24話 真実は夢の中で
ー/ー コハクリアから逃げ出した私は、家に帰らずそのまま星域に足を運んだ。
ここには、小さい時からお世話になっているジィが居る。
「……何があった?」
魔力を限りなく消耗し、疲弊した私を見たジィは心配そうに私を見つめる。
「ジィ、手伝って」
私はジィに全てを話した。
初めはなかなか信じようとしなかった。当たり前だ。私も信じられなかった。
ただ、天界にはすでに、「天使にも幸せの粉を使用する」と言う方針に変わったと通知が回っていた。民間の天使にもだ。町中にビラも貼り出されているらしい。星域のジィの耳にも、それは届いていた。
だが、本当の政策は、上層部のみしか知らないようだ。天界騎士団ですら、団長のミカエルしか真実は知らないだろう。
ジィがなかなか信じなかったのは「天使にのみ幸せの粉を使用する」と言うバセラフィルが言っていた真実についてだ。
「通知では、人間の面接はせず全員地獄送りだということや、粉の追加を止めることまでは書いてなかったが……」
「流石に大勢からの反感があるとわかってるんでしょうね。大多数のクーデターになれば、ウリエルの目でも統治するのは難しい。だから、天使にも幸せが与えられるという、良い部分だけを公開した」
「じゃが……それが本当だとして、お前さんはどうする。死んだことになっておるのだろう」
「だから手伝ってほしい。私が隠れて住めるような場所を一緒に作って欲しいの。私はそこで、私の仕事を全うする」
「昔から、お前さんは老人をこき使うのが好きじゃのう。少しは労わらんか」
「でも、ジィにならできるでしょ? ゲートと言う魔法を作ったのもあなた」
ジィは顎髭を摩りながら、誇らしげな顔で答える。
「勿論可能じゃ。だが……そんなことをして何になる。王に逆らってまで……」
「気に入らないのよ。人間を生まれ変わらせ、幸せを与える。それが天使の仕事のはずでしょ?」
その後すぐに、ジィはローズベルクを造ってくれた。ローズベルクはゲートでしか出入りできない空間。外から目視することはできない。それに、強力な結界を張っているため、バレるリスクはほとんど無い。
虚無という言葉がこれほど似合う部屋は無いだろう。ジィはその部屋の完成度に満足したのか一息つくと、憂いを帯びた瞳で私を見つめた。
「人間はどう選び、どう粉をかける? 今までは本部からの指示待ちじゃろ」
「そうねえ、大体のノウハウは知ってるから、私が選別するわ。面接はここでする」
「手足が何本あっても足りんな。もちろん粉も」
「わかってるわ。でも、私の手が届く範囲の人間は幸せにしたい。できる限りのことはしたいの」
「……そうか。わしはもう行く。例の真実について……小娘2人には話すのか?」
ジィはゲートを開きながら、そう私に問う。
小娘2人。アレシアとエルシオのことだろう。天界騎士団になったエルシオはともかく、真実を知るまでは、アレシアにはこれからも仕事を手伝ってもらうつもりでいた。
「アレシアには話すわ。真実を知った上で、このまま仕事を続けるか決めてもらう。基本面接になるだろうけどね。危険な仕事になるから、できれば巻き込みたくはないけど……アレシアの決断次第ね。エルシオには、仕事場がここになったってこと以外は、私からは話さないわ。2人とも、出回ってる情報だけですら気に食わないはずよ。あれは人間のものだ、ってね。それなのに、人間はみんな地獄送りなんて伝えたら……。アレシアは真実を飲み込めても、エルシオが素直に納得してくれるとは思えない。まだ幼い上に、戦うことができてしまう。それに、エルシオは夢を叶えたばかり、天界騎士団なの。いつでもミカエルに喧嘩が売れるわ。その結果は見えてる」
「弟子は師に似るものだからな」
「そうなのかもね。まあ、ジィが話したかったら話しても良いわよ? 」
「なら……いつかわしの所に来たら、教えてやろうかのう。それまで生きていればじゃが」
「それはどっち? ご高齢のジィ? それとも、死神と対峙するエルシオ?」
「どっちもじゃ。よく言うじゃろ、この世で怖いものと言えば、老いと死神じゃ」
「初耳ね」
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「どっちも生きているとはのう……わしはともかく、若い者の生の執念には敵わんわ」
