表示設定
表示設定
目次 目次




*****

ー/ー



 ジメジメとした空気が部屋の中に漂っていた。ムシムシして暑かった。庭の花壇では、紫陽花が咲き誇っている。こんな時に花が綺麗だと感じることができなかった。

 今までの彼の行動をひとつひとつ思い出すと、花の色が青だったとしても真っ黒く見えるかもしれない。

 今日、寝室のベッドにポロッと落ちたのは片方の花の形のピアス。

 ゴミ箱には一緒に食べた覚えのないスーパーで買ったと思われる2つ入りケーキのパッケージのゴミ。
 
 私の好きなモンブランを誰と食べたのか分からない。

 いつも不意に買ってくるのはわざとなのか私にはショートケーキしか買ってこない。

 どうして、見えるような嘘をつくのか。
 
 昨日は、確か、ずっと外に出かけていたはず。仕事で外出していた私の目を盗んで、知らない女を連れ込んでいたんだ。

 今日は絶対に問い詰めて真実を確かめようと決心した。

「結翔(ゆいと)、ちょっといい?」

 帰ってきてからコーヒーを飲みながらソファでくつろいでいる結翔に声をかけた。こちらの顔をじっと見て、ぽけーっとふざけた顔をしていた。

「え、何? 今、ゲームしてるから邪魔しないでほしいんだけど……」

 マグカップを持つ右手とスマホを持つ左手。マルチタスクで忙しい人だ。見ないテレビもつけっぱなし。

「別に、時間かからないから、聞いて」

「……ふーん。いいけど」

「あのさ、昨日見つけたんだけど、これ。一体誰の? 結翔のものじゃ
ないよね?」

 私は掃除している時に見つかった1つだけの天然石がついたピアスを見せた。それを見せた表情は今まで見た事のない顔で、私の顔にじっと近づいた。ギリギリのところまで来るとチュッとごまかすようにキスをしてくる。何を考えているのかわからない。ご機嫌にさせようという魂胆かと思うとイライラが止まらない。ささっと立ち去ろうとする結翔を追いかけた。

「どこまで追いかけてくるんだよ」

「どこまでもよ!」

「トイレにまで着いてくるな!!」

 バンッと、トイレのドアが閉まった不都合なことだと思ったが、ずっとトイレの中にこもっている。じっとトイレの前で待っていたが、いくら待っても出て来ない。ぐっと両腕を組んで、足をトントントンと音を出した。

