俺と恋文に机と美少女
ー/ー 実りの稲が田畑に並び、赤トンボが、その上空をあちこちにジクザグと交差し、秋も深みを増す、10月のまっ盛り。
そんな田舎の田園風景に溶け込んでいる、彼の名は、国白史郎。
まさに、意中の相手を射止めるか如くな名前で、どこにでも居そうな身なりの高校生の男子。
──ええい、皆の衆。
控えよ、それがこの俺だ。
──まあ、おふざけな時代劇役者ゴッコはさておき……。
今、俺は下校し、特に部活もせずに帰宅して、いつもの学習机に向かう。
今は愛の言葉を浮かべようと、宿題そっちのけで、大学ノートに鉛筆を走らせながら、悩んでいる最中だ。
静かな自室でカリカリと、無機質に流れる筆記音。
今度の恋した相手は、クラスでも人気な美少女で、同級生の古井深アリサ。
彼女のことを、ひたすら思い浮かべながら、紙にイメージを表現するが……。
「だああ、俺は何で漫画のキャラ風的に、アリサの萌え似顔絵を書いてるんだあ! この陰湿隠キャマニアックオタクがあー!」
俺は野獣のように、高らかに吠えながら、その落書きのページを破り、クシャクシャと丸めて、ぽいっとゴミ箱に投げ捨てる。
そうして、若干戸惑いながらも、机に向かい、頭突きをガンガンと何回も繰り出す。
『何するんや、痛いじゃないか!』
そんな出血大ダメージな危ない行為をしていると、どこからか中年のオッサンらしき声がする。
俺はネズミの耳のような大きなたんこぶを抱え、キョロキョロと辺りを伺うが、どう考えても、机から発した声しか思い浮かばない。
『しかも、このワイを目の前にして、シカトときたもんだ』
「げげっ、正真正銘、机が喋りやがった?」
俺はギョロっとした二つ目と、ポカリと開いた口の異様な机の姿を察知して、座っていた椅子から躍起になって、床に飛び降りた。
それからものの十秒で、2階からの階段を駆け下りて、隣の居間から殺虫スプレーと、ホウ酸ダンゴのケースの束を持ってくる。
『まあまあ。ワイは何十年もの時を生きて、心を持ったもののけの一種さ。とりあえず、それらを置いて落ち着きいな』
「父はなぜ、このおかしな人食いボロ机を、早々に粗大ゴミセンターへ処分しなかったのだろうか……」
『あのなあ、そんな神妙な面持ちをしながら、何気にチェンソーも持ってくるのは止めろ』
「何だよ、どうせなら目立つように、喋る木彫りの熊でも彫ろうと思っていたのにさ」
俺は大人しく14日の金曜日、ジ○イソンごっこを封印することにした。
『……まあ、それよりもお前さん、また今日も懲りずにラブレターを書いてるみたいだな。どれ、ワイに少し見してみ』
俺のイカれた言動を、さりげなくスルーした呪われた机相手に、問答無用でノートに書ききった文章を向ける。
『ふむふむ、君の豊かな胸に、俺の顔をサンドされたい……そして、君の胸で溺れてみたい』
『……立派なセクハラやないか!』
「おい、恥ずかしいから、あまり大きな声で叫ぶなよな。それにあの大きな胸から、ときめいたのは事実だし」
『いや、相手は女の子なんだから、エロい描写はせずに、もっと柔らかく書かないとあかん……。いいか、そんな性癖の凝り固まったお前さんに忠告しとくけど、女の子は、もっと繊細で受け身なんやで』
「分かったよ。でも上手いラブレターの書き方が分からなくてさ」
『だったらワイが教えてやる。さあ、こっちに来い。一晩、ゆっくりと指導してやる』
プルプル。
俺はガクガクと足を震わせながら、その場で膠着した。
『何でそんな怯えた顔で、ワイを見てるんや?』
「いや、机のおっさんに身ぐるみをはがされ、この身を襲われたらと思ったらさ……」
『間違っても、野郎なお前なんぞ襲わんわっー!』
****
次の日の朝……。
ツクエさんによる一皮むけた、一夜限りの特別授業を終えた。
大人としての階段を上りつめた俺は、校内の下駄箱の前に変態的ではなく、変態とは真逆である、鮮やかなナイスガイだ。
だからこの場で、一本の真っ赤なバラを口にくわえて、立ち尽くしていた。
周りの学生からの声や、視線が、何やら痛い気もするが、俺は気にも止めなかった。
……それにしても、バラってくわえにくくて、鋭い棘が刺さるものなんだな。
