11話 希望は一人の親友へ
ー/ー これは、エフィルロも知らない、2人の天使の物語。
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「エルシオー! 今日はエフィルロの仕事について行く日よ! 早く支度をして!」
そう叫んだのは、寝巻きを着た天使、アレシアだ。
白色の長い髪の毛を頭の後ろでまとめてポニーテールを作りながら、まだ寝ているもう1人の天使に向かって叫んでいる。
目を擦りながら、ゆっくりと体を起こしたもう1人の天使エルシオは、ぐるりと周りを見渡し、太陽の位置が変わることによって動く、時計のようなものを見て余裕を感じ、2度寝しようと体を横にする。
「こら! 早起きは大事なの!」
「まだ眠いのです。 時間があるなら寝させてくださいなのです」
「もう~私は楽しみでしょうがないの! 先に支度してるからね!」
エルシオのことは放っておき、寝巻きを脱ぎ捨て、まるで魔法使いのような格好に着替えたアレシアは朝ごはんを作り始めた。
エルシオとアレシアに両親はいない。孤児院で出会ったは2人は、決して裕福ではない暮らしをしていた。
お金がほとんど無い子供ふたりの生活で途方に暮れていた時、エフィルロから声をかけられた。
「幸せを人間に与えるという仕事のお手伝いをしてくれないか、報酬もある」という内容で、断る理由など無く、エルシオとアレシアの2人で、エフィルロの助手のような立場で仕事をしていた。
「はぁぁ~、よく眠れたのです」
欠伸をしながら、エルシオは食卓へ向かう。
「ご飯はどこなのですか! アレシア、ご飯が欲しいのです!」
まだ目もろくに開いていないエルシオはそう言って、食卓の椅子に腰掛けた。
アレシアは花に水をやるのを中断し、エルシオの朝ごはんを用意する。
「はいはい。ちょっと待ってて、もう出来てるから」
一緒に暮らし始めてから、アレシアはエルシオの姉、いや、母のようだった。面倒見のいいアレシアにはピッタリで、しっくりくる立場。
ただの友達だった2人だが、暫く一緒に暮らしていくうちに家族のようになった。
元々、性格が大人しくしっかりした女の子と、騒がしくちゃらんぽらんな女の子だったため、少し年上だったアレシアが、エルシオのお世話をする構図が自然に出来上がっていた。
エルシオもエルシオで、母のように家事をしてくれるアレシアには感謝をしているし、お手伝いを進んですることも多々ある。
「ちょっと! エルシオ! オゴーメに塩をかけるのはいいけどそれは砂糖! あと、私のにもかけてくれてエルシオが優しいのはわかったけど、それ砂糖だから!!」
ただ、結果的に有難迷惑になってしまうことが多いのも事実ではある。
「甘くてまずいのです~!!」
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「とうっ! やー!」
「また戦いごっこしてるの?」
食後すぐに始まったエルシオの日課。それは戦闘力を向上させるための稽古のようなものだ。エフィルロの仕事の手伝いまでにはまだ少し時間がある。
「戦いごっこじゃないのです!!! アレシアは弱いので、私が助けなければならないのです!」
アレシアは非力で、家事が出来たとしても運動がまるでダメだった。一方エルシオのほうは、家事はめっぽうダメだが、運動能力は高かった。
エルシオは、強くなれるよう努力していた、アレシアを守るために。
「わ、私だって少しは強いんだから! でも、もしもの時は頼んだよ」
「任せるのです!」と元気よく頷き、返事をするエルシオ。自分は不器用でちゃらんぽらんだから、家事なんて出来ない。そう判断したエルシオは、アレシアを守るために全力を尽くした。魔法もまるでダメだったエルシオに残された戦闘方法は、武器を使った近接での戦闘のみだった。だからエルシオは毎日、アレシアが家事をする中、外で木の棒を振り回した。
「もうこんな時間!! はやくエフィルロの所に行くわよ!」
「そうだったのです! 早く行かないと!」
木で建てられた、一軒家と言うよりも、小屋と表現した方がしっくりくるような2人の家を後にして、エフィルロの元へ向かう。
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「こらこら。また遅刻?」
「ち、違うのです。アレシアがご飯をなかなか食べないから……」
「それは砂糖がかかってたからでしょ!? それに、遅れたのはエルシオが戦いごっこしてたからじゃない!!」
ゲートの前で待っていたエフィルロは、遅れてきた天使2人に説教をする。これは日常茶飯事で、遅れた理由を押し付け合うのも、もはや決まり事のようなものだった。
「じゃあ、今日もお仕事がんばろう!」
そう掛け声をしたエフィルロに続くように、エルシオとアレシアはゲートに飛び込んでいった。
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人間界に着いた天使たちは、仕事内容について確認する。
「今日は何人くらい?」
アレシアはエフィルロに問う。
「今日も今日とてターゲットは多いはね。あなたたちのアイボーンにもターゲットの詳細を送っておいたわ」
「了解なのです!」
「今度は砂糖かけないでね?」
「そ、そんなことしないのです!!!」
揶揄うアレシアに対して、必死に対抗しているエルシオ。それを見ながら、クスクスと笑うエフィルロ。
エフィルロの仕事がある日には、いつもこうして、3人で人間界に行き仕事を全うしている。様々な場所をまわり、アイボーンに表示された人間を見つけては、粉を決まった量かけていく。そんな作業をしていくうちに、朝だったはずが、いつの間にか夕方になっていた。
「終わったのです~!」
本日のターゲット全員に粉をかけ終わった天使たちは、天界に帰ろうとゲートを開く。
「ちょっと待って! 」
そう、エフィルロを呼び止めたアレシアは、カメラを空に向け構えている。
「綺麗な夕日ね〜」
「私も写るのです!」
「じゃあエルシオ、そこに立って」
綺麗な夕日と共に映されたエルシオは、満足気に微笑んでいる。綺麗に撮れたとアレシアも満足し、開かれたゲートに順番に飛び込んだ。
疲れ果てた2人は、家に帰ると夜ご飯を食べ、お風呂に入り、寝床につく。それが2人の1日。幸せな日常だった。そんな日々が、ずっと続くものなのだと、そう思っていた。
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「ちょっと買出しに行かない??」
「行く行く! 行くのです!」
2人は、商店街へ買い物へ行くことにした。ゲートを使って、商店街へとむかう。商店街は人間界のそれと似ていて、様々な店が立ち並んでいる。飲食店や、衣服店。そんな商店街を目にするや否やエルシオは感想を述べる。
「やっぱり今日は多いですね……」
そこは、沢山の天使たちで溢れていた。
「セールの日なんてそんなもんよ! 行くわよ。」
エルシオたちは比較的天界の田舎の方にある、ハクシュウ村に住んでいるため、コハクリア、つまり都会まで行くためには基本ゲートを使う。この商店街も都会にあり、ゲートを使うのがベスト。
エフィルロの家もハクシュウ村にあるため、そこへは徒歩で行くことが出来るのだが、この商店街は別だ。
「とりあえず、オゴーメは沢山買っておくわよ!」
「このフルーツも沢山欲しいのです!」
買い物にはたまにしか行かず、1度に多く買っておく必要があった。常日頃から財布の中身と相談するこの生活において、臨時で開催されるセールの時に買い物を済ませ出費を抑えることは、生きていく上でとても重要なことだった。
