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33話 誘拐犯が私でなければ

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「いないって……どういうこと? 下手にどこかに行くのはまずいんじゃない?」


 シルエトは不安げな表情を見せる。それはそうだ。まさにこのシルエトが、今の天界がフィロを探しているということを教えてくれたのだ。
 
「それはそうなのですが……天使の粉が、おそらく今回の仕事で底をつくのです。だから、天使の粉を調達しにどこかへ行ってしまったのです」


 それを聞いて、シルエトはさらに不安を加速させたのか、表情に力が入った。


「いや、でも……今天使の粉は、コハクリア近くの元面接会場にしかないと思うけど」


「じゃあ、そこに行っているのです。自信満々だったので、心配ないと思うのです。そこの守りは薄いのですよね?」


「普段どおりなら……エフィルロさんならなんとかなるかもしれない。でも、タイミングが最悪だ」


 シルエトから焦りが垣間見える。俺とエルシオの目を交互に見て、呼吸を整えている。まるで、悪かった診断結果を患者に伝える医者のように。


「今、コハクリアにはウリエルとミカエルが帰ってきています。幸せの粉の回収のためです。つまり、鉢合わせる可能性が高い」


 俺にはまだ、事の重大さが伝わっていない。たとえ鉢合わせても、フィロならなんとかなるはずだと、心のどこかで思ってしまっている。だが、エルシオは違った。


「それは……まずいのです」


 すぐにエルシオはフィロにアイボーンで連絡するも、繋がらなかった。アイボーンを握り締め、エルシオは何かを決心したかのように口を開く。


「行ってくるのです。楓くんとシルエトは、あの子に粉をかけておいてください」


「待ってください! いくらエルシオさんでも、あそこに乗り込むのはリスクが高すぎる! 少なくとも、何か作戦を……」


 すでにゲートを開いているエルシオは、シルエトの言葉を聞き怒りを露わにした。こんなにもエルシオが険しい顔をしているのを、俺は初めて見たかもしれない。


「そうやって時間をかけている間に、助けを呼ぶ天使を見殺しにすることになるのです」


 冷たい目だ。そんな目をしたエルシオから放たれた言葉は、氷のように冷たく、そして、氷柱のように鋭かった。シルエトは何も言えずに、ただその目を見つめるだけ。


「あの頃から……まったく変わってないのですね」


 あの頃。アレシアが死神に殺された時のことを言っているのだろうか。
 エルシオは返事を待つことなく、ゲートに飛び込んだ。その背中には覚悟が見えた。わかっているのだ。その先に待つ過酷さを。


「シルエト! 俺たちも……」
 
「いや……僕たちが行ったところで、何もできないよ。足手まといなだけさ」


 何もできないのは、百も承知だった。俺は何もできない。それでも、フィロとエルシオを放っておくことはできない。それに、シルエトなら俺よりも遥かに何かできるはずだ。


「それでも! シルエトなら、俺なんかよりあいつらの力になれるだろ?」


「僕は……天界騎士団なんだ。四大天使と対峙するなんてこと……できないよ。それに、エルシオさんとエフィルロさんの2人なら、なんとかなるさ。僕たちは、かえちゃんの仕事に戻ろう」


 そうだ。シルエトはあくまでも天界騎士団。そもそも、俺たちのことを見逃してくれているだけでもありがたいことだった。それに加えて、四大天使に刃向かってエフィルロを助けに行こうなんざ、虫が良すぎる。
 シルエトの言うとおり、あの2人ならなんとかなるかもしれない。エルシオに関しては「星刻」のおかげで無敵になったばかりだ。きっと大丈夫だ。そう、俺は自分自身に言い聞かせた。


「そうだよな、わかった! 俺は俺の仕事をするよ。ごめんな、俺の仕事に付き合ってもらっちゃって」


「大丈夫だよ! セナが対象者だし、それに、かえちゃんのお手伝いだしね!」


 声色は明るく感じたものの、シルエトの表情には曇りが見えた。セナさんのことで、やはり思うところがあるのだろうか。フィロが帰ってこなければ、セナさんの願いも、シルエトの想いも叶わない。
 だが今は、あいつらを信じることしかできない。俺は、俺の仕事を全うするだけだ。
 
 俺とシルエトは屋上を後にして、セナさんの病室へ向かった。


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「やっぱり、ここね」


 そこは、もともと私が面接をしていた場所。つまり、人間への面接会場だ。結界はあるものの、中から「粉持ち」の気配はする。城と同様、結界がある場所へはゲートで飛ぶことはできないし、中でゲートを使うこともできない。
 だが、このくらいの結界なら私であれば通過できる。それに、「粉持ち」以外に天使の気配はしない。大丈夫だ。これなら漫画を買いに来るのとさほど変わらない。
 
