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リグナムオブトラウザー 金と戦いの日常前編

ー/ー



 高層ビル群が空を蝕み、複雑に絡み合ったパイプラインが街の血流を支える企業管理都市機構ヴァルネクト。ここでは国家の威信ではなく、企業の株価と利益率がすべての秩序を規定する。

 その冷徹な歯車の一部として、一機の機体(トラウザー)が灰色の空を背に駆動音を響かせていた。

 「――作戦領域に到達。状況はどう、『ゴート』?」

 コックピットのモニターに、専属オペレーターである『イグニア』の鋭い声が聞こえる。彼女は戦域のタクティカルマップを展開した。

 「問題ない。これより進入する」

 ミズリが短く応じると、機体外部へ発信される音声はボイスチェンジャーによって即座に変換された。
 発せられたのは、感情の起伏を削ぎ落とした、ノイズ混じりの低い男声。18歳の少女であるミズリの素性は『ゴート』となり、この鉄の塊と電子の海の中に完全に埋没する。

 「相手は工場を不法占拠して生産ラインを止めているテロリスト集団。クライアントからは『設備への被害は最小限に、害虫は迅速に駆除せよ』とのオーダー。恙なくな」

 ミズリは無言で操縦桿を握り直した。返事の代わりに、愛機『驚異・壱号』の四本の脚が、工場の外壁を蹴り崩して内部へと躍り出る。

 ---

 「ちくしょう、もう傭兵を雇いやがったか!」
 「一機だけだ、囲んで蜂の巣にしろ!」

 工場内に潜伏していたテロリストたちが、突如現れた白銀の機影を見て叫び声を上げる。彼らが駆るのは、企業の型落ち品をかき集めた低品質な廉価トラウザーだ。

 大戦により多くの文明が失われたこの世界で履物の意味を持つトラウザーの語源を知るものなど既にいないだろう。

 そして、この都市機構の軍事バランスにおいて、これら「一般兵力」と、洗練されたパーツで構成された「傭兵(リグナム)」の間には、絶対的な断絶が存在する。

 四方から実弾の雨が降り注ぎ、工場内の空気が火薬の匂いと熱に膨れ上がる。

 だが、ミズリは動じない。

 「敵機、合計八。前方より三、左右に二ずつ、後方に一」

 イグニアの淡々としたナビゲーションに従い、ミズリは四脚特有の変則機動を開始した。
 人型機であれば足を取られるような、破壊された工作機械やコンクリートの残骸が散乱する凹凸の激しい足場。しかし、ホバーと歩行を併用する驚異・壱号にとって、そこは平地となんら変わりない。

 「……」

 左手の小型パルスガンが、吸い込まれるように先頭の敵機に狙いを定める。
 青白いビームの奔流が連射され、廉価機の脆弱な装甲を紙細工のように焼き切った。

 「が、あぁっ!? こいつ、まさかB級ランカーの……!」

 断末魔は爆発音にかき消される。ミズリは足を止めることなく、肩部の小型ミサイルを射出。
 左右から迫る敵機を牽制しつつ、右手のビームソードを抜いた。

 鈍い音が鉄の装甲を叩く。
 背後からのマシンガン掃射が数発、驚異・壱号に命中した。
 だが、ミズリは振り返りもしない。通常兵器の標準的な火力に対し、リグナムが駆るカスタム機の装甲はあまりに堅牢だ。
 多少の被弾は計算のうち。彼女は最短距離で敵を屠ることだけを考えていた。

 「あと三機。急げ、ゴート」
 「……分かっている」

 ミズリは四脚を大きく撓ませ、跳躍した。天井のキャットウォークを蹴り、反転して敵の頭上へ。
 重力に従い落下しながら、ビームソードが空を裂く。

 一機、また一機と、火花を散らす鉄の塊へと変わっていく。
 最後に残った一機は、恐怖に駆られたようにマシンガンを乱射した。銃口から吐き出されるマズルフラッシュが暗い工場内を断続的に照らすが、驚異・壱号はその弾幕を正面から突き破る。

 甲高く弾丸が装甲に弾かれる乾いた音。
 ミズリは無慈悲なまでに正確な動作で、敵機の胴体へビームソードを突き刺した。

 内部の電子機器がショートし、激しいスパークが飛び散る。やがて、駆動音は途絶え、工場にはパチパチと何かが燃える音だけが残った。

 「作戦終了。後始末はクライアントの回収班に任せて帰還を」

 イグニアの通信には、安堵よりも「予定通りの仕事を終えた」という事務的な響きが強かった。

 ---

 ミズリは少しだけ弾痕の付いた驚異・壱号を駆り、破壊されたゲートから工場の外へと出た。
 高層ビルの谷間。人工の風が吹き抜ける無機質な空間で、彼女はふと、センサーの微かなノイズを拾った。

