【×××】

ー/ー



「あ」

 壁と床の隙間を這う、動きの遅い肉厚な謎の虫をつまみ取り、長い犬歯が牙のように鋭く目立つギザギザの歯がきれいに並んだ口を大きく開け、ポイッと放り込む男。

 クチャクチャパリパリという不快な音をさせてゴクリと飲み込み、舌で唇を拭い、口腔内の残りカスを味わいながらもう1匹。

「げぇ……マジ……?」
「むり……」

 近くで焚き火を起こし休む男女は、その姿を見て食欲がなくなったのだろう、口に運ぼうとしていたパンを置き、黙ってしまった。

「はい……マロンワーム」
「ひっ!い、いらないわ!!」

 やたらデカい乳を激しく揺らして、大袈裟に食事の誘いを断る女性、ルシア。

「案内人、君を頼りにしてはいるけど……こちらの持ち合わせで十分だから、その……ひとりでどうぞ」
「ふぅん……木の実の味がしてうまいのに」

 案内人と呼ばれた男は、残念そうにしながらパクリと。それを見て、ルシアに寄り添う細身の男、セズは引きつって笑う。

「ちょっと……本当に大丈夫なのよね?」
「あ、ああ……ここまで来れたのも彼のおかげだし、問題ないはずさ」
「そうだけどぉ……わたし、セズとふたりがよかったのにぃ……」
「おっと……こんなところでダメだよルシア。戻ったらゆっくり楽しもう?」
「ん〜……はぁ〜ぃ」

 ヒソヒソ話しながら、イチャイチャ。

 そんなふたりを気にもとめず、案内人は、暗く先の見えない通路の先を見る。

「4層……」

 ここは、ダンジョン都市【ゴ・エティア】
 この都市の全体の大きさは、世界の半分にもおよび、都市などと呼ばれてはいるが、実際はひとつの国家と言っても過言ではない程の規模がある。

 都市の中心近くの巨大な湖の中央……複雑な形をした城のような建物があり、そこから各方面に無数の橋と通路が伸びている。政府から命を受け、通路の先にあるダンジョンを区画で管理、維持、監視している『グリモア機関』の中枢がそれだ。

 入り口と受付だけある区画もあれば、小さな村程度の大きさがあったりと、大小様々……その区画にダンジョンに挑む者が集まり、ダンジョンに挑む者を迎え入れる住人たちが暮らしている。

 日々絶えることなく賑わい、活気に満ち溢れる都市の地上部分は、平和そのもの。

 だが、一歩そこに入れば……死が常に寄り添い、希望を消し去りながら混沌渦巻く地獄へ誘う、圧迫された冥闇の道を進むことになる。

 立ち塞がる化け物を向かい撃つことで闘争本能が心を揺さぶり、疲弊した所に突如姿を見せる魅力的な宝が精神を犯し、気を狂わせる……悪魔の住処。

 すべてが特別で、すべてに残酷な運命が待ち受ける。なぜこのような場所が生まれたのか……数千年前から生きている者がいるのなら、問いかけてみてもいいだろう……真実を語る口を、持っているのであれば――。

「……ひっ」

 数時間の休息を終え、ゆっくりと奥へと進む。

 案内人は臆することなく前を進み、セズとルシアが進む道の安全を確保していく。

「上級のダンジョンには必ず案内人が付くと聞いていたが……ここまで丁寧なんだな」
「ちょっと変わり者みたいだけれど……そこを除けば――」
「……それは、どうも」
「き、聞かれてた……冗談よ、頼りにしてるわ」

 ボサボサの長い前髪から覗くギョロリとした目がルシアに刺さる。嫌味を聞かれ睨まれた、と……ビクつき、セズの腕を強くつかみ、怯えた。

「〜〜♪」

 その嫌味を聞いた当の本人は、鼻歌を歌いながら上機嫌で道を開いていた。

「セズ……そろそろお手伝いしたりは?」
「ん……う〜ん……どうなんだろう。ここはどうやら他の上級ダンジョンよりも約束事が厳しいみたいなんだ」

 管理されているダンジョン、と言うだけあり、入場時には必ず同意書への記入が求められる。
 びっちりと文字で埋められたその用紙を、まともに読む人間はそこまで多くはない。しっかり目を通すのは、初見の階級のダンジョンへの入場時くらいだろう。

 用心深いセズは、割印が必要なほど重ねられた同意書を、穴が空くほど目を通し、ここに至っている。
 だからこそルールに従い、本来、挑戦者が切り込まなければならない戦闘にも参加をすることは無く、案内人の背中を追い進むだけ。

「そうなの?でも〜……私が知らなくてもセズが分かっていれば問題ないわよねっ」
「はは!そんなに信用してくれて、嬉しいよ」
「やぁん〜〜っ」

 緊張感があるのか無いのか……セズとルシアはお互いの体を触り合いながら、見失わない程度に案内人との距離をとって歩いている。

「ん……あれ」

 そこは行き止まり。
 困った声を出し、ペタペタと壁を触る案内人の様子を見て不安がるふたり。

「ど、どうしたんだ?案内人……」
「はあ……道、間違えたかも」
「な、なによそれ!案内人のくせに間違えたって!」
「前はあった……あ〜……めんどくさ」
「め、めんどくさ?!」

 あまりにもやる気のない声で、あまりにも不安を煽る言葉を口にする案内人。

「案内するのが君の仕事だろ!なんだその態度!その発言!」
「そうよ!あんた見た目と臭いがもうアウトで最悪なんだからせめて行動で示してちょうだい!」
「行動……」

 ルシアの発言はただの悪口だったが、無視。行動をすること、しなければならないこと……それは、確か。

「じゃあ、サクッと」
「「えっ」」

 案内人は、拳を振り上げ、床をぶん殴る。
 メキメキメキっとヒビが入る。
 バゴっと床が砕け散る。

 そして……落ちる。

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 セズに抱きつくルシアの悲鳴がこだます。セズは一応ルシアを抱いているものの、青い顔をして言葉を失っている。

