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そばに居てほしいのはあなただったから

ー/ー



 12月31日、大晦日。
 夫婦二人で薪ストーブで暖をとりながら、一杯のそばのカップ麺を片手に、新しい年が迫ろうとする。

『5、4、3……』

 大きなテレビから流れるのは、新年へのカウントダウン。
 そのまま迎えた、二人だけの新年。

「あけおめ。今年もよろしく」

 彼は若者らしい、あけおめという言葉と、いつもの温厚さで挨拶を告げる。
 私もすんなりと、それに続く。

「はい、あけましておめでとうございます。よろしくお願いします」

 今になって思えば、私たちの出会いは、あの寒い冬の夜だった……。

****

「ねえ!」

「ねえ、おじさん!」

 私こと、長い黒髪の(かなで)は、学習塾の帰りに、駅のベンチでぼろ切れの毛布を被って寝ている、白髪混じりの男の人に声をかけていた。

 気温は10度以下。
 いくら寝具に身を包んでも、肌に刺す空気は変わらないはず。

「こんな場所で寝ていたら、風邪をひくよ。お家に帰ろう」

「ふがっ!?」

 おじさんの体を揺すった途端、もそもそと布団がベンチから滑り落ち、そのまま地面へと落下するおじさん。

「ぐおおおおー、身体中が痛い。これは悪魔タクアンの呪いかー!?」

 体をあちこち打ったのか、あまりの痛みだったのか、変な喩えで妄想の類いを叫びながら、床でバタバタと悶え苦しんでいた。

 そんな地面で暴れていた、ミミズ絵図から数分後。
 おじさんは汚れた黒い作業着を手ではたきながら、すました状態で私の方に口を開く。
 作業着ということは、外作業の仕事をしていたのだろうか。