 「……?」
 「――ゴート!不明機が接近している」

 イグニアが端的に状況を伝える。
 ミズリは瞬時にホバーを起動し、周囲のビル影に身を隠すように機体を滑らせた。メインモニターに表示される警告表示。照合データが瞬く間にデータベースを検索し、一つの答えを導き出す。

 「照合完了……リグナムA(アーク)、『ハイプレッシャー』だ! 完全に補足されてる」

 その名を聞いた瞬間、ミズリの瞳が見開かれる。
 コードネーム『ゴート』であるミズリのランクはリグナムB(ヴァイン)、相手は格上だ。

 機体名、ハイプレッシャー。
 パイロット不明。通信拒絶。ただ圧倒的な戦闘能力のみでそのランクに君臨する、正体不明の亡霊。
 これまで何度も戦場を共にしたが、一度として決着がついたことはない。殺しきれず、殺されず。互いの実力が拮抗しているのか。

 返答よりも先に、「それ」は来た。

 ミズリが視覚的にその姿を捉えるよりも早く、長距離からの熱源反応が急膨張する。
 空を切り裂いて飛来するのは、正確無比な殺意を宿したバズーカ弾だ。

 「っ……!」

 ミズリは反射的に操縦桿を倒した。驚異・壱号の四脚が火花を散らしてアスファルトを掴み、機体を横へとスライドさせる。
 直後、彼女がいた場所を巨大な爆炎が包み込んだ。爆風で機体が揺れる。遮蔽物としていたビルの角が、粉々に砕け散った。

 煙の向こうから、ゆっくりとその姿を現したのは、鈍重そうなシルエットを持つ空色の機体だった。
 企業の高品質なパーツで組み上げられた戦うためのトラウザー。右腕には巨大なバズーカ、左腕にはハンドキャノン。

 そこに意思を感じさせる通信はない。ただ、センサー越しにぶつかり合う「圧(プレッシャー)」だけが、相手の存在を主張していた。

 「……」

 ミズリは目の前に立つ場違いな配色のトラウザーを見る。

 「やるか……」

 ミズリはコンソールのリミッターを解除し、驚異・壱号の出力を最大まで引き上げた。
 パルスガンのチャージ音がコックピットに響く。四本の脚が大地をしっかりと踏みしめ、いかなる軌道へも移れる様に備える。

