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第20話 名板貸し 前編

ー/ー



 昨日もナイリザのアパートに泊まった。
 しかし、翌朝揃って出勤したりはしない。
 朝、一人で起き出してシャワーを借り、身支度を整えて部屋を出た。

 アパートから事務所までは大した距離ではない。
 朝市を冷やかして屋台の粥で朝食をとる。
 ビニール傘の売り上げで手持ちの銀貨が潤沢だから、現地での買い物に事欠かない。
 それでも事務所に着いてから始業まで、まだかなり時間があった。
 手紙受けの中身やファクシミリを確認して時間を潰すことにする。

 ギンネ=グアシェルからの返事が届いていた。
 会って話を聞いてくれるらしい。
 日時の候補もあった。明日でもいいそうだ。

 定時きっかりにナイリザが出勤してくる。
 何事もなかったかのように。
 そして、いつものようにワンカップの蓋を開け、いつものように業務を始めた。

 ナイリザに通訳の同行を頼むことにする。

「明日、現地の仕入先候補と商談がある。通訳で付き合ってくれ」

「誰と会うの」

「ギンネ=グアシェル」

「ギンネ? ……ああ」

「ダメ元で手紙を出したが、返事が来た」

「例の調査のときに繋いでいたのね」

 俺はデスクの横に積んだファクシミリの用紙を一枚引き抜き、ナイリザに渡した。
 数日前に本社の運用二課から届いた調達指示書だ。

 サンドワームの歯板(登録申請中)。月間300から600個。調達先を確保し、商流を構築せよ。
 仕入単価と納品スケジュールの案を至急提出のこと。

「は? サンドワームの歯板? そんなもの何に使うの」

「知らん。公開されるまではトップクラスの機密情報だ。二課が何か当たりを引いたんだろう」

 申請中、とある。
 効能と安全性が承認・登録されればゲートを通せるようになる。だが同時に条約に基づいて全世界に公表される。
 見つけた会社の先行者利益が出るのは申請から公開までの間だ。

「公開される前に商流を抑えて市場を枯らす。よそが仕入れられない状態を作る」

「搾取の段取りが速いこと」

 城島が言っていた「駐在員にやってほしい仕事」とはこういうことらしい。
 ミスリルの採掘はザファルに丸投げした。空いた俺の手を使って、本社は現地調達の窓口を広げようとしている。

「場所だが、お前の店を使わせてもらっていいか」

 彼女が日本租界の外——旧帝都の街区に出たがらないことはなんとなく察していた。理由を聞いたことはない。
 街での通訳を頼むのには若干の躊躇があるが、あの裏通りの飲み屋であれば、抵抗感も薄いかもしれない。ナイリザの行きつけで、顔の利く場所だ。
 彼女のテリトリーを商談に使う許可も含めて、軽くナイリザに聞いてみる。

 ナイリザが眼鏡の奥でこちらを見た。

「……好きにしなさいよ。あの店なら話も通じやすいでしょうし」

 * * *

 翌日の昼過ぎ。店に着いた。
 間口の狭い入り口。色褪せたタペストリーを潜る。
 中に入ると、前回の金曜の夜とはまた違う空気があった。

 昼の光が薄い窓から差し込み、木のカウンターの年季が見える。酒亭というよりはカフェのようで、雰囲気がある。
 奥のテーブル席には数人の常連が散らばっていた。
 人種はまちまちだが、相変わらずどの客も静かで、大声を出す者がいない。
 現地人は、服装からして富裕層か、元富裕層のようだ。
 日本人の客もちらほら見える。現地風の店だが、場違いにはならない。

 ギンネ=グアシェルは奥のテーブルに先に座っていた。
 小柄な老人。襤褸に近い外套。手元にはパイプ。
 特に見栄えのする服装でもないのに、こういった瀟洒な店でも妙にサマになって見える。これも年の功というものだろうか。