「なぁ、今のはなんだ。これが全部事実なら、俺は今から記者会見並みに質問をすることになる」
フィロが対面のソファーに腰掛け、真実を話す流れになった時、俺は眩しい光に襲われ目を瞑った。そして、次に目を開いた時、俺が俺自身では無くなった。
きっと、魔法でフィロの過去を見せられたのだ。フィロ視点の夢を見ているような感覚で、フィロの視界はもちろん、フィロが考えていることすら頭に流れ込んできた。
情報量が多すぎる。アレシアがまだ生きている頃の話だ。天界の王の野望、四大天使の能力。さらに、フィロまでもが、記憶を操作できる魔法を持ち合わせていた。今見た夢が事実なら、フィロは、天界の中でかなり権威のある天使だったのだろう。だが、天界の悪事を知り、隠れて仕事をすることにした。
今の天界は、人間を生まれ変わらせることも、幸せの粉を人間にかけることもしていない。フィロだけが、その仕事をしている。そして、死んだ人間は皆地獄に送られている。全ては天使のために。
だからこそ、俺が天界にいるのはまずいのだろう。
なんとも残酷な話だ。
だが、俺はアレシアの件を知っている。それに、人間のことをエルシオほど好きと言える自信はない。
人間界で、蚊に吸われない血を開発し、痒みから解放された時、蚊のために血を与えるべきだと声を上げられるだろうか。
極端な話ではあるが、天使にとって俺たち人間が蚊程度の存在だとしたら。俺が天使だとして、フィロと同じように行動できただろうか。
「どんどん質問して良いわよ。私はそのためにここに来たんだから」
フィロが手を広げながらそう言うと、エルシオが真っ先に口を開いた。
「じゃあ、私から。エフィルロがローズベルクで仕事をしているのは、幸せの粉を天使にかけるようになったことで、仕事に制限がかかったのが気に食わないからと聞いていたのです。だから王と言い合いになり、独立してローズベルクを作ったのではないのですか?」
エルシオも、俺と同じようにフィロの記憶を見たのだろう。冷静に話しているように見えるが、どこか動揺しているようにも思える。
「ごめんね、それは半分事実。本当は、天使の仕事は無くなっていたの。今は私しかこの仕事はしていない」
「謝る必要は無いのです。エフィルロの気持ちもわかるのです。じゃあ、人間が皆疑獄送りと言うのも?」
「事実よ」
「はぁ……そうですか」
「今すぐコハクリアに向かう、なんてことをエルシオなら言い出すかと思っていたけど……」
「今の記憶が真実なら、私1人が向かったところで、何の解決にもならないのです。王直々に天界全てを巻き込んでの政策なのです。それに……」
エルシオも俺と同じで、情報量の多さに困惑しているのだろう。言葉に詰まっている。
「エフィルロが、そんなに優位な天使だとは思っていなかったのです。粉持ちの時点で、凄い天使だとは理解していましたが、まさか記憶操作の魔法を使えるとは……四大天使に匹敵するのです。そんなエフィルロが何もできないのに、私が行ったところで……」
話す途中で、エルシオは何かを思い出したように俺の方へ視線を移した。
そして、俺の耳元で小声で囁く。
「楓くん、記憶操作の魔法が使えるということは……」
「いうことは……なんだ?」
「え……? だからその……あれ。なんでしたっけ。以前楓くんとそう言う類の話をしていた気がしたのですが……」
俺は首を横に振り、エルシオに何もわからないことを伝えた。記憶操作の魔法については、今回初めて聞いた。
フィロにそんな特技があったことは知らなかったが、天使という人間界では非科学的な生物を前にして、今更高度な魔法の話をされても違和感も驚きも無かった。
「仲間はずれにしないでよ! ジィはいいとして、私は仲間に入れてよ!」
「老人を労わらんか」
俺たちが小声で話していると、フィロは気に食わないのか文句を言ってきた。まあそれもそうだ。何より今はフィロの話題だった。
「いや、フィロの話をしていたんだ。まさかそんなに凄い天使だったとはな」
「そうなのです。そんなエフィルロが太刀打ちできないのであれば、私にどうこうできる問題ではないのです」
「い、いやぁ、そこまですごいわけじゃないのよ?」
あからさまに照れているフィロへ、俺は質問を投げかける。
頭の中にある情報を整理し、聞きたいことを、順番に、正確に問う。
