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34話 岩壁を拳で砕く

ー/ー




 出口までもう少し。近づいてくる恐ろしく強い気配がここに辿り着くよりも早く、外に出てゲートを開かなければならない。大丈夫。まだ気配までの距離は遠い。間に合うはずだ。
 日は既に沈んでいるようで、出口から見えた外は薄暗い。ただ星の光だけが、視界の支えになっている。ここは少し街から離れており、辺りは草原だ。風に揺られてざわざわと音を立てる草に不吉な予感を感じながらも、無事出口から外に出た私とルルは、安堵で胸を撫で下ろした。まだ気配が遠いのを確認し、一応ルルに大事なことを確認する。


「ねぇルル、粉はちゃんと持ってる?」


「当たり前でしょ! なんかみんなは渡してるみたいだったけど、それだけはダメだって思って!」


 ルルはわかっている。いや、「粉持ち」であれば皆わかっているはずだ。命の次に大切なものは、神から与えられた「幸せの粉」であると。それを手放すことは、神への冒涜と同じ。与えられた使命のために必要な粉だ。
 ルルが周りに釣られて粉を手放していたらと少し心配はしていたが、余計な心配だったようだ。ルルは昔から少しズレてはいたが、人間や天使に対する愛情や、仕事への責任感は人一倍あった。


「じゃあ、私たちの仕事場に案内するわね」


 今の天界のことや、私たちの仕事のことは後でローズベルクで話せばいい。今はとりあえずこの場から離れるべきだ。
 私はゲートを開こうと、魔法を使う。


「……やられた」


 ゲートが開かない。気配を感じることに集中していたせいか、この草原に張られた結界に気がつけなかった。
 彼らもゲートを使うことはできる。逃げ出そうとする私たちの存在に気づいているのであれば、ゲートを使って出口で待っていればよかったはずだ。だから、私たちには気づいていないのだと勝手に解釈していた。彼らがゲートで近づいてこないのは、私に気づいていないからではなく、出口の外にも結界を追加したからだ。結界の範囲はかなり広い。この草原の全域に、ドーム状に張ってある。彼らもゲートでは近づけないが、私たちもゲートでは逃げられない。
 気配がかなり近づいてきている。既に結界の中だ。見渡しのいいこの草原だ。彼らの姿を肉眼で捉えた。だが、それは向こうも同じだ。
 情けないことだが、大天使2人を欺けるほど、私にはもう魔力は残っていない。
 同じ結界の中で、ミカエルとウリエルは私たちと対峙した。


「本当に生きておったか。記憶の操作とは恐ろしいものだ」


 ミカエルはあの時同様、炎に包まれた剣を構えている。
 
「王の考えは正しかったみたいですね。まさか本当に粉を回収しにくるとは」


 ウリエルの目を見たら本当に終わりだ。ルルと違い、私は完全にウリエルの能力を理解している。


「ルル」


 私の影に隠れて怯えているルルに私は告げる。


「これを使って。私たちの仕事場に行ける」


「これは……アイボーン?」


「そう。このボタンを押せば、魔力のある天使なら特別なゲートが使えるはず」


 以前、楓が初めての仕事に向かう際に話したことがある、アイボーンの機能。エルシオも知らなかったみたいだが、これはゲートのようでゲートではない。ジィが新たに作った機能だ。
 これなら結界内でも使用可能。ただ、緊急脱出装置のようなもので、1人しか転送できず、行き先はローズベルクのみ。それに、魔力が必要なようで、楓には使えなかった。
 使うことはないと思っていたが、まさかこんなところで役に立つとは。


「じゃあ、エフィルロも一緒に……」


「ごめんね。一緒にはいけない。その機能は1人用なの。緊急用の機能だから」


 ルルは寂しそうな表情を浮かべる。それでも、今はこれを使うしかない。
 この機能のことを思い出したのは不幸中の幸いだ。
 このミッションは、私が帰らずとも達成できる。
 
「でも……エフィルロはどうやって帰るの? 一緒に仕事ができるんじゃないの?」


「私強いから! 大丈夫!」


「そうだった! エフィルロ、強いもんね!」


 そう言って、ルルはボタンを押した。直後、ゲートに似た紫色の光が、ルルを包む。


「ルル」


「何?」


「楓のこと。よろしくね?」


「え?」


 私は残った魔力を全て使用し、ルルへ記憶を植え付けた。私の記憶だ。仕事のこと、エルシオのこと。そして、楓のこと。
 ルルは光に包まれ、やがて消えた。もう私に魔力は残っていない。彼らから走って逃げるほどの体力もスピードもない。
 これでいい。幸せの粉は回収した。ミッションクリアだ。