「結構、下に行くけど」

 直立のまま、一緒に落ちていく案内人。

「っしょ……」

 背負っているリュックから、スコップを取り出し、スンスンとニオイを嗅ぎ取り、動いた。

「わっ?!」
「きゃっ?!」

 ふたりを引き寄せ片手で抱え、壁にスコップを突き立てゴリゴリと削りながら、落下の勢いも削り落としてブレーキをかけていく。

「んっごっ!」

 ガゴッと硬いなにかにあたり、ガクンっとその場でぶら下がった状態で止まった。

「と、とま……ひっ?!」
「う、嘘でしょ……」

 止まったことでホッとしたはずが、息を吐いた時、自分たちの足の先にあるものを見て肝を冷やす。

「おお……セーフ」
「なにがセーフだ!!死ぬとこだったじゃないか!」
「もうヤダぁこの案内人〜……」

 典型的な落とし穴、鋭いトゲがびっちりと。
 直近で新しく生々しいもの、何年も経って骨になってしまっているもの……何体も重なっていた。

 怒鳴りつけてしまったものの、仲間入りをすることが無かったのは案内人のおかげではあった。

「投げるね」
「「なげる?!」」

 グッとスコップを持っている手に力を入れ、壁も使って柄に上る案内人。少しだけ上を見て、ぼんやり見える光に向かってふたりを投げた。

 続けて案内人もピョンと飛び上がり、ベルトを使ってスコップを回収してふたりに声をかける。

「休む?」

 四つん這いで息を荒げているセズとルシア。
 案内人の破天荒な『行動』と、やたら落ち着いている言動に……なにも言い返せない。

「あ」
「こ、今度はなによ?!」

 ぽんっと手を叩く案内人にビクつきながら、叫んで問うルシア。

「ここ、ついた」
「はぇ?!」

 自分たちへの扱いはどうあれ、無事に到着したと、案内人に教えられる。

「ここが……4層……」

 奥へと続く通路は、ここまで来る間に案内された道とは明らかに雰囲気が違っていた。

「同意項目、3項1……挑戦者は指定された階層に到着次第、案内人による守護下から外れる。3項2、到着次第、挑戦者は自力で攻略を目的として行動をすること」
「……ああ、わかってるさ」
「ここ……この先に踏み入ればそうなる……休んどくなら今」

 案内人の淡々とした口調に息を呑みながら、冷静に答えるセズ。ただ、まだセーフゾーンだと言う事を教えてもらえたことで、不安そうにしているルシアに寄り添い、囁いた。

「ルシア……ここから先はとても危険な道のりになる……少し、休むかい?」
「セズ……これが最後にならない事を願って……来て……少しだけ、休息を……」
「ルシア……」
「ん……」

 熱く抱擁を交わし、熱く吐息を吐きながら何度も唇を重ねるセズとルシア。

「あ」
「ンッは!なに?!いいとこなのに!」

 読むのはダンジョンのマップだけ。空気なんて読むことのない案内人は構わずふたりの邪魔をする。

「はいってる」
「え」

 案内人が指している床……分かりやすく色が変わっている床の境界を越え、ルシアの片足が侵入していた。
 お互いの唇をついばむことに夢中になってしまったせいで、ゆっくり楽しむ時間を自ら失ってしまう。

「ま……がんばって」

 声をかけられたこともあり、気まずい空気から逃れるように、進むことを選ぶしかなくなった。

 ふうっと息を吐き、セズはショートソードを構えたままゆっくりと進む。
 紫色の怪しげな炎の灯りが風もないのにゆらゆらと揺れ、少しぬめりのある床とかび臭い臭いが鼻を突き、不快感を増させながら挑戦者を招いている。

 チラリと、後ろをついてくる案内人を見るセズ。

「(まるで変わらない……あの筋肉もそうだけど……この雰囲気に飲まれる様子も無いなんて……やはり、上級ダンジョンの案内人にもなるとひと味もふた味も違うんだ)」

 入り口で会った時は、案内人の風貌に嫌悪感を抱いていたセズだったが、突発的な行動をしたにも関わらず、冷静に対応をする姿を見た事で、実力が自分よりも遥かに上だということを思い知らされていた。

 なにもしてくれくれない事はわかっていても、後ろにいてくれる事だけでも、心強さを感じていた。

「あ、ね!見て!宝箱!」
「ちょ!ルシア!ダメだ!」

 ダンジョンの醍醐味……そのひとつは、高価な宝。
 運が良ければ、1回の挑戦で一生を遊んで暮らせるほどの財産が手に入ることもある。

 ルシアは典型的な、光り物が好きな女性だったようだ。

 目の前に、輝かしい装飾のされた宝箱が現れようものなら……ここが最も危険な上級ダンジョンであろうがお構いなしに、体が動いてしまっていた。

「あっ……きゃあ!!」
「だから!罠に決まってる!」

 当然、簡単にそんな宝は現れないし、手に入れることなんて稀。
 ルシアが蓋に触れようとしたタイミングを見計らい、ガパッとその大きな口を開けた。

 セズはルシアの服を引っ張り後ろに引っ張り、頭から飲み込もうと飛び上がったミミックの口にショートソードを素早く差し込んで貫通させた。

 淡いピンク色の体液が吹き出し、ビクンッと1回震えた後、顎を外した様にブラブラとただの箱に戻り、大人しくなった。

「ご、ごめんなさいセズ……」
「君が無事でなによりだよ……でも、今後宝箱を見たらそんな風に飛び込んじゃだめだよ?正しいやり方をしないと中身ごと消えてしまう……それに、飛び込むなら僕にしてくれないと、妬いてしまうよ?」
「いやん、もう〜〜セズったら!」

