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第67話 邂逅

ー/ー



**********

(……来た)

 弱まった雨音に混じって足音が近づいてきた。今時珍しい唐傘が雨粒を弾く音も聞こえる。

 鬼神怜強はおもむろに立ち上がると、その方を見た。赤い唐傘の中にしっとりと伸びる黒髪が視界に入る。

「御言――」

「待て」

 労いと歓迎の言葉でも投げかけようかと名前を呼んだ矢先に、風を切るような鋭い口調で止められた。

「怜強、お前は本当に怜強か?」

 妙な質問をするな、と怜強は思った。だが、近づいてくる引き締まったその表情を見て、すぐに何かあったことを察する。怜強は確信を持って強く頷くと、「何があったんだ?」と逆に御言に質問した。

「結論から言うと、妖怪が現れた」

 傘を閉じ、付いた雨水を落としながら御言は早口で状況を説明する。

「件の鬼ではない。別の妖怪――ぬらりひょんと名乗っていたが――が、京極家の屋敷を襲撃した。具体的な狙いはわからないが、人間から妖怪を解放するのが目的のようだ。現時点で確認できるところですでに二名――京極紋奈と京極玄都、どちらも私の親だが、が殺されている。鬼との関係性もわからないが、そいつは殺した者の皮を被り、成り済ます能力を持っているため、怜強、お前がお前のままか確認した、というわけだ」

 そこまで言って御言はようやく息を吐いた。怜強の目には、そんな御言の姿がひどく小さく見えていた。雨に濡れた子犬のそれのように。

「いろいろわからないけど、御言、大丈夫かい?」

「大丈夫だ。大丈夫じゃなければここへは来ない」

 怜強の力強い大きな瞳は、御言が自嘲気味に口元を歪ませたのを見逃さなかった。

「大丈夫、だと言うなら、なんで俺に大事な情報を話したんだ。それに、両親が殺されたことも。御言、俺に親はいないから断言することはできないけど、少なくとも今の君は肉親が殺されたことに動揺しているように見える」

「動揺など……していない。確かに殺されたことは無念だが、もはや嘆いても仕方のないこと」

 その声は湿り気を帯びていた。

「ならなぜ、声を震わせる!」

「声など震わせていない! 私は、京極御言! 妖怪が出た以上、何よりも率先して迅速に対応しないといけないんだ!」

 怜強は声を荒げる御言の肩にそっと手を置いた。

「そしたら、なんで今、御言は泣いているんだ?」

 その言葉が御言を抑え込んでいてた分厚い蓋を砕いた。後から出てくるのは沸き上がるような情動から生まれる涙。

「泣いてなんか……いない……これは、雨だ」

「そうか。なら、雨が上がるまで待っていることにしよう」

 囁くように、密やかに。なるべく優しく聞こえるように言葉を届けると、怜強は御言の手から唐傘を取って開いた。傘の下で滴る雨は、鮮やかな赤色に囲われて終ぞ外に漏れることはなかった。

「──もう、大丈夫。こんなことをしてる場合ではないんだけど」

 御言の冷たい手が傘を持つ手に触れると、怜強は傘を閉じた。

「御言。ここでずっと考えていたんだけど、その妖怪退治、やっぱり俺にも手伝わせてくれないか? 敵はもしかしたら二人いるかもしれないんだろ? なら、きっと、俺も役に立てるはずだ」

 言いながら、一瞬でも自身が妖怪であることを忘れていた自分に怜強は気づいた。妖怪が人間の味方をし、同じ妖怪を倒そうと考えているのだからおかしな話だ。──妖怪とか人間とか関係ない。自分に名を与えてくれた、自分の前で泣いてくれた御言を守らなければいけない。

「……けれど……」

 御言は躊躇うように怜強を見上げた。泣き腫らしたばかりの赤い目に見つめられて、怜強の心臓が早鐘を打った。おそらく、御言が逡巡しているのは、鬼と行動を共にしていたことで咎められる恐れではない、自分に危機が及ぶ可能性のあることだと、なぜか怜強は確信していた。