「ちょっと、まだ?!」

「うん、まだ」

「いつ出てくるのよ!!」

「明日」

「はぁ?!」

 トイレに1日入ると言う現実にはあり得ないことを言う結翔。絶対悪いことをしてるって思っているんだと推測する。こめかみに筋が出てくるのが分かった。

「はいはいはい。今出ればいいんだろ?」

「……ええ、もちろん。出なさいよ!!」

「落ち着けって」

「……」

 頬を風船のように膨らませて、相手の出方を待っていた。

「そんなんじゃ、お前に誕生日プレゼントはやってこないぞ」

「……はぁ?! 今そんな話してないよ」

「……俺は、何かを話しているつもりはないけど? さてと、ゲームしなくちゃ」

 私は結翔の行動に疑問を浮かべる。責められているのに焦っていないのか。トイレに長く入るのは他にどんな理由があるのか。

「もう、さっきから何なの? 恐ーい鬼みたいな顔して!」

 結翔はソファでゲームを楽しんでいたが、私の睨みが気になって叫んでいる。

「結翔が悪いんでしょう! ケーキ2つも食べて!!」

 私はゴミ箱の方を指さした。しっかりと見えるようにケーキが入ってたと思われるパッケージがあった。

「うん。食べたけど、何?」

「……それ、全部1人で?!」

「うん」

「……嘘だぁ!!」

「嘘じゃないって。結菜が好きなモンブラン食べてどれがいいか食べ比
べていただけ」

「えーー? なんで2つも食べるのよ」

「いいじゃん。別に。食べたかったから」

 結菜は、何だか自分のことを考えて食べてくれていたんだとご機嫌になる。結翔は、ムスッとした顔をして、そっぽを向く。なんでそんな態度を取るのだろうと気になった。

「あー、チョコレート食べたいな」

「……うん。あるよ」

 結菜は、お菓子がたくさん入った引き出しから板チョコを出して結翔に渡した。

「おう。さんきゅー」

 チョコを食べて、気持ちが落ち着いた。スマホのメッセージを見る結翔。結菜とは違う彼女との連絡に返事を返していた。結翔の嘘でその場を切り抜けた。本当は、結菜の想像通りで、ピアスはもう一人の彼女の忘れ物。モンブランはその彼女とのおやつタイムに食べたもの。しっかりと証拠を残してやり過ごす。

 結菜の仕事中にしっかりと他の女を連れ込んで、よりもよって結菜と同じ好みのモンブランを食べる結翔。本当は知っていた結菜が好きなケーキはモンブランだってことを。わざと分かるようにゴミ箱に見えるように捨てていた。

「あのさ、どう、思った?」

「へ、何の話よ」

「い、いや、やっぱり、なんでもない」

 もう疑うことはなかった結菜にも実は嘘をついていた。結翔に仕事だと言って彼女と会っていたその日は、実は、結菜も違う男の人に会っていたなんて、今は言わないでおこうとニヤニヤしながら、板チョコを頬
張った。

「このチョコ、美味しいね。あのさ、今度のバレンタインデーに手作りしようか?」

「へー、そう。別にいいんじゃない。随分先の話じゃない。2月でしょう」

「まぁ、そうだけど」

 結菜は、あたかも、あなたのこと思っていますよアピールをする。いつまで付き合っているかわからない関係性にも関わらず、こんなことする意味あったかなぁと自分自身に疑問を感じた。

「まぁ、そこまで長く続いてればいいけど? 俺らね」

 まさかの本髄をつかれたような言葉にドキッとする結菜は、ごまかすようにとびっきりの笑顔でかわす。

「そうね。未来のことはわからないから!!」

 本当は本命ではなくキープ状態でいたいと思い始めてきた結菜だ。スマホにメッセージ通知が入った。キッチンに向かって、コーヒーを飲みながら、返信する。相手はもう1人の彼氏だ。お互いに嘘をついていた。
 
 それでも、同棲を続けている2人。

 1日の行動密度は休みことなく、濃密でハードスケジュールだ。
 同時に2人の状況を考えて、いつの時間でどこで会うかを考える。

 嘘をつき続けて、ボロは出ないのか。
 落ち着くところまで落ち着くという考えは浮かばないのか。
 今は、その状態を楽しんでいるのかもしれない。

「結翔、今週ずっと勤務の6連勤になったわ。ごめんね」

「別にぃー。俺、来週久しぶりに夜勤あるからさ。気にしなくていいよ」

 結菜は、連続勤務と言いながら、本当は違う彼氏に会っている。
 結翔は夜勤と言いながら、もう一人の彼女の家に泊まっている。
 いつまで続くかわからない2人の関係。
 しっかりとわかるのは来年のバレンタインのチョコへの想い入れ具合なのかもしれない。

