37.「キラカード」
ー/ーあぁ、俺ってやつは。
カードを利用して想いを伝えようなんて……小賢しくてダサい真似をしようとするから、こんな目に遭うんだな。
「えっと、よく分かんないけど……私のターン、始めさせてもらうね」
『朱鬼』の名を自ら読み上げなくてはならないことに気付き、刹那的な幾千の葛藤の後――俺は確かに腹を括った。
括ったのだが……問題はこのターンが、俺ではなく海風のターンだったということだ。
俺が次のターンにすべきことは、いま手札として抱えている2枚のカードを場にプレイし、『朱鬼』の攻撃を通すことだった。
そんな俺がなぜ、今まさに絶望の淵に立たされているのか――
「じゃーん! “創世の悪魔”を2体召喚しまーす」
「……」
「“創世の悪魔”の効果で、室井くんの手札は2枚とも墓地送りでーす! キヒヒッ」
――それはこの瞬間、『朱鬼』完成のプラン崩壊が確定してしまったからだ。
海風はいまの俺の表情をじっと見つめて、今度こそ本懐を成し遂げたかのような、小悪魔的な表情をニッと見せつけてきた。
天宮祭りで、俺にエタデモの壮大な背景ストーリーを周囲に聞こえるように語らせたときも。
ハンデスの呪縛を克服した俺を、2枚目の“プラチナ・ユニバース・ドラゴン”で絶望の淵に叩き落したときも。
3ターンで“オーシャン・ウインド・ドラゴン”を着地させ、俺を容赦なく轢き〇したときも。
――それはいつだって、海風が俺にだけ見せる表情だった。
だからかもしれない。
俺は一世一代の“告白”が未遂に終わったにも拘わらず、不思議と爽やかな気持ちだった。
でも一言だけ、心の中で叫ばせてくれ。
……裏切りやがったなァァァこのクソ悪魔ァァァッ!!
◆
うだるような暑さのなか、俺と海風はいそいそと床に並べたカードの回収に移っていた。
老朽化し、角の剥がれた床タイルに置いた一枚のカードを手に取ろうと指を伸ばす。
しかし、うまく掴めずにカードが反ってはペチ、反ってはペチと虚しい音を立て、床を叩いた。
おぼつかない手で、すでにぬるくなったコーラのペットボトルを口にする。
きめ細やかな無数の泡が立ち上って来て、甘味の中に包まれたカラメルの仄かな苦味が喉を抜けた。
「い、いやぁ……今回も悪魔にしてやられちゃったなぁ。こ、これが本当のエターナルデモンズってね、ガハハ」
一方的に抱えた気まずさのあまり、俺は以前に一度思いついたことをウケるだろうなと思って口にする。
海風が困った顔で首を傾げたので、俺は即座に「すみません」と小さく零した。
ようやく床からはがしたカードを表にすると、それは俺が完成させることのできなかった『朱鬼』の片割れ、『朱』だった。
「……海風、今回はらしくないじゃん」
「え、らしくない? なんで?」
この一言は、俺のほんのささやかな負け惜しみに過ぎない。
これまでの関係を通して、俺は海風という人間を理解しているつもりでいて、でもそれが覆されるようなことがまた起こってしまった。
こんな有り様で、告白に向けた大それたイベントを周到に準備していた自分が滑稽に見えて仕方がなかったんだ。
「いつもなら……もっと、俺を困らせる戦術をわざわざ用意してくるのに」
それを聞いて、海風は俺から視線を逸らしながら「あはは……」と乾いた笑いを漏らした。
「なのに、今回はなんというか……海風がやったことって、ほとんどマナためて、クリーチャー出して、ひたすら攻撃って感じで……すごくシンプルだった」
「うん」
「まぁ、最後の最後であの悪魔が飛んできたわけだけど……にしたってあんな戦い方、なんか海風らしくないよ」
だからどうしたって、自分でも思う。
そんな言葉を投げかけたところで、結果は変わらない。
ただ、せめて俺はいま、ひとまず自分を納得させられる言葉が欲しかったのかもしれない。
そんな想いが伝わったのかどうかは分からないが、海風はきょとんとした表情でこう言った。
「だってほら、見てよ。室井くんが作った初めてのキラカードだよ!」
海風は屈託のない笑顔で、手にしていた『鬼』を俺に向けて突き出してきた。
それを見て、無意識に俺は持っていた『朱』を海風の方に向けてかざした。
昨晩、夢の世界に片足を踏み込ませながらも、時間をかけて、丹精をこめて転写したホイルシート。
窓から差し込んだ陽の光に包まれ、向かい合った2枚のカードは、俺たちの呼吸に合わせて上下するたびに輝き方を変えた。
自然には存在しない輝き。
他ならない、人が作った輝きだった。
「そんなの……真っ先に私が使いたいに決まってるじゃん!」
――そうか、今回のデュエルで俺が何をしようとしていたかなんて、関係なかったんだな。
誰よりも早くマナを溜めて、誰よりも早く俺が一生懸命作ったカードを使いたい。
そんな、ひたすらシンプルで、純粋なコンセプトのデッキを作ったに過ぎない。
海風はただ、今回も“俺が作った”エタデモを全力で楽しんでくれていたんだ。
なんだ、いつものことじゃないか。
「俺、海風のそういうところが好きだ」
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