 体を動かしたことで肩の力が少し抜けたらしく、ルシアと交わす会話のイチャつきぶりが戻ってきた。

 そこからは、問題なく進めている。

 上級ダンジョンに入る資格を得るだけの事はあり、セズの動きは様々な挑戦者の中でも目を見張るものがあった。

 モンスターを倒しながら、宝を得て進む。

 ひとつ、特殊なところがあるとすれば……彼の発言にもあったように、『ミミックから確実に宝を得ている』ということ。

「あいかわらず、器用ねセズ」
「褒めてもキスしかできないよルシア」
「んもう!」

 ミミックの中身のみにとどめを刺し、内臓を取り出し、底にある怪しく濁った色の宝石を革袋に貯めていくセズ。普通の宝箱から出た大粒の宝石に心躍らせるルシア。

 案内人は、その行動全てを目に収め後ろを歩いていく。

「この扉……」
「やけに綺麗ね?」
「案内人」

 セズは思った以上の成果に気分を良くしていた。もしこれが、予想通りの場所に導く扉であれば……と、ニヤついて案内人に声をかけた。

「同意項目8項1、危険、または謎解き等で行き詰まった場合、探索中1度だけ案内人への質問が許される……いいかな?」
「……答えるよ」

 白く美しい扉……ツヤツヤとキラキラと輝くその扉に触れながら、セズは案内人に質問をした。

「この扉の先は?」
「終着点」

 ブワッと鳥肌を立てながら、ぐぐっと更に口角を上げるセズ。

「なんだよ……こんなに簡単なのかよ上級ってのは……ははは……ああ、ルシア!」
「うん?」
「ここを抜ければ、地上だ!」

 セズの言葉を受け、ルシアも笑顔になる。ふたりは手を繋ぎ、顔を見合って、笑顔で目の前の扉を開け、走った。

 ゴーーーンッ……――ゴーーーンッ……

 重厚な鐘の音が響く。

「…………え?」

 バタンッ!

「え、ちょ……消え……た?」

 勢いよく、白い扉は勝手に閉まり、壁に溶けるように消えていく。

「で、ぐち、じゃない?ポータルは?なんだここは……ダンジョン……のはずだろ……空?」
「セ、セズ……どこなのここ?ねえ……ねえ!」
「うるさい!!僕だって考えてる!!」

 様子がおかしいのはこの場所だけでなく、セズをも動揺させ、おかしくさせていた。

「そんな……怒鳴らなくても……」
「ご、ごめんよ……ちょっと……驚いちゃって……っ」

 セズは状況を理解することに努めようとするも、ざわつく心がそうさせない。

「あ……案内人……案内人は?」

 天井から差し込む光は、崩れ倒れた大きな柱の所々を照らし、この部屋の全体を垣間見せていた。

 ダンジョンの中にこんな場所がある事を、あり得ない場所であることを、教えるように。

「返事をしろ案内人!ここはどこなんだ?!なぜこんな場所がここにある!?」

 セズの声が響き渡る。

「質問は、ひとつ」

 頭上から聞こえる案内人の声。見上げた先、崩れた柱の上にしゃがみこんだ案内人の姿を確認し、さらに怒鳴るセズ。

「終着点がこんな場所なわけがない!!嘘を言ったな?!さっきの質問は無効だ!!」
「……はあ?」

 そのひと言は、案内人がセズを見る目と合わさり、重くのしかかった。

「嘘なんかついたら、俺の罪が増える」

 はあっとため息をつき、ルシアを指さす案内人。

「女からは、質問は貰ってない」

 はっとし、慌てて質問をしてしまったルシア。

「こ、ここはどこなの?!」

 その質問に、案内人は、喜んで答えた。

()()()

 口を押さえ、自分がした過ちに震え青ざめるが……もう遅い。

「ルシアァァ……っ!」

 涙目になり、怯えながらセズを見ると……見たことの無い形相で睨んでいた。

「ふざけるなこのアバズレ!!もっとよく考えて質問しろ!!」
「だ、だって……私……怖くて……こんな異常な場所……訳のわからない場所……閉じ込められたの、よ……仕方ないじゃない!!!」
「仕方ないですまねぇんだよ!!」
「イタッ……なにすんのよ!!」