その日も沢山の買い物をしてお店を出ると、アレシアは「帰ろう」とエルシオに告げる、しかし、エルシオはもぞもぞしながら1つのお店を指差した。
「あそこに行きたいのです」
エルシオが指を指した先は、何やら怪しげな店。看板には、剣や弓、魔法に関する用具などが描いてある。そこは、間違いなく武器のお店だった。
武器のお店など、これまで行ったこともなかったアレシアは戸惑いつつも、エルシオの好奇心に溢れた目を見て渋々承諾する。
武器のお店に向かう間、アレシアは薄々感じ取っていたエルシオの気持ちを再度確認する。
「天界騎士に……なるの?」
天界騎士。その過酷さは、たまに耳にする訃報で断片的ではあるもののアレシアは知っていた。天界騎士はその名の通り、天界の騎士のことである。基本的に翼での飛行とゲートが移動手段のため、馬には乗ってはいないが、武器を持ち、死神と戦う。
天界騎士の仕事は死神を倒すことだ。基本、死神から天使を守るため、天界には結界が張ってある。しかし、星域などの、天界から少し離れた場所には、結界を張ることが出来ていない。
つまり、死神が入ることができるのだ。
たまに、天界に結界を壊して入ってくる死神がいることもあり、天使を襲う死神の存在が天使たちの脅威であることに間違いはなかった。そこで、死神から天使を守るために、それぞれの場所に配属された死神と戦うことに特化した天使。それを天界騎士というのだ。
その集まりを、天界では天界騎士団と呼ぶ。
死神と闘う。それはすなわち、常に死と隣り合わせだということ。決して簡単なことではない。
「はい。天界騎士に……なりたいのです」
オドオドと答えるエルシオ。それを聞いたアレシアは「やっぱりね」と、一息つく。
「そっか。じゃあ武器が必要ね!」
アレシアの返事を聞いたエルシオはその場で立ち止まり、アレシアの方へ振り返る。
「止めないのですか? 天界騎士なんてやめろと言わないのですか?」
アレシアは顎に手を当て空を見ながら、少し考えるような態度をとった後、エルシオの方を向き口を開く。
「止めないよ。エルシオがやりたいことを私は応援したい。そりゃあ危険な仕事だと思うけど、エルシオならやれるよ!」
エルシオは笑顔を見せた。声を出さずとも、その笑顔からはエルシオの歓喜が伝わる。
アレシアとエルシオは、武器屋の前で立ち止まった。初めての武器屋は新鮮であり好奇心もあるが、不安な方がはるかに大きい。
意を決して、恐る恐る店のドアを開ける。店に入ると、読んでいた新聞から目をあげた男の天使が、鋭い目つきでこちらを睨んだ。
目を細めるようにして、武器屋には似合わない少女2人の様子を伺っている。
「……いらっしゃい」
素っ気ない声でそう告げた店主は、先程まで見ていた新聞のページをめくり始めた。
店内には高くて長い棚がいくつも平行に立てられ、そこに武器が大量に並んでいる。その棚の間を縫うようにして進んでいくような造りだ。
棚が高いため、店内は薄暗い。オレンジ色の照明に様々な武器が照らされ、キラキラと輝いている。
「なんか怖いね」
不安を通り越して恐怖までもを感じていたアレシアを置き去りに、エルシオはグングンと奥へ進んでいく。
そんな中、アレシアは手に持った財布の中身と、武器の値札を交互に見つめる。当たり前だが、野菜や衣服とは値段の桁が違う。しばらくは、今よりも節約しなければいけないと悟りつつ、エフィルロに対して、給料の相談を持ちかけることまで頭では考えが巡っていた。
それでも、天界騎士団を目指しているのであればいつまでも木の棒というわけにはいかない。
「うわー! すごい! この剣すごいのです! アレシア!」
緊張していたアレシアも、エルシオの健気さを見ると頬が緩む。いつもの戦いごっこはエルシオにとって、死神との闘いの練習だったのだ。
遊びなんかじゃない。そんな気迫が伝わってくるようになったのは、最近のことじゃなかった。ただ気迫があるだけではない。運動神経は元々良かったが、毎日の練習を見ていれば分かる、明らかに戦闘能力に特化している。
その理由をアレシアは知っていた。以前、まだ孤児院にいた頃の話だ。1度だけ耳にした、エルシオの両親の話。エルシオの両親は、天界騎士団だった。その血を引いているのであれば、その異常な戦闘能力にも納得がいく。
「エルシオなら立派な天界騎士になれるよ」
「そうなのです! 私は強いので! でも、アレシアを守るのが最優先なのです!」
エルシオの無邪気な笑顔と優しさを受け取ったアレシア。少しばかり潤った瞳を見せるべからずと、下を向く。
「ありがとね」
そう、エルシオに聞こえないようにアレシアは感謝を述べる。それに気が付かないエルシオは、奥にある武器に目が止まり、走ってそこへ向かっていった。
「これは、なんていう武器なのですか?」
先ほどまでの冷たい目から打って変わり、店主と思われる男は目を光らせ興奮気味に答える。
「嬢ちゃん変なのに目ぇつけたね。そいつの名前は知らねえ。どこで作られたかも誰が作ったのかもわからねえ。だから、価値があるかさえわからねえんだ。2本でセットの双剣ってやつだ。ボロボロで誰も手にとらねえ」
店主の言うとおり、アレシアにはエルシオがその武器の何に惹かれているのかがさっぱりだった。他にもっと、キラキラした強そうな武器があるのに、ボロボロですぐに折れてしまいそうなその2本の短剣の何が良いのだろうか。
「もっとカッコイイのあるわよ! あっちのとか!」
安価であればあるほどこちらとしては助かるが、初めての剣だ。良いものを買ってあげたいという気持ちはある。
武器について、まったくと言っていいほど知識が無いアレシアでも、その双剣のオンボロさと安っぽさは目に余る。
他の武器を指差してエルシオの興味を惹こうとするも、エルシオはその双剣に釘付けになり、離れようとしない。
きっと、エルシオは財布の中身を気にしてその剣を選んでいる訳では無い。顔を見る限り、心の底からそのボロボロの双剣を気に入っている。
「これ、おいくらなのですか?」
「もってけ。ここにあったっていつまで経っても売れやしねえ。それに、嬢ちゃんは大物になりそうだからな」
「良いのですか!? やったぁ!!」
男の気前の良さに、もちろん喜びもあるが、アレシアは流石に申し訳ない気持ちになる。
「いいんですかそんな……」
「あぁ。大事に使えよ」
「ありがとうございます!!」
肌身離さず双剣を抱えるエルシオと、大量の食料が入った袋を手に下げているアレシアはゲートを開く。
「本当にその剣でよかったの?」
「これがいいのです! この剣が、私を呼んでいる気がしたのです」
何やらよくわからないことを口にしているエルシオにアレシアは呆れつつも、その後悔の無い満足そうな表情を見て安堵する。
「それならよかった」
アレシアは微笑みをエルシオに向ける。幸せそうなエルシオを見ることが、アレシアにとって1番の幸せだった。
帰るやいなや、貰った武器をふりまわしているエルシオの姿を遠目に見ながら、アレシアはお昼ご飯の支度を始める。エルシオを見ていると、やはりしっかりと練習しているのが分かる。本当にそこに死神がいるような動きで、剣を振るう。
お昼ご飯を食べた後も、エルシオは外へと走っていった。貰ったばかりの短剣2本を抱えながら。
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練習を終えて戻ってきたエルシオは目をキラキラさせながらアレシアに近づく。
「武器を一旦消滅させて、戦う時になったら出すことが出来る魔法を習得したのです! ほら! ほら!」
武器がキラキラと消滅し、そしてまた現れる。そんな魔法をエルシオに見せつけられたアレシアは、「すごいねえ」と、棒読みで返事をする。
「真面目に聞くのですっ!!」
