第3話 優香の部屋

ー/ー



 ファミレスを出ると、外はすっかり暗くなっていた。駅前の騒がしい灯りの中で、正雄は深く頭を下げた。

「望月さん、今日は本当にありがとう。……話せて、少し楽になったよ」
「あー、もう、いいって。『望月さん』はやめよぉ~。優香でいいよ、正雄!……それよりさ……」

 優香は、少しだけ言い淀んだ。胸の奥で、自分でも意外な好奇心と勇気が混ざり合って、心臓を叩いている。変な奴、という認識は変わらない。けれど、さっき正雄が漏らした「ここではないどこかへ行きたい」という切実な響きが、優香の喉の奥に小さな棘のように刺さっていた。

 男子を自分の部屋に呼んだことなんて一度もない。それでも、今の正雄をこのまま夜の雑踏に放り出すのは、なんだか「もったいない」ような気がしたのだ。

「……正雄、これから私んち来ない?親、共働きで夜遅くまで帰ってこないし。正雄が好きそうな服とか、さっき話したティントとかさ、実際に試してみればいいじゃん」

 正雄の細い身体が、目に見えて硬直した。

「えっ、む、無理だよ……そんな。女子の部屋に入るなんて、ぼくには……」
「いいから!グズグズ言わないの」

 優香は正雄の細い手首を掴み、強引に歩き出した。正雄の手首は驚くほど細く、力を入れれば折れてしまいそうだった。その繊細さが、優香の中に「このまま振り回してみたい」という、少し残酷で、けれど無邪気な支配欲を呼び起こす。戸惑う正雄を引っ張って、夕闇に沈む住宅街を足早に進んだ。

 船橋の静かなエリアにあるマンションの一室。優香の自室は、甘い香水の匂いと、パステルカラーの小物で溢れていた。正雄は、足を踏み入れた瞬間に眩暈でも起こしそうな顔で立ち尽くしている。

「ほら、これとか似合いそうじゃない?」

 優香がクローゼットから引っ張り出したのは、フリルのついた白いブラウスと、チェックのミニスカートだった。

「これを、ぼくが着るの……?」
「そうだよ。着てみなよ。サイズ、正雄細いからいけるでしょ。ほら、着替えて!私は後ろ向いててあげるから」

 数分後。衣擦れの音の後に「……いいよ」と消え入りそうな声がした。

 優香が振り返ると、そこには、制服を脱ぎ捨ててフリルのブラウスに身を包んだ正雄がいた。サイズは驚くほどぴったりだった。正雄は恥ずかしさに耐えるように、スカートの裾をぎゅっと握りしめている。

「なんか足んないわね……」と優香がクローゼットをゴソゴソさせて、ニーハイの白のストッキングを取り出した。「ほら、ベッドに腰掛けて、ニーハイ、はいてみて」

 正雄はおずおずベッドに腰掛けた。ストッキングを丸めて、脚をあげてつま先を入れた。不慣れな手つきで布をたぐり寄せる正雄の動作は、ひどく無防備だった。

 優香の視線からは、彼がはいている無愛想な男子用の下着が丸見えになった。

「正雄、パンツ、替えないと……」と顔を赤らめて言う。
「え?だって、見えないじゃん?」
「やるなら徹底的にしないと!」

 優香は、自分のハイレグの黒の見せパンをクローゼットから取り出し、正雄に手渡した。

(あ!私の下着を男子にはかせてる……私、大胆すぎ?)

 優香は、自分自身の行動に少しだけ酔っていた。誰かの運命を書き換えてしまう特別な存在になったかのような錯覚。

 優香は正雄を立ち上がらせた。腰をつかんで、くるりと身体を回させる。

 う~ん、これは!

「やば……めっちゃいいじゃん。正雄、脚細すぎ」
「……恥ずかしい。でも、なんだか、すごく……ドキドキする」

 女子の下着の、冷たくてツルリとした感触が肌に密着している。

「でしょ?仕上げ、してあげる。こっち座って」

 優香は面白がって、化粧台に正雄を座らせた。他人にメイクを施すのは、有里奈以外初めてだ。

 正雄の陶器のような肌に下地を塗り、アイラインを繊細に引いていく。優香の指が正雄の顔に触れるたび、正雄はびくりと肩を揺らした。

 至近距離で見つめ合う二人。優香は、正雄の瞳が潤んでいることに気づく。伏せられた長いまつ毛をビューラーで上げ、仕上げに、あの『ロムアンドの新作ティント』を唇の中央に乗せて、指で軽くぼかした。

「できた。見てみなよ」

 正雄が恐る恐る鏡を覗き込んだ。

 そこにいたのは、さっきまでの『大人しい男子の岬正雄』ではなかった。潤んだ瞳、ほんのり色づいた頬、そして艶やかな唇。アニメやラノベから抜け出してきたような、儚げで守りたくなる『男の娘』そのものだった。正雄は、鏡の中の自分から目が離せなかった。

「これ……ぼく……?」
「そうだよ、正雄だよ。……え、ちょっと待って。普通に私より可愛いじゃん。マジか」

 優香は自分の腕前に驚きながらも、目の前の「美少女」に見惚れてしまった。男子特有の骨格が、柔らかなブラウスと巧みなメイクで隠され、代わりに得体の知れない色香が立ち昇っている。