 醜く争い始めるふたりを、ジロッと見ながら案内人は変わらぬ口調で声をかける。

「そんなに、教えてほしい?」

 同時に、案内を見る。答える言葉も、同じだった。

「当たり前よ!聞きたいことは沢山あるわ!」
「ああ!同じ内容の質問など無効だろ!もう少し柔軟に考えればわかることだろう!」

 肩を揺らし、クツクツと笑い出す案内人。

「へえ?……覚悟は?」

 どこか嬉しそうにしている案内人を不審に思いながらも、セズとルシアは、自分たちの置かれた状況を打開したい思いの方が上回っていた。

「御託はいい!答えろ案内人!」

 うんうんと頷くルシアもその目で確認し、案内人はかぶっていたヘルメットを放り投げ、立ち上がる。

「――『執行』」

 ……鐘の音が、止んだ。

 白い前髪をかきあげると紅く鋭い瞳が光り、両サイドの黒い髪はまるで鋭い角のように逆立つ。ボサボサだった髪はサラサラと美しく流れ揺れる、長髪に。

「はあ……っ……」

 汚らしいボロボロのシャツが溶けるように消え、持ち前の筋肉はそのままに、全身に黒い紋様が這って色付けをしていく。

 明らかに、人とは思えない変貌。

「なに……あれ……」
「案内人……なのか?」

 口をパクパクさせながら、案内人を見つめたまま動けずにいるセズとルシア。

 そんなふたりを気にすることなく、案内人はツナギのポケットから、レンズの付いた眼球くらいの大きさの球体を取り出し、カチッとボタンを押して起動させた。

 レンズから緑色の光が現れ、文字を浮かび上がらせている。

「……窃盗、着服、転売、汚染、詐欺」

 ひとつひとつの単語に、ビクッと反応を見せ……閉じ込められた時よりも、血の気が引くほど青ざめるセズ。

「ちょっと案内人!急にわけの分からないこと言わないで!」

 セズを気にかけてか、ルシアは案内人に向かって叫ぶ。その発言に、それこそ訳がわからないといった様子で首を傾げる案内人。

「乳デカ女は黙ってろ」
「なっ!スケベ!変態!エロ親父!えらそーにしてないで降りてきなさいよ!」
「言葉を知らないのか」

 ルシアの甲高い声は、耳障りだった。
 案内人はシュンッと素早く、柱のうえに残像を残しながらルシアの眼前に移動し、その口を塞ぐ。

「っふぐ?!……っ!ん〜〜!!っ!っ!!」

 自分の口を塞ぐ大きな案内人の手を振り解こうとするルシア。道中でも垣間見せていたその怪力に、ただの女性の力が及ぶわけはなく……押さえつけられたルシアの口内ではなにかが蠢き、頬を歪ませた。

「……?女はスイーツが好きだろ?味わって食うといい」

 するりとその手を下ろし、ブツブツと呟いて俯いているセズに向かって歩き出す案内人。

「ゲッェッ!オェェェ……うっ……うぅ」

 ルシアが口に放り込まれた無数の虫を嘔吐する声を背中に聞きながら、セズの前でしゃがみ、見上げて覗き込む。

「質問、無いのか?」
「バレるわけない……上手くやってた……僕以外もやっていた……なぜ……」
「ああ、それは、選ばれただけ」
「え、ら……ばれ……?」

 案内人の紅い瞳が怪しく光る。
 セズの瞳が、飲まれていく。

「悪魔ってのは、喚ばれる事もあれば、波長の合う人間に取り憑く事もある……」
「……」
「ま、聞こえちゃいないと思うけど……義務だから、聞け?」

 虚ろになったセズに話しかける案内人……その顔は、ひどく笑顔だった。

「『グリモワ機関』所有ダンジョン内の設備及び備品の窃盗、着服――……複数の不正行為は『悪魔』との共犯行動と断定、罪人(ざいにん)セズ、憑依した悪魔両名に対し――」

 パチッと球体の電源を落とし立ち上がり……セズの首をぬるりと手の甲で撫でながら、耳元で囁いた。

罪人(つみびと)による、『執行』の、制裁を」

 優しく添えていた手が、セズの首を絞める凶器に変わる。

「かっ……ハァッ!!」
「セズっ!!」
「……あ〜」
「ギャウッ!!」

 首を絞められ、足をバタつかせるセズを見たルシアが駆け寄ろうとした。それを止めたのは、案内人から生え伸びる、黒いトゲの付いた尻尾。鞭のようにしならせ、ルシアを叩き飛ばす。

「静かに見てろ」

 頭を打ち付けてしまったルシア。朦朧とする意識の中では動くこともままならず、言われた通りに……案内人に掴まれたセズの末路を見守るしか無い。

「お」

 ルシアに構っている間に、セズは抵抗をしていた。

「黙ったまま動かねぇし、生きる気ぃ無いのかと思ったら……なんと、醜い」

 自分の首を絞める案内人の腕……狙って筋を強く握り圧迫する力を弱めながら、もう片方の手では、ショートソードを握り、案内人の腹に剣先を差し込んでいる。

「か……硬い……」
「このくらい鍛えられてないとここで生きるのは、少々厳しいのだよ」
「くっ……そっ!」

 固く引き締まった案内人の腹筋が剣先の進入を阻む。どんなに力を込めても、数ミリも進む気配がない。

「同意項目10項……万が一……挑戦者に対して……案内人が害をなした……場合……処分の有無は……挑戦者に……」
「ああ?」
「僕は……お前の死を……選択、する」
「私が案内人だったら喜んで死んでたが、悪いが今の私は案内人じゃない……そうだな……名を付けるのであれば執行人……と言ったところかな……そんな無駄なことを言うより、質問に、しておけば、よかったのに」

 聞き慣れない言葉であるのに、どこか諦めてしまう言葉……姿を変えた時点で、案内人は案内人ではなくなっていた。

 ガランッ……と力無く床に落ちるショートソードの音と、セズの首の骨が折れる音が重なった。
 腕をつかんでいた手も、だらりとぶら下がる。

 なのにセズは口を開き、話し出す。

「質問だ」
「よく喋れ――……ああ、セズじゃないのか」
「……なぜ同族を罪人(ざいにん)と識別して裁く権利がある……っ!我は悪魔たる生き方をしたまで……人の心をそそのかし、堕ちて成熟した魂を喰らう……これのどこが罪だと!」
「マリウスが決めているから、私は関係ない」

 スパッと言い切り、セズの中の悪魔を黙らせた。

「マリウスの名で臆したか?」

 鋭い牙を光らせ、笑いながら案内人は言った。

「裁かれるのは人だけではない事を知るといい」

 パジュッと握り潰され、セズの首が飛んだ。
 頭から流れ出る血がきれいな放物線を描き、後方にポンポンと跳ねながら転がっていく。

「……さて、と」

 ぽいっとセズの体の方を投げ捨て、横たわるルシアに近づき声をかける。

「見届人、だろ」

 別の名を呼びながらペチペチと頬を叩き起こそうとする。数秒の沈黙……先程受けたダメージなぞ、なにも無かったように、スッと立ち上がるルシア。

「なんで私までこんな目に合わせるのよっ」
「そっちのほうが臨場感もリアルもあっていいだろ」
「だったら私を痛めつけるんじゃなくてぇ、エッチにイ・ジ・メ・て?」
「お前……」

