第5話 佐藤美穂(後編)

ー/ー



 ケンさんは、ホテル・ルナに入るといつも「先にシャワー浴びておいで」と優しく言う。

 美穂はバスルームで丁寧に身体を洗い、備え付けの白いタオルで水気を拭いて部屋に戻る。ケンさんはすでにスーツのシャツを脱ぎ、ベッドの端に腰掛けている。

「コンドーム、いいよね?」

 そう聞かれると、美穂は「うん、まあ」と曖昧に笑って答える。実際、二人の行為は最初からコンドームなしが基本だった。安全日だから、ピルを飲んでいるから、そんな口実はいくらでもあったが、本音を言えば「生身で繋がる生々しさ」が、彼女の求めるスリルの最たるものだったからだ。

 ディープキスから始まる。ケンさんの大人の舌がねっとりと絡みつき、唾液が唇の端から垂れる。美穂は目を閉じ、慣れた手つきでケンさんのベルトを外した。

オーラルはケンさんの指示で、十分ほどゆっくりと続ける。喉の奥深くまで押し込まれるたび、息が詰まりそうになり、涙目が滲む。それでも美穂は「優等生」の時と同じように、完璧な笑顔を崩さない。(早くして)と心の中で呟きながらも、粘膜の奥まで舌を絡めて丁寧に奉仕する。

 この時、互いの粘膜が直接触れ合うことで、目に見えない細菌が喉の奥へと静かに侵入していることなど、彼女は知る由もなかった。

 本番は正常位から始まる。ケンさんが「美穂ちゃんはバックが好きなんだよね」と耳元で囁くと、従順に体位を変える。美穂はシーツを強く握りしめ、ケンさんの不規則なリズムに合わせて腰を動かした。汗ばんだ肌と肌が密着し、薄暗い部屋に湿った音が響く。ケンさんの息が荒くなり、美穂の奥深くを突くたびに、甘い痺れが背筋を走る。

 嫌いじゃない――むしろ、この瞬間だけは思考が完全に白濁し、重苦しい「副生徒会長」の仮面が完全に剥がれ落ちる。ただの雌になれるこの底辺の時間が、彼女にとっての救いだった。

 行為は30分ほどで終わる。ケンさんは満足げに「気持ちよかったよ」と笑い、美穂も「うん、私も」と軽く返す。シャワーを浴び直し、身支度を整えると、ケンさんは茶封筒に入った現金三万円を手渡してくれた。「またね」と言い合い、二人はホテルのエレベーター前で別れる。

 帰り道、美穂は振り返って思う。ケンさんは清潔そうだったし、優しい。性病のことなど、ほとんど考えたこともなかった。

 千葉という狭い地域では、同じ「太客(ふときゃく)」のパパが、コミュニティ内の複数の女子高生と同時に関係を持つのは珍しいことではなかった。

 美代子、彩花、梨乃、優奈、葵。彼女たちもまた、ケンさんを含む複数の男性とローテーションのように会っていた。

 LINEグループ『船橋P活ガールズ』では、毎日のように戦果報告が飛び交う。

『ケンさん、太っ腹すぎ!昨日五万もらった♡』
『次は私もバックでお願いしてみよw』

 彼女たちは無自覚にパパ(=感染源)を共有し、コンドームなしの行為やオーラルのテクニックといった経験談を、まるで新しいコスメの話でもするかのように赤裸々に語り合っていた。

 放課後の船橋KM高校、三年生の教室棟の端にある旧音楽室は、もう使われておらず、鍵が甘くて簡単に開く。美穂が最初に見つけてから、そこは『船橋P活ガールズ』の秘密の溜まり場になっていた。

 今日も授業が終わると、六人は自然とそこに集まった。美穂が先に来てドアの見張りをし、残りが順番に滑り込む。窓のカーテンは半分閉められ、夕方のオレンジ色の光が、埃っぽいグランドピアノの上に斜めに落ちている。

「やっと会えた~、今日超疲れた」

 彩花が一番に声を上げ、床に座り込む。長身の脚を大胆に投げ出し、ルーズソックスをいじりながら「むれちゃってる」と笑う。ギャルメイクの目元が、昨夜の興奮を思い出したようにキラキラ光っていた。

