さにやられたのか顔が赤い。ビスタークは慌てて昨日貰った闇源石ニグータイトで影を作った。 「おい! 大丈夫か?」  口が効けないため、意識があるのかどうかわかりづらい。ビスタークは焦った。今のところ息はしているが急変する恐れもある。声をかけながら軽く頬を叩いたところ少し首が動いた。 「しっかりしろ!」  レリアが少し目を開けた。その後すぐビスタークの声に反応して目を合わせた。そして困ったような笑顔を向けながら起き上がろうとする。 「無理すんな。横になってろ」  持っていた鞄代わりの袋の中からタオルを出して頭の下に敷いてやった。 「はー、焦ったぜ……」  レリアは申し訳なさそうにビスタークに視線を合わせる。休めるようしばらく間を置いてから話しかけた。 「昨日と逆だな。そうだ、水飲むか?」  こくりと頷いたので自分の水筒を渡した。上半身だけ起き上がり、水を飲むついでに倒れたとき落とした紙束と鉛筆を拾って文字を書き始めた。 【急に倒れてすみませんでした。よくあることなんです】 「よくあること?」 【緊張状態から気が緩んだりするとよくなります。さっき助けてもらってホッとしたからだと思います】 「……助けないほうがよかったか?」  レリアは勢いよく首を振った。そのせいなのかまた倒れそうになりビスタークが慌てて支えた。 「急に頭を動かすなよ。頭から血が下がってまた気を失うぞ」  レリアはふらつきながらも紙に文字を書いていく。 【助けないほうがなんて、そんなわけないじゃないですか! 書き方が悪かったですね。本当に助かりました。ありがとうございます】  レリアは丁寧な仕草で頭を下げた。 「危ない目に合わないようにしろよ。助けたとたんに倒れられるとこっちの心臓に悪い」 【そうしたいです】 「随分と虚弱なんだな」 【はい。困っています。家族に迷惑をかけてばかりで】 「体調が落ち着いたら探してやるから安心しろ」  そう言うとレリアは笑顔で「ありがとうございます」と言っているように口をパクパクと動かした。  レリアの体調が少し良くなってから先ほどの細い路地に降り立った。男たちはいなくなったようだが商店街の通りは人でごった返している。人を探すのはなかなか難しそうだった。屋根の上から探すことも考えたが、上から覗き込むとレリアが落ちそうで危ないかと考えて諦めた。 「いい方法を思い付いたんだが、悪目立ちしそうなんだよな。どうする?」  レリアに聞くときょとんとした顔をして頷いた。よくわからないがやってみるということだろうと理解した。 「じゃあ悪いがちょっと乗せるぞ」  ビスタークはそう言うとレリアを抱き上げて自分の左肩に座らせた。レリアは驚いたのと高さに怖くなったこともあってビスタークの頭にしがみついた。   「髪の毛は引っ張らないでくれ。絶対に落とさねえから安心して探せ」  レリアはおそるおそる周りを見渡している。離れたところに三人らしき頭を見つけるとビスタークの肩を軽く叩き指をその方向へ指す。 「あっちだな? わかった」  レリアを肩に乗せたまま移動した。確かに悪目立ちしていて皆の注目を浴びたが、身内の三人にも見つけてもらえた。 「レリア!」  三人が駆け寄ってきたので肩から下ろした。レリアは手話で三人に何か伝えていたようだった。 「迷子になって悪そうな奴らに絡まれてたんでな、ちょっとお節介させてもらった」 「あ! あなた、行き倒れてた人?」 「ああ。あの時は世話になった。これで借りは返せたかな?」 「探していたんだ。ありがとう。二度も会ったんだから縁があるのかもしれないな。食事でもどうかな?」 「ちょ、親父、それは……」  たぶんこの中年の色黒の男がレリアを拾った父親なのだろう。礼を言い、食事に誘ってきた。その息子と思われる男は嫌がっているようだが。 「レリアもそうしたいだろ?」  父親に言われてレリアが笑顔で頷いた。



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