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待ちわびた蕎麦

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 戻ってくると、テレビの画面が点いており、柊牙と柑乃がそれを見ていた。  まだ音楽特番が続いているのかと思ったが、画面のどこにもバナーが出ておらず、画質も粗い。照明が少な過ぎるし、カメラワークも稚拙だ。  そういう演出なのだろうか、と思いながら座った途端、自分の顔が画面いっぱいに映し出されたので、危うく史岐は叫びそうになった。 「おっと」史岐の狼狽を察知した柊牙が、わずかに早くリモコンを手元に引っ張り込む。「邪魔すんなよ。いい所なんだから」 「何で、その動画が、ここにある」 「いやあ、テレビばっか見てても退屈なもんで、ちょっと台所に行って、匠さんにミラーリングのやり方を訊いてきたんだよ。ネギ刻んでたのに、快く教えてくれたぜ」 「まず僕に許可を取ろうっていう発想はないのか」 「ないね。だってこれ、学園祭の時のライブだぜ。動画投稿サイトで全世界向けに配信されてるよ」  石像のように体をこわばらせて画面を見つめている柑乃は、頬をひきつらせ、ぎこちない笑みを浮かべている。当たり前だ。この映像が撮られた数時間後に史岐は理学部棟で彼女に組み伏せられ、喉元に刀の切っ先を突きつけられたのである。  そんな柑乃の様子を見て、居た堪れなくなった史岐は、もう一度、柊牙の手からリモコンを奪い取ろうと試みたが、柊牙はリモコンを持ったまま立ち上がってしまった。 「お前な、自分があんまり映ってないからって」史岐も思わず腰を浮かせて、彼を睨み付ける。 「撮影係に賄賂渡して、映さないでくれって頼んでおいたから。その分、お前にカメラ振ってんじゃねえの」  いい加減にしろ、と史岐が語気を荒げたのを切っ掛けに、二人がリモコンの奪い合いを始めると、柑乃は初めのうちこそ、おろおろとした様子でそれを見ていたが、ふいに、ピクッとするどい動きである方向に顔を向けた。  集中して何かを聞き取ろうとしているように、かすかに眉をひそめ、身じろぎせずにいたが、やがて機敏な動きで立ち上がると、 「すみません。わたし、ここで失礼します」 と言って、逃げるように居間から出て行ってしまった。  そういう風に訓練されているのだろう。障子を開けて、閉めていく時も、それから廊下を駆けていく時も、ほとんど音がしなかった。  残された史岐と柊牙が、さすがに見苦しい真似だったか、とばつの悪い思いで顔を見合わせていると、柑乃が注視していた方向から別の足音が近づいてきた。 「何やら盛り上がっていますね」障子の間から、エプロンを着けて腕まくりをした利玖が顔を覗かせた。 「お蕎麦が出来ましたよ」



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待ちわびた蕎麦

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 戻ってくると、テレビの画面が点いており、柊牙と柑乃がそれを見ていた。  まだ音楽特番が続いているのかと思ったが、画面のどこにもバナーが出ておらず、画質も粗い。照明が少な過ぎるし、カメラワークも稚拙だ。  そういう演出なのだろうか、と思いながら座った途端、自分の顔が画面いっぱいに映し出されたので、危うく史岐は叫びそうになった。 「おっと」史岐の狼狽を察知した柊牙が、わずかに早くリモコンを手元に引っ張り込む。「邪魔すんなよ。いい所なんだから」 「何で、その動画が、ここにある」 「いやあ、テレビばっか見てても退屈なもんで、ちょっと台所に行って、匠さんにミラーリングのやり方を訊いてきたんだよ。ネギ刻んでたのに、快く教えてくれたぜ」 「まず僕に許可を取ろうっていう発想はないのか」 「ないね。だってこれ、学園祭の時のライブだぜ。動画投稿サイトで全世界向けに配信されてるよ」  石像のように体をこわばらせて画面を見つめている柑乃は、頬をひきつらせ、ぎこちない笑みを浮かべている。当たり前だ。この映像が撮られた数時間後に史岐は理学部棟で彼女に組み伏せられ、喉元に刀の切っ先を突きつけられたのである。  そんな柑乃の様子を見て、居た堪れなくなった史岐は、もう一度、柊牙の手からリモコンを奪い取ろうと試みたが、柊牙はリモコンを持ったまま立ち上がってしまった。 「お前な、自分があんまり映ってないからって」史岐も思わず腰を浮かせて、彼を睨み付ける。 「撮影係に賄賂渡して、映さないでくれって頼んでおいたから。その分、お前にカメラ振ってんじゃねえの」  いい加減にしろ、と史岐が語気を荒げたのを切っ掛けに、二人がリモコンの奪い合いを始めると、柑乃は初めのうちこそ、おろおろとした様子でそれを見ていたが、ふいに、ピクッとするどい動きである方向に顔を向けた。  集中して何かを聞き取ろうとしているように、かすかに眉をひそめ、身じろぎせずにいたが、やがて機敏な動きで立ち上がると、 「すみません。わたし、ここで失礼します」 と言って、逃げるように居間から出て行ってしまった。  そういう風に訓練されているのだろう。障子を開けて、閉めていく時も、それから廊下を駆けていく時も、ほとんど音がしなかった。  残された史岐と柊牙が、さすがに見苦しい真似だったか、とばつの悪い思いで顔を見合わせていると、柑乃が注視していた方向から別の足音が近づいてきた。 「何やら盛り上がっていますね」障子の間から、エプロンを着けて腕まくりをした利玖が顔を覗かせた。 「お蕎麦が出来ましたよ」



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