ここには、小さい時からお世話になっているジィが居る。
「……何があった?」
魔力を限りなく消耗し、疲弊した私を見たジィは心配そうに私を見つめる。
「ジィ、手伝って」
私はジィに全てを話した。
初めはなかなか信じようとしなかった。当たり前だ。私も信じられなかった。
ただ、天界にはすでに、「天使にも幸せの粉を使用する」と言う方針に変わったと通知が回っていた。民間の天使にもだ。町中にビラも貼り出されているらしい。星域のジィの耳にも、それは届いていた。
だが、本当の政策は、上層部のみしか知らないようだ。天界騎士団ですら、団長のミカエルしか真実は知らないだろう。
ジィがなかなか信じなかったのは「天使にのみ幸せの粉を使用する」と言うバセラフィルが言っていた真実についてだ。
「通知では、人間の面接はせず全員地獄送りだということや、粉の追加を止めることまでは書いてなかったが……」
「流石に大勢からの反感があるとわかってるんでしょうね。大多数のクーデターになれば、ウリエルの目でも統治するのは難しい。だから、天使にも幸せが与えられるという、良い部分だけを公開した」
「じゃが……それが本当だとして、お前さんはどうする。死んだことになっておるのだろう」
「だから手伝ってほしい。私が隠れて住めるような場所を一緒に作って欲しいの。私はそこで、私の仕事を全うする」
「昔から、お前さんは老人をこき使うのが好きじゃのう。少しは労わらんか」
「でも、ジィにならできるでしょ? ゲートと言う魔法を作ったのもあなた」
ジィは顎髭を摩りながら、誇らしげな顔で答える。
「勿論可能じゃ。だが……そんなことをして何になる。王に逆らってまで……」
「気に入らないのよ。人間を生まれ変わらせ、幸せを与える。それが天使の仕事のはずでしょ?」
その後すぐに、ジィはローズベルクを造ってくれた。ローズベルクはゲートでしか出入りできない空間。外から目視することはできない。それに、強力な結界を張っているため、バレるリスクはほとんど無い。
虚無という言葉がこれほど似合う部屋は無いだろう。ジィはその部屋の完成度に満足したのか一息つくと、憂いを帯びた瞳で私を見つめた。
「人間はどう選び、どう粉をかける? 今までは本部からの指示待ちじゃろ」
「そうねえ、大体のノウハウは知ってるから、私が選別するわ。面接はここでする」
「手足が何本あっても足りんな。もちろん粉も」
「わかってるわ。でも、私の手が届く範囲の人間は幸せにしたい。できる限りのことはしたいの」
「……そうか。わしはもう行く。例の真実について……小娘2人には話すのか?」
ジィはゲートを開きながら、そう私に問う。
小娘2人。アレシアとエルシオのことだろう。天界騎士団になったエルシオはともかく、真実を知るまでは、アレシアにはこれからも仕事を手伝ってもらうつもりでいた。
「アレシアには話すわ。真実を知った上で、このまま仕事を続けるか決めてもらう。基本面接になるだろうけどね。危険な仕事になるから、できれば巻き込みたくはないけど……アレシアの決断次第ね。エルシオには、仕事場がここになったってこと以外は、私からは話さないわ。2人とも、出回ってる情報だけですら気に食わないはずよ。あれは人間のものだ、ってね。それなのに、人間はみんな地獄送りなんて伝えたら……。アレシアは真実を飲み込めても、エルシオが素直に納得してくれるとは思えない。まだ幼い上に、戦うことができてしまう。それに、エルシオは夢を叶えたばかり、天界騎士団なの。いつでもミカエルに喧嘩が売れるわ。その結果は見えてる」
「弟子は師に似るものだからな」
「そうなのかもね。まあ、ジィが話したかったら話しても良いわよ? 」
「なら……いつかわしの所に来たら、教えてやろうかのう。それまで生きていればじゃが」
「それはどっち? ご高齢のジィ? それとも、死神と対峙するエルシオ?」
「どっちもじゃ。よく言うじゃろ、この世で怖いものと言えば、老いと死神じゃ」
「初耳ね」
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「どっちも生きているとはのう……わしはともかく、若い者の生の執念には敵わんわ」
「なぁ、今のはなんだ。これが全部事実なら、俺は今から記者会見並みに質問をすることになる」