「なんだ、思ってたよりちょろいじゃない」


 私は結界を通過し、面接会場へ侵入した。中はあの頃と変わっていない。城が人間界の学校くらいの大きさだとすれば、ここのサイズはそれにくっついている体育館。その中にいくつもの部屋があり、その部屋で「粉持ち」は人間へ面接をしていた。その部屋が、今は監禁部屋と化しているのだろう。


 私は迷わず先へ進んだ。「粉持ち」のほとんどがウリエルの支配下にあるのは間違いない。至る所からウリエルの魔法を感じるのはそのせいだ。だが、ウリエルの魔法を感じない「粉持ち」が1人、今私の前で顔を伏せて蹲っている。私が迷わずここまで進めた理由は、彼女がここにいるからだ。私は牢の扉をこじ開け声をかけた。


「ルル、私よ。エフィルロ」


 彼女はルルフィア。私と同じ「粉持ち」で、私はルルと呼んでいる。あだ名で呼ぶほど、仲良くしていた後輩の1人だ。どこかエルシオに似ていたからかもしれない。その姿は以前と変わらず、橙色の髪色とショートカットの髪型が、ルルの元気な性格を表している。ただ、今はそんな元気はなさそうだ。牢に閉じ込められているのだ。無理もない。
 ルルは私の声に反応し顔を上げた。私の顔を見るなり、ルルの目にはウルウルと涙が溜まっていく。
 前言撤回だ。元気がこの子に無いことなど、今まで1度たりともなかった。


「うわあぁぁあ! エフィルロだああぁあぁあ! エフィルロも捕まっちゃったあああ!」


 大声で泣き出したルルは、私に勢いよく飛びついた。


「違う違う! 静かにっ! 助けに来たの!」


 私は、ルルの頭を撫でながら状況を説明した。ピタリと泣き止んだルルは何かを頭の中で数秒考えた後、またすぐに泣き出した。


「じゃあルルを助けに来て捕まっちゃったってことおぉぉぉおお!! ごめんねえぇぇ!!」


「違う違う、まだ私、捕まったわけじゃないから……」


 ルルの変わらない性格に、私は微笑する。ウリエルの「盲信の目」がルルに効かなかった理由。それは、この要領の悪さにある。彼女は昔から、他の「粉持ち」と違い、言葉を選ばずに言えば、少しアホだった。エルシオも少し抜けているところはあるが、その比ではない。


 ウリエルの「盲信の目」には欠点がある。それは、相手がウリエルの目を見ることによってどうなるかを把握していなければ効果がないということだ。


 それでも、基本天使は「盲信の目」のことを知っているし、ウリエルはそれを知らない天使には自身で説明するはずだ。そのため、本来であればその欠点はウリエルにとって弊害にはならない。
 だが、ルルが相手の場合は違う。きっとルルはウリエルから「盲信の目」の説明をされても理解できない。だから、ウリエルの目を見せられても支配下にはならない。なのになぜ、こうして牢に入れられているのか。それもきっと、彼女の性格によるものだろう。


 ルルは基本、仕事の説明を聞いても、それを上手くこなすことはできなかった。だからルルは、いつも周りの天使の真似をして事なきを得ていた。理解せずとも、周りに合わせることはできるからだ。つまり今回も、ウリエルの魔法を受けたほかの天使に付いていったら、捕まってしまったのだろう。
 私はさっきよりも丁寧に状況を説明した。そしてやっとルルは理解してくれたのか、可愛らしい笑顔を私に向けた。


「じゃあ、早くここから出なきゃ! 後ろにいる天使もエフィルロの仲間?」


 ルルが私の後ろを指差し、そう言ったのと同時に、私は後ろの天使の気配を察知し振り向いた。頭の上で、金髪のお団子を作った天使が目に入る。浮かれていた。ウリエルの支配下にないルルを見つけた安堵と、わかりやすい説明に集中していたからか、まったく気配に気が付かなかった。いや、私はそれでも気配を感じられるはずだ。背後の天使はかなりの手練れだろう。


「すごい、振り向く前から気配感じてたよね? 私消してたんだけどな。もしかして、噂のエフィルロさん? 結界を突破できるくらいですから、多分そうですよね」


 目の前の金髪お団子の天使だけじゃない。後ろから、ゾロゾロと天使が来るのが見える。少なく見積もって5人。金髪お団子と合わせて最低6人だ。私のことを知っているだけある、1人相手なら負けるはずがないが、複数人相手だと部が悪い。私の魔法は魔力消費が激しい。


