表示設定
表示設定
目次 目次




ヴァン・ヘイレンとライダーキック①

ー/ー



 五月の第四週。京都にある、私立紅葉館(こうようかん)伏見学園高等学校の体育館は、熱気と爆音に包まれていた。
 恒例の新入生バンドお披露目会。本来は新入生同士が組む初々しいバンドがメインのイベントだが、このステージだけは空気が違っていた。
 ステージ中央に立つのは、四方田(よもだ)(たまき)
 ドラムセットに座るのは、幼馴染の大西(おおにし)優里(ゆうり)
 ギターとドラムだけの変則ユニットが奏でているのは、あろうことかヴァン・ヘイレンの『イラプション』だ。
 (たまき)の愛機、黒のアイバニーズ RG50から放たれる強烈なグリス・サウンドが、体育館の空気を切り裂く。
 マイナー・ペンタトニックスケールを、チョーキングとアーム操作で激しく揺さぶり、曲の幕が切って落とされた。そこに優里(ゆうり)のドラムが静かに、しかし確実に絡んでいく。
 (たまき)がディストーションを効かせた音を唸らせると、ドラムが呼応して強いリズムを叩きつける。一瞬の空白の後、環(たまき)の指が指板の上を舞った。
 手首を小刻みに震わせるトレモロピッキングの速弾きから、指板を直接叩くライトハンド・タッピングへ。目まぐるしく変わるプレイスタイル。優里(ゆうり)(たまき)の呼吸を読み、絶妙なアクセントでその背中を押す。
 体育館を埋める生徒たちから、どよめきとも溜め息ともつかない声が漏れた。「すげぇ」という称賛と、「なんなんだこれは」という困惑が入り混じっている。
 『イラプション』は、演奏者の感性で「間()」を操ることができる曲だ。
 (たまき)はかつて動画サイトで見たエディ・ヴァン・ヘイレンのように、タッピングの手を止め、意図的な静寂を作った。
 本来ならば、観客の反応を(うかが)い、コール&レスポンスを楽しむための空白。だが(たまき)は、それを純粋な演奏の「タメ」として用いた。音のない緊張感が会場を支配する。
 ――その、瞬間だった。
「なんや、ええかっこしいやんな」
 ステージ近くの男子生徒が吐き捨てた言葉が、静寂の体育館によく通った。
 空気が凍りつく。優里(ゆうり)が不安げに(たまき)を見る。だが、環(たまき)は無視して次のフレーズを弾き始めた。
 しかし、男は止まらない。
「あー、耳障りやなー」
 (たまき)は男を一瞥(いちべつ)し、強引に弦を鳴らす。だが男は、自分を無視して演奏を続ける(たまき)が気に入らないのか、さらに声を張り上げた。
「自分で上手いとか思うてんのか、このチビ!」
 ——ブチッ——
 (たまき)の中で、何かが切れる音がした。
 身長百四十五センチ。幼い頃から背が低いことがコンプレックスだった(たまき)にとって、それは踏んではならない地雷だった。
 (たまき)は思い切りピックを振り下ろし、弦を叩きつけるようにかき鳴らすと、背後のアンプへ歩み寄った。ギターをアンプに向ける。
 キィィィィィィィィン! 
 強烈なフィードバック・ノイズとハウリング音が、体育館のスピーカーを震わせた。
「なんだなんだ」とざわつく観客。環(たまき)は構わずマイクスタンドを掴み取った。
「文句あるんなら聞きますけど?」
 (たまき)の視線が突き刺さったのは、ヤジの主――軽音部副部長、二年生の平井(ひらい)崇史(たかし)だ。
「はぁ? 正直な感想やんけ」
「やかましいわ! ギター弾くんにデカい小さい関係あるんか!?」
「チビのくせにカッコつけて弾いてんから言っただけや! そんなんに反応すんなや、ガキが!」
「なんやとコラ!」
 興奮してステージから飛び降りようとする(たまき)、優里(ゆうり)が必死になって止める。客席側でも、エキサイトする平井を数人の友人が抑え込んでいた。
「だいたいなぁ、お前先輩に向かってその態度はなんやねん」
 平井(ひらい)の挑発は止まらない。一触即発の空気の中、環(たまき)はふっと身体の力を抜いた。
 (たまき)は愛用のギターを、心配そうに間にいた優里(ゆうり)へ押し付けるように渡す。身軽になった(たまき)は、ステージの端まで下がると――猛然とダッシュした。
 ステージの縁を蹴り、宙を舞う。
 ターゲットは、平井(ひらい)崇史(たかし)
 (たまき)の小さな身体が美しい弧を描き、生意気な副部長の胸元へ吸い込まれていく。
「え」
 平井が間抜けな声を上げた瞬間、見事なライダーキックが炸裂した。
 ドカッ、という鈍い音と共に、体育館中に悲鳴と歓声が爆発する。
「何してるんや!」
 慌てて駆け寄る教師たちが叫ぶ、心配そうな優里(ゆうり)の顔、明滅する視界。
