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28話 赤黄青

ー/ー




 こんがらがっちゃ。今日日(きょうび)聞かない単語だが、言いたいことはわかる。今エルシオの頭は、言葉どおりごちゃごちゃになっているのだろう。


「考え事なんて珍しいな。やっぱり、今の天界のことを知ったからか?」


「楓くんにしては察しがいいですね」


「まあ、そのくらいしか思い当たらないからな」


 エルシオは俺と話している間、常にあの表情を続けていた。これが、悩んでいるときのエルシオの表情なのだろう。覚えておかねば。


「私は今まで、悪いのは地獄に落とされる人間で、そのせいで天使たちが死神に襲われていると思っていたのです。だからこそ、人間のことを好きになりたくなかったのです」


 天使たち。そう大きな主語を使ったものの、その大半はアレシアのことを指しているのだろう。エルシオは空気が重くならないよう、あえてそう言う言い回しをしているように思えた。


「それが、今になって良い人間も地獄に落とされていると知って、そんな非道なことをしている天使の方が悪いのではないかと考えてしまうのです。悪いことをしていないのに地獄に落とされれば、人間も怒って当然な気がして……だから、なんだかよくわからなくなってしまっているのです」


 エルシオが変な顔をしている原因は、やはり天界の真実を知ったことだった。
 よくわからないのは俺も同じだ。でも、考えたって現実は変わらない。たとえ変えたくても、今の俺たちにどうこうできる問題ではない。そう、フィロも言っていた。エルシオもそれはわかっているはずだ。


「わかるよ。でも、どっちが悪いかなんて、考えなくてもいいんじゃないか?」


 エルシオは、今の俺の発言の意味を考え始めたのか、より一層表情が険しくなる。


「まぁだから、悪いのは天使を襲うような悪い死神で、それは、良い人間を地獄に落としてる悪い天使のせい。もちろんどっちも悪いことをしているし、許さることじゃないかもしれない。でも、エルシオは知ってるだろ? 俺みたいに優しい人間はいるし、信頼できる天使もいる。だから、誰が悪いとか、誰を恨むとか考えるよりも、そういう人間や天使に目を向けて、楽しく生きた方がいいだろ」


 エルシオに元気がないと、俺もどこか調子が出ない。それに、やっと素直になれたのだ。エルシオには幸せになってもらいたい。元気でいてほしい。これは、俺のわがままかもしれないが。


「そっちの方が、幸せだと思うぜ!」


 エルシオは、いつの間にか普段の表情に戻っていた。「こんがらがっちゃ」は無くなったのだろうか。


「自分で優しい人間というのは、どうなのですか」


「うるせ、たまたま流れで言っちゃっただけだ!」


 言動も、普段のエルシオに戻ったみたいだ。
 俺の伝えたことが正しいのかはわからない。それでも、エルシオの悩みが解消できたのであればよかった。
 久しぶりにエルシオの笑顔を見た気がして、なんだか嬉しかった。


「まぁ、実際優しいからいいのですが」


「優しいって……めずらしいな、やっぱりまだこんがらがっちゃか?」


「もう大丈夫なのです! 今の天界のやり方は気に入りませんが、今は楓くんを人間に生まれ変わらせるのが最優先なのです! いつまでもここにいられると、ストレスが溜まる一方なのです!」


「はいはい、そーですか、ありがとうございますなのです」


 エルシオは口調を真似されたことにイラついたのか、頬を膨らまし俺を睨む。
 これがいい。俺はこうして、エルシオやフィロと話すのが好きだ。他愛のない話を、くだらない軽口を言い合いながら、楽しく過ごすのが好きだ。
 いつまで続くかわからない、なんなら、なるべく早く生まれ変わるべきなのだろう。だからこそ、この限られた時間を大切にしたい。幸せに過ごしたい。
 この気持ちは、だんだんと大きくなっていく。一緒にいればいるほど、別れが悲しくなる。もっとここにいたいと思ってしまう。
 それでも、当初の目的を果たすために、そして、フィロの願いを叶えるために、俺は人間に生まれ変わる。絶対に。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ちょっと待て……あれって……」


「なんですか、ただの木ですが」


 俺とエルシオは、フィロからの仕事の連絡を受け人間界に来ていた。仕事のこと以外の連絡は特になく、フィロの方の進捗については、わからないままだ。
 俺は背中に、幸せの粉が入った壺を背負っている。粉はもう残りわずか。下手したら、今回の仕事で無くなってしまうかもしれない。


