ねぇ、綺麗だよ

ー/ー







 執務室、帝印、サイン、でも今日だけは気が進まない。今すぐ仕事を投げ出してしまいたいと思うくらいには。だって私達の関係についてお話ししましょうと言うのは、そう言う事だろう。

 「ラスアジィンニコフ、一つ聞いてもいいかな」

 「どうしたんです?やけに暗いですね」

 「皇帝との離婚って、どうなるのかな」

 彼はいつものように窓の側に立って、私を一度も見る事なく答えた。

 「家によるでしょうか、勘定ですね。特に妻側が不妊ともあれば」

 「なら皇帝側が一方的に悪ければどうなる?」

 「その家の父親によるでしょうよ」

 ユリアンの父であるユークリウス・ユスティオンという人は例えユリアンが悪くても勘定したりなんかする人じゃないし、何より彼とは家絡みで付き合いだってあった。きっとわかってくれるはずだ。

 「そうか、なら安心だ」

 もし今日、夕方ユリアンと話して離婚という流れになったら全部の汚名を私が受け持とう。でもそれはもしもの場合だ。だって離婚なんてしたらお互い損にしかならない。彼女は白い目で見られるし、私も私で皇帝の権威が傷つくのは望ましくない。それじゃ誰も救われない。

 「ごめん、ちょっと今日は体調が優れない。この辺のやつは明日にするよ」

 執務室を出て行こうとした時、ラスアジィンニコフは私に釘を刺した。

 「結婚とは契約であり、理性による行為です。恋愛とは真逆なのですから、互いに特別な感情がなくても結婚するなんてのは何ら普通の事だと思いますよ」

 私は彼の話を聞き流した。聞くに値しないと判断したんだ。だってこれ以上聞いてたら押し殺した私の中の私が出てきてしまう。だからもう一旦寝よう、最近忙しくて疲れてたし。きっとそれがいい。
 夕方、私は目に眩しさを感じて起きた。大事な話って言われたのに遅刻してはいけないので、急いで髪を整えて服を着替えた。
 彼女との付き合いは長い、幼馴染だから。故に私にはわかる。彼女は場所をしてしていなかったけれど彼女の待っている場所がわかるんだ。

 「陛下、お待ちください」

 護衛を慮る事なく階段を駆け上がる。多分、彼女のいる所はこの城の中央にある世界一高い塔の一番上だ。
 一段、一段階段を上がる。この100mを誇る、まるで地上に刺さった槍のような塔を駆け上がった。そして頂上に着いた時、そこにはユリアンが居た。

 「高いよね、ここ」

 彼女の金髪が夕方の茜色を反射して赤毛のように見えた。

 「あぁ、ここは……ここは地球が球体であるって事証明する為に時の皇帝が建てた塔の一番上、だから……」

 急いで上がってきた息が絶え絶えだ。

 「知ってる。だってほら、海の方、水平線が丸くなっている。でも実際に見てみると違うね」

 水平線を眺めて地球が丸いと実感する、私にはその感覚がわからない。だって最初から地球が丸いって事は教わって生きてきたから。

 「ねぇ、ヘリオ。私達の関係、ここで終わりにしようか」

 離婚。わかっていた、一向に子を成せないのならこの関係に意味はない。でも、離婚する事で生まれてはいけない意味が生まれてしまうのも事実だ。だからまだその時ではない。それを彼女に説明する、それで彼女は納得してくれるんだろうか。

 「離婚するメリットよりもデメリットの方が大きい。それに昨日はただ調子が悪かっただけだよ。だから……」

 「それか、私に悪い所があったのか、そうであれば、気付けなくてごめんなさい」

 彼女は少し笑ったあと、私に抱き付いた。彼女の目には昨日と同じように涙があった。

 「違うよ、貴方は悪くない。何も悪くない。むしろ貴方の言っている事は正しいよ。今の状況で離婚するっていうのは意味がわからないから。でも……私はもう耐えれない。私の存在が貴方を損なってしまっている。貴方は日を覆うごとに貴方の中の貴方を、女の貴方を殺して行こうとしてる。私はそれが耐えられないんだ」

