除け者だ、私

ー/ー



 



 帝国の悪夢ハンニヴァルカを討ち倒した大英雄スピキ将軍は帝都ノストルムに帰還した。多くの民から讃えられ、そして時の皇帝であるヘリオース帝からゲルマニア征服者(ゲルマニウス)の栄誉を賜り、スピキ・ゲルマニウスとしてノストルム編纂記に綴られる。
 って言うのはこの前のこと。
 今は英雄ではなく協力者になってもらう為に彼を貴賓室に呼び出してお話しようよって言ってる訳だ。

 「まずは大義であった、と言わせてもらうよ。大英雄スピキ・ゲルマニウス将軍」

 ラスアジィンニコフと同じくらいの年齢だろうか、清潔感のある坊主頭と澄んだ碧眼が魅力的な人だ。

 「誠に感謝申し上げます、ヘリオース陛下。しかしラスアジィンニコフも酒の場で申しておりましたが女神のようにお美しい方だ」

 「褒美を簡単にあげるほど私の性格はよくないよ。それとラスアジィンニコフと酒の場で?彼とは仲いいの?」

 ラスアジィンニコフには悪いけれど仲が良いならスピキ将軍には彼に取り入って欲しかったけれど。

 「えぇ、練兵時代からの仲ですよ」

 「元軍人は聞いていたけれど、スピキ将軍と付き合える程の人だったなんて」

 彼は一度茶を啜り、深くソファのクッションに沈んで答えた。

 「えぇ、あまり有名ではありませんが、彼とて名将ですよ。来た見た勝ったとトントン拍子で勝利を重ねるような常勝の男でした。まぁ、私とかハンニヴァルカよりは格段と劣る男ですけど。少なくとも、戦場においては」

 まるで老人のようにゆっくりと喋る人だった。

 「でも、政治の場においては貴方やハンニヴァルカよりも格段に上を行く男でしょう?」

 しばらく沈黙が続き、スピキ将軍は静かに、ゆっくりと喋って沈黙を破った。

 「えぇ、そうかもしれませんね。私は政治に興味が無いので。それにハンニヴァルカは政治の場じゃ雑魚でしたよ。戦術とか戦略は上手かったんですけれどね」

 「負け惜しみに聞こえるけれど?」

 再び沈黙が訪れる。沈黙はさっきよりも二、三倍は長く、彼の肉体は深く深くクッションに沈んでいった。

 「陛下は私に政治家になれとおっしゃられているのですか?でしたら私は……」

 「ラスアジィンニコフとか言う奴に一撃喰らわして勝ち逃げしたくはない?」

 沈んでいた肉体は前のめりとなり、クッションには彼の背中の後が残っていた。

 「政務院で貴方はこう発言する。私はガイウス魔法法の改正を支持致します、また独裁官制度の廃止に関しても検討して頂けるよう」

 有事かつ皇帝が不在、あるいは意思能力を喪失ている場合に限り、政務長官を独裁官としてあらゆる領域に対する権限を与える。
 6ヶ月間という短期間ではあるけれど独裁者になれる制度だ。ラスアジィンニコフが本当の本当に野心家の中の野心家であるのなら最終的にこれを利用することも考えているだろう。だから先回りしてこれを廃止させておく。

 「なるほど。それは……なるほど……いいでしょう、私はそのように政務院で発言致しましょう、皇帝陛下」

 「案外楽に快諾してくれるんだね」

 「まぁ、嫌がらせしたいですからあいつには。私はもっと彼と肩を並べて戦いたかったんですよ」

 「よほど気に入ってるんだね」

 交渉が終わったからだろう、彼の肉体はさっきできた穴に戻ってクッションに沈んでいった。

 「当然でしょう。最近ハゲてきた女たらしの借金カス野郎ですけれど、それでもあいつは王の器だ。だから私は面白くて堪らないと思ってしまう」

 「皇帝の前で王の器だって言う意味をわかってる?」

 今の言葉、それにさっき咄嗟に思いついた独裁官制の廃止をチラつかせる嫌がらせ、私ってこんな嫌な奴だっけか。でも不思議と嫌な感じはしない。やはり私は私の中の私というものを捨ててしまった方が楽なんじゃないのか?誰かを損なうだけの存在に必要性なんて無いんだし。

 「えぇ、もちろん。だから独裁官制の廃止を望んでるんですよ。私は奴に王になどなって欲しくない。奴には戦地にいて欲しいのです」

 「なら私がラスアジィンニコフを戦地に送る。だから今後とも貴方は私に協力するべきだ」

 「それは嫌です。今回限りの嫌がらせですよ。だって私は政治の場でも負けたくないんですもん。それにほら、もう飽きたんです。ハンニヴァルカを倒したら全部どうでも良くなってしまった」