「何だよ、ガキが何の用だ。おしめでも替えに来たか? 生憎(あいにく)、俺はもう50過ぎだが、そんな歳でもない」

「うん、おじさんは見た目が若いもんね。それに近くで見るとイケメンだし」

「若いって、お前もじゃないか。学生か?」

「うん、現役の女子大生だよ」

 私は腰を上げて、おじさんに向かって、自慢げに大きく胸を張り上げた。

「でもな、肝心の胸がえぐれてるとなると……」

「なっ、これでもそれなりにあるんだよ」

「なるー。寄せて上げた鳩胸というやつか」

「何かその例え、超ムカツク」

 このおじさんは口が悪いし、たちも悪い。
 酒に酔っていないことを見るからに、シラフみたいだ。
 昔から胸が人一倍小さいのは気にしていたけど、その言い方は酷い。

『ぐうぅ……きゅるるん』

 私が素直におじさんからの発言に傷付いていると、おじさんのお腹から、可愛らしい音が響く。

「おじさん、お腹減ってるの?」

「ああ、今月もピンチでな」

「じゃあ、そこで待ってて」

 私は偽善ではなく、純粋におじさんの空腹を満たしてあげるために、まだ閉店していない駅の売店へと、急ぎ足で向かった。

****

「はい。おじさん。これあげる」

 私はおじさんに売店で購入した、緑のたぬきのカップ麺を渡す。

「おお、これは噂のたぬきそばか、ありがたいな。これで今年も大晦日を無事に越せるぜ。タダで貰っていいのか?」

「いいよ。あとカップ麺を作るためのお湯はあるよね?」

「ああ。携帯用のガスコンロを、リュックに入れて持ってる」

「へえー。異世界の魔法使いみたいに、炎の呪文で沸かさないんだね」

「何だ、そのラノベみたいな設定は?」

「えー、私は小説より、安くて美味しいノリ弁が好きなんだけどなー」

「ははは、ノリのいい元気娘だな」

 冬の木枯らしが吹き荒れるホームから離れて、風のこない隅のベンチへと移動し、二人して暖かいコーヒーを飲み、おじさんと下らない話をしながら、色々と世間話を交える。

「所でさ、何でこんな場所で寝てたの?」

 おじさんと一緒にシャケおにぎりを食べながら、ずっと気になっていたことを尋ねる。

「見て分からないのか?」

「その髭を剃ったら、さらにイケメンになっちゃうとか?」

「おい、大人をからかうな」

「何、おじさん照れてるの。可愛いー」

 おじさんは余計なお世話だと言いながら、満更でもない顔をする。

「半年前から解雇されて、ホームレスなんだよ」

「あの白い幼虫のカイコ? 確かに最近見かけなくなったけど?」

「その発想は違う。虫じゃなくて、会社をクビになったという意味だぞ」

「ええー、おじさん、今、無職なのー!?」

「わっ、声がでけえよ」

「あっ、ごめんなさい……」

 私は声のトーンを落とし、控えめな口ぶりで、気になることを洗いざらい質問してみることにした。

「じゃあ、洗濯とか、お風呂とか、近くの川でとか?」

「おい、いつの時代の話だよ。コインランドリーや銭湯があるだろ」

「じゃあ、生活するお金はどうしてるの?」

「会社の退職金は万が一のために手をつけず、地味に缶拾いとかかな。たくさん集めれば、一日の一食ぶんくらいにはなる」

「それで作業着を着ている理由は?」

「知らないのか。最近の作業着は動きやすいだけでなく、保温性にも優れて温かいんだよ」

 このおじさんは、私がのうのうと暮らす中、苦労を重ねてきたんだね。
 そう思うと、涙がこぼれてきた。

「おいおい、こんな所で泣くなって」

「だって、おじさんがかわいそうになってきちゃって……」

「いいから泣き止めって」

 おじさんが私の頭を撫でる。
 ゴツゴツとして固く、大きな手。
 優しくしてくる、その手にあの証が付いてなく、胸につっかえていたことを聞いてみる。

「おじさん、ひょっとして未婚なの?」

「いや、結婚はしていた。今は離婚してバツイチだけどな」

「それで指輪をはめてないんだ」

「ああ。離職してお金がなくなってな。子供の将来とかを考えると、離ればなれになるしかなかった」

 おじさんは一瞬だけ切ない顔をしていたが、すぐに私に笑いかける。

「さあ、帰りなよ。もう22時過ぎだ。子供が遊んでいい時間じゃない」

「うん、おじさん」

