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あの子が好きなのは豚まん

ー/ー



 僕がバイトしているコンビニでは、冬になるといつも『豚まん』を買っていく女の子がいた。

 平日の十九時。彼女は寒そうに鼻を赤くして入店してくると、真っ直ぐレジめがけてやってくる。

 レジ横の中華まんが入ったスチーマーの中を覗き、豚まんがあることを確認すると嬉しそうに瞳をキラキラさせる。

「すみません、豚まん一つください」

 レジにいる僕にそう声を掛ける彼女は、いつだって世界で一番幸せそうな顔をしていた。

 しかし一度だけ、その豚まんが売り切れていたことがあった。

 彼女がやってくる直前にまとめ買いをしていったお客さんがいたからだ。

 僕は急いで新しい豚まんを補充したが、すぐに彼女がやって来てしまった。

 入店するや否や、レジまでまっしぐらの彼女が目にしたのは『豚まん 加温中』の貼り紙。

 その時の彼女の悲痛な面持ちと言ったら、筆舌に尽くしがたいものがあった。

 しょんぼりと肩を落とし帰っていく彼女は、このあと別のコンビニで豚まんを購入するのだろうか。

 なんとなくその後の彼女の動向が気になった僕は、翌日やって来た彼女に声を掛けてみた。

「あの、すみません」
「はい?」

 突然声を掛けられた彼女は、眼鏡越しに丸い目を見開いて驚いていた。

「昨日は申し訳ありませんでした。その……豚まんがご用意できていなくて」

 僕の声掛けがまさかの豚まんの話で、彼女は理解が追いつかなかったのだろう。

 一瞬固まったあと、すぐさま恥ずかしそうに肩をすくめる。

「あ、あぁ! いえ、全然大丈夫です。あー……さすがに覚えられてますよね。お兄さんいつもいますし」

 若い女の子が『いつも豚まんを買っていく客』と認識されるのは、やはり恥ずかしいのだろうか。

 ただのコンビニ店員である僕が、女性に余計な声掛けをすべきではなかったな……。

 反省した僕は頭を下げて謝罪した。 

「いきなりお声掛けしてしまってすみません」
「いえいえ、お気遣いありがとうございます」

 彼女は眼鏡の奥の瞳を細めて、柔らかな笑顔を向けてくれた。

 そして再び恥ずかしそうにはにかむと、豚まんの入ったスチーマーを指差す。

「あの……それで昨日は豚まんが食べられなかったので……。今日は二つお願いできますか」

 僕は予想の斜め上をいく彼女の注文に、思わず吹き出してしまった。

 失礼なことは百も承知だったが、小柄な彼女が豚まんを二つも頬張るところを想像してみたら可愛すぎて、笑わずにはいられなかったのだ。

 とはいえ、接客業に従事しながらお客様のことを笑ってしまうなんてあってはならない行為だ。

 怒らせてしまったかもしれない、と思いながら彼女の表情をうかがう。

 しかし、僕の予想に反して彼女はにこにこと笑顔のままだった。

 僕はやや面食らいながらも、謝罪の言葉を述べた。

「し、失礼いたしました。笑ってしまって……」
「いえいえ。良く食べるなぁと思いました?」

 彼女がいたずらっぽく笑うので、僕は間髪入れずに否定した。

「まさか。そんなこと思いませんよ。……昨日は他のコンビニには行かれなかったんですか?」

 僕は話題を変えるためにも、それとなく昨日の疑問をぶつけてみた。

「はい。ここから家までのあいだにコンビニがないので……。この辺ってここと駅挟んで向こう側にしかコンビニないじゃないですか」
「確かにそうですね」
「スーパーで売ってる豚まんは、自分でスチーマーにかけないといけないのが面倒で……。だからいつもここにお世話になってるんです」

 この辺りに住んでいる子なのか、と考えながら豚まんを一つずつ袋に詰めていく。

「お兄さんは、お家この近くなんですか?」

 突然の質問に驚いて、豚まんを落としそうになった。

 ――危ない危ない。

 何とかキャッチし、冷静を装う。

「僕は――大学がこの近くなんです。講義のあとにここでバイトしてから、電車で家に帰ってます」
「えっ!? 学生さん!?」

 余程驚いたのだろう、彼女は裏返った声をあげた。

 驚く彼女に、こちらまでびっくりしてしまう。

 一体僕はいくつに見えていたんだろうか。

 店内には彼女以外のお客さんはいなかったが、彼女は周囲を気にする素振りをして声をひそめた。

「あ……ごめんなさい。大きな声を出して」
「いえ、大丈夫です。お会計、四百二十円になります」
「これでお願いします」

 彼女は決済用のQRコードを差し出す。僕はQRコードをスキャナで読み取った。

 決済完了の音がチャリンッと鳴るのと同時に僕は豚まんを彼女に差し出した。

「お待たせいたしました。ありがとうございました」

 すると彼女は微笑みながら豚まんを受け取り、こう言った。

「また明日ね、大路(おおじ)くん」

 急に名前を呼ばれた僕は、またもや驚いた。

 どうして名前を知っているのだろう?