 バチンッとウィンクをして、体をくねらせ不自然に揺れるバカでかい乳を寄せてアピールする。

「……っ!!!」
「作りもんだとしても、せめて夢か希望くらい乳に詰めとけアスモデウス。それに……見届人は毎回変わる……それぞれの要望なんか知らんし付き合えるか」

 尻尾を自在に操り、ルシアを切り刻む……バフンっと勢いよくデカい乳が破裂、小間切れにされてその体からは何故か血は流れなかった。代わりに煙となって大気に溶け、ルシアだったモノは消えていく。

『――『執行』の終了を確認……今度は、優しくしてね〜?』

 室内に響く声を聞き終え、案内人はため息をつきながら姿を戻す……バフッとボサボサの前髪が、目を覆い直した。

「ん……」

 水たまりに落ちているヘルメットを拾い上げ、その水たまりに映る自分の姿を見る。

「う〜ん」

 みすぼらしい姿が、少し髪を直したくらいでまともになるはずがなかった。

「戻ろ」

 セズの首をぶら下げたリュックを背負い、ダルそうに歩き始めるその姿は、『執行』中の姿とはまるで真逆と言っていいほどやる気が無い。
 室内の最奥……暗闇の先にある隠し通路に潜り込んだ。

「え〜と……」

 小一時間進んだ先にある小部屋に入り、四角い入れ物のフタを開け、セズの頭を雑に投げ入れ閉じ、横にあるボタンを押す。

「っし……」

 ガゴン、ゴゴンと内部で暴れ回りながら、底にある刃でギャリギャリと粉砕され、ジュゴっと吸い込まれたあと、ピーっと音が鳴った。

『納品、報告確認……結果――対象、人間セズ、悪魔【カイム】に対する『執行』成果による懲役期間減刑年数――53日』

 直後、球体から聞こえる、作り物の音声……。

「ぁ〜〜〜…………年数じゃないよ、それ……」

 ゴロンッとその場で仰向けになり目を閉じる……気力を無くし、目を閉じる。


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「……ひっ」
 数時間の休息を終え、ゆっくりと奥へと進む。
 案内人は臆することなく前を進み、セズとルシアが進む道の安全を確保していく。
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「……それは、どうも」
「き、聞かれてた……冗談よ、頼りにしてるわ」
 ボサボサの長い前髪から覗くギョロリとした目がルシアに刺さる。嫌味を聞かれ睨まれた、と……ビクつき、セズの腕を強くつかみ、怯えた。
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 その嫌味を聞いた当の本人は、鼻歌を歌いながら上機嫌で道を開いていた。
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 管理されているダンジョン、と言うだけあり、入場時には必ず同意書への記入が求められる。
 びっちりと文字で埋められたその用紙を、まともに読む人間はそこまで多くはない。しっかり目を通すのは、初見の階級のダンジョンへの入場時くらいだろう。
 用心深いセズは、割印が必要なほど重ねられた同意書を、穴が空くほど目を通し、ここに至っている。
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「そうなの?でも〜……私が知らなくてもセズが分かっていれば問題ないわよねっ」
「はは!そんなに信用してくれて、嬉しいよ」
「やぁん〜〜っ」
 緊張感があるのか無いのか……セズとルシアはお互いの体を触り合いながら、見失わない程度に案内人との距離をとって歩いている。
「ん……あれ」
 そこは行き止まり。
 困った声を出し、ペタペタと壁を触る案内人の様子を見て不安がるふたり。
「ど、どうしたんだ?案内人……」
「はあ……道、間違えたかも」
「な、なによそれ!案内人のくせに間違えたって!」
「前はあった……あ〜……めんどくさ」
「め、めんどくさ?!」
 あまりにもやる気のない声で、あまりにも不安を煽る言葉を口にする案内人。
「案内するのが君の仕事だろ!なんだその態度!その発言!」
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「行動……」
 ルシアの発言はただの悪口だったが、無視。行動をすること、しなければならないこと……それは、確か。
「じゃあ、サクッと」
「「えっ」」
 案内人は、拳を振り上げ、床をぶん殴る。
 メキメキメキっとヒビが入る。
 バゴっと床が砕け散る。
 そして……落ちる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 セズに抱きつくルシアの悲鳴がこだます。セズは一応ルシアを抱いているものの、青い顔をして言葉を失っている。
「結構、下に行くけど」
 直立のまま、一緒に落ちていく案内人。
「っしょ……」
 背負っているリュックから、スコップを取り出し、スンスンとニオイを嗅ぎ取り、動いた。
「わっ?!」
「きゃっ?!」
 ふたりを引き寄せ片手で抱え、壁にスコップを突き立てゴリゴリと削りながら、落下の勢いも削り落としてブレーキをかけていく。
「んっごっ!」
 ガゴッと硬いなにかにあたり、ガクンっとその場でぶら下がった状態で止まった。
「と、とま……ひっ?!」
「う、嘘でしょ……」
 止まったことでホッとしたはずが、息を吐いた時、自分たちの足の先にあるものを見て肝を冷やす。
「おお……セーフ」
「なにがセーフだ!!死ぬとこだったじゃないか!」
「もうヤダぁこの案内人〜……」