「あのな、おじさんじゃなくて、辰巳(たつみ)という、きちんとした名前があるんだけどな」

「うん、分かった。辰巳さん」

「ちなみに私の名前は奏だよ」

「ああ、奏ちゃんだね」

 辰巳さんの自己紹介を、自分の紹介で丁寧に返す。

「明日も会いに来ていい?」

「別に構わないさ、明日は昼からならここにいるし。それから緑のたぬきありがとな」

「うん、じゃあね」

 私が手を大きく振りながら、バイバイとさよならをすると、辰巳さんも笑って返してくれた。
 相手がどうであれ、これが二十歳を迎えた、私の初めての恋だった。

****

「ルンルン♪」

「随分とご機嫌ね、奏ちゃん」

「あっ、お母さん。おはよう」

「こんな朝早くからお洒落して、もしかしてデートかしら?」

「お母さんの想像にお任せしまーす」

 まさか職無しの男とお出かけなんて、親に言えるはずがない。
 私はお母さんからの言葉を上手にかわしながら、晴天の冬空へと飛び出した。

「まずは買い物かな。あの人、緑のたぬきが好きそうだったし」

 まだ昼まで時間はある。
 私は新聞のチラシで見た、緑のたぬきの安売りを目当てに、最寄りのスーパーへと徒歩で進んだ。

****

「つい買いすぎちゃったなあ」

 一個半額という驚きの価格で売られていた、緑のたぬきが入った袋を抱えて、辰巳さんのいる野外テントへと行く。
 でも、テントの中には人がいる気配がしない。

「不意の事故だったらしいわね」

「まあ、最悪、ひき逃げよりはマシよ」

 近くの二人組の主婦がこちらに向かい、何かをコソコソと話している。
 私は勇気を持って、その主婦の会話に加わった。

「あの、ここの人に何かあったのですか?」

「あなたは?」

「ここのおじさんの知り合いです」

「えっ、援交とかじゃないよね?」

「義妹みたいなものです」

 よし、援助交際という不安材料は、向こうには与えてない。
 それから半分は、嘘を言ってない。

「実は朝方に車の事故にあってね、都内の総合病院に運ばれたのって……あっ、どこ行くの……!?」

「えっ、それはおおごとですね!?
あっ、ありがとうございました」

 私はスマホでタクシーを呼んで、急いで車に飛び乗った。
 彼の無事を祈りながら……。

****

「だから大袈裟(おおげさ)だって」

「だって、あなたに何かあったのか不安で」

 総合病院の二階にある一人部屋で、親密な話をする男女。
 二人ともいい大人で、何もかも理解できているかのような会話だった。

「いい加減、俺から離れてくれよ。俺らは離婚しただろ」

「でもあの子にとっては、大切な父親なんですよ。それなのに身を隠すように、駅の下で住んで」

「まあ、住めば都だけどな」

 そこへドアのノックと共に、女性看護士が入ってくる。

「門画(かどが)辰巳さん、面会室にて、お客さんがお待ちです。すぐにおいでください」

「はいはい。何だろうな」

 辰巳は心配そうな元妻を励まし、ベッドから起き上がり、別の相手の面会をしに行った。

****

「あっ、君は!」

 右足に包帯を巻き、松葉杖をついた辰巳さんが面会室で会う際に、驚きの声を出す。

「車の事故にあったと聞いて、飛んできました」

「まさに飛ぶ鳥の勢いというか。若いっていいねえ」

「はぐらかさないで下さい。私は本当に心配して」

「大丈夫、骨にも異常はないし、ただの軽い打撲さ。心配してくれてありがとう」

「無事で良かった……」

 ヘナヘナと脱力しながら、とした床に座り込む。
 そんな私に辰巳さんは、自分に言い聞かせるかのように、何度も謝っていた。

****

「あの子が新しい恋人か。身なりからして大学生かしら。まあ、しっかりしていそうだし、悪くはないわね」

 辰巳のいる面会室のドアのガラスから、相手の素性を覗きこむ。

「ママ、パパは平気なの?」

「ええ、パパにも彼女さんがいるからね」

「彼女はママじゃないの?」

「はいはい。その話はいいから、もう帰ろうか。今日の夕ご飯はカレーでも作るわよ」

「わーい、ヤッター♪」

 バンザイと両手をあげる、小学生の息子。
 まだ幼い子供ゆえに、よくは理解していないようだが、ワンパクには違いない。

(辰巳、彼女さんを幸せにしなさいよ……)