 そう尋ねようとしたが、彼女はすでに店の自動ドアを出ていった後だった。

 ――変だな。鼓動が早い。胸が苦しいような気がする。

 左胸に手を当てると、カチャリと何かが手に触れた。

 その硬い無機物の触覚によって、僕は彼女が名前を知っていた理由がわかった。

「あぁ、そっか。名札……」



***
 それから僕たちは会うたびに会話をするようになった。

 彼女の名前は『山谷(やまや)小春(こはる)』さん。

 僕より二つ歳上で、二十四歳の社会人。

 都内で事務の仕事をしているらしい。

 歳下だと勝手に思い込んでいた僕は、彼女の年齢を聞いたときあからさまに驚いてしまった。

 そんな僕を見て、彼女はにこにこ笑った。

「大路くんってたまに失礼なところあるよね」

 愛らしい笑顔でストレートな物言いをする彼女に、僕は少しずつ惹かれていった。



***
 冬も終わりに近付いてきたある日、僕は思い切って彼女にこう声を掛けた。

「あの、小春さん。実は残念なお知らせがありまして……。もうすぐ春なので、季節商品の中華まんは置かなくなっちゃうんです」
「あー……そっかぁ。もうそんな時期だよね」

 残念そうに眉を下げる彼女。小動物のようで、そんな表情も愛らしい。

 ――じゃなくて。言え、言うんだ。勇気を振り絞れ、僕。

「な、なので……っ! 今度僕と一緒に豚まん食べに行きませんか!」

 すると彼女は、初めて声を掛けたときのようにまん丸の目を見開いて僕の顔をじっと見つめた。

 そして口元を隠すように指で覆うと、くすくすと笑い出した。

「ふ……ふふっ。ごめんね。まさか初めてのお誘いが豚まんとは思わなくて……ふふふっ」
「えっ。へ、変でしたか?」
「いや、変じゃないよ。変じゃない……ふふっ」

 笑いの止まらない彼女は、肩を震わせながらスマホを取り出した。

「はい」

 僕に向けられたスマホには、メッセージアプリ用のQRコードが表示されていた。

 しかし『彼女を誘う』という重大なミッションにより、緊張で平常心を失っていた僕は、それを決済用のQRコードだと勘違いしてスキャナで読み込もうとしてしまった。

 そこで彼女はこらえきれずに、大きな声で笑い出した。

「あははっ! 違う違う、お会計じゃないよ。連絡先、交換しよ?」
「あっ……そ、そうか。すみません」

 僕はペコペコ頭を下げながら、自分のスマホを取り出しQRコードを読み込んだ。

 『こはる』という名前のアカウントが友だち追加される。

 彼女と連絡先を交換できた喜びがじわじわとこみ上げてきた。

「連絡待ってるね。……で、豚まん一つください」

 舞い上がる僕とは反対に、いつも通りの彼女。

 これが大人の余裕ってやつなのか、と思わず感心してしまった。




***
 そして、迎えたデートの日。

 僕はひどく緊張していた。

 何を隠そう、僕はデートというものをしたことがなかったからだ。

 豚まんを食べに行こうと誘ったものの、まさかずっと豚まんを食べ続けるわけにもいかないだろう。

 ということは、必然的にその他の場所にも行くことになるわけだ。

 近辺のデートスポットはあらかた調べた。

 が、果たしてどこに行けば彼女が喜んでくれるのか皆目見当がつかず、悩んでいるうちに今日という日を迎えてしまった。

「ごめん、お待たせ」

 そわそわと落ち着きのない僕の耳に、聞き慣れた声が届いた。

 振り返ると、どことなくいつもと雰囲気の違う彼女が立っていた。

「あれ……? 小春さん、眼鏡……」
「あぁ、あれね。休みの日はしてないの」
「そ、そうなんですね」

 眼鏡を外した彼女は、普段よりもしっかりとメイクをしていて大人の女性のようだった。

 ――いや、実際大人なんだけれども。

 いつもは小動物のような可愛らしい女の子が、急に大人びた綺麗な女性として目の前に現れたものだから、僕はドギマギしてしまったのだ。

「行こっか、大路くん」

 春の陽射しのように柔らかい笑顔は、いつもの彼女だ。

 僕はほっと胸をなでおろすと、彼女と一緒に歩き出した。

