第8話 マリア、女子高生を脅す
ー/ー 幸いにして、と言うかなんというか、梅毒だけだった。他の感染症がなかったのは救いだが、この病気の深刻さを、美代子はまだ実感しきれていないようだった。
「しかし、伊達さん、今からきっついことを言わなければならないわ」とマリア。
「『きっついこと』?」と美咲と美代子は首をかしげて、目を見合わせた。
「お小言よ。私は医師だから、患者のプライバシーを尊重します。だから、あなたを匿名で治療する。でもね、伊達さんには、この病気の怖さもよくわかって欲しいし、伊達さんのしたことの社会的な影響も理解してほしいの。『きっついこと』を言うわね」
マリアは椅子に腰を下ろし、美代子を真っ直ぐ見つめた。真っ赤なルージュの口元が、静かに動く。
「梅毒は、感染経過により主に第1期、第2期、第3期、第4期という四つのステージに分けられるわ。女子高生とか女子大学生なら、第1期、第2期で心当たりもあるし、何かがおかしいと当然気づいて病院に来るけど……」と美代子を見つめて曽根崎マリア医師が話す。美代子は怯えた表情で頷いた。
「第1期は、感染後約3週間。潜伏期が10〜90日。伊達さん、あなたは今、このステージよ。第1期でやっかいなのが、症状が数週間で自然消失してしまうこと。主な症状は、無痛なのが問題。性器、肛門、口腔などに痛みのない初期硬結というしこりや硬性下疳という皮膚の潰瘍ができる。股の付け根(鼠径部)のリンパ節が腫れる。伊達さんの鼠径部(股の付け根)のリンパ節が腫れている。あそこのビラビラの真横とあなたは気づかないけど内視鏡で見たら子宮頸部も。これがね……」とマリアは平板な口調で淡々と説明した。美代子はマリアの口元を見つめ、さらに怯えた表情で頷いた。
「……2〜3週間で自然に消えちゃうの。患者は、自然に治ったように見えるため、治療を受けず放置されがち。でも、梅毒トレポネーマという細菌は、徐々に体の隅々に広がっていくのよ」とここでマリアは美代子が理解したか確認するために言葉を切った。
「曽根崎先生、美代子が怯えてますばい。もうちょっと表現を和らげてくれんね……」と横で聞いていた美咲が抗議をする。
「崎山先生、伊達さんはお気の毒と思うばいけど、でも、お金をもらってパパ活したんでしょ?それって、売春行為よ。18歳以上だから、いわゆる『合法JK』で、成人同士による単なる売春(対価を伴う性行為)自体は売春防止法による直接の刑罰対象ではありません。法律の不備で、公共の場での勧誘・客引きや他人を売春の相手として紹介する行為、強制的な売春でなければ、警察も手を出せない。この不備は、売春そのものより、その前段階や仲介、未成年相手、または強要などが刑事罰の対象となっていることなのばい」と美咲に説明するマリア。
「曽根崎先生、それは、教師として、これから考えますばい……」と美咲が自信無げに言葉をかえした。
「考えて、って、ねえ、崎山先生、……この子、一人じゃないんでしょう?仲間がいるのよね?グループでやってるんでしょ?この子を手引きした子もいるんでしょ?同じ客をやっていたら、その手引きした子も梅毒や性感染症に罹っている可能性があるのよね?」
「……お、仰られるとおりですばい……名前も美代子から聞きました……それで……」
「それで?崎山先生、パパ活の後にラブホを出た女子高生を先生が補導しても、学則で停学や退学にできたとしても、警察に突き出すことはできないのばい。合法JKなら、自由恋愛です、でおしまい。でもね、それでいいのかしらね?大学生になった、就職した、高校の時やったパパ活は忘れましょう!でいいのかしらね?で、治療しないで、もっとパパ活して生でやったり、口でやったりしたら、彼女を買った男にも感染る。その男が別の女、奥さんとやったら、二次感染となる。二次感染者が気付かないでやったら、三次感染、さらに四次感染……感染した奥さんが妊娠したら母子感染で、新生児は先天梅毒になる。どんどん、感染の輪が広がって……」
「曽根崎先生、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……」と美代子が大粒の涙を流した。