 人間界に着いた時、まず目に入ったのは病院だった。以前深夜に来た病院よりもはるかに大きい。日中だからか人も多く、ターゲットを探すのに苦労しそうだ。
 そして次に目に入った、病院の敷地内にある並木道。綺麗に舗装されており、赤色や黄色の葉がひらひらと舞っている。
 俺の目の前を通過し、地面に落下したその葉は「モミジ」だ。美しい紅葉が、視界に広がっている。そんな光景に、俺は目を疑った。


「紅葉って……もうそんな時期なのか」


「そんなに珍しいものなのですか? たしかに綺麗ではありますが」


「いや、そういうことじゃなくて、紅葉が見れるってことは、もう秋が来てるってことだ。俺が死んだのが夏休み前だから……もうそんなに経ったのか」


「なるほど、そういうことですか。天界ではあまり実感が湧かないかと思いますが、かなり時間は経過していると思いますよ。それに、人間界と天界とで時間の流れる速さが同じとも限りませんし」


 フィロは、天界には時間という概念がないと言っていた。正確には、時間を数値で表す概念がないと。だから時計は存在せず、今が何時であるとか、今日が何日であるとか、そういう話を聞いたことはない。
 だから実感が湧いていないだけだとも考えられるが、エルシオが言った「時間の流れる速さ」に関しては盲点だった。人間界と天界とで世界がまるっきり違うのであれば、同じ速さで時間が進んでいるとも限らない。
 食事をする必要がないことを考えると、俺は死んだ時から成長は止まっている。だから歳をとることもない。おじいちゃんになることはおそらくないのだろう。
 時間についてはよくわからない。人間界の物理についても理解していないのだ。天界の物理学を理解できるはずがない。


「そうか……まぁそんなことより行くか! ごめんな、足止めした」


「問題ないのです。時間がかかることに変わりはないので」


 広大な敷地と大勢の人間に目を向けながら、エルシオはそう言った。


 モミジを見ると、どうしても母さんを思い出す。
 母さんの名前は「片山 椛(かたやま もみじ)」そして、名前が同じだからだろう。母さんはモミジを見るのが好きだった。
 秋の訪れを感じる、少し肌寒いこの季節に現れる、赤色黄色。


ーーーーーー母さんも見てるのかな


 少し切ない思いを胸に、俺はターゲットの元へ向かう。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ターゲットの名前は「秋月 星奈(あきづき せな)」アイボーンの印は微動だにせず動かない。おそらく、どこかの病室で入院しているのだろう。このパターンは前にもあった。
 年齢は19歳。情報はそこまでだ。フィロがいれば、もう少し情報がわかるのだが。
 俺たちはとりあえず、マーキングの位置を目指し歩いた。


「楓くん! 隠れて」


 廊下を歩いていた俺は、後ろのエルシオに手を引かれ、無理やり柱の影へ連れていかれた。
 
「なんだよ、もしかして……ほかの天使か?」


「はい、初対面ではないですが。楓くんも」


 俺が会ったことのある天使。フィロではないことを考えると、導きされる天使は1人。


「その赤髪は、さすがに目立ちすぎですよ? かえちゃんも、柱からはみ出てるし?」


「……シルエトだって、派手な髪色じゃないですか」


 しゃがみ込んだ俺たちを上から覗き込んだのは、青髪を揺らすイケメン。初見の感動はもうないが、男の俺から見てもかなり顔が整っている。
 
「今回は星剣を抜かないんですね!」


「べつに突き刺してもいいのです」


 エルシオは、能天気なシルエトに冷たい視線を送る。


「かえちゃん……怖いよ。助けて」


 シルエトはわざとらしく涙目を俺に向け縋り寄る。
 他の天使に見つかったのかと焦っていたが、シルエトならどこか安心だ。天界騎士団だとは聞いているが、やはり悪意を感じない。それはおそらくエルシオもわかっている。だから剣を構えないのだろう。
 シルエトは以前、エルシオを見つけるために人間界に来ていると言っていた。天界騎士団へ引き抜くことはできなかったが、目的は果たしているはずだ。なのになぜ、また人間界で鉢合わせたのか。


