愛ゆえに…

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 薄暗い部屋。  そこが私とあるじの愛の巣。  私の白い指があるじの男らしい、筋肉質な身体をなぞっていく。  あるじが軽く吐息を吐く。  ここが気持ちよいのだろうかと思い、同じように何度もその辺りをなぞる。  私の名はクシナダ。  我があるじの妻にして側近でもある。  私はあるじの妻ではあるが、しかし主の心の1番に私は居ない。  主の心は常に、天上に燦然と輝く太陽に捕らわれているから。  だから私は、妻ではあってもあるじに一番愛されている女ではない。  そんなことは最初から解っていた。  解っていたけど、其れでも私はあるじを、素戔嗚さまを求めてしまう。  彼を心から愛している。  例え太陽の身代わり、代替えだったとしても、あるじの身体に触れ、その熱を感じられるならば構わなかった。 「可愛い奴だな……お前は」  猛禽類を思わせる鋭い金色の瞳が私の目を捉える。  口元は獰猛そうに歪められている。 「お前は俺のためなら何でもする。死ねと言われたら死ぬだろう。そんなお前だから可愛くて仕方が無い。」  その言葉が何処まで本心であるかわからないけれど、その言葉だけで私は満たされる。  良いのですよ、我があるじ様。  例えあなたの心が、天上に輝く太陽……いえ、あなたの姉君に捕らわれていても。  あなたにとって私は、ただの都合の良い代用品であったとしても。  あなたの腕に抱かれ、あなたの男に貫かれ、あなたの熱を感じられるなら私は死をもいといません。  言葉に出来ぬ想いを込めて、私はあるじの唇を己の唇で塞ぐ。  互いの口の中で、舌が2匹の蛇のように激しくうごめき、絡み合いそしてほどかれる。 「愛して……愛しております……素戔嗚さま……私の愛おしい人。あなたのためなら私は何でもします、この命さえ惜しくない」  ありったけの想いを込めて言葉を紡ぐ。  あるじ様の顔が笑みを浮かべる。  邪悪であり、そしてこれ以上無く魅力的な笑みを。 「ならクシナダ……お前に一つ頼みたいことがある」 「はい……なんなり……とぉ!」  私は最後まで言い切ることが出来なかった。  とつぜんあるじの男が、獰猛に私の女を貫き入ってきたからだ。  全身がけいれんしたかのように震え、心の底から……いや体中から私の気持ちがあふれ出てしまう。  私はその夜、1回目の絶頂を味わい意識を失った。  どのくらいの時間が経過したのだろうか。  私が意識を取り戻すと、あるじ様は布団の上で胡座をかいて、手酌で酒を飲んでいた。 「たった5回程度で音を上げてしまうとは……ははは、すこしお前を放置しすぎていたか?」  意地の悪い口調であるじ様は私に笑いかける。  そう……長きの間、触れてもらえなかった私の身体は、あるじ様にねやに誘われたときから既に準備万端だった。  そして予想外のタイミングで、雄々しく貫かれたとき、何かが私の中から溢れだしそして私は激しく気をやってしまったのだ。 「お恥ずかしゅう……」  私はあわてて着物の袷をたぐり寄せると、その場に正座して頭を下げる。  あるじを、夫を楽しませ満足させる前に、自分が気をやってしまい、あまつさえ意識を失っていたとは。 「構わんさ……今宵は俺も滾りすぎていた。いよいよ事が成ると思うと抑えきれなかったからな。」  あるじは平伏する私に、満足そうに微笑みながらそう言う。 「事が成る……では遂に……」 「ああ……だからお前には一つ仕事をして貰いたい」 「何なりと……」  あるじからの申しつけは、宴の招待状を届けること。  ただし届け先は敵中のど真ん中とも言うべき、かの神社であると。 「破壊は最小限、招待客からは何をされようが一人も欠けさせることは許さん。できるか?」  あるじの目が細められて、値踏みするように私を見つめてくる。 「このクシナダによもやがありましょうや?使えぬ守藤と同じ轍は踏みませぬ。この命にかけて」 「大切な妻を、あのような烏合の衆と同じと思ってはおらぬ。ゆえに呉々も失敗することのないようにな」  私は1度だけあるじに頭を下げると、素早く身支度を調える。  あるじの代役として招待状を届けるならば、それなりの格好をせねばならない。  あるじの偉容を損ねること無く、しかし華美にならない装い。  そう考えて私は、普段余りきることのない黒のオーガンジードレスを手に取る。  黄泉からの使い……成ればこの色合いも良かろう。  そうして私は漆黒の装いを纏い、ゆっくりと呪文を唱え始める。  あの神社の近くに、守藤の者達が密かに巡らせていた転移の紋様に飛ぶために。  この任務を見事に仕上げたなら、またあるじは私を抱いてくれるだろうか。  ふと考える。  私は下腹部に鈍い熱が宿るのを感じながら、呪文を完成させる。  そしてふと思う。  あるじの心を独占している、あの太陽に初めて会うことを。  さて……私は自制することが出来るだろうかと考えて、自分の愚かな考えに口を歪めて失笑してしまう。  私の気持ちなどどうでも良い、全てはあるじの意に沿うか否かだ。  私の感情など入る余地がないのだと。  私の司会がゆっくりと闇に飲み込まれていく。  次に目を開けるときは、恐らく神社の鳥居が見えるだろう。  さぁ行こう。  あるじの望みを叶えるために。  最愛のあの方が望む未来を作るために。    



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