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30話 内緒の話

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 これは、僕の初恋のお話。叶うことはない、天使の片想いのお話だ。


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「こんなことをするために、僕は天界騎士団になったわけじゃないのに……」


「しょうがないでしょ、見習いなんだから。私だって、死神と戦いたいわよ」


 セーリエは拳で戦う動作を見せつけながら、僕をなだめた。
 天界騎士団になってから、僕はまだ死神と対面したことはない。というのも、入団当初から死神と戦えるのは、限られた推薦入団者のみだ。
 
 僕たちは見習いの仕事として、人間界に行き粉を追加する「粉持ち」の仕事の手伝いを任されていた。
 そのため、現在人間界に降り立っている。


「まぁこの手伝いも、もうすぐ無くなるって噂よ。なんでも、幸せの粉を天使にもかけるらしいわ。人間にかける粉が減る分、粉持ちの仕事も少なくなるんでしょうね」


「あーそれ、僕も通知を見たな。なんにせよ、僕らには関係ない話だよ」


 正直、「粉持ち」の仕事などどうでもよかった。僕は、両親を殺した死神を殲滅したいだけだ。天界騎士団だった僕の両親は、大規模な死神との戦争で死んだ。
 粉をかけることで、もしかしたら結果的に死神の数が減るのかもしれない。幸せな人間が増えることで、地獄に落ちる人間も減る気がするからだ。
 ただ、悪い人間は一定数いるし、死神がいなくなることはないだろう。だから、僕は現れた死神を殲滅できればよかった。僕の前を歩くセーリエも、きっと同じ気持ちだろう。


「あ! そんなことよりさ!」


 セーリエは、金髪でできた自慢のお団子をフリフリと揺らしながら、何か思い出したように僕の方へ振り返った。
 コップに入った幸せの粉がこぼれそうになり、慌ててコップを安定させる。


「危ないぞ。それしか貰ってないんだから」


「ごめんって! それより、双剣のエルシオ、知ってる?」


「なんか小耳に挟んだな。この前推薦入団が決まった子だろ?」


「そうそう! なんか、速攻で第一部隊配属らしいわよ。出世コース確定だって。私たちなんて、まだ隊員に配属されてないのに」


 双剣のエルシオ。なぜそこまで優遇されているのか僕は知っている。彼女の父親は、僕の両親の直属の上司だった。


「しょうがないさ。血が違うんだよ。彼女の父親は、元天界騎士団長だよ」


「えぇ!? そーなの! それは……まぁ納得ね。しかもめちゃめちゃ強いらしいし」


「らしいね。この世界は強さが序列に繋がる。彼女が上司になる日も近いだろうね」


「でも、シルエトも負けてないでしょ! 第一は無理でも、第二の隊長くらいまではいけるんじゃない?」


「ははっ、夢のまた夢だね。隊長なんて」


 そんな話をしている間に、僕たちは大きな病院にたどり着いた。
 アイボーンでは、ここに対象者がいることになっている。


「でっかいね〜、こっから探すの?」


「そうだね……じゃあ、手分けして探そうか」


 僕たちは対象者を、二手に分かれて探し始めた。


 ある病室に差し掛かり足を止める。扉は開いたままで、中で1人の女の子がベッドに腰掛けていた。小学生くらいの女の子だ。
 窓は全て開かれ、開放的なその部屋には外からの風が入り込む。気持ちのいい風だ。女の子はその風を受け止めながら、目を瞑り柔らかい表情をしていた。
 アイボーンを確認する。残念ながら、この子は対象者ではない。


「はぁ……次は上の階かな」


「誰かを探しているの?」


「そうなんだ。なかなか見つけられ……」


 今、彼女は僕の独り言に反応した。そんなはずはない。僕の姿も声も、人間に感じられるはずがない。
 おそらく僕の聞き間違いだ。


「手伝ってあげたいけれど、ごめんね。私、目が見えなくなっちゃったの」


 確実に僕に話しかけている。聞き間違いでは済まされない。セーリエに連絡した方がいいだろうか。いや、そんなことをしたら、上層部に報告、状況説明、特殊な人間について原因追求、その他諸々の業務に、第一発見者として携わることになるだろう。
 めんどくさい。僕は早く死神と戦いたいのだ。ここは、気づかなかったふりをして退散するべきだ。それに目が見えていない。姿までは見られていないのだ。


「あなたの名前は?」


 無視だ。子供相手で少し心が痛いが、仕方がない。


「あれ? もう帰っちゃったかな……初めてのお友達チャンスだったのに……」


 何を言われても、立ち去るのが最善の行動だ。それに仕事中である。人間に構っている暇はない。
 
 ふと、ベッドの横に置いてある書類が目に入った。女の子の病気について、かなり細かく記載されている。
 ワグナー症候群。この子の病名だろうか、この病気のせいで、目が見えないのだろう。そのほかにも症状がかなりの数書かれている。軽い病気とは思えない。
 彼女はいつからここにいるのだろうか。いつから、目が見えていないのだろうか。友達がいないのは、きっと病気のせいだろう。
 


