第68話 羅生門の鬼
ー/ー 橋の上にのぼったところで怜強が立ち止まり辺りを見回した。
「声はどこから聞こえたんだ!?」
「真っ直ぐ! あの橋の向こう!!」
走りながら御言の頭は急回転し始めた。あの方向には確か寺院があったはず。……夜とはいえ人がいる可能性が大きい。もし、あの声が妖怪に襲われている声だとすれば、被害がさらに拡大するかもしれない。
近付くにつれて声は大きく、そして切れ切れになっていく。
「! 怜強!?」
怜強は御言を追い抜き、なおも緩めることなく逆に走る速度を上げて声のする方角へと急ぐ。一刻も早く向かわなければと心が焦る。
その声がはっきりと聞こえると同時に怜強はその原因も視認した。それは自身よりも一回り、いや二回り大きい鬼。
それは必死に逃げ惑う若い女性をついに捕まえると、放すまいと握った両手を口に近付ける。
「おい、なんやあれ!?」「え、映画の撮影やないの? でも、カメラ見えへんけど……」
複数の一般人の姿も確認するものの、怜強は御言を待っていられるほど強くはなかった。
「やめろおおお!!」
突進。姿をさらけ出してそのまま特攻するあまりにも無謀な策。だが、その鬼は敵意の存在に気づき女性を放り投げると、迎え撃つかのように腰を落として体勢を整えた。
事態に気づき、騒然とし始めた人々の間を真っ直ぐに走り抜けると、怜強は拳を強く握った。武器などない。一対一の戦いにおいて頼れるのは己の体一つ。
勢いに乗ったまま渾身の拳打を相手の左腹部にぶち込む。そのまま真上に跳びながら左手で掌底を見舞い、回し蹴りを胸に当てた。全身赤毛で覆われた鬼は後ろへと吹き飛び、派手な音を立てて寺の外壁に突っ込んでいった。
だが、手応えは全くなかった。
怜強の予想通り鬼は平然と起き上がり、肩と首をぐるんと回す。鬼は拳を前に出すと、戦闘体勢を取り、そして動いた。
地を揺らしながら怜強と同じように突進してくる。動きは遅いが、その分全身についた筋肉は怜強の比ではなかった。人の体格に近い怜強と違い、向かってくるのは完全なる鬼。鬼は後ろに半身を捻ると、顔が歪むほどの風圧とともに重い一撃を怜強の顔に叩きつけようとした。
しかし、次の瞬間には鬼は宙を舞っていた。すんでのところで殴打を避けた怜強が懐に入り込み、鬼を投げ飛ばしていたからだ。
背中から地面に激突した鬼は、さすがに苦悶の声を絞り出す。
(今だ!)
連打を叩き込もうと両拳を振り上げる。が、腕が鬼の強腕に押さえ付けられ、 微塵も動くことができなかった。
鬼の目が怪しく光る。鬼は頭を持ち上げると、掴んだ腕にその尖った牙を突き付けた。
「ぐぁぁぁ!!」
怜強の腕から血が噴き出した。鬼は下卑た嗤い顔を浮かべさらに歯に力を込める。徐々に肉が引き千切られていく音が怜強の痛覚をさらに刺激する。
もがけばもがくほど歯は食い込んでいく。それに加えて鬼の手ががっしりと腕をつかんだまま動きようがない。このままじゃダメだ、それなら──。
怜強は足で鬼の腹を踏むと、後ろに全体重をかけた。鮮血が勢いよく飛び散り、歯が肉と皮を貫通しようと歪な音を立てる。──このまま、腕が取れれば楽になる。
「怜強!」
御言の声が弾けた。
走り寄ってきた御言が手をかざすと同時に鬼は動きを止めた。その隙に口をこじ開けて腕を引き抜くと、怜強は御言の横へ跳んで鬼と距離を取った。
「怜強、止血しないと」
御言は腕をぐっと強く押すも、流れ出す血はすぐには止まらない。その血が白装束を汚していくのを見て、怜強は御言の手から腕を振り払った。
「これくらい大丈夫だ。それより、どうす──」
耳をつんざくような咆哮が辺り一帯を震わせた。言葉も思考も中断させられる。結界が破られたのだ。
「細かく話し合っている時間はない! 御言、俺が戦っている間に何か策を考えろ!」
おもむろに立ち上がった鬼に向かって再び怜強は特攻を始めた。
「待って!」
御言の叫びは聞き入れられることなく、拳と拳がぶつかり合う。夏の花火に似た火花が、散るように。腕を振るう度に、身体を動かす度に飛び散り、流れ落ちる赤い血を御言は正視することができなかった。
無茶だ──。御言は懐から二つ折りの黒一色の携帯を取り出すと、梓へと電話をかける。一秒足らずして梓が電話口に出た。
「はい」
「梓。火急の連絡。当主に伝えて、件の鬼が出た、と」
それだけ言って電話を切ると、周囲の状況を確認する。境内へ続く階段下に、たぶん襲われた女性が一名気を失って倒れている。怜強と鬼が争う向こうには、観光客らしき男女が複数人。これだけならば、救護班で対処可能。ならば──。
御言は両耳にその長い黒髪を掛けると、件の鬼──羅城門の鬼に向かって地を蹴った。
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