貴公子さまのようなキザなふりして、口にくわえる花じゃないことは確かだ。
……ちなみにツクエさんは、アリサの下駄箱に、このラブレターを放り込めとか言っていたが、どうせなら自分の手から渡したい。
好きな女の子にフラレ続け、百戦錬磨としての男のプライドが、その軽率な行動を許せなかったのだ。
……それに勝手に女子の下駄箱を開けて、ガサゴソしているところを見られたら、最悪、本当に変質者扱いになるからな。
「──ちょっと史郎君、そこにいたら邪魔なんだけど?」
「あ、アリサさん!?」
「何で、私の下駄箱前に突っ立ってるのよ」
「あのさ、君に渡したい物があるんだ」
「もう、何なのよ……」
アリサがぶつくさ呟きながら、俺からの手紙を渋々受け取る。
さすが、数々の妄想の封書の波をくぐってきた美少女。
手紙を開ける仕草も慣れたものだ。
「──あっ、これは!」
彼女が封書を開け、中身を見た途端に、頬を紅潮させて『わぁー♪』と、驚きの声をあげる。
「あなた、教室では人と絡まずに、いつも一人で黙々と勉強ばかりしていたから、変な人かと思っていたけど、実は意外と素敵な人じゃない」
ふふっ、やりましたよ、ツクエさん。
あなたから伝授された技が、早くもアリサの心を掴みました。
「あなたも好きなのね」
「はい、まあまあ、そうですとも……えっ?」
あなたもと言うことは、アリサも俺のことが好きで?
これって両想い?
「私も好きよ。ここのバイキング料理」
「へっ?」
「だから、ここの洋食料理店の無料食べ放題のチケット。あなたなかなか、お店のチョイスが上手いわね」
アリサが得意気になり、俺の眼前で封書を大きく開き、ヒラヒラとちらつかせてくる2枚のチケット。
あれ、ツクエさん?
俺が必死こいて書いた中身はどこよ?
****
『今頃、上手くいってんのかね』
「何だ、ツクエ。ひっく……。この父さんの子供なのに、そんなに不安か?」
史郎の父親が、酒に酔った勢いで、ワイに絡んでくる。
いくら会社が休みだからと、昼間から酒をガバガバ飲むなよな。
『そう言いながら、今の妻をゲット出来たのは誰のおかげやねん』
「はい、すんませんでした」
父親が顔を畳に擦りつけ、その場で深々と頭を下げる。
『分かればよろしい』
こうまで人を従えたら、口しか動かせない机さながらも快感を覚えてくる。
弱肉強食の世界とはこういうことだ。
えっ、机は肉なんて食べない?
お前にはロマンがないなあ。
あのパンダだって、熊なのに笹を食べるだろ。
草食に見えて、肉食を愛する生き物。
つまりワイが、そのうちレストランで肉を口にする時代が来ても、おかしくはないんだよ。
まあ、ワイは案外グルメ派やけん、ヒレ肉のステーキしか食わへんけどな。
もち、オゴリと言うことでゴチソウになりやす♪
****
次の日の放課後……。
俺たちは学生服のまま、例のバイキング店へと向かった。
アリサの話によると、何やら学生だと学割が効くらしい。
だがそれなら学生服より、学生証を見せたら良いのでは?
こんな現場、先生に見つかったらどうするんだ?
まあ、本人は『腹が減っては宿題はできぬ』と言って、ついさっきまで鼻歌を歌いながら、歩道をランランとスキップしていたが……一応、ハラヘリなんだよな?
「うーん、どれも美味しいわね。目移りしちゃう♪」
そんなことも気にも止めず、入店してすぐに素早い動きになったアリサ。
とても華奢な体つきとは思えず、テーブルに大量の料理の入った取り皿をドンドン乗せていく。
俺の想定がずれていた。
彼女はまるで冬眠前の熊だった。
「何、さっきからジロジロ見てんのよ?」
「いや、可愛いふりして、よく食べるなあと思って」
「ええ。せっかくチケットを手に入れたんだから、元をとらないと損でしょ」
「元どころか、無料なんだけどな」
「だから男が、グチグチと細かいことを言わないの。そんなんだから、いつまでたっても恋人ができないのよ」
「相手がいないのは、君も一緒だろ」
「わっ、私は勉学に忙しくて、恋する時間がないだけよっ!」
俺の言葉にムキになったアリサが、目の前のピラミッドのようなハンバーグの山を一瞬でペロリと食して、次の料理へとフォークを伸ばす。
おい、今、俺の目の前で丸飲みしなかったか?