「私に謝ってもらっても仕方ないわ、伊達さん。私は、美咲先生と違う。法律的、倫理的にあなたを救済はできない。医師は患者のプライバシーを守らないといけない。だから、あなたを匿名で治療する。親バレが怖いから保険適用をしないとあなたに言われれば、あなたに治療費は請求する。あなたが払えなければ、親御さんに言って請求する。或いは、崎山先生が肩代わりするというなら、彼女に請求する……」
「曽根崎先生……あまり、美代子を脅さないで下さいばい……」
「崎山先生、私は医師ですけどね、私にもね、感情というものがあるのよ。伊達さんだけじゃない、最近、千葉市近辺の女子高生の患者がこのクリニックにもたくさんくるのよ。口コミで広まったのかしらね。彼らは……女子高生だけじゃないの、男子もそうだけど、産婦人科だから女子高生、または女子大生、若い新卒の女子会社員……週に数名は診察します。梅毒だけじゃなく、性器クラミジア感染症、尖圭コンジローマ、淋菌感染症、性器ヘルペス……五類の報告義務のある性感染症だけじゃなく、膣トリコモナス症、性器カンジダ症、毛ジラミ症、マイコプラズマ・ウレアプラズマ感染症、疥癬……皮膚科に回す疾病もある。伊達さんのようなパパ活でもらったという女子だけじゃなく、彼氏から感染されたとかの症例もあるの」
「……千葉市でも性病が広がっているということですね。それも、昔なら商売女ばかりだったのが、今は素人の間でも……」
「そういうことね。さてっと、梅毒の第2期の説明もして、伊達さんにお灸を据えようと思ったけど、もう止めます。次に治療の話だけど、第1期なら簡単な話。ベンザチンペニシリンGという抗生物質を筋肉注射します。1回でいいわ。必要なら、2~3回。第2期でも筋注の回数が増えるだけ。伊達さんにペニシリンアレルギーがないのは、検査結果にでてるから、ペニシリンが使えます。筋注の治療後、定期検査で治癒を確認します」
マリアは準備を始め、注射器を取り出した。美代子は怯えながらも、美咲の手を握りしめ、治療を受けた。
「曽根崎先生、保険適用しないで治療代はいくらかかりますか?」と心配そうな美咲。
「あら?崎山先生が肩代わりするの?それは心配よね。教師の給与だって安いものね。でも、それほどじゃないわ。保険適用なら3割負担で、初診・検査・注射・薬代で2,000〜5,000円程度、複数回でも合計1万円以内。保険を使わない自己負担でも、初診料・検査・薬代含んで、1万円から3万円くらいよ。ご心配なく」
「あ~、そのくらいならなんとかばい。美代子、良かったね」と美咲。
「美咲先生、私もいくらかお小遣いがありますから……」と美代子。
「いいわよ、乗りかかった船だもん」
「先生、わ、私、バイトして返します」
「バイト代は参考書でも買いなさい。私からのお年玉だと思ってくれればいいわ」
「太っ腹だね、崎山先生は。伊達さん一人だったら大丈夫よね?でも、伊達さんだけじゃなかったら?複数のパパ活グループが、性病に罹ってしまって、同じ親バレの問題があったら、どうするの?」
「……いや、それは……それも考えないと……」
「崎山先生には教師としての限界がある。私は医師としての限界がある。行政、警察には逮捕も何もできない限界がある……どうしたものかしらね?」
美咲は、美代子と同級生の生物部の野崎有栖が「安藤架純の義理のお姉ちゃんは、千葉じゃないけど、西日暮里の所轄署の警部なのよ。ポンコツだけど、27歳で警部っていう肩書で、有名大学でのキャリア警官なんだよ」と言っていたのを思い出した。
「曽根崎先生、私、女性警官を知っているんですばい。まだ若いけど、彼女にも相談すればどうかな?って……あ!美代子、心配しないで。あなたのことは口外しないから。秘密は守るわよ」とさらに怯えた表情の美代子に優しく言った。
「ふ~ん、警官ねえ……そうね、行政、警官の意見も聞いてみたいわ」
「ならば、今度、飲み会でもセットしますから、曽根崎先生も出席されて、いろいろ三人で話をするのって、いかがです?」
「いいわよ。じゃあ、連絡先の交換」とマリアがスマホを取り出して、連絡先を美咲と交換した。
