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美月 wretched moon~憂い

ー/ー



 目の前が赤く染まる。
 私の根源たる月が雲に遮られて、その光を十分に地上に降り注ぐことの出来ない闇夜。
 その黒の中に綺麗な赤が咲き誇る。
 
 『姉様の赤』

 ひときわ美しく、どこか儚く、姉の体から湧き上がる赤が、私の司る夜を染めていく。
 その刹那、まるで見計らっていたかのように、雲間から一条の光が差し込み、地に伏しても尚美しい姉の(かんばせ)を映し出す。
 
 その事実が、状況が、私の中の理性を少しずつ溶かしていく。
 
「姉様!姉様!姉様ぁぁぁぁ!」

 どこかで半狂乱になって叫ぶ女の声が聞こえる。
 誰……なぜそんな、全ての悲しみを乗せたような声で叫んでいるの。
 なぜ……私は……これ程の怒りと喪失を感じているの。

「貴様等!よくも、よくも姉様を!……一人残らず黄泉路へ送り届けて、二度と人界に生まれ落ちぬようにしてやる!」

 ああ……この声は、私の口から漏れ出しているのだ。
 今まで気が遠くなるほどの時間を生きてきて、初めて感じるこの感情が言葉になって漏れ出ているのだ。
 なら……いいか……もう、何もかも壊しても……いいか……。

 ゆっくりと手に持っていた鉄扇を目の前に掲げ私は思う。
 目の前に居る全ての者に死を。
 我は死と夜を司りしモノをその身に宿せし存在なのだから。

 凪ぐ、払う、叩き付ける。
 私の両の手に握られた鉄扇が、空を切り皮膚を裂き、骨をたたく……。
 荒れ狂う心のまま、目の前に居る憎きモノをひたすらにうち伏せる。
 激情に任せて。
 でもどこかで覚めた目で見ている私が居る。

 この者達をいくら打ち伏せようとも、姉はもう姉では無いのだと。
 そうして自分には、姉と同じくらい守らねばならぬモノがあることを思い出す。

 振り返ると、短刀を両手に賊と切り結んでいるあの人の姿が見えた。
 あの人の元に駆け寄ろうと足を動かす。
 姉を失った今、同じくらい大切なあの人だけは失うわけには行かない。
 命に替えても守らなければ。

 あの人と切り結んでいる賊に打ちかかろうと右腕を振るう。
 その刹那、あの人が地に倒れるのが視界の端に映り、私は動転してしまう。
 まさか……手傷を負ったのだろうか。
 そう考えただけで心臓が早鐘を打ち、視界がゆがむ。

 怖い……怖い……怖い……。

 姉を失ったときには感じなかった感情がわき上がり、その感情に支配される。
 呼吸をしているはずなのに息苦しい。
 駆け寄っているはずなのに、足が鉛のように重くてその距離が縮まらない。

「朋胤さま!」

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 私は自分のあげた叫び声で、目を覚ました。
 目の前には見慣れた天井が見える。
 その光景で、自分が今居る場所と状況を理解して、ほっと息を一つ吐く。

「夢……か……」

 ぽつりと小さく口にする。
 先ほどまでの生々しい光景は、夢だったのだと安堵する。
 正しくは夢ではなくて、私の記憶……なのだけれど、それでも今起きている出来事ではないことに安堵する。
 それと同時に、あの時の感情や気持ちが、一気にあふれてきて胸が苦しくなる。
 
 あの時から、どれだけの時間が流れたというのだろうか。
 もう数えることさえ億劫になり、諦めてしまいそうになるほどの時間を経ても、私たちはあの方に出会えないままでいた。

 過去に刻んだ対の紋章。
 神格をもって人となす。
 あの儀式の時に刻んだ紋章の力で、もしあの人が生まれ落ちているならば、必ず私たちと交わるはずなのに。
 もう何百という年を数えても、私たちは出会えていない。

 ふと姉から聞いた話を思い出す。
 かつて私が燈月媛と名乗っていた時代のこと。
 私が虚の贄となり、姉の日和媛があの人を看取った時の話。

 あの時の兼朋様は、気力を失い魂が消えかけていたと姉は語った。
 それ故に、朋胤さまに出会うまでもかなり長い時間が掛かったのだと。
 そんな消えかけた魂が、ようやく生まれ落ちたあの時、あの人の魂はより深く傷ついただろう。

 だから……生まれてこないのだろうか。
 限界まですり切れたあの人の魂は、最後の(くさび)を打ち込まれたことで消失してしまったのだろうか。
 そう考えてしまって、慌てて頭を振る。
 そんなはずがない。
 あの人の魂がもし消えたのなら、私たちに刻んだ対の紋章も消えているはず。
 でも紋章は消えていない。
 だから必ずまた会えるはずなのだと。

