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12話 生きる意味

ー/ー



 そこは、天界騎士団の本部。


「エルシオさん! 結界を破った死神が、2人組だということが判明しました」


 天界騎士団に入った後、推薦だったことや、その脅威的な強さから、ある程度の地位を獲得していたエルシオ。部下も増え、今に至る。


「2人? まあいいのです。その死神は今どこに?」


「それが……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 翼を生やした赤髪の天使はゲートを使い、見慣れすぎている家の玄関前で、1人立ち尽くしている。


 死神2人はなぜか、天界で1番天使が集まっている都会の部分、つまり、コハクリアよりも、天使の少ない田舎の部分へ向かったのだという。さらに、死神たちが向かったのはハクシュウ村。つまり、エルシオとアレシアの家がある村だ。
 強力な死神だと予想されるため、人員を確保してから現場へ向かうと舐めたことを言っていた他の天界騎士を置いて、エルシオは1人で自宅へ帰った。




ーーーーーー大丈夫。




 ハクシュウ村は広い。




ーーーーーー大丈夫。




 たくさんの天使がいる。アレシアが狙われるわけがない。




ーーーーーー大丈夫、守るって約束したから。




 無理矢理、アレシアが狙われないよう言い訳を作り胸に押し付ける。
 その度に安心が生まれるが、すぐに不安が襲い来る。


 キーキーと音を響かせ、空きっぱなしになっているドアを見ながら、信じられないくらいに大きな鼓動を響かせる心臓を落ち着かせるため、深呼吸をする。


 早くアレシアに会いたい。この胸の苦しみを、今すぐアレシアに話したい。話して楽になりたい。今までずっとそうしてきたから。


 「ただいま」と声をかけ、玄関から家の中へ入る。妙に静かなその家の中は、赤で染まっていた。


「アレシア……何をこぼしちゃったのですか? ちゃんと拭かないと」


 赤い水で出来た水たまりが目の前に広がる。それを拭き取るため、台所のタオルを震える手で掴む。夕飯の支度の途中で寝てしまったみたいだ。台所には食材が並べられている。
 視界に入ってはいたものの、気づかないでいた。いや、気づきたくなかった。赤い水溜りの中心に横たわる見慣れた天使のことなど。
 タオルを置き、横になった血だらけの天使の傍に寄り添い、冷たい手を握りながら話しかける。


「床で寝ちゃダメなのです、こんなに汚れて……風邪、ひいちゃうのです」




ーーーーーーそんなはずはない。あり得ない。そんなこと、あっていいはずが……




「友達……死んじゃったねぇえ? あ! 親友だっけ?」


 後ろから声が聞こえる。聞こえない。声なんて聞こえない。死んでない。死んでるわけがない。


「アレ……シア……」


 全く動かない。声も発しない。呼吸もしていない。鼓動の音も聞こえない。
 頬に触れる。冷たい。体温が感じられない。いつもの暖かい手も、笑顔も、そこには無い。


「人間に幸せをあたえる仕事だっけ? 残念だねぇえ。僕たち死神なんだよぉお。つまり人間。仇で返されちゃったねぇえ」


 振り向いたエルシオの前には。2人の死神が立っていた。
 一目でわかる、死神のオーラ。醜く、黒い。
 人の姿をしている。知能が高い死神だ。


「何で……アレシアを」


「なんでってえ、君らが僕らを地獄に落とすからじゃないかあ」


「……は?」




ーーーーーー憎い。




ーーーーーー人間風情が、アレシアを手にかけた。




 エルシオはあまりの憎悪に頭を抱えた。現実を受け入れられない。
 身体中を、何かが這い回る音がする。血液までも、それに支配されていくようで、気持ちが悪い。
 視界がぼやける。頭が痛い。鼓動の音が頭まで響いている。ドクドクと音を立てながら脈打つ何かに、エルシオは呑まれた。