 美代子はいつものように小柄な身体を丸めて座り、ふんわりしたショートボブの毛先を指でいじりながら頬を赤らめる。

「私、昨日ケンさんとまた会ったよ……。バックで頑張ったら、追加で2万くれた♡」
「え、マジで!?」

 優奈が目を丸くして身を乗り出す。日焼けした頬が上気し、ポニーテールを揺らしながら「私も次バックで頼んでみようかな。スポーツしてるって言ったら、すごく喜んでたし、もっとチップ出してくれそう」と興奮気味に語る。

 梨乃は壁に寄りかかり、黒髪のボブを耳にかける仕草で静かに笑う。一見おとなしそうだが、目元が妖艶に細まった。

「私は新しいパパ見つけた。50代の社長さん。最初お茶だけだったのに、ホテル行ったらコンドームなしでOKしてくれて、五万。『若い子は生がいい』って言われた」

 彼女は淡々と話すが、その声には優越感に満ちた響きがあった。

 葵は一番奥のピアノの丸椅子に腰掛け、長い脚を組んでスマホを眺めている。クールな切れ長の目が画面から上がると、少しだけ柔らかくなった。

「私はケンさん、昨日断った。金額が物足りない。他に七万提示してくれた人がいるから、そっちにシフトする」計算高い口調だが、口角がわずかに上がっていて、大人を掌で転がすゲームを楽しんでいるのがわかる。

 美穂はドアの近くに立ち、みんなの顔を見回して微笑む。眼鏡の奥の瞳は穏やかだが、どこか女王のような満足感が漂っていた。

「みんな順調そうでよかった。ケンさんは安定してるから、初心者向けだよ。でも、葵の言う通り、もっと太Pを探すのも大事だからね」

 彩花がくすくす笑いながらスマホの画面を見せる。

「見て見て、昨日のケンさんとのLINE。『次はもっと激しくしてね』って送ったら、即『10万でどう?』って返ってきた!美穂のおかげで紹介してもらえて本当に助かってる~」

 埃っぽい部屋の中は、少女たちの甘い声と、時折漏れる小さな笑い声で満たされる。誰もが興奮気味で、金額やテクニック、男性の好みを赤裸々に語り合う。外では優等生、ギャル、スポーツ少女、清楚系、クールビューティー。それぞれ違う顔を持っているのに、ここだけは全員が同じ「欲望と秘密」で深く結びついていた。

 ふと、美代子が首を傾げて呟いた。「でも最近、ちょっと下の方がかゆいというか、デキモノみたいなのがある気がする……。カミソリで剃りすぎたかな?」

 みんなが一瞬だけ静かになるが、すぐに彩花が「私もたまにあるよ! ローション多めにすれば大丈夫っしょ」と笑い飛ばす。誰も深刻に受け止めない。まだ、誰にも「それ」が何なのか、気づいていなかった。

 美穂は静かに微笑みながら、窓の外に目をやる。夕陽が沈みかけている。そろそろ帰らないと、過保護な親に怪しまれる時間だ。

「じゃあ、またLINEで詳細共有しよう。みんな、親や先生には気をつけてね」

 六人はそれぞれスクールバッグを手に、順番に部屋を出ていく。廊下に戻れば、また普通の女子高生に戻る。でも、心の中には今夜の予定と、秘密の興奮が黒い染みのように残っていた。

 千葉という狭い地域では、同じ「パパ」が複数の女子高生と関係を持つのは珍しくなかった。美代子、彩花、梨乃、優奈、葵も、ケンさんを含む複数の男性と会っていた。

 ケンさんは美代子とも「ホテル・ルナ」で会い、コンドームなしの行為を繰り返していた。それが美代子の梅毒感染の原因だったが、この時点では美代子自身もまだ発疹に気づいていなかった。

 美穂は生徒会室でスマホを閉じ、書類をカバンにしまった。今日もケンさんと会う約束だ。鏡で髪を整え、裏垢で「#P活船橋 今夜空いてます♡」と呟く。すぐにケンさんから「20時、ルナで直接ね」と返信が来た。美穂は「OK♪」と返し、胸が高鳴った。

 ストレス発散と小遣い稼ぎ――両方を手に入れられるパパ活は、彼女にとって欠かせない日常になっていた。

 梅毒患者は全国で急増し、高止まりの状態が続いていた。2023年には過去最多の14,906件を記録し、2024年も14,663件とほぼ同水準で推移。2025年に入っても13,000件台後半の高止まりが続き、特に20代の若年層での増加が顕著だった。