 それはもしかすると、祈りにも似た願いだったのかもしれない。

「美月……起きているのかしら」

 昏い考えに浸りかけた私の耳に、姉の柔らかい声が届く。
 きっと朝餉の準備が出来たのだろう。
 私は暗い気持ちと考えを心の奥底にしまい、努めて平静な声で姉に返事を返す。

 馬鹿なことは考えるな、成すべき事をなして、あの人が現れるのを待ち続けよう……。
 自分に何度もそう言い聞かせまがら、私はゆっくりと布団から起ち上がるのだった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 人気のない神社。
 縁を持ち、招かれたモノしか立ち入ることの出来ない。
 そのような結界を他ならぬ私が施した神社。
 訪う者など殆どいない場所だけれど、それでも神気を保つため清掃は欠かせない。

 だから私はその日も、いつものように境内を掃き清めていた。

 しかし今日は珍しく、人の気配を感じた。
 だから私は、さりげなくこの神社を訪った人間がどんな人物なのかを確認するため、そっと近寄っていった。

 学生なのだろうか、制服を少しラフに着こなしている背中が見えた。
 すらりとした後ろ姿をしているが、その服装から男性だと解る。
 見慣れないのだろうか、落ち着きなく境内のあちこちに視線を送り、一人で小さく頷いたりしている。

 その所作と気配から、悪意のようなモノは感じなかったので、私は声を掛けてみることにした。

「めずらしい……参拝の方ですか……」

 突然かけられた声に驚いたのだろうか、その男性はビクリと小さく体を震わせるとゆっくりと振り返る。

「あ、いや……ブラブラと散策していたら神社があったので、ちょっと見学を」

 男性が言葉を口にしながら、私の方を見る。
 その時、私の体に電気が走ったかのような感覚。

 振り返った男性が私の顔をじいっと見つめて、怪訝な顔をする。
 私はその男性の視線を受けて、そして驚きと同時に嬉しさが込みあげてくるのを感じた。

 年の頃は17~8位か。
 やや勝ち気そうというべきか、意志の強そうな目をしている。
 短めの黒い髪を軽く立て気味にしており、いかにも学生らしい活力があふれている感じ。
 その顔立ちは、私の記憶にあるあの方の、思慮深く優しげなものとは違っている。
 だけども、私は確信していた。

 この男性が、あの人なのだと。
 長い長い時を超えて、再び出会えたのだと。

 それと同時に感じていた。
 あの人と再び出会えたと言うことは、またあの悲劇に似た因縁が私たちを襲うと言うことを。
 怪訝そうな表情で私を見る、かつての面影を宿さない、だけれども間違いなくあの人である男性の視線を受け止めながら、私の心はうれしさと同時に、憂いを感じているのだった。
 