フィロが対面のソファーに腰掛け、真実を話す流れになった時、俺は眩しい光に襲われ目を瞑った。そして、次に目を開いた時、俺が俺自身では無くなった。
きっと、魔法でフィロの過去を見せられたのだ。フィロ視点の夢を見ているような感覚で、フィロの視界はもちろん、フィロが考えていることすら頭に流れ込んできた。
情報量が多すぎる。アレシアがまだ生きている頃の話だ。天界の王の野望、四大天使の能力。さらに、フィロまでもが、記憶を操作できる魔法を持ち合わせていた。今見た夢が事実なら、フィロは、天界の中でかなり権威のある天使だったのだろう。だが、天界の悪事を知り、隠れて仕事をすることにした。
今の天界は、人間を生まれ変わらせることも、幸せの粉を人間にかけることもしていない。フィロだけが、その仕事をしている。そして、死んだ人間は皆地獄に送られている。全ては天使のために。
だからこそ、俺が天界にいるのはまずいのだろう。
なんとも残酷な話だ。
だが、俺はアレシアの件を知っている。それに、人間のことをエルシオほど好きと言える自信はない。
人間界で、蚊に吸われない血を開発し、痒みから解放された時、蚊のために血を与えるべきだと声を上げられるだろうか。
極端な話ではあるが、天使にとって俺たち人間が蚊程度の存在だとしたら。俺が天使だとして、フィロと同じように行動できただろうか。
「どんどん質問して良いわよ。私はそのためにここに来たんだから」
フィロが手を広げながらそう言うと、エルシオが真っ先に口を開いた。
「じゃあ、私から。エフィルロがローズベルクで仕事をしているのは、幸せの粉を天使にかけるようになったことで、仕事に制限がかかったのが気に食わないからと聞いていたのです。だから王と言い合いになり、独立してローズベルクを作ったのではないのですか?」
エルシオも、俺と同じようにフィロの記憶を見たのだろう。冷静に話しているように見えるが、どこか動揺しているようにも思える。
「ごめんね、それは半分事実。本当は、天使の仕事は無くなっていたの。今は私しかこの仕事はしていない」
「謝る必要は無いのです。エフィルロの気持ちもわかるのです。じゃあ、人間が皆疑獄送りと言うのも?」
「事実よ」
「はぁ……そうですか」
「今すぐコハクリアに向かう、なんてことをエルシオなら言い出すかと思っていたけど……」
「今の記憶が真実なら、私1人が向かったところで、何の解決にもならないのです。王直々に天界全てを巻き込んでの政策なのです。それに……」
エルシオも俺と同じで、情報量の多さに困惑しているのだろう。言葉に詰まっている。
「エフィルロが、そんなに優位な天使だとは思っていなかったのです。粉持ちの時点で、凄い天使だとは理解していましたが、まさか記憶操作の魔法を使えるとは……四大天使に匹敵するのです。そんなエフィルロが何もできないのに、私が行ったところで……」
話す途中で、エルシオは何かを思い出したように俺の方へ視線を移した。
そして、俺の耳元で小声で囁く。
「楓くん、記憶操作の魔法が使えるということは……」
「いうことは……なんだ?」
「え……? だからその……あれ。なんでしたっけ。以前楓くんとそう言う類の話をしていた気がしたのですが……」
俺は首を横に振り、エルシオに何もわからないことを伝えた。記憶操作の魔法については、今回初めて聞いた。
フィロにそんな特技があったことは知らなかったが、天使という人間界では非科学的な生物を前にして、今更高度な魔法の話をされても違和感も驚きも無かった。
「仲間はずれにしないでよ! ジィはいいとして、私は仲間に入れてよ!」
「老人を労わらんか」
俺たちが小声で話していると、フィロは気に食わないのか文句を言ってきた。まあそれもそうだ。何より今はフィロの話題だった。
「いや、フィロの話をしていたんだ。まさかそんなに凄い天使だったとはな」
「そうなのです。そんなエフィルロが太刀打ちできないのであれば、私にどうこうできる問題ではないのです」
「い、いやぁ、そこまですごいわけじゃないのよ?」
あからさまに照れているフィロへ、俺は質問を投げかける。
頭の中にある情報を整理し、聞きたいことを、順番に、正確に問う。
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