このお嬢さんは、ちゃんと咀嚼をしているのか?
それでは、大食い番組には出演できないぞ。
「──それでさ、何で私に、ガチで告白してきたの?」
その言葉を真に理解した俺の動きが、石像のように固まり、持っていた箸を、ガチャンと皿の上に落とす。
「私、食べるのが趣味だから、お金がかかるわよ」
「ひょえええ~!?」
「違う。男じゃなくて、食べ物の話」
「ほっ……」
俺は良かったと安心して、胸を撫で下ろす。
彼女がもし、男好きなビッチだったら、俺の恋はすでに終わっていた。
いくら可愛い容姿でも、遊び人はごめんだ。
「どうなの、私と付き合う覚悟はあるの?」
彼女が俺と向かい席のソファーに座り直し、おずおずと上目使いな眼差しで見つめてくる。
そんなわけで、俺の心の中のソーシャルディスタンスの壁は崩壊寸前だ。
「……ああ、君のことが好きだから」
「ありがと。じゃあ私、パフェいっちゃうね」
「ああ、無料だから、じゃんじゃん食ってくれ」
「ありがと。ダーリン。ちゅっ♪」
はい。
アリサから、セクシーな投げキッスをされました。
もう、俺の理性が保てません……。
****
「──はい、お会計は一万七千円になります」
レジの店員さんの法外な金額の言葉に、思わず背筋が凍りつく。
「はあ? あの娘が、無料チケットを渡しましたよね?」
「ああ、彼女さんが持っていたあれは、有効期限が昨日まででしたよ」
あっ、あの女。
可愛い子ぶって、はめやがったな!
あと、ツクエさんもよく日付を確認しろよな!
「毎度、ありがとうございました」
俺はすっからかんになった寂しい折り畳み財布を、泣く泣くしまいながら、駐輪場で待っていたアリサの方へ歩く。
「どう、こんな裏切り女なんだけど?」
ニタリ顔のアリサが、俺の制服に大きく揺れる胸を擦り寄せ、目配せをしてくる。
明らかに経験のない、健全な男子をなめきっているな。
「まっ、いいんじゃねーの?」
そう、俺は色仕掛けに弱かった。
だから、この関係が、これからも続けばいいと願っていた。
そんな可愛い彼女を連れ添いながら、うつつを抜かしていた時……。
「あっ、危ない、どこ見て歩いてるのよ!」
アリサの恋の熱に溺れ、道端をフラフラと歩いていた俺は、左折してきた大型トラックに跳ねられ、そのまま奴の餌食となった……。
****
「……ここはどこだ?」
『お前さんの深層意識の中やで』
俺に届いてくるその声は、どうやら、あのツクエさんのようだ。
「だったら、俺は死んだのか?」
『いんや、生きとるよ。ワイの思念で、お前さんの魂に呼びかけてる』
「ツクエさん、それじゃあ?」
『ああ、お前さんの命と引き換えに、ワイの命をお前さんに与えたんや。ワイの机としての魂は消滅するけどな』
「こんな俺のためにごめんよ」
『いいってことよ。どのみち机になって、現世で長生きし過ぎた。ワイはゆっくりと休ませてもらうよ。これからも彼女とは仲良くな……』
****
「……ツクエさん!」
「あっ、史郎。大丈夫!?」
えっ、どういうことだ。
俺はこの道端で、大型トラックに跳ねられたはずでは?
「もう、息してないから心配したんだから……」
俺は助かったのか。
記憶の片隅に消えていった誰かの声。
えっと、確かツクエさんだったか?