「流石に6対1は厳しいんじゃないですか?」


 やはり後ろからきた天使は5人。この面接会場の護衛にしては、城までとは言えないがいいメンツが揃っている。天界騎士団だろう、いい目をしている。特に、金髪お団子天使は頭1つ抜けている。護衛にかなり力が入っている。これならそう簡単に「粉持ち」が連れていかれることはないだろう。




 でもそれは、誘拐犯が私でなければの話だ。


 
「な、な……んで……」


 そう言って、金髪お団子天使は床に崩れ落ちた。そして同時に後ろの5人もだ。目の前の天使計6人が、一瞬で戦闘不能になる。


「私は、王と四大天使から逃げ切った天使よ、天界騎士6人から逃げることなんて、難しいことじゃないの」


 記憶操作をするにあたり、された相手の脳には少なからずダメージが入る。少しの操作であれば問題ないが、処理が多ければ多いほど、そのダメージは増す。
 今私がした記憶の操作は、至って単純なことだ。魔力消費が大きいのは、新たな記憶を植え付ける操作と、記憶を消す操作。逆に、今存在している記憶の順番を入れ替えるのにはそこまで魔力はいらない。あとは、相手の天使の強さや魔力の多さによっても変わってくる。
 城から逃げ出した時は、相手の天使が規格外の強さであったことや、私が死んだということにしたかったため、新たな記憶を植え付けてかなり魔力を消費したが、今回は別、6人の脳にダメージを与え、今行動不能にできれば問題ない。
 だから私は、6人の直近10秒間の記憶を、5秒ずつに分け、それを同時に何度も入れ替えた。その処理は一瞬だ、気絶するほどのダメージが入るまでそれを続けるだけで、この状況が作れる。弱い天使相手には、この方法が1番効くはずだ。


「さすがエフィルロ! ルル何にもしてなーい!」


「急ぎましょ。ルル、ちょっとまずいかも」


 魔力消費を抑えたと言っても、残りはわずかだ。これ以上天使と遭遇するのは避けたい。
 それにこの面接会場に、絶対に遭遇したくない天使の気配が近づいている。それも2人。あの2人に遭遇することは、すなわちミッション失敗を意味していた。