ーーーーーー相手は子供だ。少しだけなら……構ってあげてもいいか。




「僕はシルエトだよ。君の名前は?」


「あ! よかった! シルエト……変な名前だなあ。私はセナ!」


「ははっ、変って、失礼だなあ」


「ねえ! 私のお友達になってよ! 私、友達いないの!」


 こんなに堂々と、友達になってと言われたのは初めてだ。それに、彼女にとって初めての友達。
 会うのは今日が最初で最後になるはずだ。友達になったところで、意味はなさそうだが。


「……シルエト?」


 返答に困り黙っていたからか、セナは不安げな表情で耳を澄ましている。本当に目が見えていないのだ。今までも、不安なことがいっぱいあっただろう。
 人間なんて、どうでもいいはずだった。人間が死神になり、僕たちを襲うのだ。彼女もいつか、死神になる。
 でも、それでも。


「わかった。僕たちは今日から友達だ。でも、僕のことは他の人には内緒だよ?」


「やったあ!! ありがとう! シルエト! 絶対内緒にする!」


 病室の外から、小走りで近づいてくる足音が聞こえた。おそらく、さっきの書類を忘れた看護師だろう。
 こんなにも人目につく場所にあっていい書類ではないはずだ。


「じゃあ、僕はもう行くよ。看護師さんが来ちゃうからね」


「うん! じゃあ、またね! 今度はもっとお話ししよう!」


 今度。今度か。また、会う日があれば。


「そうだね。わかったよ。セナ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 少しして、看護師さんが病室に入ってきた。
 すぐそばにいる僕に、看護師が気づくことはない。やはり、気づいているのはセナだけだ。
 声を出していないため、セナはもう僕はいないと思っているだろう。


「危ない危ない……忘れてた。セナちゃん、今誰かと話してなかった?」


「話してないよ? それより、また忘れ物でしょ」


「も〜。内緒ね?」


「今日は内緒の話が多いなぁ」


「え? ほかにもあるの?」


 セナは堪えきれていない笑みを溢しながら、看護師に向けて答えた。




「内緒!!」


 
 「粉持ち」はこの笑顔を見るために仕事をしているのだろうか。人間を幸せにするというのは、こういうことなのだろうか。
 僕は、初めて感じた暖かい感情を胸に、病室を後にした。