 対するハイプレッシャーもまた、その巨躯に見合う威圧感をもって、凄まじい勢いでこちらへと突進を開始した。

 空色の巨人と、白銀の多脚。
 二機の「傭兵(リグナム)」が、企業都市の静寂を切り裂き、相まみえた。




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 高層ビル群が空を蝕み、複雑に絡み合ったパイプラインが街の血流を支える企業管理都市機構ヴァルネクト。ここでは国家の威信ではなく、企業の株価と利益率がすべての秩序を規定する。
 その冷徹な歯車の一部として、一機の|機体《トラウザー》が灰色の空を背に駆動音を響かせていた。
 「――作戦領域に到達。状況はどう、『ゴート』?」
 コックピットのモニターに、専属オペレーターである『イグニア』の鋭い声が聞こえる。彼女は戦域のタクティカルマップを展開した。
 「問題ない。これより進入する」
 ミズリが短く応じると、機体外部へ発信される音声はボイスチェンジャーによって即座に変換された。
 発せられたのは、感情の起伏を削ぎ落とした、ノイズ混じりの低い男声。18歳の少女であるミズリの素性は『ゴート』となり、この鉄の塊と電子の海の中に完全に埋没する。
 「相手は工場を不法占拠して生産ラインを止めているテロリスト集団。クライアントからは『設備への被害は最小限に、害虫は迅速に駆除せよ』とのオーダー。恙なくな」
 ミズリは無言で操縦桿を握り直した。返事の代わりに、愛機『驚異・壱号』の四本の脚が、工場の外壁を蹴り崩して内部へと躍り出る。
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 「ちくしょう、もう傭兵を雇いやがったか!」
 「一機だけだ、囲んで蜂の巣にしろ!」
 工場内に潜伏していたテロリストたちが、突如現れた白銀の機影を見て叫び声を上げる。彼らが駆るのは、企業の型落ち品をかき集めた低品質な廉価トラウザーだ。
 大戦により多くの文明が失われたこの世界で履物の意味を持つトラウザーの語源を知るものなど既にいないだろう。
 そして、この都市機構の軍事バランスにおいて、これら「一般兵力」と、洗練されたパーツで構成された「|傭兵《リグナム》」の間には、絶対的な断絶が存在する。
 四方から実弾の雨が降り注ぎ、工場内の空気が火薬の匂いと熱に膨れ上がる。
 だが、ミズリは動じない。
 「敵機、合計八。前方より三、左右に二ずつ、後方に一」
 イグニアの淡々としたナビゲーションに従い、ミズリは四脚特有の変則機動を開始した。
 人型機であれば足を取られるような、破壊された工作機械やコンクリートの残骸が散乱する凹凸の激しい足場。しかし、ホバーと歩行を併用する驚異・壱号にとって、そこは平地となんら変わりない。
 「……」
 左手の小型パルスガンが、吸い込まれるように先頭の敵機に狙いを定める。
 青白いビームの奔流が連射され、廉価機の脆弱な装甲を紙細工のように焼き切った。
 「が、あぁっ!? こいつ、まさかB級ランカーの……!」
 断末魔は爆発音にかき消される。ミズリは足を止めることなく、肩部の小型ミサイルを射出。
 左右から迫る敵機を牽制しつつ、右手のビームソードを抜いた。
 鈍い音が鉄の装甲を叩く。
 背後からのマシンガン掃射が数発、驚異・壱号に命中した。
 だが、ミズリは振り返りもしない。通常兵器の標準的な火力に対し、リグナムが駆るカスタム機の装甲はあまりに堅牢だ。
 多少の被弾は計算のうち。彼女は最短距離で敵を屠ることだけを考えていた。
 「あと三機。急げ、ゴート」
 「……分かっている」
 ミズリは四脚を大きく撓ませ、跳躍した。天井のキャットウォークを蹴り、反転して敵の頭上へ。
 重力に従い落下しながら、ビームソードが空を裂く。
 一機、また一機と、火花を散らす鉄の塊へと変わっていく。
 最後に残った一機は、恐怖に駆られたようにマシンガンを乱射した。銃口から吐き出されるマズルフラッシュが暗い工場内を断続的に照らすが、驚異・壱号はその弾幕を正面から突き破る。
 甲高く弾丸が装甲に弾かれる乾いた音。
 ミズリは無慈悲なまでに正確な動作で、敵機の胴体へビームソードを突き刺した。
 内部の電子機器がショートし、激しいスパークが飛び散る。やがて、駆動音は途絶え、工場にはパチパチと何かが燃える音だけが残った。
 「作戦終了。後始末はクライアントの回収班に任せて帰還を」
 イグニアの通信には、安堵よりも「予定通りの仕事を終えた」という事務的な響きが強かった。
 ---
 ミズリは少しだけ弾痕の付いた驚異・壱号を駆り、破壊されたゲートから工場の外へと出た。
 高層ビルの谷間。人工の風が吹き抜ける無機質な空間で、彼女はふと、センサーの微かなノイズを拾った。
 「……?」
 「――ゴート!不明機が接近している」
 イグニアが端的に状況を伝える。
 ミズリは瞬時にホバーを起動し、周囲のビル影に身を隠すように機体を滑らせた。メインモニターに表示される警告表示。照合データが瞬く間にデータベースを検索し、一つの答えを導き出す。
 「照合完了……リグナムA級《アーク》、『ハイプレッシャー』だ! 完全に補足されてる」
 その名を聞いた瞬間、ミズリの瞳が見開かれる。
 コードネーム『ゴート』であるミズリのランクはリグナムB級《ヴァイン》、相手は格上だ。
 機体名、ハイプレッシャー。
 パイロット不明。通信拒絶。ただ圧倒的な戦闘能力のみでそのランクに君臨する、正体不明の亡霊。
 これまで何度も戦場を共にしたが、一度として決着がついたことはない。殺しきれず、殺されず。互いの実力が拮抗しているのか。
 返答よりも先に、「それ」は来た。
 ミズリが視覚的にその姿を捉えるよりも早く、長距離からの熱源反応が急膨張する。
 空を切り裂いて飛来するのは、正確無比な殺意を宿したバズーカ弾だ。
 「っ……!」
 ミズリは反射的に操縦桿を倒した。驚異・壱号の四脚が火花を散らしてアスファルトを掴み、機体を横へとスライドさせる。
 直後、彼女がいた場所を巨大な爆炎が包み込んだ。爆風で機体が揺れる。遮蔽物としていたビルの角が、粉々に砕け散った。
 煙の向こうから、ゆっくりとその姿を現したのは、鈍重そうなシルエットを持つ空色の機体だった。
 企業の高品質なパーツで組み上げられた戦うためのトラウザー。右腕には巨大なバズーカ、左腕にはハンドキャノン。
 そこに意思を感じさせる通信はない。ただ、センサー越しにぶつかり合う「圧《プレッシャー》」だけが、相手の存在を主張していた。
 「……」
 ミズリは目の前に立つ場違いな配色のトラウザーを見る。
 「やるか……」
 ミズリはコンソールのリミッターを解除し、驚異・壱号の出力を最大まで引き上げた。
 パルスガンのチャージ音がコックピットに響く。四本の脚が大地をしっかりと踏みしめ、いかなる軌道へも移れる様に備える。
 対するハイプレッシャーもまた、その巨躯に見合う威圧感をもって、凄まじい勢いでこちらへと突進を開始した。
 空色の巨人と、白銀の多脚。
 二機の「傭兵《リグナム》」が、企業都市の静寂を切り裂き、相まみえた。