202. 百億の圧倒

ー/ー



「それで、未来志向の国を作ることで、アポカリプスは延期としてもらったんですね」

 レオンが淡々と、まるで天気の話をするような気軽さで続けると、レスター三世はその言葉を噛み締めた。中止ではなく延期、つまりいつかは来る。神の審判はまだ終わっていないのだ。

「つ、つまり……神に監視されておるから、大陸内でいざこざなどやらん……ってことか?」

「そういうことです。我々が争っている場合じゃないんですよ。神を納得させなければ、全員まとめて消されますから」

 その言葉が会議場に重く響き、誰も何も言えなかった。今まで諸侯たちは互いを敵だと思ってきた。隣国を警戒し、同盟を結び、時に戦争を起こし、領土を奪い合ってきた。しかし本当の敵は別にいたのだ。頭上に、天上に、いつでもこの世界を滅ぼせる存在が自分たちを見下ろしているのだ。

 レスター三世はギリッと奥歯を鳴らした。

 神となると次元の違う話になる。確かにうまくやらねばならん――が、今まで築き上げてきた王家の権益を失うわけにもいかない。神に納得してもらえても自らの地位を失っては本末転倒なのだ。

「なるほど? 神が見てる。確かに争っている場合ではないのう。じゃが、だからといってワシらに利益の無い国交などやる意味がないぞ? ん?」

 レスター三世は一気に踏み込んだ。何らかの権益を支配者層にもたらしてくれるのだろうな? と、暗に利益をせびったのだ。

 だが――――。

「おっしゃる通りですね。それはよくお考えいただいて……」

 レオンは肩をすくめ、引いてしまった。

 レスター三世は焦った。国交を樹立する代わりに何らかの果実を得ないと、自分たちの立場は揺らぐばかり、損しかないのだ。

「なんじゃ? それだけか? そんな態度で、ワシら全員が国交樹立に反対したらどうする? ん?」

 それは最後の切り札だった。大陸中の諸侯が結束すれば、この国を孤立させることができる。経済封鎖、外交的圧力、情報遮断。いかに技術が進んでいても、孤立した中でやっていくのは難しいはずだ。

「まぁ、そのご判断はおまかせします。我々は淡々と、今まで通り国を成長させていくだけです」

 レオンは本気でどうでもいいとでもいうような調子で淡々と言い返す。

「孤立して成長なんてできるのか? ん?」

 レスター三世は険しい表情で問いただす。もうこの一点しか切り札は無いのだ。

 しかし――。

「今の計画だと、自分たちだけでも問題なく百年後に人口は四億人に達する予定です」

 レオンはあっさりと答えた。

「よ、四億……だと……?」

 レスター三世の表情が凍りついた。四億人という数字は圧倒的だった。

 各国の人口を全部合わせても数千万人に過ぎず、人口増加率も鈍化している今、百年経っても一億には届かない。そんな現実を考えれば、四億は途方もない規模だった。この国だけで大陸のほとんどを占める計算になってしまう。

「ば、馬鹿な……ありえんよ……」

「さらに百年後は、百億人に達するはずです。人口は多様性に大きく効きますからね。神もお喜びになるでしょう」

 レオンがにこやかに続けると、会議場は完全に静まり返った。自分の国が数百万人で、それでも大陸有数の大国だと自負していたのに、この男はその一万倍の数字を当たり前のように提示している。寝物語だと一蹴したかったが、神の名を出されては笑い飛ばすわけにもいかず、何よりこの国の異常な技術力を見せつけられた後では、何を言われても信じざるをえなかった。

「ひゃ、百億……」

 レスター三世は深いため息をついた。完敗だ。技術で負け、文化で負け、理想で負け、そして将来性でも負けている。自分たちに勝てる要素が一つもない。

「まぁ、今この場で何かを決めていただく必要はありません。今日は記念式典、そしてこれはただの顔合わせです。今日は、楽しんでいってください」

 レオンが場の空気を和らげるように言うと、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。

 アリス(テン)がにこやかに前に出て乾杯への移行を告げ、赤毛のアリス、銀髪のアリス、黒髪のアリスと、いろいろな髪の色のアリスたちが諸侯にグラスを配っていった。彼女たちは皆完璧な笑顔を浮かべているが、人間ではないものが人間よりも美しく優秀に振る舞うその光景が、レスター三世には不気味に見えた。この国はそういうものに支えられているのだ。

 グラスが手渡され、ピンク色の液体の中で細かな泡が立ち上っている。先ほどとは違ってロゼを選んだようだ。華やかな色が無情にも心にしみる。

「それでは、この大陸の輝かしい未来に……乾杯!」

 レオンがグラスを高々と掲げた姿は、まさに王だった。若く颯爽として自信に満ちた王、老いさらばえた自分たちとは正反対の王。諸侯たちは渋い顔をしながらグラスを掲げ、「乾杯」という声が会議場に響いた。誰も心から祝っているわけではないが、神の力を背景に持つ王に逆らうことなどできない。

 こうして世界の王たちを集めた最初の会合は、レオンが圧倒して幕を閉じた。

 レスター三世はグラスを傾けながら、何を持ち帰ればいいのかと考えていた。何もかも負けた今、自国での会議で何と報告すればいいのか。しかし一つだけ分かったことがある。世界はこの国を中心にして大きく変わろうとしており、その変化に乗れなければ取り残される。いや、神に「失敗作」として廃棄されるかもしれない。

 レスター三世は天蓋(キャノピー)を見上げた。黄金の国章がまるで神の眼のように輝いている。まだ終わりではない、終われない――老いた王の胸に、新たな決意が芽生えていた。



