第3話 美咲先生

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 二学期の期末試験前の船橋KM高校。放課後の静まり返った生物準備室の机には、主(ぬし)のようにカブトガニの模型が置かれ、崎山美咲は目の前に座る伊達美代子の震える肩をじっと見つめていた。

 美代子のすすり泣きが部屋に響き、彼女は顔を上げられず、膝の上で手を白くなるまで握り潰しながら、途切れ途切れに話した。 「崎山先生……私……梅毒に……かかっちゃったみたいで……」

 美咲は一瞬、息を止めた。「梅毒……?」

 言葉が頭の中で反響し、動揺を抑えようと深く息を吸い込んだ。生物教師として、梅毒が性感染症であることは知っていたが、その知識はあまりに曖昧だった。感染経路や治療法、進行した場合の恐ろしいリスク――そんな知識は大学の講義で軽く触れた程度で、目の前の17歳の生徒が直面している切実な現実に結びつけるのは、今の彼女には難しかった。

「美代子さん、落ち着いて。どうしてそう思ったの? 検査はしたの?」美咲は標準語で、できるだけ穏やかに尋ねた。内心では、頭が真っ白になりつつあった。自分の生徒が……まさか、こんなことに?

 美代子は涙で濡れた顔を少しだけ上げ、震える声で答えた。

「保健所で……検査したら、陽性って……治療が必要だって言われたんです。でも、親にも学校にもバレたくなくて……先生、助けてください……」

 彼女にはもう、詳細を話す余裕などなかった。ただ「陽性」「治療」「バレたくない」という言葉を必死に繰り返した。保健所での担当者との生々しい会話や、梅毒の深刻さ、千葉県での感染者数の急増といった具体的な情報は、彼女の恐怖と混乱の中でうまく言葉にならなかった。美咲には、美代子が極端な不安に苛まれていることだけが、痛いほど伝わってきた。

 美咲はカブトガニの模型を机に置き、背筋を伸ばして耳を傾けた。 「そうか……大変だったね。よく話してくれた。ありがとう」優しく、しかししっかりと応えたが、美咲の頭の中は嵐のようだった。

(梅毒って……どういう病気だっけ?治療できるんだよね?)

 生物学の知識では、梅毒がトレポネーマという細菌による感染症で、抗生物質で治療可能だと漠然と覚えていたが、具体的な進行段階や感染リスク、そして何より「学校としての法的対応」についてはほとんど無知に等しかった。

(この話を、私はどう扱えばいい?先生として、どこまで踏み込んでよかと?)

 美代子の状況は、単なる生徒の悩みを超えていた。教師としての守秘義務と、組織としての報告義務。その間で美咲の胸に重い疑問がのしかかった。

 もし校長や教頭に話したら……。美咲の頭に、校長の山本先生の厳しい顔が浮かんだ。60歳手前で、船橋KM高校の評判を何より重視する人物だ。問題が起きれば「学校の名誉を守る」ことを最優先にし、厳格すぎるほどの対応を取るだろう。教頭の佐々木先生はもう少し柔軟だが、最終的には校長の意向には逆らえない。

 美咲は想像した。職員会議でこの件が議題に上がる場面を。山本校長が「生徒の不祥事は学校全体の問題だ」と声を荒げ、佐々木教頭が「教育委員会に報告すべきでは」と提案する。

 教育委員会への報告義務について、美咲は詳しく知らなかったが、未成年が関わる性行為や健康問題は、児童福祉法や青少年保護育成条例に基づいて報告が必要な場合があると聞いたことがあった。もし報告したら、美代子はどうなる?