 その日から、四方田(よもだ)(たまき)は「ロック様」と呼ばれるようになった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 五月の第四週。京都にある、私立|紅葉館《こうようかん》伏見学園高等学校の体育館は、熱気と爆音に包まれていた。
 恒例の新入生バンドお披露目会。本来は新入生同士が組む初々しいバンドがメインのイベントだが、このステージだけは空気が違っていた。
 ステージ中央に立つのは、四方田《よもだ》環《たまき》。
 ドラムセットに座るのは、幼馴染の大西《おおにし》優里《ゆうり》。
 ギターとドラムだけの変則ユニットが奏でているのは、あろうことかヴァン・ヘイレンの『イラプション』だ。
 環《たまき》の愛機、黒のアイバニーズ RG50から放たれる強烈なグリス・サウンドが、体育館の空気を切り裂く。
 マイナー・ペンタトニックスケールを、チョーキングとアーム操作で激しく揺さぶり、曲の幕が切って落とされた。そこに優里《ゆうり》のドラムが静かに、しかし確実に絡んでいく。
 環《たまき》がディストーションを効かせた音を唸らせると、ドラムが呼応して強いリズムを叩きつける。一瞬の空白の後、環《たまき》の指が指板の上を舞った。
 手首を小刻みに震わせるトレモロピッキングの速弾きから、指板を直接叩くライトハンド・タッピングへ。目まぐるしく変わるプレイスタイル。優里《ゆうり》は環《たまき》の呼吸を読み、絶妙なアクセントでその背中を押す。
 体育館を埋める生徒たちから、どよめきとも溜め息ともつかない声が漏れた。「すげぇ」という称賛と、「なんなんだこれは」という困惑が入り混じっている。
 『イラプション』は、演奏者の感性で「間《ま》」を操ることができる曲だ。
 環《たまき》はかつて動画サイトで見たエディ・ヴァン・ヘイレンのように、タッピングの手を止め、意図的な静寂を作った。
 本来ならば、観客の反応を窺《うかが》い、コール&レスポンスを楽しむための空白。だが環《たまき》は、それを純粋な演奏の「タメ」として用いた。音のない緊張感が会場を支配する。
 ――その、瞬間だった。
「なんや、ええかっこしいやんな」
 ステージ近くの男子生徒が吐き捨てた言葉が、静寂の体育館によく通った。
 空気が凍りつく。優里《ゆうり》が不安げに環《たまき》を見る。だが、環《たまき》は無視して次のフレーズを弾き始めた。
 しかし、男は止まらない。
「あー、耳障りやなー」
 環《たまき》は男を一瞥《いちべつ》し、強引に弦を鳴らす。だが男は、自分を無視して演奏を続ける環《たまき》が気に入らないのか、さらに声を張り上げた。
「自分で上手いとか思うてんのか、このチビ!」
 ——ブチッ——
 環《たまき》の中で、何かが切れる音がした。
 身長百四十五センチ。幼い頃から背が低いことがコンプレックスだった環《たまき》にとって、それは踏んではならない地雷だった。
 環《たまき》は思い切りピックを振り下ろし、弦を叩きつけるようにかき鳴らすと、背後のアンプへ歩み寄った。ギターをアンプに向ける。
 キィィィィィィィィン! 
 強烈なフィードバック・ノイズとハウリング音が、体育館のスピーカーを震わせた。
「なんだなんだ」とざわつく観客。環《たまき》は構わずマイクスタンドを掴み取った。
「文句あるんなら聞きますけど?」
 環《たまき》の視線が突き刺さったのは、ヤジの主――軽音部副部長、二年生の平井《ひらい》崇史《たかし》だ。
「はぁ? 正直な感想やんけ」
「やかましいわ! ギター弾くんにデカい小さい関係あるんか!?」
「チビのくせにカッコつけて弾いてんから言っただけや! そんなんに反応すんなや、ガキが!」
「なんやとコラ!」
 興奮してステージから飛び降りようとする環《たまき》を、優里《ゆうり》が必死になって止める。客席側でも、エキサイトする平井を数人の友人が抑え込んでいた。
「だいたいなぁ、お前先輩に向かってその態度はなんやねん」
 平井《ひらい》の挑発は止まらない。一触即発の空気の中、環《たまき》はふっと身体の力を抜いた。
 環《たまき》は愛用のギターを、心配そうに間にいた優里《ゆうり》へ押し付けるように渡す。身軽になった環《たまき》は、ステージの端まで下がると――猛然とダッシュした。
 ステージの縁を蹴り、宙を舞う。
 ターゲットは、平井《ひらい》崇史《たかし》。
 環《たまき》の小さな身体が美しい弧を描き、生意気な副部長の胸元へ吸い込まれていく。
「え」
 平井が間抜けな声を上げた瞬間、見事なライダーキックが炸裂した。
 ドカッ、という鈍い音と共に、体育館中に悲鳴と歓声が爆発する。
「何してるんや!」
 慌てて駆け寄る教師たちが叫ぶ、心配そうな優里《ゆうり》の顔、明滅する視界。
 その日から、四方田《よもだ》環《たまき》は「ロック様」と呼ばれるようになった。