 「プツッ」


 エルシオの中で、何かが切れる音がした。本物の殺意が、初めて芽生えた。


「なんかもう、どうでもいいや」


 エルシオは背後へ振り向き、死神たちを視野に入れた。
 その瞳は赤黒く、どこか遠いところを見ているかのように虚ろで、冷たい。


「え?」


 死神の1人は、もう動くことができなかった。両手足が無くなっていた。
 いつの間にか両手に短剣を持っているエルシオは、血だらけで横たわる死神に再び剣を向ける。
 死神には見えていなかった。エルシオが剣を振るった瞬間も、立ち上がった動作さえ。


「すごぃいなぁ、一瞬だあ、これは無理かもなあ、逃げなきゃなあ」


 もう1人の死神はゲートを開き、1人でどこかに消えていく。赤い液が噴水のように吹き出し、白い部分もちらほら見える。元々あった水溜りが、さらに濃くなっていく。
 その後、残された両手足の無い死神は、命乞いをする間もなく、胴体と頭が切り離された。
 エルシオは、黒い死神が入っていった今にも締まりそうなゲートを、無理やり手でこじ開けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 黒い死神が、慌てて逃げた先は星域だった。
 逃げ切れたと安心したのも束の間、黒い死神は叫び声をあげた。ゲートから飛び出した剣が目を貫いたのだ。
 黒い死神の方へ歩いていくエルシオ。その目はすでに正気を失っている。
 直後見えない何かに押さえつけられているかのように、膝から崩れた黒い死神は、地面に叩きつけられた。違う。切られたのだ。両足を落とされている。


「すごいなぁあ。星剣まで所有していたとはぁ、そりゃ無理だねえ」


「黙れよ。人間風情が」


 エルシオの持つ短剣は、黒い光に包まれている。まるで、今のエルシオの憎悪を表すかのように。
 知能の高い死神も、今のエルシオの前では手も足も出なかった。
 八つ裂きにされ、動かなくなった死神の横で、立ち尽くすエルシオ。


「こんな雑魚が……」


 いつの間にか、両手に持った剣は、光り輝くことをやめ、ただの短剣となっていた。瞳も、元の色に戻っている。それでも、光は失ったままだ。
 その衣服や翼は返り血を浴び赤く染まっており、その血がアレシアのものなのか、死神のものなのかはもうわからない。
 
 先程まで、殺意しかなかったエルシオの頭の中だが、殺意の対象がいなくなると同時に、アレシアとの思い出が、頭を巡る。


「あぁああああああ!!!!」


 しゃがみ込み、顔を抑えて涙を流す。憎しみや殺意に負けていた、本来あるべき感情が目を覚ます。今までに無いほどの辛さ。悲しみ。芽生えてくる様々な感情の1つ1つがとても痛い。苦しい。


 もうアレシアには会えない。


 共にご飯を食べることも、寝ることも出来ない。「行ってらっしゃい」と送り出されることもなく「ただいま」と言う相手もいない。嬉しい時にハイタッチしたり、泣きたい時に抱きつくこともできない。当たり前だった生活が、音を立てながら頭の中で壊れていく。




ーーーーーー嫌だ。まだ一緒にいたい。




 こんな辛い思いを、これから誰に伝えれば良い。
 これから、誰を守れば良い。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから暫くして、エルシオの家の惨劇を目にした後、様々なところを周り、遂に星域まで駆けつけた天界騎士たちの前にはエルシオが立っており、状況から死神は倒せたのだと悟る。


「1人で……そんなことが……」


「エルシオなら勝てるさ。知ってるか? エルシオの父親」


「元団長だよな? それであの強さってわけか」
 
 何やら話している天界騎士団に気がつき、エルシオはそちらの方へ光を失った目を向け、口を開いた。


「私は、天界騎士団を辞めるのです」


 返事を待つことなく、エルシオはゲートを開いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 アレシアが居なくなってから、どのくらいの時間が経っただろうか。崩壊した家の、辛うじて残った部分で生活していたエルシオだが、その生活は、家と共に崩れてしまっていた。
 ほぼ寝たきりの生活。ご飯など殆ど食べてはいなかった。あの時の夕飯の準備が、まだされたままだ。