「ミカエル、粉持ちを逃しましたよ」


「まぁいい。今はエフィルロだ。我々を欺き、天界に刃向かう堕天使に天罰を下す」


 一瞬だ。ミカエルは私の目の前に移動していた。天界騎士団団長。そのスピードと力があれば、死神の討伐など容易いことだろう。
 昔彼らに植え付けた記憶が現実になる。ミカエルが振りかぶった剣を最後に、私はそっと目を閉じた。




ーーーーーーあぁ、これで終わりか。




ーーーーーー約束、守れなかったな。




 パリンと、結界の割れる音がした。幻聴だろうか。ただ通過したのではない。割ったのだ。四大天使が作った結界を破る。それは、拳で岩壁を砕くことに等しい。
 私は、閉じていた目を思わず開いた。エルシオの匂いがしたからだ。走馬灯だろうか。私の目の前で、赤髪の天使がミカエルの炎天の剣を、光り輝く双剣で受け止めている。
 


ーーーーーー星剣……
 


 これは、走馬灯なんかじゃない。
 エルシオが、目の前にいる。




「なんで……ここに?」


「言ったはずなのです。私は、エフィルロのために剣を振るうと」




 ミカエルはエルシオが剣を受け止めたことに驚いたのか、後ろに下がり距離をとった。


「な……なんで笑ってるのですか! こんな状況で!」


 エルシオは、ミカエルから目を離すことなくそう言った。そうか、私は今笑っているのか。危機的状況なことには変わらない。でも、なんだか嬉しくて笑みが溢れてしまっていた。