「ギンネさん。待たせたか」

「……ヤシマのか」

 老人は煙を吐き、こちらを見た。

「お前さんの返事が隣の蝋燭屋に届いとった。
 まともな使番(つかいばん)を雇え。金はあるんじゃろうが」

「それはすまなかった」

 頭が痛い。
 スマホもメールもない現地人との連絡方法は課題のひとつだ。

 席に着くと、ギンネはナイリザをちらりと見て、それ以上は何も言わなかった。
 通訳として同席していることが伝わっている。

「ところでギンネさん。ハシュラは元気か」

 ナイリザが訳す。

「うちは故買じゃねえ。スリのガキのことなんぞ知るか」

 老人は間を置いた。

「……まあ、昨日も見かけはしたな」

 それを聞いて、思っていた以上に胸が軽くなった自分に驚く。
 盗賊ギルドに処理されていないことがわかれば十分だ。

 本題に入った。

「サンドワームの歯板を仕入れたい」

「歯板……歯板か。ヤポンはまた妙なものを欲しがる」

 月に最低300個。単価は銀貨三枚。安定供給のルートを開拓したい。
 ナイリザの通訳でそこまで伝えると、ギンネはパイプの煙を一吹きして呟いた。

「無理がある」

「仕入れの量がか?」

「違う。
 仕入れは他の店と寄り合いを組めば回せる。大店は扱わん品だ。ほかのグアシェルに声をかけてもええ。
 それぞれの店で、出入りの冒険者に集めさせる。一匹討伐すれば一山採れる。巣の周りの脱落歯片を拾わせる手もあるじゃろ」

 ギンネ老は卓上に指で線を引いた。

「無理があるのは信用じゃ。
 寄り合いを組むにせよ頭は要る。遅れた、足りん、不良が出た。そのときに表で責を負うものがおらんかったら乗れんわな。わしの名で約定できるのは銀貨百枚か二百枚が限度だ。
 月に最低銀貨九百枚の取引となれば、決済には金貨が絡む。
 金貨取引の名板貸し人(ナーマ・ラヒス)には、土地と一門と位が要る。要するに貴族が要る」

 貴族、のくだりでナイリザが小さく身じろぎした。

「貴族の名義で取引の裏書きをする。日本でいう信用状のようなものか?」

 俺が日本語で呟くと、ナイリザが短く「似たようなものね」と日本語で答えた。

 「名の下に」行う取引がどういうものか、ようやく見えた。
 実際の取引相手に代わり、信用のある第三者が名義だけを供与する。例の削孔機の件では、このシステムが取引相手の偽装に用いられていた。ヴォルグなりの応用だったというわけだ。
 ギンネが補足する。

「わしの信用じゃ足りん額を、もっと大きな名前で保証する。その名前を借りるのに手数料がかかる」

「心当たりは——」

 俺が言いかけたところで、店の入り口の布が揺れた。

 二人組の男が入ってきた。
 一人は従者らしい体格の良い男。もう一人は、細身の中年のエルフだった。
 仕立ての良い上着だが、袖口が擦り切れている。かつて上等だったものを手入れして着続けている風情。
 この店の常連たちと同じ空気だが、常連ではないようだ。店主の態度にそれが出ている。
 顔立ちは端正だが、険がある。人を値踏みする目。

 エルフの視線がカウンターを流し、こちらのテーブルに止まった。
 俺とギンネ、そしてナイリザを認めたところで、表情が変わった。

 中年のエルフが踵を鳴らしてこちらに近づいてくる。
 ナイリザの前で止まり、見下ろしながら言った。

「ナイリザ・イル=サリヤーン」

 押し殺した低い声だった。

「まだ生きていたのか。
 ルーヴァンの門を開けた女が……なぜ死んで陛下に詫びぬ」

 翻訳が追いつく前に空気が変わっていた。
 店内の常連客が振り向いている。ギンネが煙を吐く手を止めた。

「裏切り者め。ヤポンに腰を振る雌犬が」

 ナイリザは動かなかった。
 グラスを持ったまま、相手を見ていた。
 「ルーヴァンの門」という言葉が何を指すのか、俺にはわからない。
 だが、ナイリザの指先が白くなるほどグラスを握っているのは見えた。

 二秒か三秒。

 それから静かにグラスを置き、席を立ち、何も言わずに店を出た。

 布の揺れが収まるまで、誰も口を開かなかった。

 エルフは鼻を鳴らし、従者と共にカウンターに座った。
 店主に何事か話しかけている。
 常連たちの目は冷ややかだったが、店主は困ったように曖昧に、しかし丁重に対応している。
 その様子から、中年エルフの社会的地位が知れた。

