Harpyia

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「……効いた、のか?」  柊牙が無声音で訊く。  わからない、と史岐が首を振ろうとすると、柊牙はびくっと目を見開いて外を見つめ、次の瞬間、史岐の服の襟を掴んで引きずり倒した。 「っ……」引っぱられた服がもろに首に食い込んで、史岐は咳き込みながら柊牙を睨みつけた。「お前、何す──」 「黙ってろ!」  柊牙が怒鳴った時、目の前の窓を突き破って大きな影が廊下に飛び込んできた。  砕けた硝子が月明かりを反射しながら周囲に飛び散り、尖った先端が、床の塗装や壁の表面を削り取るのを見て、史岐は青ざめた。柊牙が助けてくれなかったら、今頃、自分はまともにあれを浴びて大怪我をしていただろう。  しかし、礼を言う余裕はなかった。  外から飛び込んできた生きものは、つごもりさんに覆い被さり、力を誇示するように首を上下に振っている。鋭い鉤爪がついた脚の下では、まだ、つごもりさんがびくびくと動いていた。  初め、猛禽類だろうか、と史岐は思った。  翼を広げたら体長は優に三メートルを超えそうだが、自然界でもあり得ない大きさではない。  しかし、半ば畳まれた翼の間には、豊かな栗色をした女の髪が流れ落ちていた。 「おい……」何か言いかけた柊牙は、その声を聞きつけた鳥様の生きものがこちらを振り向いた瞬間、う、と呻いて言葉を飲み込んだ。  首の先についているのは鳥の頭部ではなかった。紛れもなく人間の、それも、ビスク・ドールのような美しい少女の顔がこちらを見つめている。  長い睫毛に縁取られた瞳が史岐達に向いていたのは、しかし、ほんのわずかな間だけで、彼女はすぐに首を下げると、つごもりさんに鉤爪を食い込ませて押さえつけながら、ぶち、ぶちっと音を立てて食いちぎり始めた。  喉がつかえたような呼吸を一つして、柊牙は片手で口を覆って後ずさった。普段は鬼も祟りも意に介さないような傍若無人な振る舞いが目につくが、心根は、存外に繊細な男なのだ。  入れ違いで、利玖が進み出て来て、 「お知り合いですか?」 と訊いた。柊牙ほどへたばってはいないようだが、さすがに混乱した表情を浮かべている。 「いや……」史岐が答えようとした時、遠くの方で、雪を踏みしだく足音がした。  新雪に覆われた庭を突っ切って、まっすぐに二つの人影がこちらに向かって来る。  後ろを歩いているのは見慣れない若い男だったが、せき立てられているような前のめりの姿勢で先頭を歩いてくるのは、だんでらに出かけていた佐倉川真波だった。



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「……効いた、のか?」  柊牙が無声音で訊く。  わからない、と史岐が首を振ろうとすると、柊牙はびくっと目を見開いて外を見つめ、次の瞬間、史岐の服の襟を掴んで引きずり倒した。 「っ……」引っぱられた服がもろに首に食い込んで、史岐は咳き込みながら柊牙を睨みつけた。「お前、何す──」 「黙ってろ!」  柊牙が怒鳴った時、目の前の窓を突き破って大きな影が廊下に飛び込んできた。  砕けた硝子が月明かりを反射しながら周囲に飛び散り、尖った先端が、床の塗装や壁の表面を削り取るのを見て、史岐は青ざめた。柊牙が助けてくれなかったら、今頃、自分はまともにあれを浴びて大怪我をしていただろう。  しかし、礼を言う余裕はなかった。  外から飛び込んできた生きものは、つごもりさんに覆い被さり、力を誇示するように首を上下に振っている。鋭い鉤爪がついた脚の下では、まだ、つごもりさんがびくびくと動いていた。  初め、猛禽類だろうか、と史岐は思った。  翼を広げたら体長は優に三メートルを超えそうだが、自然界でもあり得ない大きさではない。  しかし、半ば畳まれた翼の間には、豊かな栗色をした女の髪が流れ落ちていた。 「おい……」何か言いかけた柊牙は、その声を聞きつけた鳥様の生きものがこちらを振り向いた瞬間、う、と呻いて言葉を飲み込んだ。  首の先についているのは鳥の頭部ではなかった。紛れもなく人間の、それも、ビスク・ドールのような美しい少女の顔がこちらを見つめている。  長い睫毛に縁取られた瞳が史岐達に向いていたのは、しかし、ほんのわずかな間だけで、彼女はすぐに首を下げると、つごもりさんに鉤爪を食い込ませて押さえつけながら、ぶち、ぶちっと音を立てて食いちぎり始めた。  喉がつかえたような呼吸を一つして、柊牙は片手で口を覆って後ずさった。普段は鬼も祟りも意に介さないような傍若無人な振る舞いが目につくが、心根は、存外に繊細な男なのだ。  入れ違いで、利玖が進み出て来て、 「お知り合いですか?」 と訊いた。柊牙ほどへたばってはいないようだが、さすがに混乱した表情を浮かべている。 「いや……」史岐が答えようとした時、遠くの方で、雪を踏みしだく足音がした。  新雪に覆われた庭を突っ切って、まっすぐに二つの人影がこちらに向かって来る。  後ろを歩いているのは見慣れない若い男だったが、せき立てられているような前のめりの姿勢で先頭を歩いてくるのは、だんでらに出かけていた佐倉川真波だった。



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