 千葉県でも2023年に1,200件を超え、その後も依然として高い水準が続いている。マッチングアプリの普及が最大の要因とされ、O-neetoのようなアプリは若い女性と年上の男性を簡単に繋ぎ、不特定多数との性行為の機会を爆発的に増やしていた。

 ケンさんは、美代子とも「ホテル・ルナ」で会い、コンドームなしの行為を繰り返していた。それが美代子の梅毒感染の直接の原因だったが、この秘密の溜まり場にいた時点では、美代子自身もまだ、太ももの発疹に気づいていなかった。

 美穂の裏垢「@M1ho_chiba」には、ケンさんのような男性からのDMが絶えず届き、彼女たちの軽率な行為が、不可視の感染リスクを静かに、確実に広げていたのだ。



 美穂は生徒会室でスマホを閉じ、書類をカバンにしまった。今日もケンさんと会う約束だ。鏡で髪を整え、裏垢で『#P活船橋 今夜空いてます♡』と呟く。すぐにケンさんから『20時、ルナで直接ね』と返信が来た。美穂は『OK♪』と返し、胸が高鳴るのを感じた。

 ストレス発散と小遣い稼ぎ。両方を手に入れられるパパ活は、彼女にとって欠かせない日常になっていた。

 船橋駅に向かう電車の中で、LINEグループを確認する。彩花が「ケンさん、昨日5万くれた!バックで頑張ったら追加でチップ♡」と書き込み、梨乃が「マジ?私も次お願いしてみよ~」と返していた。

 そんなやり取りを見て、美穂はくすりと笑った。だが、ふと胸に軽い違和感を覚えた。

(……最近、身体がだるいな。時折熱っぽいし、それに、口の中のイガイガが全然治らない)

 でも、期末試験のストレスと疲れのせいだと自分に言い聞かせ、美穂は船橋駅前のローソンへと向かった。

 ケンさんが待つ「ホテル・ルナ」の三階が、今夜も彼女の秘密の舞台だった。迫り来る病魔の足音に、彼女はまだ気づいていない。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第6話 広がる輪