 私は、ルルの手を引き出口まで走った。



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「いないって……どういうこと? 下手にどこかに行くのはまずいんじゃない?」
 シルエトは不安げな表情を見せる。それはそうだ。まさにこのシルエトが、今の天界がフィロを探しているということを教えてくれたのだ。
「それはそうなのですが……天使の粉が、おそらく今回の仕事で底をつくのです。だから、天使の粉を調達しにどこかへ行ってしまったのです」
 それを聞いて、シルエトはさらに不安を加速させたのか、表情に力が入った。
「いや、でも……今天使の粉は、コハクリア近くの元面接会場にしかないと思うけど」
「じゃあ、そこに行っているのです。自信満々だったので、心配ないと思うのです。そこの守りは薄いのですよね?」
「普段どおりなら……エフィルロさんならなんとかなるかもしれない。でも、タイミングが最悪だ」
 シルエトから焦りが垣間見える。俺とエルシオの目を交互に見て、呼吸を整えている。まるで、悪かった診断結果を患者に伝える医者のように。
「今、コハクリアにはウリエルとミカエルが帰ってきています。幸せの粉の回収のためです。つまり、鉢合わせる可能性が高い」
 俺にはまだ、事の重大さが伝わっていない。たとえ鉢合わせても、フィロならなんとかなるはずだと、心のどこかで思ってしまっている。だが、エルシオは違った。
「それは……まずいのです」
 すぐにエルシオはフィロにアイボーンで連絡するも、繋がらなかった。アイボーンを握り締め、エルシオは何かを決心したかのように口を開く。
「行ってくるのです。楓くんとシルエトは、あの子に粉をかけておいてください」
「待ってください! いくらエルシオさんでも、あそこに乗り込むのはリスクが高すぎる! 少なくとも、何か作戦を……」
 すでにゲートを開いているエルシオは、シルエトの言葉を聞き怒りを露わにした。こんなにもエルシオが険しい顔をしているのを、俺は初めて見たかもしれない。
「そうやって時間をかけている間に、助けを呼ぶ天使を見殺しにすることになるのです」
 冷たい目だ。そんな目をしたエルシオから放たれた言葉は、氷のように冷たく、そして、氷柱のように鋭かった。シルエトは何も言えずに、ただその目を見つめるだけ。
「あの頃から……まったく変わってないのですね」
 あの頃。アレシアが死神に殺された時のことを言っているのだろうか。
 エルシオは返事を待つことなく、ゲートに飛び込んだ。その背中には覚悟が見えた。わかっているのだ。その先に待つ過酷さを。
「シルエト! 俺たちも……」
「いや……僕たちが行ったところで、何もできないよ。足手まといなだけさ」
 何もできないのは、百も承知だった。俺は何もできない。それでも、フィロとエルシオを放っておくことはできない。それに、シルエトなら俺よりも遥かに何かできるはずだ。
「それでも! シルエトなら、俺なんかよりあいつらの力になれるだろ?」
「僕は……天界騎士団なんだ。四大天使と対峙するなんてこと……できないよ。それに、エルシオさんとエフィルロさんの2人なら、なんとかなるさ。僕たちは、かえちゃんの仕事に戻ろう」
 そうだ。シルエトはあくまでも天界騎士団。そもそも、俺たちのことを見逃してくれているだけでもありがたいことだった。それに加えて、四大天使に刃向かってエフィルロを助けに行こうなんざ、虫が良すぎる。
 シルエトの言うとおり、あの2人ならなんとかなるかもしれない。エルシオに関しては「星刻」のおかげで無敵になったばかりだ。きっと大丈夫だ。そう、俺は自分自身に言い聞かせた。
「そうだよな、わかった! 俺は俺の仕事をするよ。ごめんな、俺の仕事に付き合ってもらっちゃって」
「大丈夫だよ! セナが対象者だし、それに、かえちゃんのお手伝いだしね!」
 声色は明るく感じたものの、シルエトの表情には曇りが見えた。セナさんのことで、やはり思うところがあるのだろうか。フィロが帰ってこなければ、セナさんの願いも、シルエトの想いも叶わない。
 だが今は、あいつらを信じることしかできない。俺は、俺の仕事を全うするだけだ。
 俺とシルエトは屋上を後にして、セナさんの病室へ向かった。
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「やっぱり、ここね」
 そこは、もともと私が面接をしていた場所。つまり、人間への面接会場だ。結界はあるものの、中から「粉持ち」の気配はする。城と同様、結界がある場所へはゲートで飛ぶことはできないし、中でゲートを使うこともできない。
 だが、このくらいの結界なら私であれば通過できる。それに、「粉持ち」以外に天使の気配はしない。大丈夫だ。これなら漫画を買いに来るのとさほど変わらない。
「なんだ、思ってたよりちょろいじゃない」
 私は結界を通過し、面接会場へ侵入した。中はあの頃と変わっていない。城が人間界の学校くらいの大きさだとすれば、ここのサイズはそれにくっついている体育館。その中にいくつもの部屋があり、その部屋で「粉持ち」は人間へ面接をしていた。その部屋が、今は監禁部屋と化しているのだろう。
 私は迷わず先へ進んだ。「粉持ち」のほとんどがウリエルの支配下にあるのは間違いない。至る所からウリエルの魔法を感じるのはそのせいだ。だが、ウリエルの魔法を感じない「粉持ち」が1人、今私の前で顔を伏せて蹲っている。私が迷わずここまで進めた理由は、彼女がここにいるからだ。私は牢の扉をこじ開け声をかけた。
「ルル、私よ。エフィルロ」