 しばらくして、廊下の親子は何ごともなかったように、静かにその病院を立ち去った……。

****

 12月31日、大晦日。
 辰巳さんと初めて食べたものは緑のたぬきでした。

 思えばこのカップ麺との出会いがなければ、私は他の人と交際していたかも知れません。

 まさに年越しそばを食べる曰く、細く長く生きるように。

 相手が辰巳さんで、本当に良かった……。

 Fin……。


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 12月31日、大晦日。
 夫婦二人で薪ストーブで暖をとりながら、一杯のそばのカップ麺を片手に、新しい年が迫ろうとする。
『5、4、3……』
 大きなテレビから流れるのは、新年へのカウントダウン。
 そのまま迎えた、二人だけの新年。
「あけおめ。今年もよろしく」
 彼は若者らしい、あけおめという言葉と、いつもの温厚さで挨拶を告げる。
 私もすんなりと、それに続く。
「はい、あけましておめでとうございます。よろしくお願いします」
 今になって思えば、私たちの出会いは、あの寒い冬の夜だった……。
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「ねえ!」
「ねえ、おじさん!」
 私こと、長い黒髪の奏《かなで》は、学習塾の帰りに、駅のベンチでぼろ切れの毛布を被って寝ている、白髪混じりの男の人に声をかけていた。
 気温は10度以下。
 いくら寝具に身を包んでも、肌に刺す空気は変わらないはず。
「こんな場所で寝ていたら、風邪をひくよ。お家に帰ろう」
「ふがっ!?」
 おじさんの体を揺すった途端、もそもそと布団がベンチから滑り落ち、そのまま地面へと落下するおじさん。
「ぐおおおおー、身体中が痛い。これは悪魔タクアンの呪いかー!?」
 体をあちこち打ったのか、あまりの痛みだったのか、変な喩えで妄想の類いを叫びながら、床でバタバタと悶え苦しんでいた。
 そんな地面で暴れていた、ミミズ絵図から数分後。
 おじさんは汚れた黒い作業着を手ではたきながら、すました状態で私の方に口を開く。
 作業着ということは、外作業の仕事をしていたのだろうか。
「何だよ、ガキが何の用だ。おしめでも替えに来たか? 生憎《あいにく》、俺はもう50過ぎだが、そんな歳でもない」
「うん、おじさんは見た目が若いもんね。それに近くで見るとイケメンだし」
「若いって、お前もじゃないか。学生か?」
「うん、現役の女子大生だよ」
 私は腰を上げて、おじさんに向かって、自慢げに大きく胸を張り上げた。
「でもな、肝心の胸がえぐれてるとなると……」
「なっ、これでもそれなりにあるんだよ」
「なるー。寄せて上げた鳩胸というやつか」
「何かその例え、超ムカツク」
 このおじさんは口が悪いし、たちも悪い。
 酒に酔っていないことを見るからに、シラフみたいだ。
 昔から胸が人一倍小さいのは気にしていたけど、その言い方は酷い。
『ぐうぅ……きゅるるん』
 私が素直におじさんからの発言に傷付いていると、おじさんのお腹から、可愛らしい音が響く。
「おじさん、お腹減ってるの?」
「ああ、今月もピンチでな」
「じゃあ、そこで待ってて」
 私は偽善ではなく、純粋におじさんの空腹を満たしてあげるために、まだ閉店していない駅の売店へと、急ぎ足で向かった。
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「はい。おじさん。これあげる」
 私はおじさんに売店で購入した、緑のたぬきのカップ麺を渡す。
「おお、これは噂のたぬきそばか、ありがたいな。これで今年も大晦日を無事に越せるぜ。タダで貰っていいのか?」
「いいよ。あとカップ麺を作るためのお湯はあるよね?」
「ああ。携帯用のガスコンロを、リュックに入れて持ってる」
「へえー。異世界の魔法使いみたいに、炎の呪文で沸かさないんだね」
「何だ、そのラノベみたいな設定は?」
「えー、私は小説より、安くて美味しいノリ弁が好きなんだけどなー」
「ははは、ノリのいい元気娘だな」
 冬の木枯らしが吹き荒れるホームから離れて、風のこない隅のベンチへと移動し、二人して暖かいコーヒーを飲み、おじさんと下らない話をしながら、色々と世間話を交える。
「所でさ、何でこんな場所で寝てたの?」
 おじさんと一緒にシャケおにぎりを食べながら、ずっと気になっていたことを尋ねる。
「見て分からないのか?」
「その髭を剃ったら、さらにイケメンになっちゃうとか?」
「おい、大人をからかうな」
「何、おじさん照れてるの。可愛いー」
 おじさんは余計なお世話だと言いながら、満更でもない顔をする。
「半年前から解雇されて、ホームレスなんだよ」
「あの白い幼虫のカイコ? 確かに最近見かけなくなったけど?」
「その発想は違う。虫じゃなくて、会社をクビになったという意味だぞ」
「ええー、おじさん、今、無職なのー!?」
「わっ、声がでけえよ」
「あっ、ごめんなさい……」
 私は声のトーンを落とし、控えめな口ぶりで、気になることを洗いざらい質問してみることにした。
「じゃあ、洗濯とか、お風呂とか、近くの川でとか?」
「おい、いつの時代の話だよ。コインランドリーや銭湯があるだろ」
「じゃあ、生活するお金はどうしてるの?」
「会社の退職金は万が一のために手をつけず、地味に缶拾いとかかな。たくさん集めれば、一日の一食ぶんくらいにはなる」
「それで作業着を着ている理由は?」
「知らないのか。最近の作業着は動きやすいだけでなく、保温性にも優れて温かいんだよ」