なぜかその人のことが、もやがかかったかのように思い出せない。
すると、トラックから年配の男の運転手が慌てて飛び降りてきて、俺に謝罪をして、そのまま病院へ連れていかれた。
俺の服はボロボロだったが、かすり傷のみで、大きな怪我も脳や体の異常もなかった。
だけど念のため、この日は様子見ということで、一晩だけ検査入院となった。
****
「アリサ?」
薄暗い個室の病室で、俺がまぶたを起こすと、彼女はしきりに心配してくれた。
なんで? とその理由を聞いてみたら『彼女だからね』と、可愛くウインクして返してくる。
ふと、目線の先にあった、木製のテーブルが気になった。
俺はなぜか、そのテーブルに愛着がわいていた。
まるで、前から知っていたような安心さを感じる。
そのテーブルに置いている花瓶の秋桜が、俺に向かって屈託もなく、笑っているようにも見えたのだった……。
Fin……。
そんな田舎の田園風景に溶け込んでいる、彼の名は、国白史郎。
まさに、意中の相手を射止めるか如くな名前で、どこにでも居そうな身なりの高校生の男子。
──ええい、皆の衆。
控えよ、それがこの俺だ。
──まあ、おふざけな時代劇役者ゴッコはさておき……。
今、俺は下校し、特に部活もせずに帰宅して、いつもの学習机に向かう。
今は愛の言葉を浮かべようと、宿題そっちのけで、大学ノートに鉛筆を走らせながら、悩んでいる最中だ。
静かな自室でカリカリと、無機質に流れる筆記音。
今度の恋した相手は、クラスでも人気な美少女で、同級生の古井深アリサ。
彼女のことを、ひたすら思い浮かべながら、紙にイメージを表現するが……。
「だああ、俺は何で漫画のキャラ風的に、アリサの萌え似顔絵を書いてるんだあ! この陰湿隠キャマニアックオタクがあー!」
俺は野獣のように、高らかに吠えながら、その落書きのページを破り、クシャクシャと丸めて、ぽいっとゴミ箱に投げ捨てる。
そうして、若干戸惑いながらも、机に向かい、頭突きをガンガンと何回も繰り出す。
『何するんや、痛いじゃないか!』
そんな出血大ダメージな危ない行為をしていると、どこからか中年のオッサンらしき声がする。
俺はネズミの耳のような大きなたんこぶを抱え、キョロキョロと辺りを伺うが、どう考えても、机から発した声しか思い浮かばない。
『しかも、このワイを目の前にして、シカトときたもんだ』
「げげっ、正真正銘、机が喋りやがった?」
俺はギョロっとした二つ目と、ポカリと開いた口の異様な机の姿を察知して、座っていた椅子から躍起になって、床に飛び降りた。
それからものの十秒で、2階からの階段を駆け下りて、隣の居間から殺虫スプレーと、ホウ酸ダンゴのケースの束を持ってくる。
『まあまあ。ワイは何十年もの時を生きて、心を持ったもののけの一種さ。とりあえず、それらを置いて落ち着きいな』
「父はなぜ、このおかしな人食いボロ机を、早々に粗大ゴミセンターへ処分しなかったのだろうか……」
『あのなあ、そんな神妙な面持ちをしながら、何気にチェンソーも持ってくるのは止めろ』
「何だよ、どうせなら目立つように、喋る木彫りの熊でも彫ろうと思っていたのにさ」
俺は大人しく14日の金曜日、ジ○イソンごっこを封印することにした。
『……まあ、それよりもお前さん、また今日も懲りずにラブレターを書いてるみたいだな。どれ、ワイに少し見してみ』
俺のイカれた言動を、さりげなくスルーした呪われた机相手に、問答無用でノートに書ききった文章を向ける。
『ふむふむ、君の豊かな胸に、俺の顔をサンドされたい……そして、君の胸で溺れてみたい』
『……立派なセクハラやないか!』
「おい、恥ずかしいから、あまり大きな声で叫ぶなよな。それにあの大きな胸から、ときめいたのは事実だし」
『いや、相手は女の子なんだから、エロい描写はせずに、もっと柔らかく書かないとあかん……。いいか、そんな性癖の凝り固まったお前さんに忠告しとくけど、女の子は、もっと繊細で受け身なんやで』
「分かったよ。でも上手いラブレターの書き方が分からなくてさ」
『だったらワイが教えてやる。さあ、こっちに来い。一晩、ゆっくりと指導してやる』
プルプル。
俺はガクガクと足を震わせながら、その場で膠着した。
『何でそんな怯えた顔で、ワイを見てるんや?』
「いや、机のおっさんに身ぐるみをはがされ、この身を襲われたらと思ったらさ……」
『間違っても、野郎なお前なんぞ襲わんわっー!』
****
次の日の朝……。
ツクエさんによる一皮むけた、一夜限りの特別授業を終えた。