 「ユリアンの存在が私を?まさか、私は私だよ。だからユリアン、貴方が心配する事はないんだ」

 「じゃあ、じゃあ何で貴方は私を抱けないんだ、何で貴方は金兜のマクリヌスを見てあんな表情をしてたんだ」

 何も言えなかった。だってユリアンを抱けなかったのも金兜のマクリヌスに恍惚とした目を向けてしまったのも、ひとえに私が女だからだ。

 「もう、許してよ。私は嫌なんだよヘリオ。これ以上見てられないんだ、貴方が自分を殺していくのを。だから許して、貴方から逃げさせてよ」

 私は彼女を抱きしめた。離婚なんて場面で彼女が泣きながら告白しているのに涙すら出ない自分を軽蔑する。

 「君の家はそれを許すのか、皇帝と離婚したなんて」

 「知らない、でも家なんてもうどうでもいいの。私は家よりも自分の心の方が大事だから。だからこんな卑怯者なんて捨てて幸せになって欲しいんだ」

 彼女は抱擁を解き、涙を流しながらこう言った。

 「だって貴方、すごく綺麗だもの」

 綺麗、何でだろうか、なぜかその言葉に強く胸を打たれた。突然涙が溢れ出して止まらなくなった。
 あぁ、やっぱり私の根っこの部分は女なんだ。

 「ごめんね、ヘリオ。気付いてたのに何もできなくて。だからどうか、逃げる私を許さないでね」

 もう、本当に私は何にもならないんだな。私の歪さがユリアンを傷つけてしまったんだ。だからむしろ、許して欲しくないのは私なんだ。

 「ありがとう、綺麗だって、言ってくれて」

 後日、私達の数ヶ月の結婚生活は終わり、離婚した。
 理由については、皇帝ヘリオースが夫としてあまりにも不甲斐ないからと、そういう理由にした。
 ノストルムの市内では、皇帝が数ヶ月前に親元に返すという名目上で美少年奴隷を買い取っていたので王妃ユリアンとの破局は皇帝の性癖のせいではないのかと噂されたが、今回においては噂はすぐに治る事となった。
 市中の者にとっては、皇帝の性癖も功績も知ったことではない。
 ただ、パンとサーカスを求めている。