「いや、エルシオなら、岩壁を拳で砕けそうだなって」


「ど、どういうことですか!?」 


 大丈夫。まだ笑えるんだ。終わりなんかじゃない。それに、今のエルシオは、なんだかとても頼もしく、心強い。


「粉は? 回収できたのですか?」


「バッチリよ。それより……この状況、なんとかなると思う?」


「なんとかなるんじゃないですか? 私、無敵らしいので」


 エルシオは一瞬、真剣な眼差しを私に向けてそう答えた。
 やはり、今のエルシオは頼もしい。
 


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次のエピソードへ進む 35話 炎天と星の攻防


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 出口までもう少し。近づいてくる恐ろしく強い気配がここに辿り着くよりも早く、外に出てゲートを開かなければならない。大丈夫。まだ気配までの距離は遠い。間に合うはずだ。
 日は既に沈んでいるようで、出口から見えた外は薄暗い。ただ星の光だけが、視界の支えになっている。ここは少し街から離れており、辺りは草原だ。風に揺られてざわざわと音を立てる草に不吉な予感を感じながらも、無事出口から外に出た私とルルは、安堵で胸を撫で下ろした。まだ気配が遠いのを確認し、一応ルルに大事なことを確認する。
「ねぇルル、粉はちゃんと持ってる?」
「当たり前でしょ! なんかみんなは渡してるみたいだったけど、それだけはダメだって思って!」
 ルルはわかっている。いや、「粉持ち」であれば皆わかっているはずだ。命の次に大切なものは、神から与えられた「幸せの粉」であると。それを手放すことは、神への冒涜と同じ。与えられた使命のために必要な粉だ。
 ルルが周りに釣られて粉を手放していたらと少し心配はしていたが、余計な心配だったようだ。ルルは昔から少しズレてはいたが、人間や天使に対する愛情や、仕事への責任感は人一倍あった。
「じゃあ、私たちの仕事場に案内するわね」
 今の天界のことや、私たちの仕事のことは後でローズベルクで話せばいい。今はとりあえずこの場から離れるべきだ。
 私はゲートを開こうと、魔法を使う。
「……やられた」
 ゲートが開かない。気配を感じることに集中していたせいか、この草原に張られた結界に気がつけなかった。
 彼らもゲートを使うことはできる。逃げ出そうとする私たちの存在に気づいているのであれば、ゲートを使って出口で待っていればよかったはずだ。だから、私たちには気づいていないのだと勝手に解釈していた。彼らがゲートで近づいてこないのは、私に気づいていないからではなく、出口の外にも結界を追加したからだ。結界の範囲はかなり広い。この草原の全域に、ドーム状に張ってある。彼らもゲートでは近づけないが、私たちもゲートでは逃げられない。
 気配がかなり近づいてきている。既に結界の中だ。見渡しのいいこの草原だ。彼らの姿を肉眼で捉えた。だが、それは向こうも同じだ。
 情けないことだが、大天使2人を欺けるほど、私にはもう魔力は残っていない。
 同じ結界の中で、ミカエルとウリエルは私たちと対峙した。
「本当に生きておったか。記憶の操作とは恐ろしいものだ」
 ミカエルはあの時同様、炎に包まれた剣を構えている。
「王の考えは正しかったみたいですね。まさか本当に粉を回収しにくるとは」
 ウリエルの目を見たら本当に終わりだ。ルルと違い、私は完全にウリエルの能力を理解している。
「ルル」
 私の影に隠れて怯えているルルに私は告げる。
「これを使って。私たちの仕事場に行ける」
「これは……アイボーン?」
「そう。このボタンを押せば、魔力のある天使なら特別なゲートが使えるはず」
 以前、楓が初めての仕事に向かう際に話したことがある、アイボーンの機能。エルシオも知らなかったみたいだが、これはゲートのようでゲートではない。ジィが新たに作った機能だ。
 これなら結界内でも使用可能。ただ、緊急脱出装置のようなもので、1人しか転送できず、行き先はローズベルクのみ。それに、魔力が必要なようで、楓には使えなかった。
 使うことはないと思っていたが、まさかこんなところで役に立つとは。
「じゃあ、エフィルロも一緒に……」
「ごめんね。一緒にはいけない。その機能は1人用なの。緊急用の機能だから」
 ルルは寂しそうな表情を浮かべる。それでも、今はこれを使うしかない。
 この機能のことを思い出したのは不幸中の幸いだ。
 このミッションは、私が帰らずとも達成できる。
「でも……エフィルロはどうやって帰るの? 一緒に仕事ができるんじゃないの?」
「私強いから! 大丈夫!」
「そうだった! エフィルロ、強いもんね!」
 そう言って、ルルはボタンを押した。直後、ゲートに似た紫色の光が、ルルを包む。
「ルル」
「何?」
「楓のこと。よろしくね?」
「え?」
 私は残った魔力を全て使用し、ルルへ記憶を植え付けた。私の記憶だ。仕事のこと、エルシオのこと。そして、楓のこと。
 ルルは光に包まれ、やがて消えた。もう私に魔力は残っていない。彼らから走って逃げるほどの体力もスピードもない。
 これでいい。幸せの粉は回収した。ミッションクリアだ。
「ミカエル、粉持ちを逃しましたよ」
「まぁいい。今はエフィルロだ。我々を欺き、天界に刃向かう堕天使に天罰を下す」
 一瞬だ。ミカエルは私の目の前に移動していた。天界騎士団団長。そのスピードと力があれば、死神の討伐など容易いことだろう。
 昔彼らに植え付けた記憶が現実になる。ミカエルが振りかぶった剣を最後に、私はそっと目を閉じた。
ーーーーーーあぁ、これで終わりか。
ーーーーーー約束、守れなかったな。
 パリンと、結界の割れる音がした。幻聴だろうか。ただ通過したのではない。割ったのだ。四大天使が作った結界を破る。それは、拳で岩壁を砕くことに等しい。
 私は、閉じていた目を思わず開いた。エルシオの匂いがしたからだ。走馬灯だろうか。私の目の前で、赤髪の天使がミカエルの炎天の剣を、光り輝く双剣で受け止めている。
ーーーーーー星剣……
 これは、走馬灯なんかじゃない。
 エルシオが、目の前にいる。
「なんで……ここに?」
「言ったはずなのです。私は、エフィルロのために剣を振るうと」
 ミカエルはエルシオが剣を受け止めたことに驚いたのか、後ろに下がり距離をとった。
「な……なんで笑ってるのですか! こんな状況で!」
 エルシオは、ミカエルから目を離すことなくそう言った。そうか、私は今笑っているのか。危機的状況なことには変わらない。でも、なんだか嬉しくて笑みが溢れてしまっていた。
「いや、エルシオなら、岩壁を拳で砕けそうだなって」
「ど、どういうことですか!?」 
 大丈夫。まだ笑えるんだ。終わりなんかじゃない。それに、今のエルシオは、なんだかとても頼もしく、心強い。
「粉は? 回収できたのですか?」
「バッチリよ。それより……この状況、なんとかなると思う?」
「なんとかなるんじゃないですか? 私、無敵らしいので」
 エルシオは一瞬、真剣な眼差しを私に向けてそう答えた。
 やはり、今のエルシオは頼もしい。