表示設定
表示設定
目次 目次




雛の宴

ー/ー



 ぼんぼりに火が灯る。
 仄かな橙の明かりが、高貴な二人を照らす。
 清楚で爽やかな香りが、ほんのりと漂う。
 桃は、雛の名を映すように花を開いていた。
 二人の手には朱塗りの盃。
 官女が、とろみのある白い酒を注ぐ。
 桃に甘美な香りが足された。
 芳香に包まれながら、二人が顔を見合わせる。
 雛の慎まやかな笑顔、内裏の慈しむ笑顔。
 揃って、杯を口元に近づけ、僅かに含む。
 まろやかな糀の、軽やかな甘味が広がった。

 官女が手を打つ。
 太鼓が柔らかく響けば、笛の音が時の流れを操る。
 乾いた大鼓(おおかわ)と、湿った小鼓。
 音が重なり、得も言われぬ拍子を刻む。
 謡い手は扇を手に、厳かに謡い、力強く舞う。

 内裏は、謡に合わせて手を打ち、雛は楽しげな内裏に白酒を注ぐ。
 時折謡い手が、謡に合わせて艶めかしい顔つきを二人に向ける。舞もまた、目を離せぬほどの色香を漂わせた。

 官女がそろりと内裏に耳打ちする。
 内裏が満面の笑みで頷くと、謡い手は一段上に登り、官女たちの段で舞を続ける。

 謡い手の視線が、雛の指先を捉える。
 内裏に酒を注ぐ動きを真似ると、妖しく雛の瞳を見据えて、無言で何かを話す。
 雛の手が僅かに震え、杯から酒が溢れた。
 官女がそそくさと寄り、溢れた酒を拭き取る。
 機嫌の良い内裏は、それもまた興と手を叩いた。

 謡い手は官女の着物を羽織り、帯を巧みに操り、女形の舞を披露する。
 謡い手の視線は、常に雛にあった。
 雛の顔から笑みが消えてゆく。
 謡い手は最後にと、帯を結い合わせて大縄を蛇に見立てて華麗に舞う。
 雛はその舞から目を逸らすことができなかった。
 舞い終えた謡い手は、上段の二人に深々と頭を垂れると、下段へと戻っていった。

 宴は終焉を迎え、ぼんぼりの明かりが消された。
 闇だけが、雛の想いを嗅ぎ取っていた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 雛の罪〜1


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 ぼんぼりに火が灯る。
 仄かな橙の明かりが、高貴な二人を照らす。
 清楚で爽やかな香りが、ほんのりと漂う。
 桃は、雛の名を映すように花を開いていた。
 二人の手には朱塗りの盃。
 官女が、とろみのある白い酒を注ぐ。
 桃に甘美な香りが足された。
 芳香に包まれながら、二人が顔を見合わせる。
 雛の慎まやかな笑顔、内裏の慈しむ笑顔。
 揃って、杯を口元に近づけ、僅かに含む。
 まろやかな糀の、軽やかな甘味が広がった。
 官女が手を打つ。
 太鼓が柔らかく響けば、笛の音が時の流れを操る。
 乾いた|大鼓《おおかわ》と、湿った小鼓。
 音が重なり、得も言われぬ拍子を刻む。
 謡い手は扇を手に、厳かに謡い、力強く舞う。
 内裏は、謡に合わせて手を打ち、雛は楽しげな内裏に白酒を注ぐ。
 時折謡い手が、謡に合わせて艶めかしい顔つきを二人に向ける。舞もまた、目を離せぬほどの色香を漂わせた。
 官女がそろりと内裏に耳打ちする。
 内裏が満面の笑みで頷くと、謡い手は一段上に登り、官女たちの段で舞を続ける。
 謡い手の視線が、雛の指先を捉える。
 内裏に酒を注ぐ動きを真似ると、妖しく雛の瞳を見据えて、無言で何かを話す。
 雛の手が僅かに震え、杯から酒が溢れた。
 官女がそそくさと寄り、溢れた酒を拭き取る。
 機嫌の良い内裏は、それもまた興と手を叩いた。
 謡い手は官女の着物を羽織り、帯を巧みに操り、女形の舞を披露する。
 謡い手の視線は、常に雛にあった。
 雛の顔から笑みが消えてゆく。
 謡い手は最後にと、帯を結い合わせて大縄を蛇に見立てて華麗に舞う。
 雛はその舞から目を逸らすことができなかった。
 舞い終えた謡い手は、上段の二人に深々と頭を垂れると、下段へと戻っていった。
 宴は終焉を迎え、ぼんぼりの明かりが消された。
 闇だけが、雛の想いを嗅ぎ取っていた。