 彼女はルルフィア。私と同じ「粉持ち」で、私はルルと呼んでいる。あだ名で呼ぶほど、仲良くしていた後輩の1人だ。どこかエルシオに似ていたからかもしれない。その姿は以前と変わらず、橙色の髪色とショートカットの髪型が、ルルの元気な性格を表している。ただ、今はそんな元気はなさそうだ。牢に閉じ込められているのだ。無理もない。
 ルルは私の声に反応し顔を上げた。私の顔を見るなり、ルルの目にはウルウルと涙が溜まっていく。
 前言撤回だ。元気がこの子に無いことなど、今まで1度たりともなかった。
「うわあぁぁあ! エフィルロだああぁあぁあ! エフィルロも捕まっちゃったあああ!」
 大声で泣き出したルルは、私に勢いよく飛びついた。
「違う違う! 静かにっ! 助けに来たの!」
 私は、ルルの頭を撫でながら状況を説明した。ピタリと泣き止んだルルは何かを頭の中で数秒考えた後、またすぐに泣き出した。
「じゃあルルを助けに来て捕まっちゃったってことおぉぉぉおお!! ごめんねえぇぇ!!」
「違う違う、まだ私、捕まったわけじゃないから……」
 ルルの変わらない性格に、私は微笑する。ウリエルの「盲信の目」がルルに効かなかった理由。それは、この要領の悪さにある。彼女は昔から、他の「粉持ち」と違い、言葉を選ばずに言えば、少しアホだった。エルシオも少し抜けているところはあるが、その比ではない。
 ウリエルの「盲信の目」には欠点がある。それは、相手がウリエルの目を見ることによってどうなるかを把握していなければ効果がないということだ。
 それでも、基本天使は「盲信の目」のことを知っているし、ウリエルはそれを知らない天使には自身で説明するはずだ。そのため、本来であればその欠点はウリエルにとって弊害にはならない。
 だが、ルルが相手の場合は違う。きっとルルはウリエルから「盲信の目」の説明をされても理解できない。だから、ウリエルの目を見せられても支配下にはならない。なのになぜ、こうして牢に入れられているのか。それもきっと、彼女の性格によるものだろう。
 ルルは基本、仕事の説明を聞いても、それを上手くこなすことはできなかった。だからルルは、いつも周りの天使の真似をして事なきを得ていた。理解せずとも、周りに合わせることはできるからだ。つまり今回も、ウリエルの魔法を受けたほかの天使に付いていったら、捕まってしまったのだろう。
 私はさっきよりも丁寧に状況を説明した。そしてやっとルルは理解してくれたのか、可愛らしい笑顔を私に向けた。
「じゃあ、早くここから出なきゃ! 後ろにいる天使もエフィルロの仲間?」
 ルルが私の後ろを指差し、そう言ったのと同時に、私は後ろの天使の気配を察知し振り向いた。頭の上で、金髪のお団子を作った天使が目に入る。浮かれていた。ウリエルの支配下にないルルを見つけた安堵と、わかりやすい説明に集中していたからか、まったく気配に気が付かなかった。いや、私はそれでも気配を感じられるはずだ。背後の天使はかなりの手練れだろう。
「すごい、振り向く前から気配感じてたよね? 私消してたんだけどな。もしかして、噂のエフィルロさん? 結界を突破できるくらいですから、多分そうですよね」
 目の前の金髪お団子の天使だけじゃない。後ろから、ゾロゾロと天使が来るのが見える。少なく見積もって5人。金髪お団子と合わせて最低6人だ。私のことを知っているだけある、1人相手なら負けるはずがないが、複数人相手だと部が悪い。私の魔法は魔力消費が激しい。
「流石に6対1は厳しいんじゃないですか?」
 やはり後ろからきた天使は5人。この面接会場の護衛にしては、城までとは言えないがいいメンツが揃っている。天界騎士団だろう、いい目をしている。特に、金髪お団子天使は頭1つ抜けている。護衛にかなり力が入っている。これならそう簡単に「粉持ち」が連れていかれることはないだろう。
 でもそれは、誘拐犯が私でなければの話だ。
「な、な……んで……」
 そう言って、金髪お団子天使は床に崩れ落ちた。そして同時に後ろの5人もだ。目の前の天使計6人が、一瞬で戦闘不能になる。
「私は、王と四大天使から逃げ切った天使よ、天界騎士6人から逃げることなんて、難しいことじゃないの」
 記憶操作をするにあたり、された相手の脳には少なからずダメージが入る。少しの操作であれば問題ないが、処理が多ければ多いほど、そのダメージは増す。
 今私がした記憶の操作は、至って単純なことだ。魔力消費が大きいのは、新たな記憶を植え付ける操作と、記憶を消す操作。逆に、今存在している記憶の順番を入れ替えるのにはそこまで魔力はいらない。あとは、相手の天使の強さや魔力の多さによっても変わってくる。
 城から逃げ出した時は、相手の天使が規格外の強さであったことや、私が死んだということにしたかったため、新たな記憶を植え付けてかなり魔力を消費したが、今回は別、6人の脳にダメージを与え、今行動不能にできれば問題ない。
 だから私は、6人の直近10秒間の記憶を、5秒ずつに分け、それを同時に何度も入れ替えた。その処理は一瞬だ、気絶するほどのダメージが入るまでそれを続けるだけで、この状況が作れる。弱い天使相手には、この方法が1番効くはずだ。
「さすがエフィルロ! ルル何にもしてなーい!」
「急ぎましょ。ルル、ちょっとまずいかも」
 魔力消費を抑えたと言っても、残りはわずかだ。これ以上天使と遭遇するのは避けたい。
 それにこの面接会場に、絶対に遭遇したくない天使の気配が近づいている。それも2人。あの2人に遭遇することは、すなわちミッション失敗を意味していた。
 私は、ルルの手を引き出口まで走った。