 正雄は鏡の中の自分を見つめたまま、生まれて初めて、自分の内側と外側が一致したような不思議な感覚に包まれていた。


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 ファミレスを出ると、外はすっかり暗くなっていた。駅前の騒がしい灯りの中で、正雄は深く頭を下げた。
「望月さん、今日は本当にありがとう。……話せて、少し楽になったよ」
「あー、もう、いいって。『望月さん』はやめよぉ~。優香でいいよ、正雄!……それよりさ……」
 優香は、少しだけ言い淀んだ。胸の奥で、自分でも意外な好奇心と勇気が混ざり合って、心臓を叩いている。変な奴、という認識は変わらない。けれど、さっき正雄が漏らした「ここではないどこかへ行きたい」という切実な響きが、優香の喉の奥に小さな棘のように刺さっていた。
 男子を自分の部屋に呼んだことなんて一度もない。それでも、今の正雄をこのまま夜の雑踏に放り出すのは、なんだか「もったいない」ような気がしたのだ。
「……正雄、これから私んち来ない?親、共働きで夜遅くまで帰ってこないし。正雄が好きそうな服とか、さっき話したティントとかさ、実際に試してみればいいじゃん」
 正雄の細い身体が、目に見えて硬直した。
「えっ、む、無理だよ……そんな。女子の部屋に入るなんて、ぼくには……」
「いいから!グズグズ言わないの」
 優香は正雄の細い手首を掴み、強引に歩き出した。正雄の手首は驚くほど細く、力を入れれば折れてしまいそうだった。その繊細さが、優香の中に「このまま振り回してみたい」という、少し残酷で、けれど無邪気な支配欲を呼び起こす。戸惑う正雄を引っ張って、夕闇に沈む住宅街を足早に進んだ。
 船橋の静かなエリアにあるマンションの一室。優香の自室は、甘い香水の匂いと、パステルカラーの小物で溢れていた。正雄は、足を踏み入れた瞬間に眩暈でも起こしそうな顔で立ち尽くしている。
「ほら、これとか似合いそうじゃない?」
 優香がクローゼットから引っ張り出したのは、フリルのついた白いブラウスと、チェックのミニスカートだった。
「これを、ぼくが着るの……?」
「そうだよ。着てみなよ。サイズ、正雄細いからいけるでしょ。ほら、着替えて!私は後ろ向いててあげるから」
 数分後。衣擦れの音の後に「……いいよ」と消え入りそうな声がした。
 優香が振り返ると、そこには、制服を脱ぎ捨ててフリルのブラウスに身を包んだ正雄がいた。サイズは驚くほどぴったりだった。正雄は恥ずかしさに耐えるように、スカートの裾をぎゅっと握りしめている。
「なんか足んないわね……」と優香がクローゼットをゴソゴソさせて、ニーハイの白のストッキングを取り出した。「ほら、ベッドに腰掛けて、ニーハイ、はいてみて」
 正雄はおずおずベッドに腰掛けた。ストッキングを丸めて、脚をあげてつま先を入れた。不慣れな手つきで布をたぐり寄せる正雄の動作は、ひどく無防備だった。
 優香の視線からは、彼がはいている無愛想な男子用の下着が丸見えになった。
「正雄、パンツ、替えないと……」と顔を赤らめて言う。
「え?だって、見えないじゃん?」
「やるなら徹底的にしないと!」
 優香は、自分のハイレグの黒の見せパンをクローゼットから取り出し、正雄に手渡した。
(あ!私の下着を男子にはかせてる……私、大胆すぎ?)
 優香は、自分自身の行動に少しだけ酔っていた。誰かの運命を書き換えてしまう特別な存在になったかのような錯覚。
 優香は正雄を立ち上がらせた。腰をつかんで、くるりと身体を回させる。
 う~ん、これは!
「やば……めっちゃいいじゃん。正雄、脚細すぎ」
「……恥ずかしい。でも、なんだか、すごく……ドキドキする」
 女子の下着の、冷たくてツルリとした感触が肌に密着している。
「でしょ?仕上げ、してあげる。こっち座って」
 優香は面白がって、化粧台に正雄を座らせた。他人にメイクを施すのは、有里奈以外初めてだ。
 正雄の陶器のような肌に下地を塗り、アイラインを繊細に引いていく。優香の指が正雄の顔に触れるたび、正雄はびくりと肩を揺らした。
 至近距離で見つめ合う二人。優香は、正雄の瞳が潤んでいることに気づく。伏せられた長いまつ毛をビューラーで上げ、仕上げに、あの『ロムアンドの新作ティント』を唇の中央に乗せて、指で軽くぼかした。
「できた。見てみなよ」
 正雄が恐る恐る鏡を覗き込んだ。
 そこにいたのは、さっきまでの『大人しい男子の岬正雄』ではなかった。潤んだ瞳、ほんのり色づいた頬、そして艶やかな唇。アニメやラノベから抜け出してきたような、儚げで守りたくなる『男の娘』そのものだった。正雄は、鏡の中の自分から目が離せなかった。
「これ……ぼく……?」
「そうだよ、正雄だよ。……え、ちょっと待って。普通に私より可愛いじゃん。マジか」
 優香は自分の腕前に驚きながらも、目の前の「美少女」に見惚れてしまった。男子特有の骨格が、柔らかなブラウスと巧みなメイクで隠され、代わりに得体の知れない色香が立ち昇っている。
 正雄は鏡の中の自分を見つめたまま、生まれて初めて、自分の内側と外側が一致したような不思議な感覚に包まれていた。