「頑張ってね」
エルシオに頬を膨らました顔で怒られた後、直ぐに真面目な顔になりアレシアはエルシオにそう言った。少し間が空き、姿勢を正したエルシオは同じく真面目な顔で口を開く。
「はい。頑張るのです! 天界騎士になって、死神から天使を守るのです!!」
明日はエフィルロのお手伝いがあるという連絡を受け、早めに寝ようと電気を消す。暗くなった部屋で、平行に隣り合わせで並べられたベッドにそれぞれ横たわる。
「今日。エルシオが嬉しそうな写真いっぱい撮れたよ」
「今日は武器が貰えて嬉しかったのです! その写真の題名は初めての武器。ですね」
「そうね」そう微笑しながら応えると、スヤスヤとエルシオの寝息が聞こえ出す。
「疲れちゃったのね、おやすみ」
こうしてまた、ふたりの幸せな1日が幕を閉じた。闇の中で、星の光に照らされた2本の剣は、お店の中で見たそれとは打って変わって、キラキラと輝いている。
まるで、星域の星々のように。
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「今日も仕事よー!!!!」
どこか楽しそうにそう叫んだエフィルロに続き「おー!」と、掛け声をあげるエルシオとアレシア。
いつもと同じように、ゲートに飛び込んだ3人は仕事をコツコツとこなしていく。
「あと1人ね……行くわよ!」
エフィルロの声を聞き、まだあるのかと弱音を吐きながらゆらゆらと歩くエルシオ。その横で、まだ元気そうなアレシアは活気に溢れている。
「アレシア、何でそんなに元気なのですか? 今日はたくさん歩いて疲れたのです」
「いいじゃないの。人間を幸せにしてあげられるのよ? これは、私たちにしかできない仕事なの」
そう、ポニーテールを揺らしながら語ったアレシアは、エフィルロに次のターゲットを聞くなり、その方向へグングンと進んでいく。
「エルシオ! 歩くの遅いわよ!?」
まるで亀並みのスピードでダラダラと歩くエルシオを見て、エフィルロは急かした。
「もう疲れたのです〜。でも、人間に幸せを配るためなんですよね」
張り切り腕をまくるエルシオを見て、アレシアは笑みをこぼす。
「そう! 頑張りましょう!」
大きな壺を背負いながら振り返ることなく答えたエフィルロ。
「次はここね」
目的地を見つけ、目を輝かせたアレシアは、受け取っていた粉を持って中へ入っていく。そこは古びた一軒家。瓦の屋根をした、比較的小さな家だ。中には、膝を抱えて蹲る1人の少年がいた。
その前にある棚には、母親だろうか、 女性の写真が飾られている。
アレシアは、ターゲットの写真と屋内にいた少年とを交互に見て「よし」と頷くと、少年に持っていた粉をかけていく。そして、いつものようにアレシアは呟いた。
「あなたに、幸福が訪れますように」
少年は、全ての粉がかけられた後、下を向いていた顔を上げて目の前の写真を見つめる。そして、どこか寂しげな表情を見せた後、何かを振り切ったように立ち上がった。
「幸せになってね」
アレシアは、少年にそう言って微笑みかけた。
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「終わったのです! 帰ってご飯なのです!」
仕事が終わり、すっかり元気になったエルシオは、歓喜のあまり踊り出す。
「アレシア、毎回なぜ粉をかける前に人間に幸福が訪れるように願うのですか? 粉をかけたのだから、幸福になるに決まっているのです」
踊りながら疑問を投げかけたエルシオへ、アレシアは答える。
「たしかに粉は幸せを呼ぶ。だから幸せになる。でもそれは粉の力。私は、私の祈りを、人間にかけるの」
理解ができていないのか、エルシオは首を傾げ、不思議そうにアレシアを見つめる。
「私の幸せになってほしいという想いをかけてあげるの。魔法みたいなものね。そしたらもっと、幸せが訪れるかもしれないでしょ? 幸せになってもらうことが、私の幸せなの」
「ふーん、なんとなくわかったのです」
きっとまだよくわかってはいないであろうエルシオは、相変わらず踊りながら首を傾げ移動している。そんなエルシオの動きを、エフィルロは両手で押さえ、ゲートを開いた。
「じゃあ、帰ろうか」
エフィルロの合図とともに現れたゲートの中へ、3人の天使は消えた。
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天界に戻り、エフィルロと別れた2人は、歩いて自分たちの家まで帰っていく。すっかり夜になってしまった帰り道、2人はいつものように他愛のない会話をしていた。
「今日も武器を使う相手は現れなかったのです」
「そんなの、現れないに越したことないわよ」
そんなフラグを立てる中、目の前に黒い固まりが現れ、こちらに向かってくるのが見えた。
「あれは……なんで、いくら何でもフラグ回収が早すぎ……って、逃げるわよ! エルシオ!」
「え、あ、はい!!」
死神だ。結界が貼られているこの天界で、死神が現れることなどありえない。可能性があるとすれば、結界が壊されたとしか考えられない。
2人は今まで歩いてきた道を全速力で走る中、途中で羽を生やし宙に浮く。そして、さっきの倍以上のスピードで空をかける。
「知能の低い死神でも空を飛べるのですね!」
「うそでしょ!?」
空を飛びながらひたすら逃げるふたり。その後ろを、知能の低い死神が追ってくる。段々と距離を縮めてくる死神。ここまで来たら手段は1つだけ。
「アレシアは先に行くのです」
「い、いやちょっと待って……!」
急ブレーキがかかったように、ピタリと止まり後ろを振り向くエルシオ。スピードに乗っていたアレシアはなかなか止まることができない。やっとのことで止まったアレシアも、死神とエルシオの方向へ目を向ける。
そこで見たのは、双剣を両手持った1人の天使。その姿はまるで、天界騎士。
死神はそんなエルシオと対峙し、今にも襲い掛かろうとしている。
アレシアの脳裏に、まだ幼かった頃の記憶が蘇る。ぼんやりとだが、たしかにその記憶はあった。
「お母……さん……」
目の前の天使と、自分の母親が重なる。死神に殺された母親の姿と。アレシアの母親は、天界に侵入した死神に殺された。そして、身寄りの無いアレシアは孤児院に入った。母親を失ったアレシアの心には、ぽっかりと穴が空いていた。
そんなアレシアの心を埋めたのが、同じ孤児院に居たエルシオだった。
「待って…… お願い、私を1人にしないで。エルシオまでいなくなったら……私は」
遠くの方で、黒い物体が消滅していく姿が見える。すぐにわかった。エルシオが死神を撃退したのだ。
エルシオはアレシアの方を振り向き、ニコッと微笑んだ後、真面目な顔でこう答える。
「アレシア。私は強くなったのです。そりゃあ、もっと強い死神にはまだまだ歯が立たないかもですけど……私は死なない! おばあちゃんになるまで、アレシアと一緒にいるのです! これからもっともっと強くなって、どんな死神も倒せるようになるのです! 天界騎士になって、みんなを守るのです!! 」
エルシオは涙を流すアレシアに抱きつき、続ける。
「私の両親や、アレシアのお母さんのような天使たちを、これ以上増やさないために。そしてアレシアを守るために、私は天界騎士になるのです」
そう言い放つエルシオの目は潤んでいる。それでも、クシャッとした笑顔をアレシアに向けていた。
エルシオのやりたいことを応援したい。そうは言ったものの、アレシアの本心は不安で満たされていた。エルシオのことが、心配で心配で仕方なかった。
エルシオの両親と同じ道を辿ってしまうのではないか、母のように、大好きなエルシオが、自分の元から姿を消していまうのではないか、と。そんなことをエルシオに知られたら、エルシオのやりたいことを妨げてしまうかもしれない。だが、これまで隠していた思いは、エルシオにはお見通しだった。