 アレシアのおかげで成り立っていた生活が、どれだけあっただろうか。アレシアがいなくなった今、エルシオに生きていく希望など無かった。


 全ての死神に復讐。そんな考えはエルシオには無い。天界騎士団に戻りたいとも思わない。確かに、死神を恨んではいる。憎んでもいる。しかし、死神を殺したところで、アレシアは帰ってこない。大好きだったアレシアの声は、もう聞けない。それに、アレシアを守ることすら出来なかった自分に、死神から天使を守る仕事などできるわけない。


 そんなエルシオの元に、1人の天使が訪れた。何処かで見覚えのある天使。しかし、それが誰かもわからないほど、エルシオは心に深い傷を負っていた。原型がわからないほどの家に辛うじて残された、1つの部屋。今にも崩れそうなその部屋の中で、ボロボロのやせ細った天使と、清く美しい羽衣を纏った天使は対面した。


「何も食べていないの?」


 そう語りかけたのは、かつて仕事を共にこなしていたエフィルロだった。しかし、エフィルロの質問に答えるどころか、エルシオは声すら発しない。
 床に背を当て、アレシアが大切にしていたカメラを抱き抱えてしゃがみ込んでいるボロボロの天使。その瞳からは生気は感じられず、ただただどこか遠いところを見つめていた。


「ねえ。エルシオ! 私よ、エフィルロよ! このままだと、あなた死んじゃうわよ!?」


 全く反応を見せないエルシオに向かって、少し強めに言葉を投げる。やっと声が耳に入ったのか、ゆっくりと動き出したエルシオは、顔をエフィルロの方へ向ける。


「エフィルロ?」


「そう! エフィルロ! とりあえず、ご飯を食べましょ! 私、持ってきたから!」


「死んでもいいのです」


「え?」


「このままだと死んでしまうのですよね? ならば、このままでいいのです。このままでいれば、アレシアに会えるかもしれない」


 エルシオは本気で言っていた。冗談なんかじゃない。それは光のない目を見れば容易にわかった。その目には、もう過去のエルシオは残っていない。
 
「生きなさい」


 エフィルロは、真剣な眼差しを向け、エルシオの両肩を抱えて揺さぶりそう言った。


「花を見る約束も、アレシアのことも……守れなかった」


「でも、守った物もちゃんとある。エルシオのおかげで、犠牲を増やさずに済んだ」


「意味がないのです。アレシアを守れなきゃ」


「アレシアは、こんなことを望んでない」


「そんなの、わからないのです」


「いいえ、わかる。それだけはわかるわ。エルシオが幸せにならなきゃ、アレシアが悲しむ」


 エルシオは、黙って俯くだけだ。


「だから生きて。また天界騎士になれなんて言わない。死神に復讐しろとも言わない。でも、生きて。アレシアの為に! アレシアの大好きなエルシオが、今ここで死んだりなんかしたら、アレシアも私も許さないんだから!!」


「アレシアの……為に」




 『エルシオの幸せは、私の幸せでもあるから』




 過去に聞いたそんなアレシアの一言が、エルシオの心に響き、胸の冷たい部分を少し温めた。その時は味わえなかった、その一言の重さが今ではわかる。固く、ひび割れ、壊れかけていたエルシオの心は、優しく何かに包み込まれたような気がした。
 
 エルシオは声にならない声を出しながら、泣いて泣いて泣き喚いた。今まで、エルシオはアレシアとの暮らしが好きだった。幸せだった。今その幸せはもう訪れない。だから、もう生きる意味など無いと思っていた。
 でも、アレシアは、それを望んでいるだろうか。
 エルシオの心の穴は埋まることはない。アレシアが居ない事実は、覆ることはない。ふたりの幸せを築き上げていくことは、もう出来ない。
 でも、生きることならできる。元気に、健康に、幸せに、生きることならできる。
 それはきっとアレシアの願いで、アレシアの幸せに繋がる。