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 目の前が赤く染まる。
 私の根源たる月が雲に遮られて、その光を十分に地上に降り注ぐことの出来ない闇夜。
 その黒の中に綺麗な赤が咲き誇る。
 『姉様の赤』
 ひときわ美しく、どこか儚く、姉の体から湧き上がる赤が、私の司る夜を染めていく。
 その刹那、まるで見計らっていたかのように、雲間から一条の光が差し込み、地に伏しても尚美しい姉の|顔《かんばせ》を映し出す。
 その事実が、状況が、私の中の理性を少しずつ溶かしていく。
「姉様!姉様!姉様ぁぁぁぁ!」
 どこかで半狂乱になって叫ぶ女の声が聞こえる。
 誰……なぜそんな、全ての悲しみを乗せたような声で叫んでいるの。
 なぜ……私は……これ程の怒りと喪失を感じているの。
「貴様等!よくも、よくも姉様を!……一人残らず黄泉路へ送り届けて、二度と人界に生まれ落ちぬようにしてやる!」
 ああ……この声は、私の口から漏れ出しているのだ。
 今まで気が遠くなるほどの時間を生きてきて、初めて感じるこの感情が言葉になって漏れ出ているのだ。
 なら……いいか……もう、何もかも壊しても……いいか……。
 ゆっくりと手に持っていた鉄扇を目の前に掲げ私は思う。
 目の前に居る全ての者に死を。
 我は死と夜を司りしモノをその身に宿せし存在なのだから。
 凪ぐ、払う、叩き付ける。
 私の両の手に握られた鉄扇が、空を切り皮膚を裂き、骨をたたく……。
 荒れ狂う心のまま、目の前に居る憎きモノをひたすらにうち伏せる。
 激情に任せて。
 でもどこかで覚めた目で見ている私が居る。
 この者達をいくら打ち伏せようとも、姉はもう姉では無いのだと。
 そうして自分には、姉と同じくらい守らねばならぬモノがあることを思い出す。
 振り返ると、短刀を両手に賊と切り結んでいるあの人の姿が見えた。
 あの人の元に駆け寄ろうと足を動かす。
 姉を失った今、同じくらい大切なあの人だけは失うわけには行かない。
 命に替えても守らなければ。
 あの人と切り結んでいる賊に打ちかかろうと右腕を振るう。
 その刹那、あの人が地に倒れるのが視界の端に映り、私は動転してしまう。
 まさか……手傷を負ったのだろうか。
 そう考えただけで心臓が早鐘を打ち、視界がゆがむ。
 怖い……怖い……怖い……。
 姉を失ったときには感じなかった感情がわき上がり、その感情に支配される。
 呼吸をしているはずなのに息苦しい。
 駆け寄っているはずなのに、足が鉛のように重くてその距離が縮まらない。
「朋胤さま!」
 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 私は自分のあげた叫び声で、目を覚ました。
 目の前には見慣れた天井が見える。
 その光景で、自分が今居る場所と状況を理解して、ほっと息を一つ吐く。
「夢……か……」
 ぽつりと小さく口にする。
 先ほどまでの生々しい光景は、夢だったのだと安堵する。
 正しくは夢ではなくて、私の記憶……なのだけれど、それでも今起きている出来事ではないことに安堵する。
 それと同時に、あの時の感情や気持ちが、一気にあふれてきて胸が苦しくなる。
 あの時から、どれだけの時間が流れたというのだろうか。
 もう数えることさえ億劫になり、諦めてしまいそうになるほどの時間を経ても、私たちはあの方に出会えないままでいた。
 過去に刻んだ対の紋章。
 神格をもって人となす。
 あの儀式の時に刻んだ紋章の力で、もしあの人が生まれ落ちているならば、必ず私たちと交わるはずなのに。
 もう何百という年を数えても、私たちは出会えていない。
 ふと姉から聞いた話を思い出す。
 かつて私が燈月媛と名乗っていた時代のこと。
 私が虚の贄となり、姉の日和媛があの人を看取った時の話。
 あの時の兼朋様は、気力を失い魂が消えかけていたと姉は語った。
 それ故に、朋胤さまに出会うまでもかなり長い時間が掛かったのだと。
 そんな消えかけた魂が、ようやく生まれ落ちたあの時、あの人の魂はより深く傷ついただろう。
 だから……生まれてこないのだろうか。
 限界まですり切れたあの人の魂は、最後の|楔《くさび》を打ち込まれたことで消失してしまったのだろうか。
 そう考えてしまって、慌てて頭を振る。
 そんなはずがない。
 あの人の魂がもし消えたのなら、私たちに刻んだ対の紋章も消えているはず。
 でも紋章は消えていない。
 だから必ずまた会えるはずなのだと。
 それはもしかすると、祈りにも似た願いだったのかもしれない。
「美月……起きているのかしら」
 昏い考えに浸りかけた私の耳に、姉の柔らかい声が届く。
 きっと朝餉の準備が出来たのだろう。
 私は暗い気持ちと考えを心の奥底にしまい、努めて平静な声で姉に返事を返す。
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 そのような結界を他ならぬ私が施した神社。
 訪う者など殆どいない場所だけれど、それでも神気を保つため清掃は欠かせない。
 だから私はその日も、いつものように境内を掃き清めていた。
 しかし今日は珍しく、人の気配を感じた。
 だから私は、さりげなくこの神社を訪った人間がどんな人物なのかを確認するため、そっと近寄っていった。
 学生なのだろうか、制服を少しラフに着こなしている背中が見えた。
 すらりとした後ろ姿をしているが、その服装から男性だと解る。
 見慣れないのだろうか、落ち着きなく境内のあちこちに視線を送り、一人で小さく頷いたりしている。
 その所作と気配から、悪意のようなモノは感じなかったので、私は声を掛けてみることにした。
「めずらしい……参拝の方ですか……」
 突然かけられた声に驚いたのだろうか、その男性はビクリと小さく体を震わせるとゆっくりと振り返る。
「あ、いや……ブラブラと散策していたら神社があったので、ちょっと見学を」
 男性が言葉を口にしながら、私の方を見る。
 その時、私の体に電気が走ったかのような感覚。
 振り返った男性が私の顔をじいっと見つめて、怪訝な顔をする。
 私はその男性の視線を受けて、そして驚きと同時に嬉しさが込みあげてくるのを感じた。
 年の頃は17~8位か。
 やや勝ち気そうというべきか、意志の強そうな目をしている。
 短めの黒い髪を軽く立て気味にしており、いかにも学生らしい活力があふれている感じ。
 その顔立ちは、私の記憶にあるあの方の、思慮深く優しげなものとは違っている。
 だけども、私は確信していた。
 この男性が、あの人なのだと。
 長い長い時を超えて、再び出会えたのだと。
 それと同時に感じていた。
 あの人と再び出会えたと言うことは、またあの悲劇に似た因縁が私たちを襲うと言うことを。
 怪訝そうな表情で私を見る、かつての面影を宿さない、だけれども間違いなくあの人である男性の視線を受け止めながら、私の心はうれしさと同時に、憂いを感じているのだった。