「全部知ってたんだね……ごめんね」
ゆっくりとアレシアに近づいたエルシオは、アレシアの手を握るとこう答える。
「アレシアが謝ることないのです! 心配されて嫌になることなんてないので。でも、私は天界騎士になる。私は、そのために生まれてきたのです」
エルシオの言葉には説得力があった。エフィルロが以前言っていたことを思いだす。「エルシオは天才だ」と。
その年では考えられない身体能力と戦闘能力。死神と対峙していなくてもわかる、普段から垣間見える、天界騎士団特有のオーラ。エルシオに流れる血は、それを隠しきれていなかった。
ずっとそばで見てきたアレシアはわかっていた。エルシオは、天界騎士になるべくして生まれてきたと。そして、エルシオ自身も、それに気がついている。
今一瞬で死神を片付けたのが、何よりの証拠だ。
今までずっと一緒だったアレシアには、エルシオがどれだけ本気か、悩んだか、努力したかが伝わってくる。胸に刻んだ決意を聞いたアレシアに、それを否定するつもりはない。
「わかった。でも約束。私の側から、離れないでね」
「もちろんなのです!」
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それから暫くしてエルシオは、天界騎士団に誘われた。破られた結界から侵入した死神を追っていた天界騎士団の一員が、地上から死神とエルシオの空中戦を見ていたことで、エルシオの戦闘能力が買われたのだろう。そんな機会が無くても、時間の問題ではあったはずだ。
エルシオの戦闘能力が親譲りで桁違いで高かったということ。二刀流という、特殊な戦い方をするということ。最近結界が弱まっており、その補修と侵入した死神の対処で、人手が足りなくなっていると言うこと。
それらの理由と共に、エルシオはまだ子供ながら天界騎士団に所属することになった。
それから、エルシオとアレシアの生活はガラッと変わった。エフィルロの手伝いをする仕事は、アレシアが1人で行うことになり、その間エルシオは、天界騎士団として活躍していた。一緒にいることは少なくなったものの、2人で住んでいることには変わりなく、幸せに暮らしていた。
だが、エフィルロと3人で人間界に行き仕事をすることは、もう無かった。
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エルシオが天界騎士団に入ってから、かれこれ1年ほど経った頃。結界の修復作業も無事終わり、天界に入ってきた死神もほとんど駆除することが出来ていた。ただ、結界を破れるような知能の高い死神は、まだ見つかっていない。
それだけが、天界騎士団にとっての気掛かりだった。
アレシアは今までと同じように、エフィルロの手伝いや、家事をする生活を続けていた。
「ただいまなのです!」
「おかえりエルシオー! ご飯出来てるよ」
エルシオが帰ってきてふたりが揃ったら、2人でご飯を食べるのはいつものことだ。
「今日ね、エフィルロと一緒に仕事してたら、すごく綺麗な花を見つけたの」
そう言いながら、アレシアはカメラをエルシオに見せつける。
「綺麗な花なのです〜」
カメラに映された、ピンク色の綺麗な花。そんな花を興味深々な態度で見つめるエルシオ。
「今度は、エルシオも一緒に見に行こうね! 約束!」
「はい! 約束なのです!」
幸せな毎日を笑いながら過ごせる時間が、とても愛おしくて。幸せを共有できるふたりは、目の前のご飯のように暖かい。
もはや家族なのだろう。ずっと2人で暮らし、共に楽しみ、共に泣き、共に生きる。例え血が繋がっていなくても、家族と同じ、いや、家族以上の繋がりがあると言っても、過言ではない。
そんな2人は、目の前のご飯をぺろりと平らげた。その後、共に見ようと約束した花の写真を思い出し、布団の中でにやけるエルシオは、隣で寝ているアレシアの寝息を聴き、一緒にいられる幸せを噛み締めた。そして、安心したように眠ったのだった。
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ある日の夕方。いつもどおり、天界騎士団の仕事へ向かったエルシオ。今日は仕事が休みのため、アレシアは家で家事をして、ゴロゴロしていた。
そろそろ晩御飯を作って、エルシオの帰りを待とうと、台所で支度をしていた時だった。
「あ、あなたたちは誰?」
突然部屋の中に現れたゲート。そこから、2人の男が現れた。
「あれぇ、二刀流の天使はどこぉお」
「天界騎士の方かしら?」
「違う違う、死神ですよ」
「死神……でも姿が」
いきなりゲートから家の中に入り混んできたこの状況と明らかに天使とは違う風格から、天界騎士ではないと察してはいたが、目の前の2人は、人間のように両手両足が揃っており、今まで見てきた死神とは違う。
「体……あぁ、俺たちは少しばかり頭が良い死神なんだよ。そうですよね?」
「あぁ」と応えるもう1人の死神。見たところ、はじめにアレシアの所在を聞いてきた奴の方が立場が上で間違いないだろう。
2人で話す時の言葉遣いでもわかるが、それ以上に、圧倒的風格。黒い。とにかく黒い。今まで見てきた知能の低い死神は、ただ黒い塊のようで、目の前の立場の低い死神は、人間のようだ。だが、こいつは違う。黒い。そんな一言では表せないほどのどす黒い負のオーラを、服とは別に身に纏っているようだ。エルシオが天界騎士のオーラを纏っているとすれば、こいつは死神のオーラを纏っている。
「それでぇえ。 二刀流の天使はどこぉお? あいつは放っておけないんだよ。ガキのうちに潰しておかないとさあ」
そんな死神が放ったその声。背筋がゾッとする。殺される。そんな恐怖だけがアレシアを襲う。だが、アレシアは死神を睨んだまま答えない。答えたくない。エルシオのことを易々と話す訳にはいかない。そんなのは当たり前だ。 だが、無言の理由はそれだけではない。
口が開かない。やっとの事で開いた口だが、喉から声が出ない。怖い。目の前にいるだけなのに、まるで四方八方から何かで押さえつけられているかのように体がかたまり、何か重りを付けられているかのように体が重い。
黒い死神は、腰につけていた剣を手に取ると、その悍ましい口を開いた。
「ねぇえ。教えてくれないのぉお?」
「ゔぅ……」
大きな手で、アレシアの白い長髪を掴み、高い身長を生かし上に引き上げる黒い死神。苦しみつつも、死神を睨むこととうめき声をあげることしかできないアレシアに、黒い死神は眉を寄せる。
鈍い音と共に、アレシアの腹部あたりに剣が刺さる。
「うぐっ……はぁ、はぁ……」
「これでも何も言いませんかねぇえ?」
「馬鹿なんですかねぇえ。 居場所を言えば楽に死ねるのにぃい?」
黒い死神は、アレシアの耳元で、今までとは変わった低い声で囁く。
「もう一度だけ聞こうか。二刀流の天使はどこだ」
今までがおふざけだったのか。それとも、今怒りが最高潮にたちしているのか。口調が変わった。どちらにしても、これまでの恐怖とは一変している。
奇怪的な恐怖から、脅威的な恐怖に変わる。口から吐いた血で、床が赤に染まる。それを見たアレシアは、ここで、終わりを迎えると感じた。苦しい。死にたくない。まだやりたいことが沢山ある。死ねない。まだ約束がある。
ーーーーーー花を一緒に見るんだ。
ーーーーーーご飯も作らなきゃ……エルシオが帰ってくるから。エルシオが……
頭の中で、蘇るエルシオとの思い出。これが走馬灯なのだろうか。楽しかった。辛かった。泣いた。怒った。嫌いになった。好きになった。一緒に泣いた。一緒に喜びを分かち合った。
ーーーーーーもう、会えない……の?