大人としての階段を上りつめた俺は、校内の下駄箱の前に変態的ではなく、変態とは真逆である、鮮やかなナイスガイだ。
だからこの場で、一本の真っ赤なバラを口にくわえて、立ち尽くしていた。
周りの学生からの声や、視線が、何やら痛い気もするが、俺は気にも止めなかった。
……それにしても、バラってくわえにくくて、鋭い棘が刺さるものなんだな。
貴公子さまのようなキザなふりして、口にくわえる花じゃないことは確かだ。
……ちなみにツクエさんは、アリサの下駄箱に、このラブレターを放り込めとか言っていたが、どうせなら自分の手から渡したい。
好きな女の子にフラレ続け、百戦錬磨としての男のプライドが、その軽率な行動を許せなかったのだ。
……それに勝手に女子の下駄箱を開けて、ガサゴソしているところを見られたら、最悪、本当に変質者扱いになるからな。
「──ちょっと史郎君、そこにいたら邪魔なんだけど?」
「あ、アリサさん!?」
「何で、私の下駄箱前に突っ立ってるのよ」
「あのさ、君に渡したい物があるんだ」
「もう、何なのよ……」
アリサがぶつくさ呟きながら、俺からの手紙を渋々受け取る。
さすが、数々の妄想の封書の波をくぐってきた美少女。
手紙を開ける仕草も慣れたものだ。
「──あっ、これは!」
彼女が封書を開け、中身を見た途端に、頬を紅潮させて『わぁー♪』と、驚きの声をあげる。
「あなた、教室では人と絡まずに、いつも一人で黙々と勉強ばかりしていたから、変な人かと思っていたけど、実は意外と素敵な人じゃない」
ふふっ、やりましたよ、ツクエさん。
あなたから伝授された技が、早くもアリサの心を掴みました。
「あなたも好きなのね」
「はい、まあまあ、そうですとも……えっ?」
あなたもと言うことは、アリサも俺のことが好きで?
これって両想い?
「私も好きよ。ここのバイキング料理」
「へっ?」
「だから、ここの洋食料理店の無料食べ放題のチケット。あなたなかなか、お店のチョイスが上手いわね」
アリサが得意気になり、俺の眼前で封書を大きく開き、ヒラヒラとちらつかせてくる2枚のチケット。
あれ、ツクエさん?
俺が必死こいて書いた中身はどこよ?
****
『今頃、上手くいってんのかね』
「何だ、ツクエ。ひっく……。この父さんの子供なのに、そんなに不安か?」
史郎の父親が、酒に酔った勢いで、ワイに絡んでくる。
いくら会社が休みだからと、昼間から酒をガバガバ飲むなよな。
『そう言いながら、今の妻をゲット出来たのは誰のおかげやねん』
「はい、すんませんでした」
父親が顔を畳に擦りつけ、その場で深々と頭を下げる。
『分かればよろしい』
こうまで人を従えたら、口しか動かせない机さながらも快感を覚えてくる。
弱肉強食の世界とはこういうことだ。
えっ、机は肉なんて食べない?
お前にはロマンがないなあ。
あのパンダだって、熊なのに笹を食べるだろ。
草食に見えて、肉食を愛する生き物。
つまりワイが、そのうちレストランで肉を口にする時代が来ても、おかしくはないんだよ。
まあ、ワイは案外グルメ派やけん、ヒレ肉のステーキしか食わへんけどな。
もち、オゴリと言うことでゴチソウになりやす♪
****
次の日の放課後……。
俺たちは学生服のまま、例のバイキング店へと向かった。
アリサの話によると、何やら学生だと学割が効くらしい。
だがそれなら学生服より、学生証を見せたら良いのでは?
こんな現場、先生に見つかったらどうするんだ?
まあ、本人は『腹が減っては宿題はできぬ』と言って、ついさっきまで鼻歌を歌いながら、歩道をランランとスキップしていたが……一応、ハラヘリなんだよな?
「うーん、どれも美味しいわね。目移りしちゃう♪」
そんなことも気にも止めず、入店してすぐに素早い動きになったアリサ。
とても華奢な体つきとは思えず、テーブルに大量の料理の入った取り皿をドンドン乗せていく。
俺の想定がずれていた。
彼女はまるで冬眠前の熊だった。
「何、さっきからジロジロ見てんのよ?」
「いや、可愛いふりして、よく食べるなあと思って」
「ええ。せっかくチケットを手に入れたんだから、元をとらないと損でしょ」
「元どころか、無料なんだけどな」
「だから男が、グチグチと細かいことを言わないの。そんなんだから、いつまでたっても恋人ができないのよ」
「相手がいないのは、君も一緒だろ」
「わっ、私は勉学に忙しくて、恋する時間がないだけよっ!」
俺の言葉にムキになったアリサが、目の前のピラミッドのようなハンバーグの山を一瞬でペロリと食して、次の料理へとフォークを伸ばす。
おい、今、俺の目の前で丸飲みしなかったか?