 美咲は目を閉じ、深く息を吐いた。公にしたら、彼女の人生は――。

 パパ活が明るみに出れば、美代子は退学や停学のリスクに直面する。保護者への連絡は避けられず、シングルマザーの母と中学生の弟がいる美代子の家庭は、経済的にも精神的にも大きな打撃を受けるだろう。

 さらに、パパ活や性感染症が学校で問題視されれば、メディアが飛びつき、「船橋の高校でパパ活による性感染症!」といったスキャンダラスな見出しがネットを駆け巡る。美代子の将来が、17歳の過ちで壊れてしまうかもしれない。美咲は唇を強く噛んだ。

 美咲は立ち上がり、準備室の窓を開けた。冷たい、けれどどこか春を予感させる風がそっと入り込み、熱くなった頭を冷やした。

「美代子さん、ちょっと待ってて。少し考えさせて」 そう告げて机に戻り、メモ帳を手に取った。まず、治療を最優先にさせないと。梅毒が治療可能な病気であることは確かだが、具体的な方法や費用、どこで受けられるのかを詰めなければならない。

 美咲は美代子が保健所で渡されたという治療先リストを思い出し、「そのリスト、見せてくれる?」と尋ねた。美代子はバッグからくしゃくしゃになったA4用紙を差し出し、美咲はそこに書かれた「千葉レディースクリニック」の名前を見つけた。

(ここなら、プライバシーを守ってくれるかも。でも、どんな先生がおるとやろか……)

 とにかく、信頼できる場所かどうか、早急に調べなければならなかった。

 次の瞬間、別の疑問が浮かんだ。私が一存で動いていいのか?

 リストにあるクリニックに連絡し、匿名での治療が可能か確認することはできる。だが、教師としてこの事実を隠し通すのは正しいのか?もし美代子がすでに誰かに感染させていたら?二次感染のリスクがあることは、生物学の知識から何となく理解していたが、具体的な確率や影響は分からなかった。

(私が黙っていたせいで、感染が広がったら……?)

 美咲の背筋に冷たいものが走った。パパ活の背景にも不安が募る。美代子一人で始めたとは思えなかった。学校内で、似たような行動を取る生徒が他にもいる可能性は?

「ところで」と、美咲は美代子に真っ直ぐ目を向けた。「このパパ活、美代子さんはどうやって始めたの?自分でネットやSNSで調べて始めた? それとも……誰かに誘われた?どうだったの?」

 かつて居酒屋で、同僚の悠馬が「最近の若者は恋愛に興味がない」と、知ったような顔で語っていたのを思い出した。当時は聞き流していたが、生徒たちの水面下の行動に驚きながらも、美咲は冷静に尋ねた。

 美代子はギクッとした様子で、深く目を伏せた。(副生徒会長の佐藤美穂に誘われたなんて、言えるはずがない……)

 あの優等生で、いつも眩しい笑顔を振りまいている美穂が、裏垢で「#P活船橋」を呟いていたなんて、誰も信じないだろう。去年の夏、美穂に「美代子ならイチゴ(1万5千円)すぐ稼げるよ。緑(LINE)で教えるから」と、まるで放課後の遊びに誘うような軽いノリで教え込まれたのだ。

 だが、美咲の嘘を許さない、けれど優しい瞳を見ているのが辛くなり、美代子は唇を噛んで渋々白状した。

「……実は、副生徒会長の佐藤美穂ちゃんに誘われたんです。彼女がパパ活やってて、私にもできるって……。崎山先生、秘密にしてください。お願いします……」

 美咲は目を丸くし、言葉を失った。カブトガニの模型を手に持ったまま、視線を落として考え込んだ。

「美穂さんが……?あの真面目そうな子が?」

 頭には、生徒会室でテキパキと働く美穂の姿が浮かんだ。成績優秀、教師や生徒からの信頼も厚い副生徒会長。彼女がパパ活?他の生徒を誘った?「本当……?」美咲は思わず呟いたが、美代子の溢れる涙を見て言葉を飲み込んだ。

 美代子だけじゃない。美穂も……そして、きっと他にも。美咲の直感が激しく警鐘を鳴らした。美穂が裏垢で活動しているなら、SNSを通じて他の生徒とも密接に繋がっている可能性がある。

 美咲はスマホを手に取り、Xで「#P活 船橋」を検索してみた。匿名アカウントの呟きが滝のように並び、船橋駅周辺での「茶飯」「プチ」「大人」の募集が飛び交っている。中には、明らかに自分の教え子たちと思われる軽いノリの投稿もあった。美咲の胸が締め付けられた。