ふと、あの時を思い出す。
『これから、もっともっと強くなって……どんな死神でも倒せるようになるのです!!』
全身から力が抜ける。強ばっていた頬からも力が抜け、少しばかり微笑む。喉が緊張から解き放たれる。声が出る。痛みなんかとうの昔に忘れてしまった。腹部に刺さった剣など今はどうでもいい。痛いのは心だけ。
「ま……待ってなさい……」
ーーーーーーごめんね。おばあちゃんになるまで、一緒に居られないや。
「あ?」
部屋の壁に叩きつけられ、何かが折れる音がする。それが家の柱だとしても、体の一部だとしても、もうアレシアには関係のないことだ。最後には、言いたいことを、言えるだけ。
口に溜まった血を地面に吐き、目の前のふたりの死神を睨んだ後、最後の力を振り絞る。
「待ってなさい……あなたたちなんて」
ーーーーーーごめんね。いなくならないでって、私がお願いしたのに。
「私の親友が、これから、お前たち死神を、ひとり残らず殺せるような……1番の天界騎士になるわ」
目の前の死神たちがニヤけているのが目に映る。馬鹿にしているのだろう。関係ない。今に見てろ。
呼吸ができなくなってきた。腹部が熱い。視界もぼやけきている。
「何ですかぁ? 今更祈っても意味なんてないよお?」
最後の力を振り絞り、両手を合わせ魔法を唱えた。
ーーーーーーエルシオ、気づいてくれるかな……
机の上に置いてあるカメラが、少し光る。それに、死神たちは気づかない。
「大口叩いたと思えばぁ、あなたの唱えられる魔法になんて限界があるでしょうにぃ ……まぁいいやぁ。居場所を教えてくれないならぁあ。それでいいよぉ」
黒い死神は、手に持った剣をアレシアに向かって振り下ろす。
ーーーーーー今までありがとね、エルシオ。
心の中でそう呟くと、心臓は鼓動を打つのをやめ、肺は呼吸を失った。
たったひとりの親友に、全ての希望を託して。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「エルシオー! 今日はエフィルロの仕事について行く日よ! 早く支度をして!」
そう叫んだのは、寝巻きを着た天使、アレシアだ。
白色の長い髪の毛を頭の後ろでまとめてポニーテールを作りながら、まだ寝ているもう1人の天使に向かって叫んでいる。
目を擦りながら、ゆっくりと体を起こしたもう1人の天使エルシオは、ぐるりと周りを見渡し、太陽の位置が変わることによって動く、時計のようなものを見て余裕を感じ、2度寝しようと体を横にする。
「こら! 早起きは大事なの!」
「まだ眠いのです。 時間があるなら寝させてくださいなのです」
「もう~私は楽しみでしょうがないの! 先に支度してるからね!」
エルシオのことは放っておき、寝巻きを脱ぎ捨て、まるで魔法使いのような格好に着替えたアレシアは朝ごはんを作り始めた。
エルシオとアレシアに両親はいない。孤児院で出会ったは2人は、決して裕福ではない暮らしをしていた。
お金がほとんど無い子供ふたりの生活で途方に暮れていた時、エフィルロから声をかけられた。
「幸せを人間に与えるという仕事のお手伝いをしてくれないか、報酬もある」という内容で、断る理由など無く、エルシオとアレシアの2人で、エフィルロの助手のような立場で仕事をしていた。
「はぁぁ~、よく眠れたのです」
欠伸をしながら、エルシオは食卓へ向かう。
「ご飯はどこなのですか! アレシア、ご飯が欲しいのです!」
まだ目もろくに開いていないエルシオはそう言って、食卓の椅子に腰掛けた。
アレシアは花に水をやるのを中断し、エルシオの朝ごはんを用意する。
「はいはい。ちょっと待ってて、もう出来てるから」
一緒に暮らし始めてから、アレシアはエルシオの姉、いや、母のようだった。面倒見のいいアレシアにはピッタリで、しっくりくる立場。
ただの友達だった2人だが、暫く一緒に暮らしていくうちに家族のようになった。
元々、性格が大人しくしっかりした女の子と、騒がしくちゃらんぽらんな女の子だったため、少し年上だったアレシアが、エルシオのお世話をする構図が自然に出来上がっていた。
エルシオもエルシオで、母のように家事をしてくれるアレシアには感謝をしているし、お手伝いを進んですることも多々ある。
「ちょっと! エルシオ! オゴーメに塩をかけるのはいいけどそれは砂糖! あと、私のにもかけてくれてエルシオが優しいのはわかったけど、それ砂糖だから!!」
ただ、結果的に有難迷惑になってしまうことが多いのも事実ではある。
「甘くてまずいのです~!!」
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「とうっ! やー!」
「また戦いごっこしてるの?」
食後すぐに始まったエルシオの日課。それは戦闘力を向上させるための稽古のようなものだ。エフィルロの仕事の手伝いまでにはまだ少し時間がある。
「戦いごっこじゃないのです!!! アレシアは弱いので、私が助けなければならないのです!」
アレシアは非力で、家事が出来たとしても運動がまるでダメだった。一方エルシオのほうは、家事はめっぽうダメだが、運動能力は高かった。
エルシオは、強くなれるよう努力していた、アレシアを守るために。
「わ、私だって少しは強いんだから! でも、もしもの時は頼んだよ」
「任せるのです!」と元気よく頷き、返事をするエルシオ。自分は不器用でちゃらんぽらんだから、家事なんて出来ない。そう判断したエルシオは、アレシアを守るために全力を尽くした。魔法もまるでダメだったエルシオに残された戦闘方法は、武器を使った近接での戦闘のみだった。だからエルシオは毎日、アレシアが家事をする中、外で木の棒を振り回した。
「もうこんな時間!! はやくエフィルロの所に行くわよ!」
「そうだったのです! 早く行かないと!」
木で建てられた、一軒家と言うよりも、小屋と表現した方がしっくりくるような2人の家を後にして、エフィルロの元へ向かう。
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「こらこら。また遅刻?」
「ち、違うのです。アレシアがご飯をなかなか食べないから……」
「それは砂糖がかかってたからでしょ!? それに、遅れたのはエルシオが戦いごっこしてたからじゃない!!」
ゲートの前で待っていたエフィルロは、遅れてきた天使2人に説教をする。これは日常茶飯事で、遅れた理由を押し付け合うのも、もはや決まり事のようなものだった。
「じゃあ、今日もお仕事がんばろう!」
そう掛け声をしたエフィルロに続くように、エルシオとアレシアはゲートに飛び込んでいった。
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人間界に着いた天使たちは、仕事内容について確認する。
「今日は何人くらい?」
アレシアはエフィルロに問う。
「今日も今日とてターゲットは多いはね。あなたたちのアイボーンにもターゲットの詳細を送っておいたわ」
「了解なのです!」
「今度は砂糖かけないでね?」
「そ、そんなことしないのです!!!」
揶揄うアレシアに対して、必死に対抗しているエルシオ。それを見ながら、クスクスと笑うエフィルロ。
エフィルロの仕事がある日には、いつもこうして、3人で人間界に行き仕事を全うしている。様々な場所をまわり、アイボーンに表示された人間を見つけては、粉を決まった量かけていく。そんな作業をしていくうちに、朝だったはずが、いつの間にか夕方になっていた。
「終わったのです~!」
本日のターゲット全員に粉をかけ終わった天使たちは、天界に帰ろうとゲートを開く。
「ちょっと待って! 」
そう、エフィルロを呼び止めたアレシアは、カメラを空に向け構えている。
「綺麗な夕日ね〜」
「私も写るのです!」
「じゃあエルシオ、そこに立って」
綺麗な夕日と共に映されたエルシオは、満足気に微笑んでいる。綺麗に撮れたとアレシアも満足し、開かれたゲートに順番に飛び込んだ。
疲れ果てた2人は、家に帰ると夜ご飯を食べ、お風呂に入り、寝床につく。それが2人の1日。幸せな日常だった。そんな日々が、ずっと続くものなのだと、そう思っていた。
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「ちょっと買出しに行かない??」
「行く行く! 行くのです!」
2人は、商店街へ買い物へ行くことにした。ゲートを使って、商店街へとむかう。商店街は人間界のそれと似ていて、様々な店が立ち並んでいる。飲食店や、衣服店。そんな商店街を目にするや否やエルシオは感想を述べる。
「やっぱり今日は多いですね……」