「粉をかける人間を探してるんでしょ? 僕も手伝うよ」


「それはありがたいですが……シルエトの目的はなんなのですか? なぜまた人間界に?」


「まあそんなのいいじゃないですか、それより、どれどれ……」


 シルエトはエルシオの質問をはぐらかすと、俺がつけたままにしていたアイボーンを覗き込んだ。
 
「……秋月星奈。そうか……その時が来たんだね」


 シルエトは名前を見るなり目を見開き、その後愁いを含んだ表情を見せた。
 まるでその人物を知っていて、何か深い思い入れがあるかのように。


 窓の外に見えた赤と黄が、目の前の青を強調していた。



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 こんがらがっちゃ。|今日日《きょうび》聞かない単語だが、言いたいことはわかる。今エルシオの頭は、言葉どおりごちゃごちゃになっているのだろう。
「考え事なんて珍しいな。やっぱり、今の天界のことを知ったからか?」
「楓くんにしては察しがいいですね」
「まあ、そのくらいしか思い当たらないからな」
 エルシオは俺と話している間、常にあの表情を続けていた。これが、悩んでいるときのエルシオの表情なのだろう。覚えておかねば。
「私は今まで、悪いのは地獄に落とされる人間で、そのせいで天使たちが死神に襲われていると思っていたのです。だからこそ、人間のことを好きになりたくなかったのです」
 天使たち。そう大きな主語を使ったものの、その大半はアレシアのことを指しているのだろう。エルシオは空気が重くならないよう、あえてそう言う言い回しをしているように思えた。
「それが、今になって良い人間も地獄に落とされていると知って、そんな非道なことをしている天使の方が悪いのではないかと考えてしまうのです。悪いことをしていないのに地獄に落とされれば、人間も怒って当然な気がして……だから、なんだかよくわからなくなってしまっているのです」
 エルシオが変な顔をしている原因は、やはり天界の真実を知ったことだった。
 よくわからないのは俺も同じだ。でも、考えたって現実は変わらない。たとえ変えたくても、今の俺たちにどうこうできる問題ではない。そう、フィロも言っていた。エルシオもそれはわかっているはずだ。
「わかるよ。でも、どっちが悪いかなんて、考えなくてもいいんじゃないか?」
 エルシオは、今の俺の発言の意味を考え始めたのか、より一層表情が険しくなる。
「まぁだから、悪いのは天使を襲うような悪い死神で、それは、良い人間を地獄に落としてる悪い天使のせい。もちろんどっちも悪いことをしているし、許さることじゃないかもしれない。でも、エルシオは知ってるだろ? 俺みたいに優しい人間はいるし、信頼できる天使もいる。だから、誰が悪いとか、誰を恨むとか考えるよりも、そういう人間や天使に目を向けて、楽しく生きた方がいいだろ」
 エルシオに元気がないと、俺もどこか調子が出ない。それに、やっと素直になれたのだ。エルシオには幸せになってもらいたい。元気でいてほしい。これは、俺のわがままかもしれないが。
「そっちの方が、幸せだと思うぜ!」
 エルシオは、いつの間にか普段の表情に戻っていた。「こんがらがっちゃ」は無くなったのだろうか。
「自分で優しい人間というのは、どうなのですか」
「うるせ、たまたま流れで言っちゃっただけだ!」
 言動も、普段のエルシオに戻ったみたいだ。
 俺の伝えたことが正しいのかはわからない。それでも、エルシオの悩みが解消できたのであればよかった。
 久しぶりにエルシオの笑顔を見た気がして、なんだか嬉しかった。
「まぁ、実際優しいからいいのですが」
「優しいって……めずらしいな、やっぱりまだこんがらがっちゃか?」
「もう大丈夫なのです! 今の天界のやり方は気に入りませんが、今は楓くんを人間に生まれ変わらせるのが最優先なのです! いつまでもここにいられると、ストレスが溜まる一方なのです!」
「はいはい、そーですか、ありがとうございますなのです」
 エルシオは口調を真似されたことにイラついたのか、頬を膨らまし俺を睨む。
 これがいい。俺はこうして、エルシオやフィロと話すのが好きだ。他愛のない話を、くだらない軽口を言い合いながら、楽しく過ごすのが好きだ。
 いつまで続くかわからない、なんなら、なるべく早く生まれ変わるべきなのだろう。だからこそ、この限られた時間を大切にしたい。幸せに過ごしたい。
 この気持ちは、だんだんと大きくなっていく。一緒にいればいるほど、別れが悲しくなる。もっとここにいたいと思ってしまう。
 それでも、当初の目的を果たすために、そして、フィロの願いを叶えるために、俺は人間に生まれ変わる。絶対に。
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「ちょっと待て……あれって……」
「なんですか、ただの木ですが」