「しかし、伊達さん、今からきっついことを言わなければならないわ」とマリア。
「『きっついこと』?」と美咲と美代子は首をかしげて、目を見合わせた。
「お小言よ。私は医師だから、患者のプライバシーを尊重します。だから、あなたを匿名で治療する。でもね、伊達さんには、この病気の怖さもよくわかって欲しいし、伊達さんのしたことの社会的な影響も理解してほしいの。『きっついこと』を言うわね」
マリアは椅子に腰を下ろし、美代子を真っ直ぐ見つめた。真っ赤なルージュの口元が、静かに動く。
「梅毒は、感染経過により主に第1期、第2期、第3期、第4期という四つのステージに分けられるわ。女子高生とか女子大学生なら、第1期、第2期で心当たりもあるし、何かがおかしいと当然気づいて病院に来るけど……」と美代子を見つめて曽根崎マリア医師が話す。美代子は怯えた表情で頷いた。
「第1期は、感染後約3週間。潜伏期が10〜90日。伊達さん、あなたは今、このステージよ。第1期でやっかいなのが、症状が数週間で自然消失してしまうこと。主な症状は、無痛なのが問題。性器、肛門、口腔などに痛みのない初期硬結というしこりや硬性下疳という皮膚の潰瘍ができる。股の付け根(鼠径部)のリンパ節が腫れる。伊達さんの鼠径部(股の付け根)のリンパ節が腫れている。あそこのビラビラの真横とあなたは気づかないけど内視鏡で見たら子宮頸部も。これがね……」とマリアは平板な口調で淡々と説明した。美代子はマリアの口元を見つめ、さらに怯えた表情で頷いた。
「……2〜3週間で自然に消えちゃうの。患者は、自然に治ったように見えるため、治療を受けず放置されがち。でも、梅毒トレポネーマという細菌は、徐々に体の隅々に広がっていくのよ」とここでマリアは美代子が理解したか確認するために言葉を切った。
「曽根崎先生、美代子が怯えてますばい。もうちょっと表現を和らげてくれんね……」と横で聞いていた美咲が抗議をする。
「崎山先生、伊達さんはお気の毒と思うばいけど、でも、お金をもらってパパ活したんでしょ?それって、売春行為よ。18歳以上だから、いわゆる『合法JK』で、成人同士による単なる売春(対価を伴う性行為)自体は売春防止法による直接の刑罰対象ではありません。法律の不備で、公共の場での勧誘・客引きや他人を売春の相手として紹介する行為、強制的な売春でなければ、警察も手を出せない。この不備は、売春そのものより、その前段階や仲介、未成年相手、または強要などが刑事罰の対象となっていることなのばい」と美咲に説明するマリア。
「曽根崎先生、それは、教師として、これから考えますばい……」と美咲が自信無げに言葉をかえした。
「考えて、って、ねえ、崎山先生、……この子、一人じゃないんでしょう?仲間がいるのよね?グループでやってるんでしょ?この子を手引きした子もいるんでしょ?同じ客をやっていたら、その手引きした子も梅毒や性感染症に罹っている可能性があるのよね?」
「……お、仰られるとおりですばい……名前も美代子から聞きました……それで……」
「それで?崎山先生、パパ活の後にラブホを出た女子高生を先生が補導しても、学則で停学や退学にできたとしても、警察に突き出すことはできないのばい。合法JKなら、自由恋愛です、でおしまい。でもね、それでいいのかしらね?大学生になった、就職した、高校の時やったパパ活は忘れましょう!でいいのかしらね?で、治療しないで、もっとパパ活して生でやったり、口でやったりしたら、彼女を買った男にも感染る。その男が別の女、奥さんとやったら、二次感染となる。二次感染者が気付かないでやったら、三次感染、さらに四次感染……感染した奥さんが妊娠したら母子感染で、新生児は先天梅毒になる。どんどん、感染の輪が広がって……」
「曽根崎先生、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……」と美代子が大粒の涙を流した。