そこは、沢山の天使たちで溢れていた。
「セールの日なんてそんなもんよ! 行くわよ。」
エルシオたちは比較的天界の田舎の方にある、ハクシュウ村に住んでいるため、コハクリア、つまり都会まで行くためには基本ゲートを使う。この商店街も都会にあり、ゲートを使うのがベスト。
エフィルロの家もハクシュウ村にあるため、そこへは徒歩で行くことが出来るのだが、この商店街は別だ。
「とりあえず、オゴーメは沢山買っておくわよ!」
「このフルーツも沢山欲しいのです!」
買い物にはたまにしか行かず、1度に多く買っておく必要があった。常日頃から財布の中身と相談するこの生活において、臨時で開催されるセールの時に買い物を済ませ出費を抑えることは、生きていく上でとても重要なことだった。
その日も沢山の買い物をしてお店を出ると、アレシアは「帰ろう」とエルシオに告げる、しかし、エルシオはもぞもぞしながら1つのお店を指差した。
「あそこに行きたいのです」
エルシオが指を指した先は、何やら怪しげな店。看板には、剣や弓、魔法に関する用具などが描いてある。そこは、間違いなく武器のお店だった。
武器のお店など、これまで行ったこともなかったアレシアは戸惑いつつも、エルシオの好奇心に溢れた目を見て渋々承諾する。
武器のお店に向かう間、アレシアは薄々感じ取っていたエルシオの気持ちを再度確認する。
「天界騎士に……なるの?」
天界騎士。その過酷さは、たまに耳にする訃報で断片的ではあるもののアレシアは知っていた。天界騎士はその名の通り、天界の騎士のことである。基本的に翼での飛行とゲートが移動手段のため、馬には乗ってはいないが、武器を持ち、死神と戦う。
天界騎士の仕事は死神を倒すことだ。基本、死神から天使を守るため、天界には結界が張ってある。しかし、星域などの、天界から少し離れた場所には、結界を張ることが出来ていない。
つまり、死神が入ることができるのだ。
たまに、天界に結界を壊して入ってくる死神がいることもあり、天使を襲う死神の存在が天使たちの脅威であることに間違いはなかった。そこで、死神から天使を守るために、それぞれの場所に配属された死神と戦うことに特化した天使。それを天界騎士というのだ。
その集まりを、天界では天界騎士団と呼ぶ。
死神と闘う。それはすなわち、常に死と隣り合わせだということ。決して簡単なことではない。
「はい。天界騎士に……なりたいのです」
オドオドと答えるエルシオ。それを聞いたアレシアは「やっぱりね」と、一息つく。
「そっか。じゃあ武器が必要ね!」
アレシアの返事を聞いたエルシオはその場で立ち止まり、アレシアの方へ振り返る。
「止めないのですか? 天界騎士なんてやめろと言わないのですか?」
アレシアは顎に手を当て空を見ながら、少し考えるような態度をとった後、エルシオの方を向き口を開く。
「止めないよ。エルシオがやりたいことを私は応援したい。そりゃあ危険な仕事だと思うけど、エルシオならやれるよ!」
エルシオは笑顔を見せた。声を出さずとも、その笑顔からはエルシオの歓喜が伝わる。
アレシアとエルシオは、武器屋の前で立ち止まった。初めての武器屋は新鮮であり好奇心もあるが、不安な方がはるかに大きい。
意を決して、恐る恐る店のドアを開ける。店に入ると、読んでいた新聞から目をあげた男の天使が、鋭い目つきでこちらを睨んだ。
目を細めるようにして、武器屋には似合わない少女2人の様子を伺っている。
「……いらっしゃい」
素っ気ない声でそう告げた店主は、先程まで見ていた新聞のページをめくり始めた。
店内には高くて長い棚がいくつも平行に立てられ、そこに武器が大量に並んでいる。その棚の間を縫うようにして進んでいくような造りだ。
棚が高いため、店内は薄暗い。オレンジ色の照明に様々な武器が照らされ、キラキラと輝いている。
「なんか怖いね」
不安を通り越して恐怖までもを感じていたアレシアを置き去りに、エルシオはグングンと奥へ進んでいく。
そんな中、アレシアは手に持った財布の中身と、武器の値札を交互に見つめる。当たり前だが、野菜や衣服とは値段の桁が違う。しばらくは、今よりも節約しなければいけないと悟りつつ、エフィルロに対して、給料の相談を持ちかけることまで頭では考えが巡っていた。
それでも、天界騎士団を目指しているのであればいつまでも木の棒というわけにはいかない。
「うわー! すごい! この剣すごいのです! アレシア!」
緊張していたアレシアも、エルシオの健気さを見ると頬が緩む。いつもの戦いごっこはエルシオにとって、死神との闘いの練習だったのだ。
遊びなんかじゃない。そんな気迫が伝わってくるようになったのは、最近のことじゃなかった。ただ気迫があるだけではない。運動神経は元々良かったが、毎日の練習を見ていれば分かる、明らかに戦闘能力に特化している。
その理由をアレシアは知っていた。以前、まだ孤児院にいた頃の話だ。1度だけ耳にした、エルシオの両親の話。エルシオの両親は、天界騎士団だった。その血を引いているのであれば、その異常な戦闘能力にも納得がいく。
「エルシオなら立派な天界騎士になれるよ」
「そうなのです! 私は強いので! でも、アレシアを守るのが最優先なのです!」
エルシオの無邪気な笑顔と優しさを受け取ったアレシア。少しばかり潤った瞳を見せるべからずと、下を向く。
「ありがとね」
そう、エルシオに聞こえないようにアレシアは感謝を述べる。それに気が付かないエルシオは、奥にある武器に目が止まり、走ってそこへ向かっていった。
「これは、なんていう武器なのですか?」
先ほどまでの冷たい目から打って変わり、店主と思われる男は目を光らせ興奮気味に答える。
「嬢ちゃん変なのに目ぇつけたね。そいつの名前は知らねえ。どこで作られたかも誰が作ったのかもわからねえ。だから、価値があるかさえわからねえんだ。2本でセットの双剣ってやつだ。ボロボロで誰も手にとらねえ」
店主の言うとおり、アレシアにはエルシオがその武器の何に惹かれているのかがさっぱりだった。他にもっと、キラキラした強そうな武器があるのに、ボロボロですぐに折れてしまいそうなその2本の短剣の何が良いのだろうか。
「もっとカッコイイのあるわよ! あっちのとか!」
安価であればあるほどこちらとしては助かるが、初めての剣だ。良いものを買ってあげたいという気持ちはある。
武器について、まったくと言っていいほど知識が無いアレシアでも、その双剣のオンボロさと安っぽさは目に余る。
他の武器を指差してエルシオの興味を惹こうとするも、エルシオはその双剣に釘付けになり、離れようとしない。
きっと、エルシオは財布の中身を気にしてその剣を選んでいる訳では無い。顔を見る限り、心の底からそのボロボロの双剣を気に入っている。
「これ、おいくらなのですか?」
「もってけ。ここにあったっていつまで経っても売れやしねえ。それに、嬢ちゃんは大物になりそうだからな」
「良いのですか!? やったぁ!!」
男の気前の良さに、もちろん喜びもあるが、アレシアは流石に申し訳ない気持ちになる。
「いいんですかそんな……」
「あぁ。大事に使えよ」
「ありがとうございます!!」
肌身離さず双剣を抱えるエルシオと、大量の食料が入った袋を手に下げているアレシアはゲートを開く。
「本当にその剣でよかったの?」
「これがいいのです! この剣が、私を呼んでいる気がしたのです」
何やらよくわからないことを口にしているエルシオにアレシアは呆れつつも、その後悔の無い満足そうな表情を見て安堵する。
「それならよかった」
アレシアは微笑みをエルシオに向ける。幸せそうなエルシオを見ることが、アレシアにとって1番の幸せだった。
帰るやいなや、貰った武器をふりまわしているエルシオの姿を遠目に見ながら、アレシアはお昼ご飯の支度を始める。エルシオを見ていると、やはりしっかりと練習しているのが分かる。本当にそこに死神がいるような動きで、剣を振るう。
お昼ご飯を食べた後も、エルシオは外へと走っていった。貰ったばかりの短剣2本を抱えながら。
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練習を終えて戻ってきたエルシオは目をキラキラさせながらアレシアに近づく。
「武器を一旦消滅させて、戦う時になったら出すことが出来る魔法を習得したのです! ほら! ほら!」
武器がキラキラと消滅し、そしてまた現れる。そんな魔法をエルシオに見せつけられたアレシアは、「すごいねえ」と、棒読みで返事をする。
「真面目に聞くのですっ!!」
「頑張ってね」