 目当ての豚まんをいくつか買い、近くの公園でそれらを食べることにした。

 嬉しそうに豚まんを頬張る彼女は、やっぱりいつものように愛らしい彼女だ。

「小春さんって」
「ん?」

 彼女は豚まんにかじりつきながら、上目遣いで僕を見上げる。

「本当に豚まんが好きなんですね」
「うん、大好き」

 リスのように頬をふくらませながら、満面の笑顔で答える彼女。

「毎日コンビニに通うほど好きなものがあるって、いいですね」
「……うん、そうだね」

 ほんの少しの間を置いて、彼女は頷いた。

「いつから豚まんにハマってるんですか? 他のコンビニの豚まんとか食べたりしないんですか?」
「……」

 僕の質問攻めが鬱陶しかったのだろうか。

 急に彼女が黙りこくってしまった。

「……? どうかしましたか?」
「大路くんってさぁ」

 ずいっと前のめりになり、僕の顔を覗き込む彼女。

 僕は彼女の圧に、思わず後ろに仰け反ってしまった。

「本当に私が豚まん『だけ』を好きで、毎日コンビニに通ってたと思ってるの?」

 彼女の質問の意図がわからない。

「え……でもいつも豚まんしか買っていかないですよね……」

 彼女がハァ、と大きくため息をつく。

 そして食べかけの豚まんを僕の口に押し込んできた。

「大路くんは、私と豚まんどっちが好き?」

 食べ物と人間を同列にして考えるなんて、めちゃくちゃな質問だな。

 そんなの、答えは決まってる。

 ……あ、豚まんおいしい。

 ――いや、違う。そうじゃなくて。

「小春さんです」

 僕の淀みない言葉に、丸い瞳を見開く彼女。

 そして、すぐに瞳を細めると穏やかに笑って言った。

「――私も大好き」


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 僕がバイトしているコンビニでは、冬になるといつも『豚まん』を買っていく女の子がいた。
 平日の十九時。彼女は寒そうに鼻を赤くして入店してくると、真っ直ぐレジめがけてやってくる。
 レジ横の中華まんが入ったスチーマーの中を覗き、豚まんがあることを確認すると嬉しそうに瞳をキラキラさせる。
「すみません、豚まん一つください」
 レジにいる僕にそう声を掛ける彼女は、いつだって世界で一番幸せそうな顔をしていた。
 しかし一度だけ、その豚まんが売り切れていたことがあった。
 彼女がやってくる直前にまとめ買いをしていったお客さんがいたからだ。
 僕は急いで新しい豚まんを補充したが、すぐに彼女がやって来てしまった。
 入店するや否や、レジまでまっしぐらの彼女が目にしたのは『豚まん 加温中』の貼り紙。
 その時の彼女の悲痛な面持ちと言ったら、筆舌に尽くしがたいものがあった。
 しょんぼりと肩を落とし帰っていく彼女は、このあと別のコンビニで豚まんを購入するのだろうか。
 なんとなくその後の彼女の動向が気になった僕は、翌日やって来た彼女に声を掛けてみた。
「あの、すみません」
「はい?」
 突然声を掛けられた彼女は、眼鏡越しに丸い目を見開いて驚いていた。
「昨日は申し訳ありませんでした。その……豚まんがご用意できていなくて」
 僕の声掛けがまさかの豚まんの話で、彼女は理解が追いつかなかったのだろう。
 一瞬固まったあと、すぐさま恥ずかしそうに肩をすくめる。
「あ、あぁ! いえ、全然大丈夫です。あー……さすがに覚えられてますよね。お兄さんいつもいますし」
 若い女の子が『いつも豚まんを買っていく客』と認識されるのは、やはり恥ずかしいのだろうか。
 ただのコンビニ店員である僕が、女性に余計な声掛けをすべきではなかったな……。
 反省した僕は頭を下げて謝罪した。 
「いきなりお声掛けしてしまってすみません」
「いえいえ、お気遣いありがとうございます」
 彼女は眼鏡の奥の瞳を細めて、柔らかな笑顔を向けてくれた。
 そして再び恥ずかしそうにはにかむと、豚まんの入ったスチーマーを指差す。
「あの……それで昨日は豚まんが食べられなかったので……。今日は二つお願いできますか」