 俺はナイリザを追おうと浮き上がりかけた腰を下ろす。
 今は情報が必要だ。
 ギンネに向き直った。片言の帝国語で質問を投げる。

「あれは誰」

 ギンネは声を落とした。

「ダラハール家のラズワーンよ。男爵じゃ」

「この辺りでよく見る?」

「見たことはないな。金策じゃろう。ダラハールは古い家だが、最近は金回りが悪い。麦の商いで潤っておったが、ヤポンの食糧支援やらで値が下がっとる」

「商い。商家貴族。なぜこの店に?」

「こういう古い店はな、客同士のつなぎもやるのよ。それとなく引き合わせる程度だがな。ここくらいの格の店なら、まあ男爵としての面子も辛うじて立つ。ヤポンも出入りしておるしな」

 ギンネ老は肩をすくめると、大きくかぶりを振って続けた。

「今さらヤポンのカイシャに取り入ろうというわけじゃろう。足が遅いことだ」

 ギンネは、俺の言葉足らずな問いにも筋の通った回答をくれる。
 こちらの求めている情報が読めるのも商人の才覚だ。
 おかげでかなり状況が把握できた。

 名のある家。信用がある。だが金回りが悪い。日本企業との伝手がない。
 日本の食糧支援で麦の相場を崩された側。
 つまり日本に対して恨みはあるが、同時に日本の経済圏に食い込まなければ生き残れないことも分かっている。