 「残念だよ、貴方人の程の人が」

 深く息を吸った後、彼は語った。

 「特段、私も何がしたいとかそう言うのがありませんでしたから、ハンニヴァルカを討ち倒して名声を手に入れて、何と言うか虚無感を感じまして。何を手に入れてももう満足はしないだろうし、何かを手に入れたいと言う気持ちがない。だから未だに野心に燃える彼が羨ましいのかもしれません、私は」

 その後、彼はソファで寝てしまった。起こすのも悪いと思い、私は一人退室してしばしの書類仕事をこなした。
 そして夜伽がやってくる。
 いつものように天蓋付きベットで薄着になって二人で話す。この後行為が行われると言うことを知りながら何食わぬ顔を装って日常的な会話する。でも今日だけは違う。今日こそ抱くって決めたのだ。そうしないと彼女を悶々とさせたままになってしまうから。

 「一つ、決めたことがある」

 「どうしたの、改まって」

 「昔、ユリアンに言ったよね。私の中には多分私と違う何かがいて、言うと難しいんだけど、自分がなんかよくわからないって」

 これを告白した時、ユリアンはそうと言ってみんなそんなもんでしょって言ってくれた。彼女は私の感じていたことを矮小化してくれたんだ。だから気持ちは楽になったけれど、今はそうは思えない。だって少しの我儘で誰かを損なうんだ。そんな状態で自分がわからないなんてやってられる訳がないし、何よりもう自分を傷つけたくない。だから私は自分の心を守る為に傷ついてしまう自分の弱い心を消し去らなくてはならない。

 「最近わかったんだ。私の中の違う何かは多分ヘリオースなんだと思う、男の」

 「昔から私は知ってたよ、それで貴方は?貴方の中の貴方はどうしたいの?」

 私は彼女を押し倒した。

 「私の中の私は弱虫で、自分が傷つくことを嫌っている。そしてユリアンを抱きたくないと言っている。つまり、私の中の私はこの世界にとって不要な物なんだ。だから私はそれを消し去って、男として今夜、ユリアン、貴方を抱くよ」