 典型的な落とし穴、鋭いトゲがびっちりと。
 直近で新しく生々しいもの、何年も経って骨になってしまっているもの……何体も重なっていた。
 怒鳴りつけてしまったものの、仲間入りをすることが無かったのは案内人のおかげではあった。
「投げるね」
「「なげる?!」」
 グッとスコップを持っている手に力を入れ、壁も使って柄に上る案内人。少しだけ上を見て、ぼんやり見える光に向かってふたりを投げた。
 続けて案内人もピョンと飛び上がり、ベルトを使ってスコップを回収してふたりに声をかける。
「休む?」
 四つん這いで息を荒げているセズとルシア。
 案内人の破天荒な『行動』と、やたら落ち着いている言動に……なにも言い返せない。
「あ」
「こ、今度はなによ?!」
 ぽんっと手を叩く案内人にビクつきながら、叫んで問うルシア。
「ここ、ついた」
「はぇ?!」
 自分たちへの扱いはどうあれ、無事に到着したと、案内人に教えられる。
「ここが……4層……」
 奥へと続く通路は、ここまで来る間に案内された道とは明らかに雰囲気が違っていた。
「同意項目、3項1……挑戦者は指定された階層に到着次第、案内人による守護下から外れる。3項2、到着次第、挑戦者は自力で攻略を目的として行動をすること」
「……ああ、わかってるさ」
「ここ……この先に踏み入ればそうなる……休んどくなら今」
 案内人の淡々とした口調に息を呑みながら、冷静に答えるセズ。ただ、まだセーフゾーンだと言う事を教えてもらえたことで、不安そうにしているルシアに寄り添い、囁いた。
「ルシア……ここから先はとても危険な道のりになる……少し、休むかい?」
「セズ……これが最後にならない事を願って……来て……少しだけ、休息を……」
「ルシア……」
「ん……」
 熱く抱擁を交わし、熱く吐息を吐きながら何度も唇を重ねるセズとルシア。
「あ」
「ンッは!なに?!いいとこなのに!」
 読むのはダンジョンのマップだけ。空気なんて読むことのない案内人は構わずふたりの邪魔をする。
「はいってる」
「え」
 案内人が指している床……分かりやすく色が変わっている床の境界を越え、ルシアの片足が侵入していた。
 お互いの唇をついばむことに夢中になってしまったせいで、ゆっくり楽しむ時間を自ら失ってしまう。
「ま……がんばって」
 声をかけられたこともあり、気まずい空気から逃れるように、進むことを選ぶしかなくなった。
 ふうっと息を吐き、セズはショートソードを構えたままゆっくりと進む。
 紫色の怪しげな炎の灯りが風もないのにゆらゆらと揺れ、少しぬめりのある床とかび臭い臭いが鼻を突き、不快感を増させながら挑戦者を招いている。
 チラリと、後ろをついてくる案内人を見るセズ。
「(まるで変わらない……あの筋肉もそうだけど……この雰囲気に飲まれる様子も無いなんて……やはり、上級ダンジョンの案内人にもなるとひと味もふた味も違うんだ)」
 入り口で会った時は、案内人の風貌に嫌悪感を抱いていたセズだったが、突発的な行動をしたにも関わらず、冷静に対応をする姿を見た事で、実力が自分よりも遥かに上だということを思い知らされていた。
 なにもしてくれくれない事はわかっていても、後ろにいてくれる事だけでも、心強さを感じていた。
「あ、ね!見て!宝箱!」
「ちょ!ルシア!ダメだ!」
 ダンジョンの醍醐味……そのひとつは、高価な宝。
 運が良ければ、1回の挑戦で一生を遊んで暮らせるほどの財産が手に入ることもある。
 ルシアは典型的な、光り物が好きな女性だったようだ。
 目の前に、輝かしい装飾のされた宝箱が現れようものなら……ここが最も危険な上級ダンジョンであろうがお構いなしに、体が動いてしまっていた。
「あっ……きゃあ!!」
「だから!罠に決まってる!」
 当然、簡単にそんな宝は現れないし、手に入れることなんて稀。
 ルシアが蓋に触れようとしたタイミングを見計らい、ガパッとその大きな口を開けた。
 セズはルシアの服を引っ張り後ろに引っ張り、頭から飲み込もうと飛び上がったミミックの口にショートソードを素早く差し込んで貫通させた。
 淡いピンク色の体液が吹き出し、ビクンッと1回震えた後、顎を外した様にブラブラとただの箱に戻り、大人しくなった。
「ご、ごめんなさいセズ……」
「君が無事でなによりだよ……でも、今後宝箱を見たらそんな風に飛び込んじゃだめだよ?正しいやり方をしないと中身ごと消えてしまう……それに、飛び込むなら僕にしてくれないと、妬いてしまうよ?」
「いやん、もう〜〜セズったら!」
 体を動かしたことで肩の力が少し抜けたらしく、ルシアと交わす会話のイチャつきぶりが戻ってきた。
 そこからは、問題なく進めている。
 上級ダンジョンに入る資格を得るだけの事はあり、セズの動きは様々な挑戦者の中でも目を見張るものがあった。
 モンスターを倒しながら、宝を得て進む。
 ひとつ、特殊なところがあるとすれば……彼の発言にもあったように、『ミミックから確実に宝を得ている』ということ。
「あいかわらず、器用ねセズ」
「褒めてもキスしかできないよルシア」
「んもう!」
 ミミックの中身のみにとどめを刺し、内臓を取り出し、底にある怪しく濁った色の宝石を革袋に貯めていくセズ。普通の宝箱から出た大粒の宝石に心躍らせるルシア。
 案内人は、その行動全てを目に収め後ろを歩いていく。
「この扉……」
「やけに綺麗ね?」
「案内人」
 セズは思った以上の成果に気分を良くしていた。もしこれが、予想通りの場所に導く扉であれば……と、ニヤついて案内人に声をかけた。
「同意項目8項1、危険、または謎解き等で行き詰まった場合、探索中1度だけ案内人への質問が許される……いいかな?」