 金に困っていて、信用があり、こちらが力関係で上に立てる相手。
 そして、ナイリザを侮辱した男。

 ギンネに尋ねる。お願いごとだ。文章を考えてから、ゆっくりと丁寧に。

「ギンネさん、ダラハール家、ツテがあるか。ヤシマの名前を使っていい。ラズワーンと会って話をしたい」

「……まあ、出入り業者の知り合いくらいならな。心当たりはある」

 そこでギンネは窺うようににこちらを見て言った。

「お前さん、存外帝国語を話せるな」

 俺は肩をすくめた。
 過分な評価だが、アダプテーション(適応)が進んでいるせいかと思うと素直に喜べない。

「下手でもええ、最初から直接話をせえ。それが仁義じゃろうが」

 そういえば、この老人との初対面は通訳なしだった。

「ヤポンは商談に通訳を使う」

「ふん」



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 昨日もナイリザのアパートに泊まった。
 しかし、翌朝揃って出勤したりはしない。
 朝、一人で起き出してシャワーを借り、身支度を整えて部屋を出た。
 アパートから事務所までは大した距離ではない。
 朝市を冷やかして屋台の粥で朝食をとる。
 ビニール傘の売り上げで手持ちの銀貨が潤沢だから、現地での買い物に事欠かない。
 それでも事務所に着いてから始業まで、まだかなり時間があった。
 手紙受けの中身やファクシミリを確認して時間を潰すことにする。
 ギンネ=グアシェルからの返事が届いていた。
 会って話を聞いてくれるらしい。
 日時の候補もあった。明日でもいいそうだ。
 定時きっかりにナイリザが出勤してくる。
 何事もなかったかのように。
 そして、いつものようにワンカップの蓋を開け、いつものように業務を始めた。
 ナイリザに通訳の同行を頼むことにする。
「明日、現地の仕入先候補と商談がある。通訳で付き合ってくれ」
「誰と会うの」
「ギンネ=グアシェル」
「ギンネ? ……ああ」
「ダメ元で手紙を出したが、返事が来た」
「例の調査のときに繋いでいたのね」
 俺はデスクの横に積んだファクシミリの用紙を一枚引き抜き、ナイリザに渡した。
 数日前に本社の運用二課から届いた調達指示書だ。
 サンドワームの歯板(登録申請中)。月間300から600個。調達先を確保し、商流を構築せよ。
 仕入単価と納品スケジュールの案を至急提出のこと。
「は? サンドワームの歯板? そんなもの何に使うの」
「知らん。公開されるまではトップクラスの機密情報だ。二課が何か当たりを引いたんだろう」
 申請中、とある。
 効能と安全性が承認・登録されればゲートを通せるようになる。だが同時に条約に基づいて全世界に公表される。
 見つけた会社の先行者利益が出るのは申請から公開までの間だ。
「公開される前に商流を抑えて市場を枯らす。よそが仕入れられない状態を作る」
「搾取の段取りが速いこと」
 城島が言っていた「駐在員にやってほしい仕事」とはこういうことらしい。
 ミスリルの採掘はザファルに丸投げした。空いた俺の手を使って、本社は現地調達の窓口を広げようとしている。
「場所だが、お前の店を使わせてもらっていいか」
 彼女が日本租界の外——旧帝都の街区に出たがらないことはなんとなく察していた。理由を聞いたことはない。
 街での通訳を頼むのには若干の躊躇があるが、あの裏通りの飲み屋であれば、抵抗感も薄いかもしれない。ナイリザの行きつけで、顔の利く場所だ。
 彼女のテリトリーを商談に使う許可も含めて、軽くナイリザに聞いてみる。
 ナイリザが眼鏡の奥でこちらを見た。
「……好きにしなさいよ。あの店なら話も通じやすいでしょうし」
 * * *
 翌日の昼過ぎ。店に着いた。
 間口の狭い入り口。色褪せたタペストリーを潜る。
 中に入ると、前回の金曜の夜とはまた違う空気があった。
 昼の光が薄い窓から差し込み、木のカウンターの年季が見える。酒亭というよりはカフェのようで、雰囲気がある。
 奥のテーブル席には数人の常連が散らばっていた。
 人種はまちまちだが、相変わらずどの客も静かで、大声を出す者がいない。
 現地人は、服装からして富裕層か、元富裕層のようだ。
 日本人の客もちらほら見える。現地風の店だが、場違いにはならない。
 ギンネ=グアシェルは奥のテーブルに先に座っていた。
 小柄な老人。襤褸に近い外套。手元にはパイプ。
 特に見栄えのする服装でもないのに、こういった瀟洒な店でも妙にサマになって見える。これも年の功というものだろうか。
「ギンネさん。待たせたか」
「……ヤシマのか」
 老人は煙を吐き、こちらを見た。
「お前さんの返事が隣の蝋燭屋に届いとった。
 まともな使番(つかいばん)を雇え。金はあるんじゃろうが」
「それはすまなかった」
 頭が痛い。
 スマホもメールもない現地人との連絡方法は課題のひとつだ。
 席に着くと、ギンネはナイリザをちらりと見て、それ以上は何も言わなかった。
 通訳として同席していることが伝わっている。
「ところでギンネさん。ハシュラは元気か」
 ナイリザが訳す。
「うちは故買じゃねえ。スリのガキのことなんぞ知るか」
 老人は間を置いた。
「……まあ、昨日も見かけはしたな」
 それを聞いて、思っていた以上に胸が軽くなった自分に驚く。
 盗賊ギルドに処理されていないことがわかれば十分だ。
 本題に入った。
「サンドワームの歯板を仕入れたい」
「歯板……歯板か。ヤポンはまた妙なものを欲しがる」