 「そう、そうなんだ、ヘリオ。貴方にとって……私の存在は……」

 胸のボタンを外そうとした時、不意に手が止まった。

 「私は、私は男だ。だからこんなの、こんなの……」

 彼女の手が私の頬に触れた。彼女の頬には涙が伝っていた。

 「もう辞めよう、こんなの」

 「辞めようって何を、何をどうやって辞めるんのさ。もう逃げられないんだよ、私もユリアンも」

 「わかってるよ、ヘリオ。だから明日お話しよう。今日は寝てさ、明日夕方にお話ししよう」

 「話すって何を」

 ボタンから手を離し、彼女の横に寝っ転がる。

 「私たちの関係について、大事な話」

 その日はあまり眠れなかった。私はまた、失敗したのだ。私の中の私のせいで。




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 って言うのはこの前のこと。
 今は英雄ではなく協力者になってもらう為に彼を貴賓室に呼び出してお話しようよって言ってる訳だ。
 「まずは大義であった、と言わせてもらうよ。大英雄スピキ・ゲルマニウス将軍」
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 「えぇ、練兵時代からの仲ですよ」
 「元軍人は聞いていたけれど、スピキ将軍と付き合える程の人だったなんて」
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 「えぇ、あまり有名ではありませんが、彼とて名将ですよ。来た見た勝ったとトントン拍子で勝利を重ねるような常勝の男でした。まぁ、私とかハンニヴァルカよりは格段と劣る男ですけど。少なくとも、戦場においては」
 まるで老人のようにゆっくりと喋る人だった。
 「でも、政治の場においては貴方やハンニヴァルカよりも格段に上を行く男でしょう?」
 しばらく沈黙が続き、スピキ将軍は静かに、ゆっくりと喋って沈黙を破った。
 「えぇ、そうかもしれませんね。私は政治に興味が無いので。それにハンニヴァルカは政治の場じゃ雑魚でしたよ。戦術とか戦略は上手かったんですけれどね」
 「負け惜しみに聞こえるけれど?」
 再び沈黙が訪れる。沈黙はさっきよりも二、三倍は長く、彼の肉体は深く深くクッションに沈んでいった。
 「陛下は私に政治家になれとおっしゃられているのですか?でしたら私は……」
 「ラスアジィンニコフとか言う奴に一撃喰らわして勝ち逃げしたくはない?」
 沈んでいた肉体は前のめりとなり、クッションには彼の背中の後が残っていた。
 「政務院で貴方はこう発言する。私はガイウス魔法法の改正を支持致します、また独裁官制度の廃止に関しても検討して頂けるよう」
 有事かつ皇帝が不在、あるいは意思能力を喪失ている場合に限り、政務長官を独裁官としてあらゆる領域に対する権限を与える。
 6ヶ月間という短期間ではあるけれど独裁者になれる制度だ。ラスアジィンニコフが本当の本当に野心家の中の野心家であるのなら最終的にこれを利用することも考えているだろう。だから先回りしてこれを廃止させておく。
 「なるほど。それは……なるほど……いいでしょう、私はそのように政務院で発言致しましょう、皇帝陛下」
 「案外楽に快諾してくれるんだね」
 「まぁ、嫌がらせしたいですからあいつには。私はもっと彼と肩を並べて戦いたかったんですよ」
 「よほど気に入ってるんだね」
 交渉が終わったからだろう、彼の肉体はさっきできた穴に戻ってクッションに沈んでいった。
 「当然でしょう。最近ハゲてきた女たらしの借金カス野郎ですけれど、それでもあいつは王の器だ。だから私は面白くて堪らないと思ってしまう」
 「皇帝の前で王の器だって言う意味をわかってる?」
 今の言葉、それにさっき咄嗟に思いついた独裁官制の廃止をチラつかせる嫌がらせ、私ってこんな嫌な奴だっけか。でも不思議と嫌な感じはしない。やはり私は私の中の私というものを捨ててしまった方が楽なんじゃないのか?誰かを損なうだけの存在に必要性なんて無いんだし。
 「えぇ、もちろん。だから独裁官制の廃止を望んでるんですよ。私は奴に王になどなって欲しくない。奴には戦地にいて欲しいのです」
 「なら私がラスアジィンニコフを戦地に送る。だから今後とも貴方は私に協力するべきだ」
 「それは嫌です。今回限りの嫌がらせですよ。だって私は政治の場でも負けたくないんですもん。それにほら、もう飽きたんです。ハンニヴァルカを倒したら全部どうでも良くなってしまった」
 「残念だよ、貴方人の程の人が」
 深く息を吸った後、彼は語った。
 「特段、私も何がしたいとかそう言うのがありませんでしたから、ハンニヴァルカを討ち倒して名声を手に入れて、何と言うか虚無感を感じまして。何を手に入れてももう満足はしないだろうし、何かを手に入れたいと言う気持ちがない。だから未だに野心に燃える彼が羨ましいのかもしれません、私は」
 その後、彼はソファで寝てしまった。起こすのも悪いと思い、私は一人退室してしばしの書類仕事をこなした。
 そして夜伽がやってくる。
 いつものように天蓋付きベットで薄着になって二人で話す。この後行為が行われると言うことを知りながら何食わぬ顔を装って日常的な会話する。でも今日だけは違う。今日こそ抱くって決めたのだ。そうしないと彼女を悶々とさせたままになってしまうから。
 「一つ、決めたことがある」
 「どうしたの、改まって」
 「昔、ユリアンに言ったよね。私の中には多分私と違う何かがいて、言うと難しいんだけど、自分がなんかよくわからないって」
 これを告白した時、ユリアンはそうと言ってみんなそんなもんでしょって言ってくれた。彼女は私の感じていたことを矮小化してくれたんだ。だから気持ちは楽になったけれど、今はそうは思えない。だって少しの我儘で誰かを損なうんだ。そんな状態で自分がわからないなんてやってられる訳がないし、何よりもう自分を傷つけたくない。だから私は自分の心を守る為に傷ついてしまう自分の弱い心を消し去らなくてはならない。
 「最近わかったんだ。私の中の違う何かは多分ヘリオースなんだと思う、男の」
 「昔から私は知ってたよ、それで貴方は?貴方の中の貴方はどうしたいの?」
 私は彼女を押し倒した。
 「私の中の私は弱虫で、自分が傷つくことを嫌っている。そしてユリアンを抱きたくないと言っている。つまり、私の中の私はこの世界にとって不要な物なんだ。だから私はそれを消し去って、男として今夜、ユリアン、貴方を抱くよ」
 「そう、そうなんだ、ヘリオ。貴方にとって……私の存在は……」
 胸のボタンを外そうとした時、不意に手が止まった。
 「私は、私は男だ。だからこんなの、こんなの……」
 彼女の手が私の頬に触れた。彼女の頬には涙が伝っていた。
 「もう辞めよう、こんなの」
 「辞めようって何を、何をどうやって辞めるんのさ。もう逃げられないんだよ、私もユリアンも」
 「わかってるよ、ヘリオ。だから明日お話しよう。今日は寝てさ、明日夕方にお話ししよう」
 「話すって何を」
 ボタンから手を離し、彼女の横に寝っ転がる。
 「私たちの関係について、大事な話」
 その日はあまり眠れなかった。私はまた、失敗したのだ。私の中の私のせいで。