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36.相手プレイヤーにアタックしてもよい

ー/ー





「……」
「いえ~い、べろべろば~っ! おやおやぁ、さっきまでの威勢はどうしたのかなァ~? さぁさぁ、室井くんのターンだよっ、きひひっ!」


 海風は思いつく限りの小憎たらしい言葉を並べては、両手のひらをヒラヒラと振りながら、すごい舌の動きと表情で俺を全力で煽ってきている。

 しかし、そんな些末なことが気にならないぐらい、今の俺は動揺を隠せずにいた。

 けけけけけ計算が――狂ってる。


「な……なん……」


 皮肉にも、俺の手札には『朱』と『鬼』の両方がそろっていた。
 にも拘わらず、俺はこのターンにコイツたちを出すことができない。

 何故か?
 それは、海風がただひたすらマナ加速を行い続けていた2ターンを、俺は“アドミラル・サルモネラ”と“アノマリー・ウイング”の召喚に費やしてしまい、召喚に必要なマナがまだ溜まっていないからだ。

 つまり、彼女は俺より2ターン先に――『朱鬼』を完成させることができる。

 半ば放心を自覚したまま、俺は震える手で山札からカードを一枚引いた。

 だ、だめだ……。
 手札破壊持ちのカードが引けない。


「こ、“光輝なる創世の黄金虫”を……召喚します……」


 海風の顔が、にぱっと笑顔になった。
 あ、これはもう間違いなく手札に『朱』を握ってるな。

 もう、彼女の『朱鬼』の誕生を止めることはできない。


「さぁ、フュージョンっ! しんだいの、ゆうごう、せきばんけもの……えっと……これは……あぁ、そうだ」


 あ、あ、名前が、読み上げられてしまう。

 こ、このままでは、この世界で最も〇にたくなるほどダサくて情けない“告白バレ”が起こってしま――


「『しゅき』を召喚っ!」


 ――はえ?


「ふっふっふっ……室井くん、私が漢字苦手だからって油断したよね? でも残念でした、これは『しゅき』って読むんでしょ。意地悪したって無駄だよ……だって私、神社で“これ”もらったから!」


 彼女がドヤ顔でそう言い放った後、エナメルバッグから取り出したのはスポーツのご利益で知られる天宮神社の『ご朱印帳』だった。
 どうやら、インターハイ前にお参りしに行ったんだよと言いたいらしい。


「あははっ、てっきり忘れてたよ~。あやうく、室井くんに『朱鬼』も読めないのって馬鹿にされるところだったね」


 ――よかった。
 これ、気付かれてないわ。


「……ふっ」


 思わず、安堵の声が漏れる。
 すると、彼女はその反応が面白くなかったのか、ムッとした表情で連結した『朱鬼』をタップした。


「余裕ぶったって無駄っ、さぁいっくよー! 『しゅき』っ!」


 生まれもって“守護”というスキルを持ったばかりに、わずかパワー1000のコガネムシが、2枚の絵が繋がって小林〇子の衣装のような翼を背負った筋肉ゴリゴリの鬼が放つ、パワー30000の攻撃(オーバーキル)を身代わりに受けて儚く散っていく。

 そんな凄惨を極めた盤面の絵面にも拘わらず、俺はふと思ってしまった。


 ――『しゅき』って言ってくる海風も可愛いな……と。


「ふん……次は室井くんのターンだよ。どうあがいたって、私の『しゅき』はもう止められないんだから」


 自身の思惑と外れた態度を俺が見せているからなのか、海風の当たりがまたちょっと強くなった。
 一方の俺はというと、彼女の無自覚な『しゅき』の連発に心がホワホワしていた。

 ……おっと、いかんいかん。
 今はまだホワホワしている場合ではない。
 俺も、さっさと『朱鬼』を完成させて、正しい読み――想いを届けなきゃ。


「では、俺も“神代の石板獣『鬼』”を召喚! ターンエンド!」


 手札に残っている2枚のカードのうち、一枚はコスト1で召喚が可能な例のコガネムシ。
 そして、もう一枚が『朱』。

 次のターンに引いたカードをマナに溜め、これらを同時召喚する。
 そうすればコガネムシでこちらの壁を守りつつ、フュージョンが完成できる。

 計算が狂いはしたが、実はすでに『朱鬼』以外のクリーチャーが2体も場に存在している俺の方が、圧倒的に有利な盤面であることに変わりないんだよ。

 あとは、次のターンに『朱鬼』の名を“読み上げ”て、海風の反応を――


「……あれ」
「え、なになに?」


 ふと思い至った一つの事実に気が付き、思わず声が漏れてしまった。
 ドローしようとしていた海風の手が止まるが、俺は気にすることなく思案する。


 いや、よくよく考えたら。
 これ結局――自分の口で“あの言葉”を言わなきゃいけないことに、変わりなくね?