「……生きるのです。アレシアを悲しませないためにも」


 幸せになるために、アレシアのために、エルシオはアレシアの形見をぎゅっと掴みながら、新たな1歩を踏み出した。


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 そこは、天界騎士団の本部。
「エルシオさん! 結界を破った死神が、2人組だということが判明しました」
 天界騎士団に入った後、推薦だったことや、その脅威的な強さから、ある程度の地位を獲得していたエルシオ。部下も増え、今に至る。
「2人? まあいいのです。その死神は今どこに?」
「それが……」
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 翼を生やした赤髪の天使はゲートを使い、見慣れすぎている家の玄関前で、1人立ち尽くしている。
 死神2人はなぜか、天界で1番天使が集まっている都会の部分、つまり、コハクリアよりも、天使の少ない田舎の部分へ向かったのだという。さらに、死神たちが向かったのはハクシュウ村。つまり、エルシオとアレシアの家がある村だ。
 強力な死神だと予想されるため、人員を確保してから現場へ向かうと舐めたことを言っていた他の天界騎士を置いて、エルシオは1人で自宅へ帰った。
ーーーーーー大丈夫。
 ハクシュウ村は広い。
ーーーーーー大丈夫。
 たくさんの天使がいる。アレシアが狙われるわけがない。
ーーーーーー大丈夫、守るって約束したから。
 無理矢理、アレシアが狙われないよう言い訳を作り胸に押し付ける。
 その度に安心が生まれるが、すぐに不安が襲い来る。
 キーキーと音を響かせ、空きっぱなしになっているドアを見ながら、信じられないくらいに大きな鼓動を響かせる心臓を落ち着かせるため、深呼吸をする。
 早くアレシアに会いたい。この胸の苦しみを、今すぐアレシアに話したい。話して楽になりたい。今までずっとそうしてきたから。
 「ただいま」と声をかけ、玄関から家の中へ入る。妙に静かなその家の中は、赤で染まっていた。
「アレシア……何をこぼしちゃったのですか? ちゃんと拭かないと」
 赤い水で出来た水たまりが目の前に広がる。それを拭き取るため、台所のタオルを震える手で掴む。夕飯の支度の途中で寝てしまったみたいだ。台所には食材が並べられている。
 視界に入ってはいたものの、気づかないでいた。いや、気づきたくなかった。赤い水溜りの中心に横たわる見慣れた天使のことなど。
 タオルを置き、横になった血だらけの天使の傍に寄り添い、冷たい手を握りながら話しかける。
「床で寝ちゃダメなのです、こんなに汚れて……風邪、ひいちゃうのです」
ーーーーーーそんなはずはない。あり得ない。そんなこと、あっていいはずが……
「友達……死んじゃったねぇえ? あ! 親友だっけ?」
 後ろから声が聞こえる。聞こえない。声なんて聞こえない。死んでない。死んでるわけがない。
「アレ……シア……」
 全く動かない。声も発しない。呼吸もしていない。鼓動の音も聞こえない。
 頬に触れる。冷たい。体温が感じられない。いつもの暖かい手も、笑顔も、そこには無い。
「人間に幸せをあたえる仕事だっけ? 残念だねぇえ。僕たち死神なんだよぉお。つまり人間。仇で返されちゃったねぇえ」
 振り向いたエルシオの前には。2人の死神が立っていた。
 一目でわかる、死神のオーラ。醜く、黒い。
 人の姿をしている。知能が高い死神だ。
「何で……アレシアを」
「なんでってえ、君らが僕らを地獄に落とすからじゃないかあ」
「……は?」
ーーーーーー憎い。
ーーーーーー人間風情が、アレシアを手にかけた。
 エルシオはあまりの憎悪に頭を抱えた。現実を受け入れられない。
 身体中を、何かが這い回る音がする。血液までも、それに支配されていくようで、気持ちが悪い。
 視界がぼやける。頭が痛い。鼓動の音が頭まで響いている。ドクドクと音を立てながら脈打つ何かに、エルシオは呑まれた。
 「プツッ」
 エルシオの中で、何かが切れる音がした。本物の殺意が、初めて芽生えた。
