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リグナムオブトラウザー 金と戦いの日常後編

ー/ー



 互いに言葉はない。ただ、センサーが捉える緊張の空気がコックピットを支配していた。

 先手を打ったのはミズリだった。驚異・壱号の左腕、小型パルスガンが青白い光を吐き出す。
 連射されたビームはハイプレッシャーの肩部装甲を掠め、火花を散らした。だが、敵機の巨躯を揺らすには至らない。

 直後、空色の巨獣が右腕のバズーカを咆哮させた。
 重力に逆らうような高速弾。ミズリは四脚を極限まで撓ませ、蜘蛛のごとき姿勢で大地に這いつくばった。頭上を通り抜ける熱風。背後の廃ビルが轟音と共に半壊する。

「……っ!」

 ハイプレッシャーは距離を保ちながら、執拗にバズーカとハンドキャノンを交互に放つ。
 市街地において、中距離戦は重火力を有するハイプレッシャーの独壇場だ。
 ミズリは遮蔽物となるビルの角を、あるいは放置されたコンテナを盾にし、紙一重で射線を回避し続ける。

「……やり辛い」

 驚異・壱号は、ビルの外壁を垂直に数歩駆け上がり、空中を舞うように移動先を変える。
 多脚機ならではの三次元機動。死の射線を一点に絞らせず、ミズリは着実に空色の巨人の懐へと潜り込もうとしていた。

 その時、ハイプレッシャーが不気味な動きを見せた。
 右腕のバズーカ、左腕のハンドキャノン。まだ残弾があるはずの武装を、惜しげもなくその場に投げ捨てたのだ。

 アスファルトに激突する鉄の塊。
 一瞬の空白。好機と見て踏み込もうとしたミズリの脳裏に、強烈な警報が鳴り響いた。

「来る……!」

 反射的にホバーを逆噴射させ、機体を後退させる。
 直後、空色の機体から装甲の一部が弾け飛んだ。重厚な殻を脱ぎ捨てたハイプレッシャーの内部から、猛烈な勢いで加速用スラスターの光が溢れ出す。

 第二形態、高機動モード。
 その両手には、内蔵されていた二丁の小型マシンガンが握られていた。

「速いッ!?」

 イグニアの声が重なる。
 先ほどまでの鈍重さが嘘のように、ハイプレッシャーは残像を残して加速した。旋回を考慮しない凄まじい加速。
 それに伴いマシンガンが火を吹く。

 高い衝撃音が連鎖し、驚異・壱号の白銀の装甲が削り取られていく。さらに、追撃の弾丸がミズリの肩部ミサイルポッドを直撃した。

 間を置かずに爆発、衝撃が襲ってくる。

「……っ!」

 自身の弾薬が誘爆し、凄まじい衝撃がコックピットを揺らす。機体が大きくよろめき、バランスを崩した。
 ハイプレッシャーはその隙を見逃さない。トドメを刺すべく、マシンガンを掃射しながら最短距離で突進してくる。

 死が目前に迫る。だが、ミズリの瞳は驚くほど冷静だった。

(まだだ……)

 ミズリはあえて、左腕のパルスガンをハイプレッシャーの進行方向の「左側」へ放った。
 狙いが逸れたわけではない。回避を誘うための餌だ。
 ハイプレッシャーは、当然のように最小限の動作で右側へと機体を滑らせる。

「そこだ」

 ミズリは、敵機が回避した先の空間に、肩部の小型スラッグガンを叩き込んだ。
 回避先を読んだ置き打ち。
 金属弾の塊がハイプレッシャーを捉える――。

 だが、アーク級の反応速度は人智を超えていた。ハイプレッシャーは、手元で使い果たしたマシンガンを一丁、盾にするように投げ出した。
 空中で爆散するマシンガン。
 しかし、その爆炎を貫いたスラッグガンの弾丸は、ハイプレッシャーの片腕を肩から無慈悲に粉砕した。

 衝撃でハイプレッシャーの突進が止まる。
 残った片腕のマシンガンも、カチカチと空打ちの音を立てた。弾切れだ。
 驚異・壱号もまた、全ての火器を使い果たし、冷却ファンが悲鳴のような音を上げている。

 互いに武装を失い、静寂が訪れる。
 ハイプレッシャーのカメラアイが一度だけ明滅した。
 やがて、空色の亡霊は背部スラスターを焚くと、追撃を許さない速度でビルの向こう側へと姿を消した。