「え、室井くん大丈夫? カード引いてもいい?」
「お……お……」


 だって、海風は『朱鬼』のことを『しゅき』だと完全に勘違いしているんだぞ。
 俺が口にしなきゃ、“あの言葉”として認識はされないんだぞ。


「室井くーん? おーいっ」
「お……おれ……」


 いかん――足が、すごく震えてきた。

 手から滲む汗が、もはや不快とすら感じない。

 目の前の海風を包む昼下がりの光が、いつになく眩く照らしているような気がした。

 海風が――どんどん白くなっていく。


「おぅい、もう引いちゃうぞーっ」
「……お、俺は……!」


 も、もう――後には引けないのか。



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次のエピソードへ進む 37.「キラカード」


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「……」
「いえ~い、べろべろば~っ! おやおやぁ、さっきまでの威勢はどうしたのかなァ~? さぁさぁ、室井くんのターンだよっ、きひひっ!」
 海風は思いつく限りの小憎たらしい言葉を並べては、両手のひらをヒラヒラと振りながら、すごい舌の動きと表情で俺を全力で煽ってきている。
 しかし、そんな些末なことが気にならないぐらい、今の俺は動揺を隠せずにいた。
 けけけけけ計算が――狂ってる。
「な……なん……」
 皮肉にも、俺の手札には『朱』と『鬼』の両方がそろっていた。
 にも拘わらず、俺はこのターンにコイツたちを出すことができない。
 何故か?
 それは、海風がただひたすらマナ加速を行い続けていた2ターンを、俺は“アドミラル・サルモネラ”と“アノマリー・ウイング”の召喚に費やしてしまい、召喚に必要なマナがまだ溜まっていないからだ。
 つまり、彼女は俺より2ターン先に――『朱鬼』を完成させることができる。
 半ば放心を自覚したまま、俺は震える手で山札からカードを一枚引いた。
 だ、だめだ……。
 手札破壊持ちのカードが引けない。
「こ、“光輝なる創世の黄金虫”を……召喚します……」
 海風の顔が、にぱっと笑顔になった。
 あ、これはもう間違いなく手札に『朱』を握ってるな。
 もう、彼女の『朱鬼』の誕生を止めることはできない。
「さぁ、フュージョンっ! しんだいの、ゆうごう、せきばんけもの……えっと……これは……あぁ、そうだ」
 あ、あ、名前が、読み上げられてしまう。
 こ、このままでは、この世界で最も〇にたくなるほどダサくて情けない“告白バレ”が起こってしま――
「『しゅき』を召喚っ!」
 ――はえ?
「ふっふっふっ……室井くん、私が漢字苦手だからって油断したよね? でも残念でした、これは『しゅき』って読むんでしょ。意地悪したって無駄だよ……だって私、神社で“これ”もらったから!」
 彼女がドヤ顔でそう言い放った後、エナメルバッグから取り出したのはスポーツのご利益で知られる天宮神社の『ご朱印帳』だった。
 どうやら、インターハイ前にお参りしに行ったんだよと言いたいらしい。
「あははっ、てっきり忘れてたよ~。あやうく、室井くんに『朱鬼』も読めないのって馬鹿にされるところだったね」
 ――よかった。
 これ、気付かれてないわ。
「……ふっ」
 思わず、安堵の声が漏れる。
 すると、彼女はその反応が面白くなかったのか、ムッとした表情で連結した『朱鬼』をタップした。
「余裕ぶったって無駄っ、さぁいっくよー! 『しゅき』っ!」
 生まれもって“守護”というスキルを持ったばかりに、わずかパワー1000のコガネムシが、2枚の絵が繋がって小林〇子の衣装のような翼を背負った筋肉ゴリゴリの鬼が放つ、パワー30000の攻撃《オーバーキル》を身代わりに受けて儚く散っていく。
 そんな凄惨を極めた盤面の絵面にも拘わらず、俺はふと思ってしまった。
 ――『しゅき』って言ってくる海風も可愛いな……と。
「ふん……次は室井くんのターンだよ。どうあがいたって、私の『しゅき』はもう止められないんだから」
 自身の思惑と外れた態度を俺が見せているからなのか、海風の当たりがまたちょっと強くなった。
 一方の俺はというと、彼女の無自覚な『しゅき』の連発に心がホワホワしていた。
 ……おっと、いかんいかん。
 今はまだホワホワしている場合ではない。
 俺も、さっさと『朱鬼』を完成させて、正しい読み――想いを届けなきゃ。
「では、俺も“神代の石板獣『鬼』”を召喚! ターンエンド!」
 手札に残っている2枚のカードのうち、一枚はコスト1で召喚が可能な例のコガネムシ。
 そして、もう一枚が『朱』。
 次のターンに引いたカードをマナに溜め、これらを同時召喚する。
 そうすればコガネムシでこちらの壁を守りつつ、フュージョンが完成できる。
 計算が狂いはしたが、実はすでに『朱鬼』以外のクリーチャーが2体も場に存在している俺の方が、圧倒的に有利な盤面であることに変わりないんだよ。
 あとは、次のターンに『朱鬼』の名を“読み上げ”て、海風の反応を――
「……あれ」
「え、なになに?」
 ふと思い至った一つの事実に気が付き、思わず声が漏れてしまった。
 ドローしようとしていた海風の手が止まるが、俺は気にすることなく思案する。
 いや、よくよく考えたら。
 これ結局――自分の口で“あの言葉”を言わなきゃいけないことに、変わりなくね?
「え、室井くん大丈夫? カード引いてもいい?」
「お……お……」
 だって、海風は『朱鬼』のことを『しゅき』だと完全に勘違いしているんだぞ。
 俺が口にしなきゃ、“あの言葉”として認識はされないんだぞ。
「室井くーん? おーいっ」
「お……おれ……」
 いかん――足が、すごく震えてきた。
 手から滲む汗が、もはや不快とすら感じない。
 目の前の海風を包む昼下がりの光が、いつになく眩く照らしているような気がした。
 海風が――どんどん白くなっていく。
「おぅい、もう引いちゃうぞーっ」
「……お、俺は……!」
 も、もう――後には引けないのか。