 このおじさんは、私がのうのうと暮らす中、苦労を重ねてきたんだね。
 そう思うと、涙がこぼれてきた。
「おいおい、こんな所で泣くなって」
「だって、おじさんがかわいそうになってきちゃって……」
「いいから泣き止めって」
 おじさんが私の頭を撫でる。
 ゴツゴツとして固く、大きな手。
 優しくしてくる、その手にあの証が付いてなく、胸につっかえていたことを聞いてみる。
「おじさん、ひょっとして未婚なの?」
「いや、結婚はしていた。今は離婚してバツイチだけどな」
「それで指輪をはめてないんだ」
「ああ。離職してお金がなくなってな。子供の将来とかを考えると、離ればなれになるしかなかった」
 おじさんは一瞬だけ切ない顔をしていたが、すぐに私に笑いかける。
「さあ、帰りなよ。もう22時過ぎだ。子供が遊んでいい時間じゃない」
「うん、おじさん」
「あのな、おじさんじゃなくて、辰巳《たつみ》という、きちんとした名前があるんだけどな」
「うん、分かった。辰巳さん」
「ちなみに私の名前は奏だよ」
「ああ、奏ちゃんだね」
 辰巳さんの自己紹介を、自分の紹介で丁寧に返す。
「明日も会いに来ていい?」
「別に構わないさ、明日は昼からならここにいるし。それから緑のたぬきありがとな」
「うん、じゃあね」
 私が手を大きく振りながら、バイバイとさよならをすると、辰巳さんも笑って返してくれた。
 相手がどうであれ、これが二十歳を迎えた、私の初めての恋だった。
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「ルンルン♪」
「随分とご機嫌ね、奏ちゃん」
「あっ、お母さん。おはよう」
「こんな朝早くからお洒落して、もしかしてデートかしら?」
「お母さんの想像にお任せしまーす」
 まさか職無しの男とお出かけなんて、親に言えるはずがない。
 私はお母さんからの言葉を上手にかわしながら、晴天の冬空へと飛び出した。
「まずは買い物かな。あの人、緑のたぬきが好きそうだったし」
 まだ昼まで時間はある。
 私は新聞のチラシで見た、緑のたぬきの安売りを目当てに、最寄りのスーパーへと徒歩で進んだ。
****
「つい買いすぎちゃったなあ」
 一個半額という驚きの価格で売られていた、緑のたぬきが入った袋を抱えて、辰巳さんのいる野外テントへと行く。
 でも、テントの中には人がいる気配がしない。
「不意の事故だったらしいわね」
「まあ、最悪、ひき逃げよりはマシよ」
 近くの二人組の主婦がこちらに向かい、何かをコソコソと話している。
 私は勇気を持って、その主婦の会話に加わった。
「あの、ここの人に何かあったのですか?」
「あなたは?」
「ここのおじさんの知り合いです」
「えっ、援交とかじゃないよね?」
「義妹みたいなものです」
 よし、援助交際という不安材料は、向こうには与えてない。
 それから半分は、嘘を言ってない。
「実は朝方に車の事故にあってね、都内の総合病院に運ばれたのって……あっ、どこ行くの……!?」
「えっ、それはおおごとですね!?
あっ、ありがとうございました」
 私はスマホでタクシーを呼んで、急いで車に飛び乗った。
 彼の無事を祈りながら……。
****
「だから大袈裟《おおげさ》だって」
「だって、あなたに何かあったのか不安で」
 総合病院の二階にある一人部屋で、親密な話をする男女。
 二人ともいい大人で、何もかも理解できているかのような会話だった。
「いい加減、俺から離れてくれよ。俺らは離婚しただろ」
「でもあの子にとっては、大切な父親なんですよ。それなのに身を隠すように、駅の下で住んで」
「まあ、住めば都だけどな」
 そこへドアのノックと共に、女性看護士が入ってくる。
「門画《かどが》辰巳さん、面会室にて、お客さんがお待ちです。すぐにおいでください」
「はいはい。何だろうな」
 辰巳は心配そうな元妻を励まし、ベッドから起き上がり、別の相手の面会をしに行った。
****
「あっ、君は!」
 右足に包帯を巻き、松葉杖をついた辰巳さんが面会室で会う際に、驚きの声を出す。
「車の事故にあったと聞いて、飛んできました」
「まさに飛ぶ鳥の勢いというか。若いっていいねえ」
「はぐらかさないで下さい。私は本当に心配して」
「大丈夫、骨にも異常はないし、ただの軽い打撲さ。心配してくれてありがとう」
「無事で良かった……」
 ヘナヘナと脱力しながら、《《ひんやり》》とした床に座り込む。
 そんな私に辰巳さんは、自分に言い聞かせるかのように、何度も謝っていた。
****
「あの子が新しい恋人か。身なりからして大学生かしら。まあ、しっかりしていそうだし、悪くはないわね」
 辰巳のいる面会室のドアのガラスから、相手の素性を覗きこむ。
「ママ、パパは平気なの?」
「ええ、パパにも彼女さんがいるからね」
「彼女はママじゃないの?」
「はいはい。その話はいいから、もう帰ろうか。今日の夕ご飯はカレーでも作るわよ」
「わーい、ヤッター♪」
 バンザイと両手をあげる、小学生の息子。
 まだ幼い子供ゆえに、よくは理解していないようだが、ワンパクには違いない。
(辰巳、彼女さんを幸せにしなさいよ……)
 しばらくして、廊下の親子は何ごともなかったように、静かにその病院を立ち去った……。
****
 12月31日、大晦日。
 辰巳さんと初めて食べたものは緑のたぬきでした。
 思えばこのカップ麺との出会いがなければ、私は他の人と交際していたかも知れません。
 まさに年越しそばを食べる曰く、細く長く生きるように。
 相手が辰巳さんで、本当に良かった……。
 Fin……。