このお嬢さんは、ちゃんと咀嚼をしているのか?
それでは、大食い番組には出演できないぞ。
「──それでさ、何で私に、ガチで告白してきたの?」
その言葉を真に理解した俺の動きが、石像のように固まり、持っていた箸を、ガチャンと皿の上に落とす。
「私、食べるのが趣味だから、お金がかかるわよ」
「ひょえええ~!?」
「違う。男じゃなくて、食べ物の話」
「ほっ……」
俺は良かったと安心して、胸を撫で下ろす。
彼女がもし、男好きなビッチだったら、俺の恋はすでに終わっていた。
いくら可愛い容姿でも、遊び人はごめんだ。
「どうなの、私と付き合う覚悟はあるの?」
彼女が俺と向かい席のソファーに座り直し、おずおずと上目使いな眼差しで見つめてくる。
そんなわけで、俺の心の中のソーシャルディスタンスの壁は崩壊寸前だ。
「……ああ、君のことが好きだから」
「ありがと。じゃあ私、パフェいっちゃうね」
「ああ、無料だから、じゃんじゃん食ってくれ」
「ありがと。ダーリン。ちゅっ♪」
はい。
アリサから、セクシーな投げキッスをされました。
もう、俺の理性が保てません……。
****
「──はい、お会計は一万七千円になります」
レジの店員さんの法外な金額の言葉に、思わず背筋が凍りつく。
「はあ? あの娘が、無料チケットを渡しましたよね?」
「ああ、彼女さんが持っていたあれは、有効期限が昨日まででしたよ」
あっ、あの女。
可愛い子ぶって、はめやがったな!
あと、ツクエさんもよく日付を確認しろよな!
「毎度、ありがとうございました」
俺はすっからかんになった寂しい折り畳み財布を、泣く泣くしまいながら、駐輪場で待っていたアリサの方へ歩く。
「どう、こんな裏切り女なんだけど?」
ニタリ顔のアリサが、俺の制服に大きく揺れる胸を擦り寄せ、目配せをしてくる。
明らかに経験のない、健全な男子をなめきっているな。
「まっ、いいんじゃねーの?」
そう、俺は色仕掛けに弱かった。
だから、この関係が、これからも続けばいいと願っていた。
そんな可愛い彼女を連れ添いながら、うつつを抜かしていた時……。
「あっ、危ない、どこ見て歩いてるのよ!」
アリサの恋の熱に溺れ、道端をフラフラと歩いていた俺は、左折してきた大型トラックに跳ねられ、そのまま奴の餌食となった……。
****
「……ここはどこだ?」
『お前さんの深層意識の中やで』
俺に届いてくるその声は、どうやら、あのツクエさんのようだ。
「だったら、俺は死んだのか?」
『いんや、生きとるよ。ワイの思念で、お前さんの魂に呼びかけてる』
「ツクエさん、それじゃあ?」
『ああ、お前さんの命と引き換えに、ワイの命をお前さんに与えたんや。ワイの机としての魂は消滅するけどな』
「こんな俺のためにごめんよ」
『いいってことよ。どのみち机になって、現世で長生きし過ぎた。ワイはゆっくりと休ませてもらうよ。これからも彼女とは仲良くな……』
****
「……ツクエさん!」
「あっ、史郎。大丈夫!?」
えっ、どういうことだ。
俺はこの道端で、大型トラックに跳ねられたはずでは?
「もう、息してないから心配したんだから……」
俺は助かったのか。
記憶の片隅に消えていった誰かの声。
えっと、確かツクエさんだったか?
なぜかその人のことが、もやがかかったかのように思い出せない。
すると、トラックから年配の男の運転手が慌てて飛び降りてきて、俺に謝罪をして、そのまま病院へ連れていかれた。
俺の服はボロボロだったが、かすり傷のみで、大きな怪我も脳や体の異常もなかった。
だけど念のため、この日は様子見ということで、一晩だけ検査入院となった。
****
「アリサ?」
薄暗い個室の病室で、俺がまぶたを起こすと、彼女はしきりに心配してくれた。
なんで? とその理由を聞いてみたら『彼女だからね』と、可愛くウインクして返してくる。
ふと、目線の先にあった、木製のテーブルが気になった。
俺はなぜか、そのテーブルに愛着がわいていた。
まるで、前から知っていたような安心さを感じる。
そのテーブルに置いている花瓶の秋桜が、俺に向かって屈託もなく、笑っているようにも見えたのだった……。
Fin……。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
作者の他の作品
この作者の他作品はありません。
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。