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 執務室、帝印、サイン、でも今日だけは気が進まない。今すぐ仕事を投げ出してしまいたいと思うくらいには。だって私達の関係についてお話ししましょうと言うのは、そう言う事だろう。
 「ラスアジィンニコフ、一つ聞いてもいいかな」
 「どうしたんです?やけに暗いですね」
 「皇帝との離婚って、どうなるのかな」
 彼はいつものように窓の側に立って、私を一度も見る事なく答えた。
 「家によるでしょうか、勘定ですね。特に妻側が不妊ともあれば」
 「なら皇帝側が一方的に悪ければどうなる?」
 「その家の父親によるでしょうよ」
 ユリアンの父であるユークリウス・ユスティオンという人は例えユリアンが悪くても勘定したりなんかする人じゃないし、何より彼とは家絡みで付き合いだってあった。きっとわかってくれるはずだ。
 「そうか、なら安心だ」
 もし今日、夕方ユリアンと話して離婚という流れになったら全部の汚名を私が受け持とう。でもそれはもしもの場合だ。だって離婚なんてしたらお互い損にしかならない。彼女は白い目で見られるし、私も私で皇帝の権威が傷つくのは望ましくない。それじゃ誰も救われない。
 「ごめん、ちょっと今日は体調が優れない。この辺のやつは明日にするよ」
 執務室を出て行こうとした時、ラスアジィンニコフは私に釘を刺した。
 「結婚とは契約であり、理性による行為です。恋愛とは真逆なのですから、互いに特別な感情がなくても結婚するなんてのは何ら普通の事だと思いますよ」
 私は彼の話を聞き流した。聞くに値しないと判断したんだ。だってこれ以上聞いてたら押し殺した私の中の私が出てきてしまう。だからもう一旦寝よう、最近忙しくて疲れてたし。きっとそれがいい。
 夕方、私は目に眩しさを感じて起きた。大事な話って言われたのに遅刻してはいけないので、急いで髪を整えて服を着替えた。
 彼女との付き合いは長い、幼馴染だから。故に私にはわかる。彼女は場所をしてしていなかったけれど彼女の待っている場所がわかるんだ。
 「陛下、お待ちください」
 護衛を慮る事なく階段を駆け上がる。多分、彼女のいる所はこの城の中央にある世界一高い塔の一番上だ。
 一段、一段階段を上がる。この100mを誇る、まるで地上に刺さった槍のような塔を駆け上がった。そして頂上に着いた時、そこにはユリアンが居た。
 「高いよね、ここ」
 彼女の金髪が夕方の茜色を反射して赤毛のように見えた。
 「あぁ、ここは……ここは地球が球体であるって事証明する為に時の皇帝が建てた塔の一番上、だから……」
 急いで上がってきた息が絶え絶えだ。
 「知ってる。だってほら、海の方、水平線が丸くなっている。でも実際に見てみると違うね」
 水平線を眺めて地球が丸いと実感する、私にはその感覚がわからない。だって最初から地球が丸いって事は教わって生きてきたから。
 「ねぇ、ヘリオ。私達の関係、ここで終わりにしようか」
 離婚。わかっていた、一向に子を成せないのならこの関係に意味はない。でも、離婚する事で生まれてはいけない意味が生まれてしまうのも事実だ。だからまだその時ではない。それを彼女に説明する、それで彼女は納得してくれるんだろうか。
 「離婚するメリットよりもデメリットの方が大きい。それに昨日はただ調子が悪かっただけだよ。だから……」
 「それか、私に悪い所があったのか、そうであれば、気付けなくてごめんなさい」
 彼女は少し笑ったあと、私に抱き付いた。彼女の目には昨日と同じように涙があった。
 「違うよ、貴方は悪くない。何も悪くない。むしろ貴方の言っている事は正しいよ。今の状況で離婚するっていうのは意味がわからないから。でも……私はもう耐えれない。私の存在が貴方を損なってしまっている。貴方は日を覆うごとに貴方の中の貴方を、女の貴方を殺して行こうとしてる。私はそれが耐えられないんだ」
 「ユリアンの存在が私を?まさか、私は私だよ。だからユリアン、貴方が心配する事はないんだ」
 「じゃあ、じゃあ何で貴方は私を抱けないんだ、何で貴方は金兜のマクリヌスを見てあんな表情をしてたんだ」
 何も言えなかった。だってユリアンを抱けなかったのも金兜のマクリヌスに恍惚とした目を向けてしまったのも、ひとえに私が女だからだ。
 「もう、許してよ。私は嫌なんだよヘリオ。これ以上見てられないんだ、貴方が自分を殺していくのを。だから許して、貴方から逃げさせてよ」
 私は彼女を抱きしめた。離婚なんて場面で彼女が泣きながら告白しているのに涙すら出ない自分を軽蔑する。
 「君の家はそれを許すのか、皇帝と離婚したなんて」
 「知らない、でも家なんてもうどうでもいいの。私は家よりも自分の心の方が大事だから。だからこんな卑怯者なんて捨てて幸せになって欲しいんだ」
 彼女は抱擁を解き、涙を流しながらこう言った。
 「だって貴方、すごく綺麗だもの」
 綺麗、何でだろうか、なぜかその言葉に強く胸を打たれた。突然涙が溢れ出して止まらなくなった。
 あぁ、やっぱり私の根っこの部分は女なんだ。
 「ごめんね、ヘリオ。気付いてたのに何もできなくて。だからどうか、逃げる私を許さないでね」
 もう、本当に私は何にもならないんだな。私の歪さがユリアンを傷つけてしまったんだ。だからむしろ、許して欲しくないのは私なんだ。
 「ありがとう、綺麗だって、言ってくれて」
 後日、私達の数ヶ月の結婚生活は終わり、離婚した。
 理由については、皇帝ヘリオースが夫としてあまりにも不甲斐ないからと、そういう理由にした。
 ノストルムの市内では、皇帝が数ヶ月前に親元に返すという名目上で美少年奴隷を買い取っていたので王妃ユリアンとの破局は皇帝の性癖のせいではないのかと噂されたが、今回においては噂はすぐに治る事となった。
 市中の者にとっては、皇帝の性癖も功績も知ったことではない。
 ただ、パンとサーカスを求めている。