 最後まで、一言の通信もなかった。

「……なんとかなったな」

 ミズリは額に汗をかいていることに気づいた。
 コンソールに表示される損傷報告は赤く染まっている。

「……全く」

 修理費。弾薬費。専属オペレーターへの支払い。
 今回の報酬の過半、いやそれ以上が吹き飛ぶ計算になる。だが、ミズリの唇の端はわずかに吊り上がっていた。

「……ざまあみろ」

 ぼそりと、変換される前の少女の声で呟く。
 A級ランカーの高級パーツを片腕分、文字通りゴミにしてやったのだ。あちらの損失額は、こちらの比ではないだろう。

「ん? 何か言った、ゴート?」
「……何も。帰還する」

 脚部の一本を激しく引きずりながら、驚異・壱号は薄暗い市街地を歩き出す。

 命を削り、金を稼ぎ、また命を削るための整備をする。
 勝者も敗者もいない。ただ、今日を生き延びたという事実だけが、このヴァルネクトにおける唯一の報酬だった。

 これもまた、いつも通りの日常だ。


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 互いに言葉はない。ただ、センサーが捉える緊張の空気がコックピットを支配していた。
 先手を打ったのはミズリだった。驚異・壱号の左腕、小型パルスガンが青白い光を吐き出す。
 連射されたビームはハイプレッシャーの肩部装甲を掠め、火花を散らした。だが、敵機の巨躯を揺らすには至らない。
 直後、空色の巨獣が右腕のバズーカを咆哮させた。
 重力に逆らうような高速弾。ミズリは四脚を極限まで撓ませ、蜘蛛のごとき姿勢で大地に這いつくばった。頭上を通り抜ける熱風。背後の廃ビルが轟音と共に半壊する。
「……っ!」
 ハイプレッシャーは距離を保ちながら、執拗にバズーカとハンドキャノンを交互に放つ。
 市街地において、中距離戦は重火力を有するハイプレッシャーの独壇場だ。
 ミズリは遮蔽物となるビルの角を、あるいは放置されたコンテナを盾にし、紙一重で射線を回避し続ける。
「……やり辛い」
 驚異・壱号は、ビルの外壁を垂直に数歩駆け上がり、空中を舞うように移動先を変える。
 多脚機ならではの三次元機動。死の射線を一点に絞らせず、ミズリは着実に空色の巨人の懐へと潜り込もうとしていた。
 その時、ハイプレッシャーが不気味な動きを見せた。
 右腕のバズーカ、左腕のハンドキャノン。まだ残弾があるはずの武装を、惜しげもなくその場に投げ捨てたのだ。
 アスファルトに激突する鉄の塊。
 一瞬の空白。好機と見て踏み込もうとしたミズリの脳裏に、強烈な警報が鳴り響いた。
「来る……!」
 反射的にホバーを逆噴射させ、機体を後退させる。
 直後、空色の機体から装甲の一部が弾け飛んだ。重厚な殻を脱ぎ捨てたハイプレッシャーの内部から、猛烈な勢いで加速用スラスターの光が溢れ出す。
 第二形態、高機動モード。
 その両手には、内蔵されていた二丁の小型マシンガンが握られていた。
「速いッ!?」
 イグニアの声が重なる。
 先ほどまでの鈍重さが嘘のように、ハイプレッシャーは残像を残して加速した。旋回を考慮しない凄まじい加速。
 それに伴いマシンガンが火を吹く。
 高い衝撃音が連鎖し、驚異・壱号の白銀の装甲が削り取られていく。さらに、追撃の弾丸がミズリの肩部ミサイルポッドを直撃した。
 間を置かずに爆発、衝撃が襲ってくる。
「……っ!」
 自身の弾薬が誘爆し、凄まじい衝撃がコックピットを揺らす。機体が大きくよろめき、バランスを崩した。
 ハイプレッシャーはその隙を見逃さない。トドメを刺すべく、マシンガンを掃射しながら最短距離で突進してくる。
 死が目前に迫る。だが、ミズリの瞳は驚くほど冷静だった。
(まだだ……)
 ミズリはあえて、左腕のパルスガンをハイプレッシャーの進行方向の「左側」へ放った。
 狙いが逸れたわけではない。回避を誘うための餌だ。
 ハイプレッシャーは、当然のように最小限の動作で右側へと機体を滑らせる。
「そこだ」
 ミズリは、敵機が回避した先の空間に、肩部の小型スラッグガンを叩き込んだ。
 回避先を読んだ置き打ち。
 金属弾の塊がハイプレッシャーを捉える――。
 だが、アーク級の反応速度は人智を超えていた。ハイプレッシャーは、手元で使い果たしたマシンガンを一丁、盾にするように投げ出した。
 空中で爆散するマシンガン。
 しかし、その爆炎を貫いたスラッグガンの弾丸は、ハイプレッシャーの片腕を肩から無慈悲に粉砕した。
 衝撃でハイプレッシャーの突進が止まる。
 残った片腕のマシンガンも、カチカチと空打ちの音を立てた。弾切れだ。
 驚異・壱号もまた、全ての火器を使い果たし、冷却ファンが悲鳴のような音を上げている。
 互いに武装を失い、静寂が訪れる。
 ハイプレッシャーのカメラアイが一度だけ明滅した。
 やがて、空色の亡霊は背部スラスターを焚くと、追撃を許さない速度でビルの向こう側へと姿を消した。
 最後まで、一言の通信もなかった。
「……なんとかなったな」
 ミズリは額に汗をかいていることに気づいた。
 コンソールに表示される損傷報告は赤く染まっている。
「……全く」
 修理費。弾薬費。専属オペレーターへの支払い。
 今回の報酬の過半、いやそれ以上が吹き飛ぶ計算になる。だが、ミズリの唇の端はわずかに吊り上がっていた。
「……ざまあみろ」
 ぼそりと、変換される前の少女の声で呟く。
 A級ランカーの高級パーツを片腕分、文字通りゴミにしてやったのだ。あちらの損失額は、こちらの比ではないだろう。
「ん? 何か言った、ゴート?」
「……何も。帰還する」
 脚部の一本を激しく引きずりながら、驚異・壱号は薄暗い市街地を歩き出す。
 命を削り、金を稼ぎ、また命を削るための整備をする。
 勝者も敗者もいない。ただ、今日を生き延びたという事実だけが、このヴァルネクトにおける唯一の報酬だった。
 これもまた、いつも通りの日常だ。