 僕は予想の斜め上をいく彼女の注文に、思わず吹き出してしまった。
 失礼なことは百も承知だったが、小柄な彼女が豚まんを二つも頬張るところを想像してみたら可愛すぎて、笑わずにはいられなかったのだ。
 とはいえ、接客業に従事しながらお客様のことを笑ってしまうなんてあってはならない行為だ。
 怒らせてしまったかもしれない、と思いながら彼女の表情をうかがう。
 しかし、僕の予想に反して彼女はにこにこと笑顔のままだった。
 僕はやや面食らいながらも、謝罪の言葉を述べた。
「し、失礼いたしました。笑ってしまって……」
「いえいえ。良く食べるなぁと思いました?」
 彼女がいたずらっぽく笑うので、僕は間髪入れずに否定した。
「まさか。そんなこと思いませんよ。……昨日は他のコンビニには行かれなかったんですか?」
 僕は話題を変えるためにも、それとなく昨日の疑問をぶつけてみた。
「はい。ここから家までのあいだにコンビニがないので……。この辺ってここと駅挟んで向こう側にしかコンビニないじゃないですか」
「確かにそうですね」
「スーパーで売ってる豚まんは、自分でスチーマーにかけないといけないのが面倒で……。だからいつもここにお世話になってるんです」
 この辺りに住んでいる子なのか、と考えながら豚まんを一つずつ袋に詰めていく。
「お兄さんは、お家この近くなんですか?」
 突然の質問に驚いて、豚まんを落としそうになった。
 ――危ない危ない。
 何とかキャッチし、冷静を装う。
「僕は――大学がこの近くなんです。講義のあとにここでバイトしてから、電車で家に帰ってます」
「えっ!? 学生さん!?」
 余程驚いたのだろう、彼女は裏返った声をあげた。
 驚く彼女に、こちらまでびっくりしてしまう。
 一体僕はいくつに見えていたんだろうか。
 店内には彼女以外のお客さんはいなかったが、彼女は周囲を気にする素振りをして声をひそめた。
「あ……ごめんなさい。大きな声を出して」
「いえ、大丈夫です。お会計、四百二十円になります」
「これでお願いします」
 彼女は決済用のQRコードを差し出す。僕はQRコードをスキャナで読み取った。
 決済完了の音がチャリンッと鳴るのと同時に僕は豚まんを彼女に差し出した。
「お待たせいたしました。ありがとうございました」
 すると彼女は微笑みながら豚まんを受け取り、こう言った。
「また明日ね、|大路《おおじ》くん」
 急に名前を呼ばれた僕は、またもや驚いた。
 どうして名前を知っているのだろう?
 そう尋ねようとしたが、彼女はすでに店の自動ドアを出ていった後だった。
 ――変だな。鼓動が早い。胸が苦しいような気がする。
 左胸に手を当てると、カチャリと何かが手に触れた。
 その硬い無機物の触覚によって、僕は彼女が名前を知っていた理由がわかった。
「あぁ、そっか。名札……」
***
 それから僕たちは会うたびに会話をするようになった。
 彼女の名前は『|山谷《やまや》|小春《こはる》』さん。
 僕より二つ歳上で、二十四歳の社会人。
 都内で事務の仕事をしているらしい。
 歳下だと勝手に思い込んでいた僕は、彼女の年齢を聞いたときあからさまに驚いてしまった。
 そんな僕を見て、彼女はにこにこ笑った。
「大路くんってたまに失礼なところあるよね」
 愛らしい笑顔でストレートな物言いをする彼女に、僕は少しずつ惹かれていった。
***
 冬も終わりに近付いてきたある日、僕は思い切って彼女にこう声を掛けた。
「あの、小春さん。実は残念なお知らせがありまして……。もうすぐ春なので、季節商品の中華まんは置かなくなっちゃうんです」
「あー……そっかぁ。もうそんな時期だよね」
 残念そうに眉を下げる彼女。小動物のようで、そんな表情も愛らしい。
 ――じゃなくて。言え、言うんだ。勇気を振り絞れ、僕。
「な、なので……っ! 今度僕と一緒に豚まん食べに行きませんか!」
 すると彼女は、初めて声を掛けたときのようにまん丸の目を見開いて僕の顔をじっと見つめた。
 そして口元を隠すように指で覆うと、くすくすと笑い出した。