「……答えるよ」
 白く美しい扉……ツヤツヤとキラキラと輝くその扉に触れながら、セズは案内人に質問をした。
「この扉の先は?」
「終着点」
 ブワッと鳥肌を立てながら、ぐぐっと更に口角を上げるセズ。
「なんだよ……こんなに簡単なのかよ上級ってのは……ははは……ああ、ルシア!」
「うん?」
「ここを抜ければ、地上だ!」
 セズの言葉を受け、ルシアも笑顔になる。ふたりは手を繋ぎ、顔を見合って、笑顔で目の前の扉を開け、走った。
 ゴーーーンッ……――ゴーーーンッ……
 重厚な鐘の音が響く。
「…………え?」
 バタンッ!
「え、ちょ……消え……た?」
 勢いよく、白い扉は勝手に閉まり、壁に溶けるように消えていく。
「で、ぐち、じゃない?ポータルは?なんだここは……ダンジョン……のはずだろ……空?」
「セ、セズ……どこなのここ?ねえ……ねえ!」
「うるさい!!僕だって考えてる!!」
 様子がおかしいのはこの場所だけでなく、セズをも動揺させ、おかしくさせていた。
「そんな……怒鳴らなくても……」
「ご、ごめんよ……ちょっと……驚いちゃって……っ」
 セズは状況を理解することに努めようとするも、ざわつく心がそうさせない。
「あ……案内人……案内人は?」
 天井から差し込む光は、崩れ倒れた大きな柱の所々を照らし、この部屋の全体を垣間見せていた。
 ダンジョンの中にこんな場所がある事を、あり得ない場所であることを、教えるように。
「返事をしろ案内人!ここはどこなんだ?!なぜこんな場所がここにある!?」
 セズの声が響き渡る。
「質問は、ひとつ」
 頭上から聞こえる案内人の声。見上げた先、崩れた柱の上にしゃがみこんだ案内人の姿を確認し、さらに怒鳴るセズ。
「終着点がこんな場所なわけがない!!嘘を言ったな?!さっきの質問は無効だ!!」
「……はあ?」
 そのひと言は、案内人がセズを見る目と合わさり、重くのしかかった。
「嘘なんかついたら、俺の罪が増える」
 はあっとため息をつき、ルシアを指さす案内人。
「女からは、質問は貰ってない」
 はっとし、慌てて質問をしてしまったルシア。
「こ、ここはどこなの?!」
 その質問に、案内人は、喜んで答えた。
「|終《・》|着《・》|点《・》」
 口を押さえ、自分がした過ちに震え青ざめるが……もう遅い。
「ルシアァァ……っ!」
 涙目になり、怯えながらセズを見ると……見たことの無い形相で睨んでいた。
「ふざけるなこのアバズレ!!もっとよく考えて質問しろ!!」
「だ、だって……私……怖くて……こんな異常な場所……訳のわからない場所……閉じ込められたの、よ……仕方ないじゃない!!!」
「仕方ないですまねぇんだよ!!」
「イタッ……なにすんのよ!!」
 醜く争い始めるふたりを、ジロッと見ながら案内人は変わらぬ口調で声をかける。
「そんなに、教えてほしい?」
 同時に、案内を見る。答える言葉も、同じだった。
「当たり前よ!聞きたいことは沢山あるわ!」
「ああ!同じ内容の質問など無効だろ!もう少し柔軟に考えればわかることだろう!」
 肩を揺らし、クツクツと笑い出す案内人。
「へえ?……覚悟は?」
 どこか嬉しそうにしている案内人を不審に思いながらも、セズとルシアは、自分たちの置かれた状況を打開したい思いの方が上回っていた。
「御託はいい!答えろ案内人!」
 うんうんと頷くルシアもその目で確認し、案内人はかぶっていたヘルメットを放り投げ、立ち上がる。
「――『執行』」
 ……鐘の音が、止んだ。
 白い前髪をかきあげると紅く鋭い瞳が光り、両サイドの黒い髪はまるで鋭い角のように逆立つ。ボサボサだった髪はサラサラと美しく流れ揺れる、長髪に。
「はあ……っ……」
 汚らしいボロボロのシャツが溶けるように消え、持ち前の筋肉はそのままに、全身に黒い紋様が這って色付けをしていく。
 明らかに、人とは思えない変貌。
「なに……あれ……」
「案内人……なのか?」
 口をパクパクさせながら、案内人を見つめたまま動けずにいるセズとルシア。
 そんなふたりを気にすることなく、案内人はツナギのポケットから、レンズの付いた眼球くらいの大きさの球体を取り出し、カチッとボタンを押して起動させた。
 レンズから緑色の光が現れ、文字を浮かび上がらせている。
「……窃盗、着服、転売、汚染、詐欺」
 ひとつひとつの単語に、ビクッと反応を見せ……閉じ込められた時よりも、血の気が引くほど青ざめるセズ。
「ちょっと案内人!急にわけの分からないこと言わないで!」
 セズを気にかけてか、ルシアは案内人に向かって叫ぶ。その発言に、それこそ訳がわからないといった様子で首を傾げる案内人。
「乳デカ女は黙ってろ」
「なっ!スケベ!変態!エロ親父!えらそーにしてないで降りてきなさいよ!」
「言葉を知らないのか」
 ルシアの甲高い声は、耳障りだった。
 案内人はシュンッと素早く、柱のうえに残像を残しながらルシアの眼前に移動し、その口を塞ぐ。
「っふぐ?!……っ!ん〜〜!!っ!っ!!」
 自分の口を塞ぐ大きな案内人の手を振り解こうとするルシア。道中でも垣間見せていたその怪力に、ただの女性の力が及ぶわけはなく……押さえつけられたルシアの口内ではなにかが蠢き、頬を歪ませた。
「……?女はスイーツが好きだろ?味わって食うといい」
 するりとその手を下ろし、ブツブツと呟いて俯いているセズに向かって歩き出す案内人。
「ゲッェッ!オェェェ……うっ……うぅ」
 ルシアが口に放り込まれた無数の虫を嘔吐する声を背中に聞きながら、セズの前でしゃがみ、見上げて覗き込む。
「質問、無いのか?」
「バレるわけない……上手くやってた……僕以外もやっていた……なぜ……」