 異変が起こったのはそのときだった。よく深く注意しないと聞こえないほどの小さな声が二人の耳に届いた。

「聞こえた?」

「ああ」

 二人は顔を見合わせた。雨に消え入りそうなその微かな声は、何度も何度も繰り返される。それが甲高い女性の声と気がついたとき、二人はどちらかともなく走り出した。


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(……来た)
 弱まった雨音に混じって足音が近づいてきた。今時珍しい唐傘が雨粒を弾く音も聞こえる。
 鬼神怜強はおもむろに立ち上がると、その方を見た。赤い唐傘の中にしっとりと伸びる黒髪が視界に入る。
「御言――」
「待て」
 労いと歓迎の言葉でも投げかけようかと名前を呼んだ矢先に、風を切るような鋭い口調で止められた。
「怜強、お前は本当に怜強か?」
 妙な質問をするな、と怜強は思った。だが、近づいてくる引き締まったその表情を見て、すぐに何かあったことを察する。怜強は確信を持って強く頷くと、「何があったんだ?」と逆に御言に質問した。
「結論から言うと、妖怪が現れた」
 傘を閉じ、付いた雨水を落としながら御言は早口で状況を説明する。
「件の鬼ではない。別の妖怪――ぬらりひょんと名乗っていたが――が、京極家の屋敷を襲撃した。具体的な狙いはわからないが、人間から妖怪を解放するのが目的のようだ。現時点で確認できるところですでに二名――京極紋奈と京極玄都、どちらも私の親だが、が殺されている。鬼との関係性もわからないが、そいつは殺した者の皮を被り、成り済ます能力を持っているため、怜強、お前がお前のままか確認した、というわけだ」
 そこまで言って御言はようやく息を吐いた。怜強の目には、そんな御言の姿がひどく小さく見えていた。雨に濡れた子犬のそれのように。
「いろいろわからないけど、御言、大丈夫かい?」
「大丈夫だ。大丈夫じゃなければここへは来ない」
 怜強の力強い大きな瞳は、御言が自嘲気味に口元を歪ませたのを見逃さなかった。
「大丈夫、だと言うなら、なんで俺に大事な情報を話したんだ。それに、両親が殺されたことも。御言、俺に親はいないから断言することはできないけど、少なくとも今の君は肉親が殺されたことに動揺しているように見える」
「動揺など……していない。確かに殺されたことは無念だが、もはや嘆いても仕方のないこと」
 その声は湿り気を帯びていた。
「ならなぜ、声を震わせる!」
「声など震わせていない! 私は、京極御言! 妖怪が出た以上、何よりも率先して迅速に対応しないといけないんだ!」
 怜強は声を荒げる御言の肩にそっと手を置いた。
「そしたら、なんで今、御言は泣いているんだ?」
 その言葉が御言を抑え込んでいてた分厚い蓋を砕いた。後から出てくるのは沸き上がるような情動から生まれる涙。
「泣いてなんか……いない……これは、雨だ」
「そうか。なら、雨が上がるまで待っていることにしよう」
 囁くように、密やかに。なるべく優しく聞こえるように言葉を届けると、怜強は御言の手から唐傘を取って開いた。傘の下で滴る雨は、鮮やかな赤色に囲われて終ぞ外に漏れることはなかった。
「──もう、大丈夫。こんなことをしてる場合ではないんだけど」
 御言の冷たい手が傘を持つ手に触れると、怜強は傘を閉じた。
「御言。ここでずっと考えていたんだけど、その妖怪退治、やっぱり俺にも手伝わせてくれないか? 敵はもしかしたら二人いるかもしれないんだろ? なら、きっと、俺も役に立てるはずだ」
 言いながら、一瞬でも自身が妖怪であることを忘れていた自分に怜強は気づいた。妖怪が人間の味方をし、同じ妖怪を倒そうと考えているのだからおかしな話だ。──妖怪とか人間とか関係ない。自分に名を与えてくれた、自分の前で泣いてくれた御言を守らなければいけない。
「……けれど……」
 御言は躊躇うように怜強を見上げた。泣き腫らしたばかりの赤い目に見つめられて、怜強の心臓が早鐘を打った。おそらく、御言が逡巡しているのは、鬼と行動を共にしていたことで咎められる恐れではない、自分に危機が及ぶ可能性のあることだと、なぜか怜強は確信していた。
 異変が起こったのはそのときだった。よく深く注意しないと聞こえないほどの小さな声が二人の耳に届いた。
「聞こえた?」
「ああ」
 二人は顔を見合わせた。雨に消え入りそうなその微かな声は、何度も何度も繰り返される。それが甲高い女性の声と気がついたとき、二人はどちらかともなく走り出した。