エルシオに頬を膨らました顔で怒られた後、直ぐに真面目な顔になりアレシアはエルシオにそう言った。少し間が空き、姿勢を正したエルシオは同じく真面目な顔で口を開く。
「はい。頑張るのです! 天界騎士になって、死神から天使を守るのです!!」
明日はエフィルロのお手伝いがあるという連絡を受け、早めに寝ようと電気を消す。暗くなった部屋で、平行に隣り合わせで並べられたベッドにそれぞれ横たわる。
「今日。エルシオが嬉しそうな写真いっぱい撮れたよ」
「今日は武器が貰えて嬉しかったのです! その写真の題名は初めての武器。ですね」
「そうね」そう微笑しながら応えると、スヤスヤとエルシオの寝息が聞こえ出す。
「疲れちゃったのね、おやすみ」
こうしてまた、ふたりの幸せな1日が幕を閉じた。闇の中で、星の光に照らされた2本の剣は、お店の中で見たそれとは打って変わって、キラキラと輝いている。
まるで、星域の星々のように。
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「今日も仕事よー!!!!」
どこか楽しそうにそう叫んだエフィルロに続き「おー!」と、掛け声をあげるエルシオとアレシア。
いつもと同じように、ゲートに飛び込んだ3人は仕事をコツコツとこなしていく。
「あと1人ね……行くわよ!」
エフィルロの声を聞き、まだあるのかと弱音を吐きながらゆらゆらと歩くエルシオ。その横で、まだ元気そうなアレシアは活気に溢れている。
「アレシア、何でそんなに元気なのですか? 今日はたくさん歩いて疲れたのです」
「いいじゃないの。人間を幸せにしてあげられるのよ? これは、私たちにしかできない仕事なの」
そう、ポニーテールを揺らしながら語ったアレシアは、エフィルロに次のターゲットを聞くなり、その方向へグングンと進んでいく。
「エルシオ! 歩くの遅いわよ!?」
まるで亀並みのスピードでダラダラと歩くエルシオを見て、エフィルロは急かした。
「もう疲れたのです〜。でも、人間に幸せを配るためなんですよね」
張り切り腕をまくるエルシオを見て、アレシアは笑みをこぼす。
「そう! 頑張りましょう!」
大きな壺を背負いながら振り返ることなく答えたエフィルロ。
「次はここね」
目的地を見つけ、目を輝かせたアレシアは、受け取っていた粉を持って中へ入っていく。そこは古びた一軒家。瓦の屋根をした、比較的小さな家だ。中には、膝を抱えて蹲る1人の少年がいた。
その前にある棚には、母親だろうか、 女性の写真が飾られている。
アレシアは、ターゲットの写真と屋内にいた少年とを交互に見て「よし」と頷くと、少年に持っていた粉をかけていく。そして、いつものようにアレシアは呟いた。
「あなたに、幸福が訪れますように」
少年は、全ての粉がかけられた後、下を向いていた顔を上げて目の前の写真を見つめる。そして、どこか寂しげな表情を見せた後、何かを振り切ったように立ち上がった。
「幸せになってね」
アレシアは、少年にそう言って微笑みかけた。
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「終わったのです! 帰ってご飯なのです!」
仕事が終わり、すっかり元気になったエルシオは、歓喜のあまり踊り出す。
「アレシア、毎回なぜ粉をかける前に人間に幸福が訪れるように願うのですか? 粉をかけたのだから、幸福になるに決まっているのです」
踊りながら疑問を投げかけたエルシオへ、アレシアは答える。
「たしかに粉は幸せを呼ぶ。だから幸せになる。でもそれは粉の力。私は、私の祈りを、人間にかけるの」
理解ができていないのか、エルシオは首を傾げ、不思議そうにアレシアを見つめる。
「私の幸せになってほしいという想いをかけてあげるの。魔法みたいなものね。そしたらもっと、幸せが訪れるかもしれないでしょ? 幸せになってもらうことが、私の幸せなの」
「ふーん、なんとなくわかったのです」
きっとまだよくわかってはいないであろうエルシオは、相変わらず踊りながら首を傾げ移動している。そんなエルシオの動きを、エフィルロは両手で押さえ、ゲートを開いた。
「じゃあ、帰ろうか」
エフィルロの合図とともに現れたゲートの中へ、3人の天使は消えた。
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天界に戻り、エフィルロと別れた2人は、歩いて自分たちの家まで帰っていく。すっかり夜になってしまった帰り道、2人はいつものように他愛のない会話をしていた。
「今日も武器を使う相手は現れなかったのです」
「そんなの、現れないに越したことないわよ」
そんなフラグを立てる中、目の前に黒い固まりが現れ、こちらに向かってくるのが見えた。
「あれは……なんで、いくら何でもフラグ回収が早すぎ……って、逃げるわよ! エルシオ!」
「え、あ、はい!!」
死神だ。結界が貼られているこの天界で、死神が現れることなどありえない。可能性があるとすれば、結界が壊されたとしか考えられない。
2人は今まで歩いてきた道を全速力で走る中、途中で羽を生やし宙に浮く。そして、さっきの倍以上のスピードで空をかける。
「知能の低い死神でも空を飛べるのですね!」
「うそでしょ!?」
空を飛びながらひたすら逃げるふたり。その後ろを、知能の低い死神が追ってくる。段々と距離を縮めてくる死神。ここまで来たら手段は1つだけ。
「アレシアは先に行くのです」
「い、いやちょっと待って……!」
急ブレーキがかかったように、ピタリと止まり後ろを振り向くエルシオ。スピードに乗っていたアレシアはなかなか止まることができない。やっとのことで止まったアレシアも、死神とエルシオの方向へ目を向ける。
そこで見たのは、双剣を両手持った1人の天使。その姿はまるで、天界騎士。
死神はそんなエルシオと対峙し、今にも襲い掛かろうとしている。
アレシアの脳裏に、まだ幼かった頃の記憶が蘇る。ぼんやりとだが、たしかにその記憶はあった。
「お母……さん……」
目の前の天使と、自分の母親が重なる。死神に殺された母親の姿と。アレシアの母親は、天界に侵入した死神に殺された。そして、身寄りの無いアレシアは孤児院に入った。母親を失ったアレシアの心には、ぽっかりと穴が空いていた。
そんなアレシアの心を埋めたのが、同じ孤児院に居たエルシオだった。
「待って…… お願い、私を1人にしないで。エルシオまでいなくなったら……私は」
遠くの方で、黒い物体が消滅していく姿が見える。すぐにわかった。エルシオが死神を撃退したのだ。
エルシオはアレシアの方を振り向き、ニコッと微笑んだ後、真面目な顔でこう答える。
「アレシア。私は強くなったのです。そりゃあ、もっと強い死神にはまだまだ歯が立たないかもですけど……私は死なない! おばあちゃんになるまで、アレシアと一緒にいるのです! これからもっともっと強くなって、どんな死神も倒せるようになるのです! 天界騎士になって、みんなを守るのです!! 」
エルシオは涙を流すアレシアに抱きつき、続ける。
「私の両親や、アレシアのお母さんのような天使たちを、これ以上増やさないために。そしてアレシアを守るために、私は天界騎士になるのです」
そう言い放つエルシオの目は潤んでいる。それでも、クシャッとした笑顔をアレシアに向けていた。
エルシオのやりたいことを応援したい。そうは言ったものの、アレシアの本心は不安で満たされていた。エルシオのことが、心配で心配で仕方なかった。
エルシオの両親と同じ道を辿ってしまうのではないか、母のように、大好きなエルシオが、自分の元から姿を消していまうのではないか、と。そんなことをエルシオに知られたら、エルシオのやりたいことを妨げてしまうかもしれない。だが、これまで隠していた思いは、エルシオにはお見通しだった。
「全部知ってたんだね……ごめんね」
ゆっくりとアレシアに近づいたエルシオは、アレシアの手を握るとこう答える。
「アレシアが謝ることないのです! 心配されて嫌になることなんてないので。でも、私は天界騎士になる。私は、そのために生まれてきたのです」
エルシオの言葉には説得力があった。エフィルロが以前言っていたことを思いだす。「エルシオは天才だ」と。
その年では考えられない身体能力と戦闘能力。死神と対峙していなくてもわかる、普段から垣間見える、天界騎士団特有のオーラ。エルシオに流れる血は、それを隠しきれていなかった。
ずっとそばで見てきたアレシアはわかっていた。エルシオは、天界騎士になるべくして生まれてきたと。そして、エルシオ自身も、それに気がついている。
今一瞬で死神を片付けたのが、何よりの証拠だ。