 月に最低300個。単価は銀貨三枚。安定供給のルートを開拓したい。
 ナイリザの通訳でそこまで伝えると、ギンネはパイプの煙を一吹きして呟いた。
「無理がある」
「仕入れの量がか?」
「違う。
 仕入れは他の店と寄り合いを組めば回せる。大店は扱わん品だ。ほかのグアシェルに声をかけてもええ。
 それぞれの店で、出入りの冒険者に集めさせる。一匹討伐すれば一山採れる。巣の周りの脱落歯片を拾わせる手もあるじゃろ」
 ギンネ老は卓上に指で線を引いた。
「無理があるのは信用じゃ。
 寄り合いを組むにせよ頭は要る。遅れた、足りん、不良が出た。そのときに表で責を負うものがおらんかったら乗れんわな。わしの名で約定できるのは銀貨百枚か二百枚が限度だ。
 月に最低銀貨九百枚の取引となれば、決済には金貨が絡む。
 金貨取引の名板貸し人(ナーマ・ラヒス)には、土地と一門と位が要る。要するに貴族が要る」
 貴族、のくだりでナイリザが小さく身じろぎした。
「貴族の名義で取引の裏書きをする。日本でいう信用状のようなものか?」
 俺が日本語で呟くと、ナイリザが短く「似たようなものね」と日本語で答えた。
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 実際の取引相手に代わり、信用のある第三者が名義だけを供与する。例の削孔機の件では、このシステムが取引相手の偽装に用いられていた。ヴォルグなりの応用だったというわけだ。
 ギンネが補足する。
「わしの信用じゃ足りん額を、もっと大きな名前で保証する。その名前を借りるのに手数料がかかる」
「心当たりは——」
 俺が言いかけたところで、店の入り口の布が揺れた。
 二人組の男が入ってきた。
 一人は従者らしい体格の良い男。もう一人は、細身の中年のエルフだった。
 仕立ての良い上着だが、袖口が擦り切れている。かつて上等だったものを手入れして着続けている風情。
 この店の常連たちと同じ空気だが、常連ではないようだ。店主の態度にそれが出ている。
 顔立ちは端正だが、険がある。人を値踏みする目。
 エルフの視線がカウンターを流し、こちらのテーブルに止まった。
 俺とギンネ、そしてナイリザを認めたところで、表情が変わった。
 中年のエルフが踵を鳴らしてこちらに近づいてくる。
 ナイリザの前で止まり、見下ろしながら言った。
「ナイリザ・イル=サリヤーン」
 押し殺した低い声だった。
「まだ生きていたのか。
 ルーヴァンの門を開けた女が……なぜ死んで陛下に詫びぬ」
 翻訳が追いつく前に空気が変わっていた。
 店内の常連客が振り向いている。ギンネが煙を吐く手を止めた。
「裏切り者め。ヤポンに腰を振る雌犬が」
 ナイリザは動かなかった。
 グラスを持ったまま、相手を見ていた。
 「ルーヴァンの門」という言葉が何を指すのか、俺にはわからない。
 だが、ナイリザの指先が白くなるほどグラスを握っているのは見えた。
 二秒か三秒。
 それから静かにグラスを置き、席を立ち、何も言わずに店を出た。
 布の揺れが収まるまで、誰も口を開かなかった。
 エルフは鼻を鳴らし、従者と共にカウンターに座った。
 店主に何事か話しかけている。
 常連たちの目は冷ややかだったが、店主は困ったように曖昧に、しかし丁重に対応している。
 その様子から、中年エルフの社会的地位が知れた。
 俺はナイリザを追おうと浮き上がりかけた腰を下ろす。
 今は情報が必要だ。
 ギンネに向き直った。片言の帝国語で質問を投げる。
「あれは誰」
 ギンネは声を落とした。
「ダラハール家のラズワーンよ。男爵じゃ」
「この辺りでよく見る?」
「見たことはないな。金策じゃろう。ダラハールは古い家だが、最近は金回りが悪い。麦の商いで潤っておったが、ヤポンの食糧支援やらで値が下がっとる」
「商い。商家貴族。なぜこの店に?」
「こういう古い店はな、客同士のつなぎもやるのよ。それとなく引き合わせる程度だがな。ここくらいの格の店なら、まあ男爵としての面子も辛うじて立つ。ヤポンも出入りしておるしな」
 ギンネ老は肩をすくめると、大きくかぶりを振って続けた。
「今さらヤポンのカイシャに取り入ろうというわけじゃろう。足が遅いことだ」
 ギンネは、俺の言葉足らずな問いにも筋の通った回答をくれる。
 こちらの求めている情報が読めるのも商人の才覚だ。
 おかげでかなり状況が把握できた。
 名のある家。信用がある。だが金回りが悪い。日本企業との伝手がない。
 日本の食糧支援で麦の相場を崩された側。
 つまり日本に対して恨みはあるが、同時に日本の経済圏に食い込まなければ生き残れないことも分かっている。
 金に困っていて、信用があり、こちらが力関係で上に立てる相手。
 そして、ナイリザを侮辱した男。
 ギンネに尋ねる。お願いごとだ。文章を考えてから、ゆっくりと丁寧に。
「ギンネさん、ダラハール家、ツテがあるか。ヤシマの名前を使っていい。ラズワーンと会って話をしたい」
「……まあ、出入り業者の知り合いくらいならな。心当たりはある」
 そこでギンネは窺うようににこちらを見て言った。
「お前さん、存外帝国語を話せるな」
 俺は肩をすくめた。
 過分な評価だが、アダプテーション(適応)が進んでいるせいかと思うと素直に喜べない。
「下手でもええ、最初から直接話をせえ。それが仁義じゃろうが」
 そういえば、この老人との初対面は通訳なしだった。
「ヤポンは商談に通訳を使う」
「ふん」