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 ケンさんは、ホテル・ルナに入るといつも「先にシャワー浴びておいで」と優しく言う。
 美穂はバスルームで丁寧に身体を洗い、備え付けの白いタオルで水気を拭いて部屋に戻る。ケンさんはすでにスーツのシャツを脱ぎ、ベッドの端に腰掛けている。
「コンドーム、いいよね?」
 そう聞かれると、美穂は「うん、まあ」と曖昧に笑って答える。実際、二人の行為は最初からコンドームなしが基本だった。安全日だから、ピルを飲んでいるから、そんな口実はいくらでもあったが、本音を言えば「生身で繋がる生々しさ」が、彼女の求めるスリルの最たるものだったからだ。
 ディープキスから始まる。ケンさんの大人の舌がねっとりと絡みつき、唾液が唇の端から垂れる。美穂は目を閉じ、慣れた手つきでケンさんのベルトを外した。
オーラルはケンさんの指示で、十分ほどゆっくりと続ける。喉の奥深くまで押し込まれるたび、息が詰まりそうになり、涙目が滲む。それでも美穂は「優等生」の時と同じように、完璧な笑顔を崩さない。(早くして)と心の中で呟きながらも、粘膜の奥まで舌を絡めて丁寧に奉仕する。
 この時、互いの粘膜が直接触れ合うことで、目に見えない細菌が喉の奥へと静かに侵入していることなど、彼女は知る由もなかった。
 本番は正常位から始まる。ケンさんが「美穂ちゃんはバックが好きなんだよね」と耳元で囁くと、従順に体位を変える。美穂はシーツを強く握りしめ、ケンさんの不規則なリズムに合わせて腰を動かした。汗ばんだ肌と肌が密着し、薄暗い部屋に湿った音が響く。ケンさんの息が荒くなり、美穂の奥深くを突くたびに、甘い痺れが背筋を走る。
 嫌いじゃない――むしろ、この瞬間だけは思考が完全に白濁し、重苦しい「副生徒会長」の仮面が完全に剥がれ落ちる。ただの雌になれるこの底辺の時間が、彼女にとっての救いだった。
 行為は30分ほどで終わる。ケンさんは満足げに「気持ちよかったよ」と笑い、美穂も「うん、私も」と軽く返す。シャワーを浴び直し、身支度を整えると、ケンさんは茶封筒に入った現金三万円を手渡してくれた。「またね」と言い合い、二人はホテルのエレベーター前で別れる。
 帰り道、美穂は振り返って思う。ケンさんは清潔そうだったし、優しい。性病のことなど、ほとんど考えたこともなかった。
 千葉という狭い地域では、同じ「太客(ふときゃく)」のパパが、コミュニティ内の複数の女子高生と同時に関係を持つのは珍しいことではなかった。
 美代子、彩花、梨乃、優奈、葵。彼女たちもまた、ケンさんを含む複数の男性とローテーションのように会っていた。
 LINEグループ『船橋P活ガールズ』では、毎日のように戦果報告が飛び交う。
『ケンさん、太っ腹すぎ!昨日五万もらった♡』
『次は私もバックでお願いしてみよw』
 彼女たちは無自覚にパパ(=感染源)を共有し、コンドームなしの行為やオーラルのテクニックといった経験談を、まるで新しいコスメの話でもするかのように赤裸々に語り合っていた。
 放課後の船橋KM高校、三年生の教室棟の端にある旧音楽室は、もう使われておらず、鍵が甘くて簡単に開く。美穂が最初に見つけてから、そこは『船橋P活ガールズ』の秘密の溜まり場になっていた。
 今日も授業が終わると、六人は自然とそこに集まった。美穂が先に来てドアの見張りをし、残りが順番に滑り込む。窓のカーテンは半分閉められ、夕方のオレンジ色の光が、埃っぽいグランドピアノの上に斜めに落ちている。
「やっと会えた~、今日超疲れた」
 彩花が一番に声を上げ、床に座り込む。長身の脚を大胆に投げ出し、ルーズソックスをいじりながら「むれちゃってる」と笑う。ギャルメイクの目元が、昨夜の興奮を思い出したようにキラキラ光っていた。
 美代子はいつものように小柄な身体を丸めて座り、ふんわりしたショートボブの毛先を指でいじりながら頬を赤らめる。
「私、昨日ケンさんとまた会ったよ……。バックで頑張ったら、追加で2万くれた♡」
「え、マジで!?」
 優奈が目を丸くして身を乗り出す。日焼けした頬が上気し、ポニーテールを揺らしながら「私も次バックで頼んでみようかな。スポーツしてるって言ったら、すごく喜んでたし、もっとチップ出してくれそう」と興奮気味に語る。
 梨乃は壁に寄りかかり、黒髪のボブを耳にかける仕草で静かに笑う。一見おとなしそうだが、目元が妖艶に細まった。
「私は新しいパパ見つけた。50代の社長さん。最初お茶だけだったのに、ホテル行ったらコンドームなしでOKしてくれて、五万。『若い子は生がいい』って言われた」
 彼女は淡々と話すが、その声には優越感に満ちた響きがあった。
 葵は一番奥のピアノの丸椅子に腰掛け、長い脚を組んでスマホを眺めている。クールな切れ長の目が画面から上がると、少しだけ柔らかくなった。