「あとさ、俺。チョコはチョコでもホワイトチョコは好きじゃないからね」

「え、別に聞いてないし。チョコはブラックチョコしか買ったことないけど……」

「うん。ちょっと、言ってみた」

 あえてのフラグでこれでもしホワイトチョコを渡してきたら、別れることを考える結翔だ。

 結菜はそんな先のことはわからないからと気にもしていない。

 玄関の鍵を入れるケースの隣には、初めて付き合った記念日に買った黒猫の可愛い木彫りの人形があった。

 素直で一途な自分は一体どこに行ったのか。何だかちょっと寂しくなる結菜だ。

「買い物に行ってきます」
「行ってらっしゃい」

 ボソッと話す結菜の声が虚しく響いて、玄関のドアがバタンと閉まった。
 いつか終わるかもしれない関係に意味を見出せない。
 やり過ごす時間がただ、ただ過ぎていく。

【 完 】


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 ジメジメとした空気が部屋の中に漂っていた。ムシムシして暑かった。庭の花壇では、紫陽花が咲き誇っている。こんな時に花が綺麗だと感じることができなかった。
 今までの彼の行動をひとつひとつ思い出すと、花の色が青だったとしても真っ黒く見えるかもしれない。
 今日、寝室のベッドにポロッと落ちたのは片方の花の形のピアス。
 ゴミ箱には一緒に食べた覚えのないスーパーで買ったと思われる2つ入りケーキのパッケージのゴミ。
 私の好きなモンブランを誰と食べたのか分からない。
 いつも不意に買ってくるのはわざとなのか私にはショートケーキしか買ってこない。
 どうして、見えるような嘘をつくのか。
 昨日は、確か、ずっと外に出かけていたはず。仕事で外出していた私の目を盗んで、知らない女を連れ込んでいたんだ。
 今日は絶対に問い詰めて真実を確かめようと決心した。
「結翔《ゆいと》、ちょっといい?」
 帰ってきてからコーヒーを飲みながらソファでくつろいでいる結翔に声をかけた。こちらの顔をじっと見て、ぽけーっとふざけた顔をしていた。
「え、何? 今、ゲームしてるから邪魔しないでほしいんだけど……」
 マグカップを持つ右手とスマホを持つ左手。マルチタスクで忙しい人だ。見ないテレビもつけっぱなし。
「別に、時間かからないから、聞いて」
「……ふーん。いいけど」
「あのさ、昨日見つけたんだけど、これ。一体誰の? 結翔のものじゃ
ないよね?」
 私は掃除している時に見つかった1つだけの天然石がついたピアスを見せた。それを見せた表情は今まで見た事のない顔で、私の顔にじっと近づいた。ギリギリのところまで来るとチュッとごまかすようにキスをしてくる。何を考えているのかわからない。ご機嫌にさせようという魂胆かと思うとイライラが止まらない。ささっと立ち去ろうとする結翔を追いかけた。
「どこまで追いかけてくるんだよ」
「どこまでもよ!」
「トイレにまで着いてくるな!!」
 バンッと、トイレのドアが閉まった不都合なことだと思ったが、ずっとトイレの中にこもっている。じっとトイレの前で待っていたが、いくら待っても出て来ない。ぐっと両腕を組んで、足をトントントンと音を出した。
「ちょっと、まだ?!」
「うん、まだ」
「いつ出てくるのよ!!」
「明日」
「はぁ?!」
 トイレに1日入ると言う現実にはあり得ないことを言う結翔。絶対悪いことをしてるって思っているんだと推測する。こめかみに筋が出てくるのが分かった。
「はいはいはい。今出ればいいんだろ?」
「……ええ、もちろん。出なさいよ!!」
「落ち着けって」
「……」
 頬を風船のように膨らませて、相手の出方を待っていた。
「そんなんじゃ、お前に誕生日プレゼントはやってこないぞ」
「……はぁ?! 今そんな話してないよ」
「……俺は、何かを話しているつもりはないけど? さてと、ゲームしなくちゃ」
 私は結翔の行動に疑問を浮かべる。責められているのに焦っていないのか。トイレに長く入るのは他にどんな理由があるのか。
「もう、さっきから何なの? 恐ーい鬼みたいな顔して!」
 結翔はソファでゲームを楽しんでいたが、私の睨みが気になって叫んでいる。
「結翔が悪いんでしょう! ケーキ2つも食べて!!」