「ふ……ふふっ。ごめんね。まさか初めてのお誘いが豚まんとは思わなくて……ふふふっ」
「えっ。へ、変でしたか?」
「いや、変じゃないよ。変じゃない……ふふっ」
 笑いの止まらない彼女は、肩を震わせながらスマホを取り出した。
「はい」
 僕に向けられたスマホには、メッセージアプリ用のQRコードが表示されていた。
 しかし『彼女を誘う』という重大なミッションにより、緊張で平常心を失っていた僕は、それを決済用のQRコードだと勘違いしてスキャナで読み込もうとしてしまった。
 そこで彼女はこらえきれずに、大きな声で笑い出した。
「あははっ! 違う違う、お会計じゃないよ。連絡先、交換しよ?」
「あっ……そ、そうか。すみません」
 僕はペコペコ頭を下げながら、自分のスマホを取り出しQRコードを読み込んだ。
 『こはる』という名前のアカウントが友だち追加される。
 彼女と連絡先を交換できた喜びがじわじわとこみ上げてきた。
「連絡待ってるね。……で、豚まん一つください」
 舞い上がる僕とは反対に、いつも通りの彼女。
 これが大人の余裕ってやつなのか、と思わず感心してしまった。
***
 そして、迎えたデートの日。
 僕はひどく緊張していた。
 何を隠そう、僕はデートというものをしたことがなかったからだ。
 豚まんを食べに行こうと誘ったものの、まさかずっと豚まんを食べ続けるわけにもいかないだろう。
 ということは、必然的にその他の場所にも行くことになるわけだ。
 近辺のデートスポットはあらかた調べた。
 が、果たしてどこに行けば彼女が喜んでくれるのか皆目見当がつかず、悩んでいるうちに今日という日を迎えてしまった。
「ごめん、お待たせ」
 そわそわと落ち着きのない僕の耳に、聞き慣れた声が届いた。
 振り返ると、どことなくいつもと雰囲気の違う彼女が立っていた。
「あれ……? 小春さん、眼鏡……」
「あぁ、あれね。休みの日はしてないの」
「そ、そうなんですね」
 眼鏡を外した彼女は、普段よりもしっかりとメイクをしていて大人の女性のようだった。
 ――いや、実際大人なんだけれども。
 いつもは小動物のような可愛らしい女の子が、急に大人びた綺麗な女性として目の前に現れたものだから、僕はドギマギしてしまったのだ。
「行こっか、大路くん」
 春の陽射しのように柔らかい笑顔は、いつもの彼女だ。
 僕はほっと胸をなでおろすと、彼女と一緒に歩き出した。
 目当ての豚まんをいくつか買い、近くの公園でそれらを食べることにした。
 嬉しそうに豚まんを頬張る彼女は、やっぱりいつものように愛らしい彼女だ。
「小春さんって」
「ん?」
 彼女は豚まんにかじりつきながら、上目遣いで僕を見上げる。
「本当に豚まんが好きなんですね」
「うん、大好き」
 リスのように頬をふくらませながら、満面の笑顔で答える彼女。
「毎日コンビニに通うほど好きなものがあるって、いいですね」
「……うん、そうだね」
 ほんの少しの間を置いて、彼女は頷いた。
「いつから豚まんにハマってるんですか? 他のコンビニの豚まんとか食べたりしないんですか?」
「……」
 僕の質問攻めが鬱陶しかったのだろうか。
 急に彼女が黙りこくってしまった。
「……? どうかしましたか?」
「大路くんってさぁ」
 ずいっと前のめりになり、僕の顔を覗き込む彼女。
 僕は彼女の圧に、思わず後ろに仰け反ってしまった。
「本当に私が豚まん『だけ』を好きで、毎日コンビニに通ってたと思ってるの?」
 彼女の質問の意図がわからない。
「え……でもいつも豚まんしか買っていかないですよね……」
 彼女がハァ、と大きくため息をつく。
 そして食べかけの豚まんを僕の口に押し込んできた。
「大路くんは、私と豚まんどっちが好き?」
 食べ物と人間を同列にして考えるなんて、めちゃくちゃな質問だな。
 そんなの、答えは決まってる。
 ……あ、豚まんおいしい。
 ――いや、違う。そうじゃなくて。
「小春さんです」
 僕の淀みない言葉に、丸い瞳を見開く彼女。
 そして、すぐに瞳を細めると穏やかに笑って言った。
「――私も大好き」