「私に謝ってもらっても仕方ないわ、伊達さん。私は、美咲先生と違う。法律的、倫理的にあなたを救済はできない。医師は患者のプライバシーを守らないといけない。だから、あなたを匿名で治療する。親バレが怖いから保険適用をしないとあなたに言われれば、あなたに治療費は請求する。あなたが払えなければ、親御さんに言って請求する。或いは、崎山先生が肩代わりするというなら、彼女に請求する……」
「曽根崎先生……あまり、美代子を脅さないで下さいばい……」
「崎山先生、私は医師ですけどね、私にもね、感情というものがあるのよ。伊達さんだけじゃない、最近、千葉市近辺の女子高生の患者がこのクリニックにもたくさんくるのよ。口コミで広まったのかしらね。彼らは……女子高生だけじゃないの、男子もそうだけど、産婦人科だから女子高生、または女子大生、若い新卒の女子会社員……週に数名は診察します。梅毒だけじゃなく、性器クラミジア感染症、尖圭コンジローマ、淋菌感染症、性器ヘルペス……五類の報告義務のある性感染症だけじゃなく、膣トリコモナス症、性器カンジダ症、毛ジラミ症、マイコプラズマ・ウレアプラズマ感染症、疥癬……皮膚科に回す疾病もある。伊達さんのようなパパ活でもらったという女子だけじゃなく、彼氏から感染されたとかの症例もあるの」
「……千葉市でも性病が広がっているということですね。それも、昔なら商売女ばかりだったのが、今は素人の間でも……」
「そういうことね。さてっと、梅毒の第2期の説明もして、伊達さんにお灸を据えようと思ったけど、もう止めます。次に治療の話だけど、第1期なら簡単な話。ベンザチンペニシリンGという抗生物質を筋肉注射します。1回でいいわ。必要なら、2~3回。第2期でも筋注の回数が増えるだけ。伊達さんにペニシリンアレルギーがないのは、検査結果にでてるから、ペニシリンが使えます。筋注の治療後、定期検査で治癒を確認します」
マリアは準備を始め、注射器を取り出した。美代子は怯えながらも、美咲の手を握りしめ、治療を受けた。
「曽根崎先生、保険適用しないで治療代はいくらかかりますか?」と心配そうな美咲。
「あら?崎山先生が肩代わりするの?それは心配よね。教師の給与だって安いものね。でも、それほどじゃないわ。保険適用なら3割負担で、初診・検査・注射・薬代で2,000〜5,000円程度、複数回でも合計1万円以内。保険を使わない自己負担でも、初診料・検査・薬代含んで、1万円から3万円くらいよ。ご心配なく」
「あ~、そのくらいならなんとかばい。美代子、良かったね」と美咲。
「美咲先生、私もいくらかお小遣いがありますから……」と美代子。
「いいわよ、乗りかかった船だもん」
「先生、わ、私、バイトして返します」
「バイト代は参考書でも買いなさい。私からのお年玉だと思ってくれればいいわ」
「太っ腹だね、崎山先生は。伊達さん一人だったら大丈夫よね?でも、伊達さんだけじゃなかったら?複数のパパ活グループが、性病に罹ってしまって、同じ親バレの問題があったら、どうするの?」
「……いや、それは……それも考えないと……」
「崎山先生には教師としての限界がある。私は医師としての限界がある。行政、警察には逮捕も何もできない限界がある……どうしたものかしらね?」
美咲は、美代子と同級生の生物部の野崎有栖が「安藤架純の義理のお姉ちゃんは、千葉じゃないけど、西日暮里の所轄署の警部なのよ。ポンコツだけど、27歳で警部っていう肩書で、有名大学でのキャリア警官なんだよ」と言っていたのを思い出した。
「曽根崎先生、私、女性警官を知っているんですばい。まだ若いけど、彼女にも相談すればどうかな?って……あ!美代子、心配しないで。あなたのことは口外しないから。秘密は守るわよ」とさらに怯えた表情の美代子に優しく言った。
「ふ~ん、警官ねえ……そうね、行政、警官の意見も聞いてみたいわ」
「ならば、今度、飲み会でもセットしますから、曽根崎先生も出席されて、いろいろ三人で話をするのって、いかがです?」
「いいわよ。じゃあ、連絡先の交換」とマリアがスマホを取り出して、連絡先を美咲と交換した。
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