(この学校で、こんなことが広がっとるなんて……)

 美咲は決断した。公にはしない。今、校長や教頭に報告すれば、美代子も美穂も、そして他の生徒たちの人生までもが、一瞬で壊れてしまう。だが、決して放置はしない。

(まず、美代子を治療に導く。そして……美穂とも話をせんば。彼女がどこまで関わっとるのか、どんな状況なのか、ちゃんと聞かないかん)

 美咲はメモ帳に「千葉レディースクリニック」「佐藤美穂」と、自分に言い聞かせるように書き込み、頭を整理した。

「美代子さん、治療のことは私がサポートする。リストにあるクリニックに連絡して、どんなところか調べてみるから、安心して。親にも学校にもバレないように進めるよ」美咲は力強く言い切った。

 美代子は小さく、何度も頷きながら涙を拭った。「ありがとう、先生……本当に……」

 だが、美咲の心はまだ激しく揺れていた。梅毒の詳細も、二次感染のリスクも、パパ活のネットワークが校内でどれだけ根深く広がっているのかも、今はまだ分からないことだらけだった。

(私が動かないかん。美代子さんの治療を確実に進めて、クリニックに連絡する。それから、佐藤美穂にどうやって切り出すか……)

 美咲は深く深呼吸し、次の一手を頭の中で組み立てた。

 夕陽が生物準備室に深く差し込み、カブトガニの模型が毒々しく、けれどどこか神々しくオレンジ色に輝いた。美咲はそれを、祈るように手に握り、静かに呟いた。

「……カブトガニみたいに、強く生きなきゃね」

 美代子の去った背中を見送りながら、美咲の目は、すでに次なる戦いを見据えていた。


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 二学期の期末試験前の船橋KM高校。放課後の静まり返った生物準備室の机には、主(ぬし)のようにカブトガニの模型が置かれ、崎山美咲は目の前に座る伊達美代子の震える肩をじっと見つめていた。
 美代子のすすり泣きが部屋に響き、彼女は顔を上げられず、膝の上で手を白くなるまで握り潰しながら、途切れ途切れに話した。 「崎山先生……私……梅毒に……かかっちゃったみたいで……」
 美咲は一瞬、息を止めた。「梅毒……?」
 言葉が頭の中で反響し、動揺を抑えようと深く息を吸い込んだ。生物教師として、梅毒が性感染症であることは知っていたが、その知識はあまりに曖昧だった。感染経路や治療法、進行した場合の恐ろしいリスク――そんな知識は大学の講義で軽く触れた程度で、目の前の17歳の生徒が直面している切実な現実に結びつけるのは、今の彼女には難しかった。
「美代子さん、落ち着いて。どうしてそう思ったの? 検査はしたの?」美咲は標準語で、できるだけ穏やかに尋ねた。内心では、頭が真っ白になりつつあった。自分の生徒が……まさか、こんなことに?
 美代子は涙で濡れた顔を少しだけ上げ、震える声で答えた。
「保健所で……検査したら、陽性って……治療が必要だって言われたんです。でも、親にも学校にもバレたくなくて……先生、助けてください……」
 彼女にはもう、詳細を話す余裕などなかった。ただ「陽性」「治療」「バレたくない」という言葉を必死に繰り返した。保健所での担当者との生々しい会話や、梅毒の深刻さ、千葉県での感染者数の急増といった具体的な情報は、彼女の恐怖と混乱の中でうまく言葉にならなかった。美咲には、美代子が極端な不安に苛まれていることだけが、痛いほど伝わってきた。
 美咲はカブトガニの模型を机に置き、背筋を伸ばして耳を傾けた。 「そうか……大変だったね。よく話してくれた。ありがとう」優しく、しかししっかりと応えたが、美咲の頭の中は嵐のようだった。
(梅毒って……どういう病気だっけ?治療できるんだよね?)
 生物学の知識では、梅毒がトレポネーマという細菌による感染症で、抗生物質で治療可能だと漠然と覚えていたが、具体的な進行段階や感染リスク、そして何より「学校としての法的対応」についてはほとんど無知に等しかった。