「なんかもう、どうでもいいや」
 エルシオは背後へ振り向き、死神たちを視野に入れた。
 その瞳は赤黒く、どこか遠いところを見ているかのように虚ろで、冷たい。
「え?」
 死神の1人は、もう動くことができなかった。両手足が無くなっていた。
 いつの間にか両手に短剣を持っているエルシオは、血だらけで横たわる死神に再び剣を向ける。
 死神には見えていなかった。エルシオが剣を振るった瞬間も、立ち上がった動作さえ。
「すごぃいなぁ、一瞬だあ、これは無理かもなあ、逃げなきゃなあ」
 もう1人の死神はゲートを開き、1人でどこかに消えていく。赤い液が噴水のように吹き出し、白い部分もちらほら見える。元々あった水溜りが、さらに濃くなっていく。
 その後、残された両手足の無い死神は、命乞いをする間もなく、胴体と頭が切り離された。
 エルシオは、黒い死神が入っていった今にも締まりそうなゲートを、無理やり手でこじ開けた。
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 黒い死神が、慌てて逃げた先は星域だった。
 逃げ切れたと安心したのも束の間、黒い死神は叫び声をあげた。ゲートから飛び出した剣が目を貫いたのだ。
 黒い死神の方へ歩いていくエルシオ。その目はすでに正気を失っている。
 直後見えない何かに押さえつけられているかのように、膝から崩れた黒い死神は、地面に叩きつけられた。違う。切られたのだ。両足を落とされている。
「すごいなぁあ。星剣まで所有していたとはぁ、そりゃ無理だねえ」
「黙れよ。人間風情が」
 エルシオの持つ短剣は、黒い光に包まれている。まるで、今のエルシオの憎悪を表すかのように。
 知能の高い死神も、今のエルシオの前では手も足も出なかった。
 八つ裂きにされ、動かなくなった死神の横で、立ち尽くすエルシオ。
「こんな雑魚が……」
 いつの間にか、両手に持った剣は、光り輝くことをやめ、ただの短剣となっていた。瞳も、元の色に戻っている。それでも、光は失ったままだ。
 その衣服や翼は返り血を浴び赤く染まっており、その血がアレシアのものなのか、死神のものなのかはもうわからない。
 先程まで、殺意しかなかったエルシオの頭の中だが、殺意の対象がいなくなると同時に、アレシアとの思い出が、頭を巡る。
「あぁああああああ!!!!」
 しゃがみ込み、顔を抑えて涙を流す。憎しみや殺意に負けていた、本来あるべき感情が目を覚ます。今までに無いほどの辛さ。悲しみ。芽生えてくる様々な感情の1つ1つがとても痛い。苦しい。
 もうアレシアには会えない。
 共にご飯を食べることも、寝ることも出来ない。「行ってらっしゃい」と送り出されることもなく「ただいま」と言う相手もいない。嬉しい時にハイタッチしたり、泣きたい時に抱きつくこともできない。当たり前だった生活が、音を立てながら頭の中で壊れていく。
ーーーーーー嫌だ。まだ一緒にいたい。
 こんな辛い思いを、これから誰に伝えれば良い。
 これから、誰を守れば良い。
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 それから暫くして、エルシオの家の惨劇を目にした後、様々なところを周り、遂に星域まで駆けつけた天界騎士たちの前にはエルシオが立っており、状況から死神は倒せたのだと悟る。
「1人で……そんなことが……」
「エルシオなら勝てるさ。知ってるか? エルシオの父親」
「元団長だよな? それであの強さってわけか」
 何やら話している天界騎士団に気がつき、エルシオはそちらの方へ光を失った目を向け、口を開いた。
「私は、天界騎士団を辞めるのです」
 返事を待つことなく、エルシオはゲートを開いた。
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 アレシアが居なくなってから、どのくらいの時間が経っただろうか。崩壊した家の、辛うじて残った部分で生活していたエルシオだが、その生活は、家と共に崩れてしまっていた。