今までずっと一緒だったアレシアには、エルシオがどれだけ本気か、悩んだか、努力したかが伝わってくる。胸に刻んだ決意を聞いたアレシアに、それを否定するつもりはない。
「わかった。でも約束。私の側から、離れないでね」
「もちろんなのです!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから暫くしてエルシオは、天界騎士団に誘われた。破られた結界から侵入した死神を追っていた天界騎士団の一員が、地上から死神とエルシオの空中戦を見ていたことで、エルシオの戦闘能力が買われたのだろう。そんな機会が無くても、時間の問題ではあったはずだ。
エルシオの戦闘能力が親譲りで桁違いで高かったということ。二刀流という、特殊な戦い方をするということ。最近結界が弱まっており、その補修と侵入した死神の対処で、人手が足りなくなっていると言うこと。
それらの理由と共に、エルシオはまだ子供ながら天界騎士団に所属することになった。
それから、エルシオとアレシアの生活はガラッと変わった。エフィルロの手伝いをする仕事は、アレシアが1人で行うことになり、その間エルシオは、天界騎士団として活躍していた。一緒にいることは少なくなったものの、2人で住んでいることには変わりなく、幸せに暮らしていた。
だが、エフィルロと3人で人間界に行き仕事をすることは、もう無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
エルシオが天界騎士団に入ってから、かれこれ1年ほど経った頃。結界の修復作業も無事終わり、天界に入ってきた死神もほとんど駆除することが出来ていた。ただ、結界を破れるような知能の高い死神は、まだ見つかっていない。
それだけが、天界騎士団にとっての気掛かりだった。
アレシアは今までと同じように、エフィルロの手伝いや、家事をする生活を続けていた。
「ただいまなのです!」
「おかえりエルシオー! ご飯出来てるよ」
エルシオが帰ってきてふたりが揃ったら、2人でご飯を食べるのはいつものことだ。
「今日ね、エフィルロと一緒に仕事してたら、すごく綺麗な花を見つけたの」
そう言いながら、アレシアはカメラをエルシオに見せつける。
「綺麗な花なのです〜」
カメラに映された、ピンク色の綺麗な花。そんな花を興味深々な態度で見つめるエルシオ。
「今度は、エルシオも一緒に見に行こうね! 約束!」
「はい! 約束なのです!」
幸せな毎日を笑いながら過ごせる時間が、とても愛おしくて。幸せを共有できるふたりは、目の前のご飯のように暖かい。
もはや家族なのだろう。ずっと2人で暮らし、共に楽しみ、共に泣き、共に生きる。例え血が繋がっていなくても、家族と同じ、いや、家族以上の繋がりがあると言っても、過言ではない。
そんな2人は、目の前のご飯をぺろりと平らげた。その後、共に見ようと約束した花の写真を思い出し、布団の中でにやけるエルシオは、隣で寝ているアレシアの寝息を聴き、一緒にいられる幸せを噛み締めた。そして、安心したように眠ったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ある日の夕方。いつもどおり、天界騎士団の仕事へ向かったエルシオ。今日は仕事が休みのため、アレシアは家で家事をして、ゴロゴロしていた。
そろそろ晩御飯を作って、エルシオの帰りを待とうと、台所で支度をしていた時だった。
「あ、あなたたちは誰?」
突然部屋の中に現れたゲート。そこから、2人の男が現れた。
「あれぇ、二刀流の天使はどこぉお」
「天界騎士の方かしら?」
「違う違う、死神ですよ」
「死神……でも姿が」
いきなりゲートから家の中に入り混んできたこの状況と明らかに天使とは違う風格から、天界騎士ではないと察してはいたが、目の前の2人は、人間のように両手両足が揃っており、今まで見てきた死神とは違う。
「体……あぁ、俺たちは少しばかり頭が良い死神なんだよ。そうですよね?」
「あぁ」と応えるもう1人の死神。見たところ、はじめにアレシアの所在を聞いてきた奴の方が立場が上で間違いないだろう。
2人で話す時の言葉遣いでもわかるが、それ以上に、圧倒的風格。黒い。とにかく黒い。今まで見てきた知能の低い死神は、ただ黒い塊のようで、目の前の立場の低い死神は、人間のようだ。だが、こいつは違う。黒い。そんな一言では表せないほどのどす黒い負のオーラを、服とは別に身に纏っているようだ。エルシオが天界騎士のオーラを纏っているとすれば、こいつは死神のオーラを纏っている。
「それでぇえ。 二刀流の天使はどこぉお? あいつは放っておけないんだよ。ガキのうちに潰しておかないとさあ」
そんな死神が放ったその声。背筋がゾッとする。殺される。そんな恐怖だけがアレシアを襲う。だが、アレシアは死神を睨んだまま答えない。答えたくない。エルシオのことを易々と話す訳にはいかない。そんなのは当たり前だ。 だが、無言の理由はそれだけではない。
口が開かない。やっとの事で開いた口だが、喉から声が出ない。怖い。目の前にいるだけなのに、まるで四方八方から何かで押さえつけられているかのように体がかたまり、何か重りを付けられているかのように体が重い。
黒い死神は、腰につけていた剣を手に取ると、その悍ましい口を開いた。
「ねぇえ。教えてくれないのぉお?」
「ゔぅ……」
大きな手で、アレシアの白い長髪を掴み、高い身長を生かし上に引き上げる黒い死神。苦しみつつも、死神を睨むこととうめき声をあげることしかできないアレシアに、黒い死神は眉を寄せる。
鈍い音と共に、アレシアの腹部あたりに剣が刺さる。
「うぐっ……はぁ、はぁ……」
「これでも何も言いませんかねぇえ?」
「馬鹿なんですかねぇえ。 居場所を言えば楽に死ねるのにぃい?」
黒い死神は、アレシアの耳元で、今までとは変わった低い声で囁く。
「もう一度だけ聞こうか。二刀流の天使はどこだ」
今までがおふざけだったのか。それとも、今怒りが最高潮にたちしているのか。口調が変わった。どちらにしても、これまでの恐怖とは一変している。
奇怪的な恐怖から、脅威的な恐怖に変わる。口から吐いた血で、床が赤に染まる。それを見たアレシアは、ここで、終わりを迎えると感じた。苦しい。死にたくない。まだやりたいことが沢山ある。死ねない。まだ約束がある。
ーーーーーー花を一緒に見るんだ。
ーーーーーーご飯も作らなきゃ……エルシオが帰ってくるから。エルシオが……
頭の中で、蘇るエルシオとの思い出。これが走馬灯なのだろうか。楽しかった。辛かった。泣いた。怒った。嫌いになった。好きになった。一緒に泣いた。一緒に喜びを分かち合った。
ーーーーーーもう、会えない……の?
ふと、あの時を思い出す。
『これから、もっともっと強くなって……どんな死神でも倒せるようになるのです!!』
全身から力が抜ける。強ばっていた頬からも力が抜け、少しばかり微笑む。喉が緊張から解き放たれる。声が出る。痛みなんかとうの昔に忘れてしまった。腹部に刺さった剣など今はどうでもいい。痛いのは心だけ。
「ま……待ってなさい……」
ーーーーーーごめんね。おばあちゃんになるまで、一緒に居られないや。
「あ?」
部屋の壁に叩きつけられ、何かが折れる音がする。それが家の柱だとしても、体の一部だとしても、もうアレシアには関係のないことだ。最後には、言いたいことを、言えるだけ。
口に溜まった血を地面に吐き、目の前のふたりの死神を睨んだ後、最後の力を振り絞る。
「待ってなさい……あなたたちなんて」
ーーーーーーごめんね。いなくならないでって、私がお願いしたのに。
「私の親友が、これから、お前たち死神を、ひとり残らず殺せるような……1番の天界騎士になるわ」
目の前の死神たちがニヤけているのが目に映る。馬鹿にしているのだろう。関係ない。今に見てろ。
呼吸ができなくなってきた。腹部が熱い。視界もぼやけきている。
「何ですかぁ? 今更祈っても意味なんてないよお?」
最後の力を振り絞り、両手を合わせ魔法を唱えた。
ーーーーーーエルシオ、気づいてくれるかな……
机の上に置いてあるカメラが、少し光る。それに、死神たちは気づかない。
「大口叩いたと思えばぁ、あなたの唱えられる魔法になんて限界があるでしょうにぃ ……まぁいいやぁ。居場所を教えてくれないならぁあ。それでいいよぉ」
黒い死神は、手に持った剣をアレシアに向かって振り下ろす。
ーーーーーー今までありがとね、エルシオ。
心の中でそう呟くと、心臓は鼓動を打つのをやめ、肺は呼吸を失った。
たったひとりの親友に、全ての希望を託して。
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