 私はゴミ箱の方を指さした。しっかりと見えるようにケーキが入ってたと思われるパッケージがあった。
「うん。食べたけど、何?」
「……それ、全部1人で?!」
「うん」
「……嘘だぁ!!」
「嘘じゃないって。結菜が好きなモンブラン食べてどれがいいか食べ比
べていただけ」
「えーー? なんで2つも食べるのよ」
「いいじゃん。別に。食べたかったから」
 結菜は、何だか自分のことを考えて食べてくれていたんだとご機嫌になる。結翔は、ムスッとした顔をして、そっぽを向く。なんでそんな態度を取るのだろうと気になった。
「あー、チョコレート食べたいな」
「……うん。あるよ」
 結菜は、お菓子がたくさん入った引き出しから板チョコを出して結翔に渡した。
「おう。さんきゅー」
 チョコを食べて、気持ちが落ち着いた。スマホのメッセージを見る結翔。結菜とは違う彼女との連絡に返事を返していた。結翔の嘘でその場を切り抜けた。本当は、結菜の想像通りで、ピアスはもう一人の彼女の忘れ物。モンブランはその彼女とのおやつタイムに食べたもの。しっかりと証拠を残してやり過ごす。
 結菜の仕事中にしっかりと他の女を連れ込んで、よりもよって結菜と同じ好みのモンブランを食べる結翔。本当は知っていた結菜が好きなケーキはモンブランだってことを。わざと分かるようにゴミ箱に見えるように捨てていた。
「あのさ、どう、思った?」
「へ、何の話よ」
「い、いや、やっぱり、なんでもない」
 もう疑うことはなかった結菜にも実は嘘をついていた。結翔に仕事だと言って彼女と会っていたその日は、実は、結菜も違う男の人に会っていたなんて、今は言わないでおこうとニヤニヤしながら、板チョコを頬
張った。
「このチョコ、美味しいね。あのさ、今度のバレンタインデーに手作りしようか?」
「へー、そう。別にいいんじゃない。随分先の話じゃない。2月でしょう」
「まぁ、そうだけど」
 結菜は、あたかも、あなたのこと思っていますよアピールをする。いつまで付き合っているかわからない関係性にも関わらず、こんなことする意味あったかなぁと自分自身に疑問を感じた。
「まぁ、そこまで長く続いてればいいけど? 俺らね」
 まさかの本髄をつかれたような言葉にドキッとする結菜は、ごまかすようにとびっきりの笑顔でかわす。
「そうね。未来のことはわからないから!!」
 本当は本命ではなくキープ状態でいたいと思い始めてきた結菜だ。スマホにメッセージ通知が入った。キッチンに向かって、コーヒーを飲みながら、返信する。相手はもう1人の彼氏だ。お互いに嘘をついていた。
 それでも、同棲を続けている2人。
 1日の行動密度は休みことなく、濃密でハードスケジュールだ。
 同時に2人の状況を考えて、いつの時間でどこで会うかを考える。
 嘘をつき続けて、ボロは出ないのか。
 落ち着くところまで落ち着くという考えは浮かばないのか。
 今は、その状態を楽しんでいるのかもしれない。
「結翔、今週ずっと勤務の6連勤になったわ。ごめんね」
「別にぃー。俺、来週久しぶりに夜勤あるからさ。気にしなくていいよ」
 結菜は、連続勤務と言いながら、本当は違う彼氏に会っている。
 結翔は夜勤と言いながら、もう一人の彼女の家に泊まっている。
 いつまで続くかわからない2人の関係。
 しっかりとわかるのは来年のバレンタインのチョコへの想い入れ具合なのかもしれない。
「あとさ、俺。チョコはチョコでもホワイトチョコは好きじゃないからね」
「え、別に聞いてないし。チョコはブラックチョコしか買ったことないけど……」
「うん。ちょっと、言ってみた」
 あえてのフラグでこれでもしホワイトチョコを渡してきたら、別れることを考える結翔だ。
 結菜はそんな先のことはわからないからと気にもしていない。
 玄関の鍵を入れるケースの隣には、初めて付き合った記念日に買った黒猫の可愛い木彫りの人形があった。
 素直で一途な自分は一体どこに行ったのか。何だかちょっと寂しくなる結菜だ。
「買い物に行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 ボソッと話す結菜の声が虚しく響いて、玄関のドアがバタンと閉まった。
 いつか終わるかもしれない関係に意味を見出せない。
 やり過ごす時間がただ、ただ過ぎていく。
【 完 】