 ほぼ寝たきりの生活。ご飯など殆ど食べてはいなかった。あの時の夕飯の準備が、まだされたままだ。
 アレシアのおかげで成り立っていた生活が、どれだけあっただろうか。アレシアがいなくなった今、エルシオに生きていく希望など無かった。
 全ての死神に復讐。そんな考えはエルシオには無い。天界騎士団に戻りたいとも思わない。確かに、死神を恨んではいる。憎んでもいる。しかし、死神を殺したところで、アレシアは帰ってこない。大好きだったアレシアの声は、もう聞けない。それに、アレシアを守ることすら出来なかった自分に、死神から天使を守る仕事などできるわけない。
 そんなエルシオの元に、1人の天使が訪れた。何処かで見覚えのある天使。しかし、それが誰かもわからないほど、エルシオは心に深い傷を負っていた。原型がわからないほどの家に辛うじて残された、1つの部屋。今にも崩れそうなその部屋の中で、ボロボロのやせ細った天使と、清く美しい羽衣を纏った天使は対面した。
「何も食べていないの?」
 そう語りかけたのは、かつて仕事を共にこなしていたエフィルロだった。しかし、エフィルロの質問に答えるどころか、エルシオは声すら発しない。
 床に背を当て、アレシアが大切にしていたカメラを抱き抱えてしゃがみ込んでいるボロボロの天使。その瞳からは生気は感じられず、ただただどこか遠いところを見つめていた。
「ねえ。エルシオ! 私よ、エフィルロよ! このままだと、あなた死んじゃうわよ!?」
 全く反応を見せないエルシオに向かって、少し強めに言葉を投げる。やっと声が耳に入ったのか、ゆっくりと動き出したエルシオは、顔をエフィルロの方へ向ける。
「エフィルロ?」
「そう! エフィルロ! とりあえず、ご飯を食べましょ! 私、持ってきたから!」
「死んでもいいのです」
「え?」
「このままだと死んでしまうのですよね? ならば、このままでいいのです。このままでいれば、アレシアに会えるかもしれない」
 エルシオは本気で言っていた。冗談なんかじゃない。それは光のない目を見れば容易にわかった。その目には、もう過去のエルシオは残っていない。
「生きなさい」
 エフィルロは、真剣な眼差しを向け、エルシオの両肩を抱えて揺さぶりそう言った。
「花を見る約束も、アレシアのことも……守れなかった」
「でも、守った物もちゃんとある。エルシオのおかげで、犠牲を増やさずに済んだ」
「意味がないのです。アレシアを守れなきゃ」
「アレシアは、こんなことを望んでない」
「そんなの、わからないのです」
「いいえ、わかる。それだけはわかるわ。エルシオが幸せにならなきゃ、アレシアが悲しむ」
 エルシオは、黙って俯くだけだ。
「だから生きて。また天界騎士になれなんて言わない。死神に復讐しろとも言わない。でも、生きて。アレシアの為に! アレシアの大好きなエルシオが、今ここで死んだりなんかしたら、アレシアも私も許さないんだから!!」
「アレシアの……為に」
 『エルシオの幸せは、私の幸せでもあるから』
 過去に聞いたそんなアレシアの一言が、エルシオの心に響き、胸の冷たい部分を少し温めた。その時は味わえなかった、その一言の重さが今ではわかる。固く、ひび割れ、壊れかけていたエルシオの心は、優しく何かに包み込まれたような気がした。
 エルシオは声にならない声を出しながら、泣いて泣いて泣き喚いた。今まで、エルシオはアレシアとの暮らしが好きだった。幸せだった。今その幸せはもう訪れない。だから、もう生きる意味など無いと思っていた。
 でも、アレシアは、それを望んでいるだろうか。
 エルシオの心の穴は埋まることはない。アレシアが居ない事実は、覆ることはない。ふたりの幸せを築き上げていくことは、もう出来ない。
 でも、生きることならできる。元気に、健康に、幸せに、生きることならできる。
 それはきっとアレシアの願いで、アレシアの幸せに繋がる。
「……生きるのです。アレシアを悲しませないためにも」
 幸せになるために、アレシアのために、エルシオはアレシアの形見をぎゅっと掴みながら、新たな1歩を踏み出した。