 すでに幸せの粉をかけ終わったセーリエから連絡がきたのは、そのすぐ後だった。


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 これは、僕の初恋のお話。叶うことはない、天使の片想いのお話だ。
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「こんなことをするために、僕は天界騎士団になったわけじゃないのに……」
「しょうがないでしょ、見習いなんだから。私だって、死神と戦いたいわよ」
 セーリエは拳で戦う動作を見せつけながら、僕をなだめた。
 天界騎士団になってから、僕はまだ死神と対面したことはない。というのも、入団当初から死神と戦えるのは、限られた推薦入団者のみだ。
 僕たちは見習いの仕事として、人間界に行き粉を追加する「粉持ち」の仕事の手伝いを任されていた。
 そのため、現在人間界に降り立っている。
「まぁこの手伝いも、もうすぐ無くなるって噂よ。なんでも、幸せの粉を天使にもかけるらしいわ。人間にかける粉が減る分、粉持ちの仕事も少なくなるんでしょうね」
「あーそれ、僕も通知を見たな。なんにせよ、僕らには関係ない話だよ」
 正直、「粉持ち」の仕事などどうでもよかった。僕は、両親を殺した死神を殲滅したいだけだ。天界騎士団だった僕の両親は、大規模な死神との戦争で死んだ。
 粉をかけることで、もしかしたら結果的に死神の数が減るのかもしれない。幸せな人間が増えることで、地獄に落ちる人間も減る気がするからだ。
 ただ、悪い人間は一定数いるし、死神がいなくなることはないだろう。だから、僕は現れた死神を殲滅できればよかった。僕の前を歩くセーリエも、きっと同じ気持ちだろう。
「あ! そんなことよりさ!」
 セーリエは、金髪でできた自慢のお団子をフリフリと揺らしながら、何か思い出したように僕の方へ振り返った。
 コップに入った幸せの粉がこぼれそうになり、慌ててコップを安定させる。
「危ないぞ。それしか貰ってないんだから」
「ごめんって! それより、双剣のエルシオ、知ってる?」
「なんか小耳に挟んだな。この前推薦入団が決まった子だろ?」
「そうそう! なんか、速攻で第一部隊配属らしいわよ。出世コース確定だって。私たちなんて、まだ隊員に配属されてないのに」
 双剣のエルシオ。なぜそこまで優遇されているのか僕は知っている。彼女の父親は、僕の両親の直属の上司だった。
「しょうがないさ。血が違うんだよ。彼女の父親は、元天界騎士団長だよ」
「えぇ!? そーなの! それは……まぁ納得ね。しかもめちゃめちゃ強いらしいし」
「らしいね。この世界は強さが序列に繋がる。彼女が上司になる日も近いだろうね」
「でも、シルエトも負けてないでしょ! 第一は無理でも、第二の隊長くらいまではいけるんじゃない?」
「ははっ、夢のまた夢だね。隊長なんて」
 そんな話をしている間に、僕たちは大きな病院にたどり着いた。
 アイボーンでは、ここに対象者がいることになっている。
「でっかいね〜、こっから探すの?」
「そうだね……じゃあ、手分けして探そうか」
 僕たちは対象者を、二手に分かれて探し始めた。
 ある病室に差し掛かり足を止める。扉は開いたままで、中で1人の女の子がベッドに腰掛けていた。小学生くらいの女の子だ。
 窓は全て開かれ、開放的なその部屋には外からの風が入り込む。気持ちのいい風だ。女の子はその風を受け止めながら、目を瞑り柔らかい表情をしていた。
 アイボーンを確認する。残念ながら、この子は対象者ではない。
「はぁ……次は上の階かな」
「誰かを探しているの?」
「そうなんだ。なかなか見つけられ……」
 今、彼女は僕の独り言に反応した。そんなはずはない。僕の姿も声も、人間に感じられるはずがない。
 おそらく僕の聞き間違いだ。
「手伝ってあげたいけれど、ごめんね。私、目が見えなくなっちゃったの」
 確実に僕に話しかけている。聞き間違いでは済まされない。セーリエに連絡した方がいいだろうか。いや、そんなことをしたら、上層部に報告、状況説明、特殊な人間について原因追求、その他諸々の業務に、第一発見者として携わることになるだろう。
 めんどくさい。僕は早く死神と戦いたいのだ。ここは、気づかなかったふりをして退散するべきだ。それに目が見えていない。姿までは見られていないのだ。
「あなたの名前は?」
 無視だ。子供相手で少し心が痛いが、仕方がない。
「あれ? もう帰っちゃったかな……初めてのお友達チャンスだったのに……」
 何を言われても、立ち去るのが最善の行動だ。それに仕事中である。人間に構っている暇はない。
 ふと、ベッドの横に置いてある書類が目に入った。女の子の病気について、かなり細かく記載されている。
 ワグナー症候群。この子の病名だろうか、この病気のせいで、目が見えないのだろう。そのほかにも症状がかなりの数書かれている。軽い病気とは思えない。
 彼女はいつからここにいるのだろうか。いつから、目が見えていないのだろうか。友達がいないのは、きっと病気のせいだろう。
ーーーーーー相手は子供だ。少しだけなら……構ってあげてもいいか。
「僕はシルエトだよ。君の名前は?」
「あ! よかった! シルエト……変な名前だなあ。私はセナ!」
「ははっ、変って、失礼だなあ」
「ねえ! 私のお友達になってよ! 私、友達いないの!」
 こんなに堂々と、友達になってと言われたのは初めてだ。それに、彼女にとって初めての友達。
 会うのは今日が最初で最後になるはずだ。友達になったところで、意味はなさそうだが。
「……シルエト?」
 返答に困り黙っていたからか、セナは不安げな表情で耳を澄ましている。本当に目が見えていないのだ。今までも、不安なことがいっぱいあっただろう。
 人間なんて、どうでもいいはずだった。人間が死神になり、僕たちを襲うのだ。彼女もいつか、死神になる。
 でも、それでも。
「わかった。僕たちは今日から友達だ。でも、僕のことは他の人には内緒だよ?」
「やったあ!! ありがとう! シルエト! 絶対内緒にする!」
 病室の外から、小走りで近づいてくる足音が聞こえた。おそらく、さっきの書類を忘れた看護師だろう。
 こんなにも人目につく場所にあっていい書類ではないはずだ。
「じゃあ、僕はもう行くよ。看護師さんが来ちゃうからね」
「うん! じゃあ、またね! 今度はもっとお話ししよう!」
 今度。今度か。また、会う日があれば。
「そうだね。わかったよ。セナ」
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 少しして、看護師さんが病室に入ってきた。
 すぐそばにいる僕に、看護師が気づくことはない。やはり、気づいているのはセナだけだ。
 声を出していないため、セナはもう僕はいないと思っているだろう。
「危ない危ない……忘れてた。セナちゃん、今誰かと話してなかった?」
「話してないよ? それより、また忘れ物でしょ」
「も〜。内緒ね?」
「今日は内緒の話が多いなぁ」
「え? ほかにもあるの?」
 セナは堪えきれていない笑みを溢しながら、看護師に向けて答えた。
「内緒!!」
 「粉持ち」はこの笑顔を見るために仕事をしているのだろうか。人間を幸せにするというのは、こういうことなのだろうか。
 僕は、初めて感じた暖かい感情を胸に、病室を後にした。
 すでに幸せの粉をかけ終わったセーリエから連絡がきたのは、そのすぐ後だった。