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雛の罪〜1

ー/ー



 翌日もそのまた翌日も宴は続く。
 それは雛と謡い手の距離を縮めていく。
 謡い手の眼差しは、逃げ場を残さない。
 雛もまた渇望していた。
 内裏に不満があるわけではない。
 穏やかで優しくて、少年のような無邪気な人。
 誠実ではあるが、謡い手に誘われてからはどこか物足りない。
 ぼんぼりの明かりが消える度に、雛の闇は深くなっていく。

 そして、次の日。
 連日の宴に、内裏も酔いが回るのが早まり、途中で眠ってしまった。
 官女は宴を終えようとするが、それを雛が止める。
 いつものように謡い手は官女の段で舞う。
 内裏は幸せそうな微笑みで眠ったまま。
 雛も謡い手も、内裏のことを気にかけることなく、存分に見つめ合う。
 謡い手の眼差しが愛を語る。
 雛もまた焦がれた視線を送る。
 そして宴が終わり、ぼんぼりの明かりが消える。
 その直前。
 一つの影が最上段へと登っていった。
 誰にも気づかれずに。
 影は、眠りにつこうとする雛の、白魚のような細い手を力強く握りしめた。
 雛は驚いた。しかし、予感はあった。
 影を見つめる。その瞳は、雛を渇望させた、妖しい光。
 影の手は、雛を抱き寄せた。
「およしくださいませ」と言う雛の唇を塞ぐ。
 恍惚の表情のまま、見つめ合う。
「うーん」と内裏の寝惑い。
 雛は静かに影を突き放した。
 影は、そのまま深い深い闇の奥へと消えていく。
 やがて、なにかが壊れた音が静寂を切り裂いた。

 翌日。
 例のごとく、ぼんぼりに橙の明かりが灯る。
 太鼓と笛が響き渡り、大鼓と小鼓が彩りを添える。
 いつもならここから謡い手が舞い、そして謡うはずであった。
 しかし、今日は謡い手の声はおろか、姿も見当たらない。
 いないのだ。
 それでも楽器だけの宴は続く。
「物足りんのう……」
 内裏は顔をしかめて、小さく息を吐く。
 それを耳にした官女たちは、ならば我らが、と謡い、舞う。
 しかし、謡い手のそれとは格段に落ちる。
 教養はあるが、素養はない。
 淡々とした一本調子の謡。
 切れのないだらっとした舞。
「謡い手がおらぬとつまらんのう。雛もそう思うであろう?」
 雛は、今にも消えてなくなりそうな声で「はい」と答える。
「具合でも悪いのか?」
 小さく小さく身を縮こませる雛。内裏が触れると微かに震えている。
 笑顔は向けているが、生気のない作られた笑顔。それも綻びかけている。
「宴は終いじゃ。雛を休ませよ」
 内裏の凛とした声は、下段まで届き、囃子は演奏を止める。
 官女たちが雛に寄り添う。

 雛の震えは止まらない。
 昨夜、謡い手を突き飛ばし、彼は落ちた。
 闇の奥、壊れた音も耳に届いた。
 それなのに、その痕跡も、謡い手の姿形もない。
 皆も謡い手の心配をする素振りもない。
 当たり前のように宴が開かれた。
 雛の心は、闇を彷徨う。


 
 


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 翌日もそのまた翌日も宴は続く。
 それは雛と謡い手の距離を縮めていく。
 謡い手の眼差しは、逃げ場を残さない。
 雛もまた渇望していた。
 内裏に不満があるわけではない。
 穏やかで優しくて、少年のような無邪気な人。
 誠実ではあるが、謡い手に誘われてからはどこか物足りない。
 ぼんぼりの明かりが消える度に、雛の闇は深くなっていく。
 そして、次の日。
 連日の宴に、内裏も酔いが回るのが早まり、途中で眠ってしまった。
 官女は宴を終えようとするが、それを雛が止める。
 いつものように謡い手は官女の段で舞う。
 内裏は幸せそうな微笑みで眠ったまま。
 雛も謡い手も、内裏のことを気にかけることなく、存分に見つめ合う。
 謡い手の眼差しが愛を語る。
 雛もまた焦がれた視線を送る。
 そして宴が終わり、ぼんぼりの明かりが消える。
 その直前。
 一つの影が最上段へと登っていった。
 誰にも気づかれずに。
 影は、眠りにつこうとする雛の、白魚のような細い手を力強く握りしめた。
 雛は驚いた。しかし、予感はあった。
 影を見つめる。その瞳は、雛を渇望させた、妖しい光。
 影の手は、雛を抱き寄せた。
「およしくださいませ」と言う雛の唇を塞ぐ。
 恍惚の表情のまま、見つめ合う。
「うーん」と内裏の寝惑い。
 雛は静かに影を突き放した。
 影は、そのまま深い深い闇の奥へと消えていく。
 やがて、なにかが壊れた音が静寂を切り裂いた。
 翌日。
 例のごとく、ぼんぼりに橙の明かりが灯る。
 太鼓と笛が響き渡り、大鼓と小鼓が彩りを添える。
 いつもならここから謡い手が舞い、そして謡うはずであった。
 しかし、今日は謡い手の声はおろか、姿も見当たらない。
 いないのだ。
 それでも楽器だけの宴は続く。
「物足りんのう……」
 内裏は顔をしかめて、小さく息を吐く。
 それを耳にした官女たちは、ならば我らが、と謡い、舞う。
 しかし、謡い手のそれとは格段に落ちる。
 教養はあるが、素養はない。
 淡々とした一本調子の謡。
 切れのないだらっとした舞。
「謡い手がおらぬとつまらんのう。雛もそう思うであろう?」
 雛は、今にも消えてなくなりそうな声で「はい」と答える。
「具合でも悪いのか?」
 小さく小さく身を縮こませる雛。内裏が触れると微かに震えている。
 笑顔は向けているが、生気のない作られた笑顔。それも綻びかけている。
「宴は終いじゃ。雛を休ませよ」
 内裏の凛とした声は、下段まで届き、囃子は演奏を止める。
 官女たちが雛に寄り添う。
 雛の震えは止まらない。
 昨夜、謡い手を突き飛ばし、彼は落ちた。
 闇の奥、壊れた音も耳に届いた。
 それなのに、その痕跡も、謡い手の姿形もない。
 皆も謡い手の心配をする素振りもない。
 当たり前のように宴が開かれた。
 雛の心は、闇を彷徨う。