「ああ、それは、選ばれただけ」
「え、ら……ばれ……?」
 案内人の紅い瞳が怪しく光る。
 セズの瞳が、飲まれていく。
「悪魔ってのは、喚ばれる事もあれば、波長の合う人間に取り憑く事もある……」
「……」
「ま、聞こえちゃいないと思うけど……義務だから、聞け?」
 虚ろになったセズに話しかける案内人……その顔は、ひどく笑顔だった。
「『グリモワ機関』所有ダンジョン内の設備及び備品の窃盗、着服――……複数の不正行為は『悪魔』との共犯行動と断定、|罪人《ざいにん》セズ、憑依した悪魔両名に対し――」
 パチッと球体の電源を落とし立ち上がり……セズの首をぬるりと手の甲で撫でながら、耳元で囁いた。
「|罪人《つみびと》による、『執行』の、制裁を」
 優しく添えていた手が、セズの首を絞める凶器に変わる。
「かっ……ハァッ!!」
「セズっ!!」
「……あ〜」
「ギャウッ!!」
 首を絞められ、足をバタつかせるセズを見たルシアが駆け寄ろうとした。それを止めたのは、案内人から生え伸びる、黒いトゲの付いた尻尾。鞭のようにしならせ、ルシアを叩き飛ばす。
「静かに見てろ」
 頭を打ち付けてしまったルシア。朦朧とする意識の中では動くこともままならず、言われた通りに……案内人に掴まれたセズの末路を見守るしか無い。
「お」
 ルシアに構っている間に、セズは抵抗をしていた。
「黙ったまま動かねぇし、生きる気ぃ無いのかと思ったら……なんと、醜い」
 自分の首を絞める案内人の腕……狙って筋を強く握り圧迫する力を弱めながら、もう片方の手では、ショートソードを握り、案内人の腹に剣先を差し込んでいる。
「か……硬い……」
「このくらい鍛えられてないとここで生きるのは、少々厳しいのだよ」
「くっ……そっ!」
 固く引き締まった案内人の腹筋が剣先の進入を阻む。どんなに力を込めても、数ミリも進む気配がない。
「同意項目10項……万が一……挑戦者に対して……案内人が害をなした……場合……処分の有無は……挑戦者に……」
「ああ?」
「僕は……お前の死を……選択、する」
「私が案内人だったら喜んで死んでたが、悪いが今の私は案内人じゃない……そうだな……名を付けるのであれば執行人……と言ったところかな……そんな無駄なことを言うより、質問に、しておけば、よかったのに」
 聞き慣れない言葉であるのに、どこか諦めてしまう言葉……姿を変えた時点で、案内人は案内人ではなくなっていた。
 ガランッ……と力無く床に落ちるショートソードの音と、セズの首の骨が折れる音が重なった。
 腕をつかんでいた手も、だらりとぶら下がる。
 なのにセズは口を開き、話し出す。
「質問だ」
「よく喋れ――……ああ、セズじゃないのか」
「……なぜ同族を|罪人《ざいにん》と識別して裁く権利がある……っ!我は悪魔たる生き方をしたまで……人の心をそそのかし、堕ちて成熟した魂を喰らう……これのどこが罪だと!」
「マリウスが決めているから、私は関係ない」
 スパッと言い切り、セズの中の悪魔を黙らせた。
「マリウスの名で臆したか?」
 鋭い牙を光らせ、笑いながら案内人は言った。
「裁かれるのは人だけではない事を知るといい」
 パジュッと握り潰され、セズの首が飛んだ。
 頭から流れ出る血がきれいな放物線を描き、後方にポンポンと跳ねながら転がっていく。
「……さて、と」
 ぽいっとセズの体の方を投げ捨て、横たわるルシアに近づき声をかける。
「見届人、だろ」
 別の名を呼びながらペチペチと頬を叩き起こそうとする。数秒の沈黙……先程受けたダメージなぞ、なにも無かったように、スッと立ち上がるルシア。
「なんで私までこんな目に合わせるのよっ」
「そっちのほうが臨場感もリアルもあっていいだろ」
「だったら私を痛めつけるんじゃなくてぇ、エッチにイ・ジ・メ・て?」
「お前……」
 バチンッとウィンクをして、体をくねらせ不自然に揺れるバカでかい乳を寄せてアピールする。
「……っ!!!」
「作りもんだとしても、せめて夢か希望くらい乳に詰めとけアスモデウス。それに……見届人は毎回変わる……それぞれの要望なんか知らんし付き合えるか」
 尻尾を自在に操り、ルシアを切り刻む……バフンっと勢いよくデカい乳が破裂、小間切れにされてその体からは何故か血は流れなかった。代わりに煙となって大気に溶け、ルシアだったモノは消えていく。
『――『執行』の終了を確認……今度は、優しくしてね〜?』
 室内に響く声を聞き終え、案内人はため息をつきながら姿を戻す……バフッとボサボサの前髪が、目を覆い直した。
「ん……」
 水たまりに落ちているヘルメットを拾い上げ、その水たまりに映る自分の姿を見る。
「う〜ん」
 みすぼらしい姿が、少し髪を直したくらいでまともになるはずがなかった。
「戻ろ」
 セズの首をぶら下げたリュックを背負い、ダルそうに歩き始めるその姿は、『執行』中の姿とはまるで真逆と言っていいほどやる気が無い。
 室内の最奥……暗闇の先にある隠し通路に潜り込んだ。
「え〜と……」
 小一時間進んだ先にある小部屋に入り、四角い入れ物のフタを開け、セズの頭を雑に投げ入れ閉じ、横にあるボタンを押す。
「っし……」
 ガゴン、ゴゴンと内部で暴れ回りながら、底にある刃でギャリギャリと粉砕され、ジュゴっと吸い込まれたあと、ピーっと音が鳴った。
『納品、報告確認……結果――対象、人間セズ、悪魔【カイム】に対する『執行』成果による懲役期間減刑年数――53日』
 直後、球体から聞こえる、作り物の音声……。
「ぁ〜〜〜…………年数じゃないよ、それ……」
 ゴロンッとその場で仰向けになり目を閉じる……気力を無くし、目を閉じる。