「私はケンさん、昨日断った。金額が物足りない。他に七万提示してくれた人がいるから、そっちにシフトする」計算高い口調だが、口角がわずかに上がっていて、大人を掌で転がすゲームを楽しんでいるのがわかる。
 美穂はドアの近くに立ち、みんなの顔を見回して微笑む。眼鏡の奥の瞳は穏やかだが、どこか女王のような満足感が漂っていた。
「みんな順調そうでよかった。ケンさんは安定してるから、初心者向けだよ。でも、葵の言う通り、もっと太Pを探すのも大事だからね」
 彩花がくすくす笑いながらスマホの画面を見せる。
「見て見て、昨日のケンさんとのLINE。『次はもっと激しくしてね』って送ったら、即『10万でどう?』って返ってきた!美穂のおかげで紹介してもらえて本当に助かってる~」
 埃っぽい部屋の中は、少女たちの甘い声と、時折漏れる小さな笑い声で満たされる。誰もが興奮気味で、金額やテクニック、男性の好みを赤裸々に語り合う。外では優等生、ギャル、スポーツ少女、清楚系、クールビューティー。それぞれ違う顔を持っているのに、ここだけは全員が同じ「欲望と秘密」で深く結びついていた。
 ふと、美代子が首を傾げて呟いた。「でも最近、ちょっと下の方がかゆいというか、デキモノみたいなのがある気がする……。カミソリで剃りすぎたかな?」
 みんなが一瞬だけ静かになるが、すぐに彩花が「私もたまにあるよ! ローション多めにすれば大丈夫っしょ」と笑い飛ばす。誰も深刻に受け止めない。まだ、誰にも「それ」が何なのか、気づいていなかった。
 美穂は静かに微笑みながら、窓の外に目をやる。夕陽が沈みかけている。そろそろ帰らないと、過保護な親に怪しまれる時間だ。
「じゃあ、またLINEで詳細共有しよう。みんな、親や先生には気をつけてね」
 六人はそれぞれスクールバッグを手に、順番に部屋を出ていく。廊下に戻れば、また普通の女子高生に戻る。でも、心の中には今夜の予定と、秘密の興奮が黒い染みのように残っていた。
 千葉という狭い地域では、同じ「パパ」が複数の女子高生と関係を持つのは珍しくなかった。美代子、彩花、梨乃、優奈、葵も、ケンさんを含む複数の男性と会っていた。
 ケンさんは美代子とも「ホテル・ルナ」で会い、コンドームなしの行為を繰り返していた。それが美代子の梅毒感染の原因だったが、この時点では美代子自身もまだ発疹に気づいていなかった。
 美穂は生徒会室でスマホを閉じ、書類をカバンにしまった。今日もケンさんと会う約束だ。鏡で髪を整え、裏垢で「#P活船橋 今夜空いてます♡」と呟く。すぐにケンさんから「20時、ルナで直接ね」と返信が来た。美穂は「OK♪」と返し、胸が高鳴った。
 ストレス発散と小遣い稼ぎ――両方を手に入れられるパパ活は、彼女にとって欠かせない日常になっていた。
 梅毒患者は全国で急増し、高止まりの状態が続いていた。2023年には過去最多の14,906件を記録し、2024年も14,663件とほぼ同水準で推移。2025年に入っても13,000件台後半の高止まりが続き、特に20代の若年層での増加が顕著だった。
 千葉県でも2023年に1,200件を超え、その後も依然として高い水準が続いている。マッチングアプリの普及が最大の要因とされ、O-neetoのようなアプリは若い女性と年上の男性を簡単に繋ぎ、不特定多数との性行為の機会を爆発的に増やしていた。
 ケンさんは、美代子とも「ホテル・ルナ」で会い、コンドームなしの行為を繰り返していた。それが美代子の梅毒感染の直接の原因だったが、この秘密の溜まり場にいた時点では、美代子自身もまだ、太ももの発疹に気づいていなかった。
 美穂の裏垢「@M1ho_chiba」には、ケンさんのような男性からのDMが絶えず届き、彼女たちの軽率な行為が、不可視の感染リスクを静かに、確実に広げていたのだ。
《《現在》》
 美穂は生徒会室でスマホを閉じ、書類をカバンにしまった。今日もケンさんと会う約束だ。鏡で髪を整え、裏垢で『#P活船橋 今夜空いてます♡』と呟く。すぐにケンさんから『20時、ルナで直接ね』と返信が来た。美穂は『OK♪』と返し、胸が高鳴るのを感じた。
 ストレス発散と小遣い稼ぎ。両方を手に入れられるパパ活は、彼女にとって欠かせない日常になっていた。
 船橋駅に向かう電車の中で、LINEグループを確認する。彩花が「ケンさん、昨日5万くれた!バックで頑張ったら追加でチップ♡」と書き込み、梨乃が「マジ?私も次お願いしてみよ~」と返していた。
 そんなやり取りを見て、美穂はくすりと笑った。だが、ふと胸に軽い違和感を覚えた。
(……最近、身体がだるいな。時折熱っぽいし、それに、口の中のイガイガが全然治らない)
 でも、期末試験のストレスと疲れのせいだと自分に言い聞かせ、美穂は船橋駅前のローソンへと向かった。
 ケンさんが待つ「ホテル・ルナ」の三階が、今夜も彼女の秘密の舞台だった。迫り来る病魔の足音に、彼女はまだ気づいていない。