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「それで、未来志向の国を作ることで、アポカリプスは延期としてもらったんですね」
 レオンが淡々と、まるで天気の話をするような気軽さで続けると、レスター三世はその言葉を噛み締めた。中止ではなく延期、つまりいつかは来る。神の審判はまだ終わっていないのだ。
「つ、つまり……神に監視されておるから、大陸内でいざこざなどやらん……ってことか?」
「そういうことです。我々が争っている場合じゃないんですよ。神を納得させなければ、全員まとめて消されますから」
 その言葉が会議場に重く響き、誰も何も言えなかった。今まで諸侯たちは互いを敵だと思ってきた。隣国を警戒し、同盟を結び、時に戦争を起こし、領土を奪い合ってきた。しかし本当の敵は別にいたのだ。頭上に、天上に、いつでもこの世界を滅ぼせる存在が自分たちを見下ろしているのだ。
 レスター三世はギリッと奥歯を鳴らした。
 神となると次元の違う話になる。確かにうまくやらねばならん――が、今まで築き上げてきた王家の権益を失うわけにもいかない。神に納得してもらえても自らの地位を失っては本末転倒なのだ。
「なるほど? 神が見てる。確かに争っている場合ではないのう。じゃが、だからといってワシらに利益の無い国交などやる意味がないぞ? ん?」
 レスター三世は一気に踏み込んだ。何らかの権益を支配者層にもたらしてくれるのだろうな? と、暗に利益をせびったのだ。
 だが――――。
「おっしゃる通りですね。それはよくお考えいただいて……」
 レオンは肩をすくめ、引いてしまった。
 レスター三世は焦った。国交を樹立する代わりに何らかの果実を得ないと、自分たちの立場は揺らぐばかり、損しかないのだ。
「なんじゃ? それだけか? そんな態度で、ワシら全員が国交樹立に反対したらどうする? ん?」
 それは最後の切り札だった。大陸中の諸侯が結束すれば、この国を孤立させることができる。経済封鎖、外交的圧力、情報遮断。いかに技術が進んでいても、孤立した中でやっていくのは難しいはずだ。
「まぁ、そのご判断はおまかせします。我々は淡々と、今まで通り国を成長させていくだけです」
 レオンは本気でどうでもいいとでもいうような調子で淡々と言い返す。
「孤立して成長なんてできるのか? ん?」
 レスター三世は険しい表情で問いただす。もうこの一点しか切り札は無いのだ。
 しかし――。
「今の計画だと、自分たちだけでも問題なく百年後に人口は四億人に達する予定です」
 レオンはあっさりと答えた。
「よ、四億……だと……?」
 レスター三世の表情が凍りついた。四億人という数字は圧倒的だった。
 各国の人口を全部合わせても数千万人に過ぎず、人口増加率も鈍化している今、百年経っても一億には届かない。そんな現実を考えれば、四億は途方もない規模だった。この国だけで大陸のほとんどを占める計算になってしまう。
「ば、馬鹿な……ありえんよ……」
「さらに百年後は、百億人に達するはずです。人口は多様性に大きく効きますからね。神もお喜びになるでしょう」
 レオンがにこやかに続けると、会議場は完全に静まり返った。自分の国が数百万人で、それでも大陸有数の大国だと自負していたのに、この男はその一万倍の数字を当たり前のように提示している。寝物語だと一蹴したかったが、神の名を出されては笑い飛ばすわけにもいかず、何よりこの国の異常な技術力を見せつけられた後では、何を言われても信じざるをえなかった。
「ひゃ、百億……」
 レスター三世は深いため息をついた。完敗だ。技術で負け、文化で負け、理想で負け、そして将来性でも負けている。自分たちに勝てる要素が一つもない。
「まぁ、今この場で何かを決めていただく必要はありません。今日は記念式典、そしてこれはただの顔合わせです。今日は、楽しんでいってください」
 レオンが場の空気を和らげるように言うと、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
 アリス|X《テン》がにこやかに前に出て乾杯への移行を告げ、赤毛のアリス、銀髪のアリス、黒髪のアリスと、いろいろな髪の色のアリスたちが諸侯にグラスを配っていった。彼女たちは皆完璧な笑顔を浮かべているが、人間ではないものが人間よりも美しく優秀に振る舞うその光景が、レスター三世には不気味に見えた。この国はそういうものに支えられているのだ。
 グラスが手渡され、ピンク色の液体の中で細かな泡が立ち上っている。先ほどとは違ってロゼを選んだようだ。華やかな色が無情にも心にしみる。
「それでは、この大陸の輝かしい未来に……乾杯!」
 レオンがグラスを高々と掲げた姿は、まさに王だった。若く颯爽として自信に満ちた王、老いさらばえた自分たちとは正反対の王。諸侯たちは渋い顔をしながらグラスを掲げ、「乾杯」という声が会議場に響いた。誰も心から祝っているわけではないが、神の力を背景に持つ王に逆らうことなどできない。
 こうして世界の王たちを集めた最初の会合は、レオンが圧倒して幕を閉じた。
 レスター三世はグラスを傾けながら、何を持ち帰ればいいのかと考えていた。何もかも負けた今、自国での会議で何と報告すればいいのか。しかし一つだけ分かったことがある。世界はこの国を中心にして大きく変わろうとしており、その変化に乗れなければ取り残される。いや、神に「失敗作」として廃棄されるかもしれない。
 レスター三世は|天蓋《キャノピー》を見上げた。黄金の国章がまるで神の眼のように輝いている。まだ終わりではない、終われない――老いた王の胸に、新たな決意が芽生えていた。