 俺とエルシオは、フィロからの仕事の連絡を受け人間界に来ていた。仕事のこと以外の連絡は特になく、フィロの方の進捗については、わからないままだ。
 俺は背中に、幸せの粉が入った壺を背負っている。粉はもう残りわずか。下手したら、今回の仕事で無くなってしまうかもしれない。
 人間界に着いた時、まず目に入ったのは病院だった。以前深夜に来た病院よりもはるかに大きい。日中だからか人も多く、ターゲットを探すのに苦労しそうだ。
 そして次に目に入った、病院の敷地内にある並木道。綺麗に舗装されており、赤色や黄色の葉がひらひらと舞っている。
 俺の目の前を通過し、地面に落下したその葉は「モミジ」だ。美しい紅葉が、視界に広がっている。そんな光景に、俺は目を疑った。
「紅葉って……もうそんな時期なのか」
「そんなに珍しいものなのですか? たしかに綺麗ではありますが」
「いや、そういうことじゃなくて、紅葉が見れるってことは、もう秋が来てるってことだ。俺が死んだのが夏休み前だから……もうそんなに経ったのか」
「なるほど、そういうことですか。天界ではあまり実感が湧かないかと思いますが、かなり時間は経過していると思いますよ。それに、人間界と天界とで時間の流れる速さが同じとも限りませんし」
 フィロは、天界には時間という概念がないと言っていた。正確には、時間を数値で表す概念がないと。だから時計は存在せず、今が何時であるとか、今日が何日であるとか、そういう話を聞いたことはない。
 だから実感が湧いていないだけだとも考えられるが、エルシオが言った「時間の流れる速さ」に関しては盲点だった。人間界と天界とで世界がまるっきり違うのであれば、同じ速さで時間が進んでいるとも限らない。
 食事をする必要がないことを考えると、俺は死んだ時から成長は止まっている。だから歳をとることもない。おじいちゃんになることはおそらくないのだろう。
 時間についてはよくわからない。人間界の物理についても理解していないのだ。天界の物理学を理解できるはずがない。
「そうか……まぁそんなことより行くか! ごめんな、足止めした」
「問題ないのです。時間がかかることに変わりはないので」
 広大な敷地と大勢の人間に目を向けながら、エルシオはそう言った。
 モミジを見ると、どうしても母さんを思い出す。
 母さんの名前は「|片山 椛《かたやま もみじ》」そして、名前が同じだからだろう。母さんはモミジを見るのが好きだった。
 秋の訪れを感じる、少し肌寒いこの季節に現れる、赤色黄色。
ーーーーーー母さんも見てるのかな
 少し切ない思いを胸に、俺はターゲットの元へ向かう。
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 ターゲットの名前は「|秋月 星奈《あきづき せな》」アイボーンの印は微動だにせず動かない。おそらく、どこかの病室で入院しているのだろう。このパターンは前にもあった。
 年齢は19歳。情報はそこまでだ。フィロがいれば、もう少し情報がわかるのだが。
 俺たちはとりあえず、マーキングの位置を目指し歩いた。
「楓くん! 隠れて」
 廊下を歩いていた俺は、後ろのエルシオに手を引かれ、無理やり柱の影へ連れていかれた。
「なんだよ、もしかして……ほかの天使か?」
「はい、初対面ではないですが。楓くんも」
 俺が会ったことのある天使。フィロではないことを考えると、導きされる天使は1人。
「その赤髪は、さすがに目立ちすぎですよ? かえちゃんも、柱からはみ出てるし?」
「……シルエトだって、派手な髪色じゃないですか」
 しゃがみ込んだ俺たちを上から覗き込んだのは、青髪を揺らすイケメン。初見の感動はもうないが、男の俺から見てもかなり顔が整っている。
「今回は星剣を抜かないんですね!」
「べつに突き刺してもいいのです」
 エルシオは、能天気なシルエトに冷たい視線を送る。
「かえちゃん……怖いよ。助けて」
 シルエトはわざとらしく涙目を俺に向け縋り寄る。
 他の天使に見つかったのかと焦っていたが、シルエトならどこか安心だ。天界騎士団だとは聞いているが、やはり悪意を感じない。それはおそらくエルシオもわかっている。だから剣を構えないのだろう。
 シルエトは以前、エルシオを見つけるために人間界に来ていると言っていた。天界騎士団へ引き抜くことはできなかったが、目的は果たしているはずだ。なのになぜ、また人間界で鉢合わせたのか。
「粉をかける人間を探してるんでしょ? 僕も手伝うよ」
「それはありがたいですが……シルエトの目的はなんなのですか? なぜまた人間界に?」
「まあそんなのいいじゃないですか、それより、どれどれ……」
 シルエトはエルシオの質問をはぐらかすと、俺がつけたままにしていたアイボーンを覗き込んだ。
「……秋月星奈。そうか……その時が来たんだね」
 シルエトは名前を見るなり目を見開き、その後愁いを含んだ表情を見せた。
 まるでその人物を知っていて、何か深い思い入れがあるかのように。
 窓の外に見えた赤と黄が、目の前の青を強調していた。