(この話を、私はどう扱えばいい?先生として、どこまで踏み込んでよかと?)
 美代子の状況は、単なる生徒の悩みを超えていた。教師としての守秘義務と、組織としての報告義務。その間で美咲の胸に重い疑問がのしかかった。
 もし校長や教頭に話したら……。美咲の頭に、校長の山本先生の厳しい顔が浮かんだ。60歳手前で、船橋KM高校の評判を何より重視する人物だ。問題が起きれば「学校の名誉を守る」ことを最優先にし、厳格すぎるほどの対応を取るだろう。教頭の佐々木先生はもう少し柔軟だが、最終的には校長の意向には逆らえない。
 美咲は想像した。職員会議でこの件が議題に上がる場面を。山本校長が「生徒の不祥事は学校全体の問題だ」と声を荒げ、佐々木教頭が「教育委員会に報告すべきでは」と提案する。
 教育委員会への報告義務について、美咲は詳しく知らなかったが、未成年が関わる性行為や健康問題は、児童福祉法や青少年保護育成条例に基づいて報告が必要な場合があると聞いたことがあった。もし報告したら、美代子はどうなる?
 美咲は目を閉じ、深く息を吐いた。公にしたら、彼女の人生は――。
 パパ活が明るみに出れば、美代子は退学や停学のリスクに直面する。保護者への連絡は避けられず、シングルマザーの母と中学生の弟がいる美代子の家庭は、経済的にも精神的にも大きな打撃を受けるだろう。
 さらに、パパ活や性感染症が学校で問題視されれば、メディアが飛びつき、「船橋の高校でパパ活による性感染症!」といったスキャンダラスな見出しがネットを駆け巡る。美代子の将来が、17歳の過ちで壊れてしまうかもしれない。美咲は唇を強く噛んだ。
 美咲は立ち上がり、準備室の窓を開けた。冷たい、けれどどこか春を予感させる風がそっと入り込み、熱くなった頭を冷やした。
「美代子さん、ちょっと待ってて。少し考えさせて」 そう告げて机に戻り、メモ帳を手に取った。まず、治療を最優先にさせないと。梅毒が治療可能な病気であることは確かだが、具体的な方法や費用、どこで受けられるのかを詰めなければならない。
 美咲は美代子が保健所で渡されたという治療先リストを思い出し、「そのリスト、見せてくれる?」と尋ねた。美代子はバッグからくしゃくしゃになったA4用紙を差し出し、美咲はそこに書かれた「千葉レディースクリニック」の名前を見つけた。
(ここなら、プライバシーを守ってくれるかも。でも、どんな先生がおるとやろか……)
 とにかく、信頼できる場所かどうか、早急に調べなければならなかった。
 次の瞬間、別の疑問が浮かんだ。私が一存で動いていいのか?
 リストにあるクリニックに連絡し、匿名での治療が可能か確認することはできる。だが、教師としてこの事実を隠し通すのは正しいのか?もし美代子がすでに誰かに感染させていたら?二次感染のリスクがあることは、生物学の知識から何となく理解していたが、具体的な確率や影響は分からなかった。
(私が黙っていたせいで、感染が広がったら……?)
 美咲の背筋に冷たいものが走った。パパ活の背景にも不安が募る。美代子一人で始めたとは思えなかった。学校内で、似たような行動を取る生徒が他にもいる可能性は?
「ところで」と、美咲は美代子に真っ直ぐ目を向けた。「このパパ活、美代子さんはどうやって始めたの?自分でネットやSNSで調べて始めた? それとも……誰かに誘われた?どうだったの?」
 かつて居酒屋で、同僚の悠馬が「最近の若者は恋愛に興味がない」と、知ったような顔で語っていたのを思い出した。当時は聞き流していたが、生徒たちの水面下の行動に驚きながらも、美咲は冷静に尋ねた。
 美代子はギクッとした様子で、深く目を伏せた。(副生徒会長の佐藤美穂に誘われたなんて、言えるはずがない……)
 あの優等生で、いつも眩しい笑顔を振りまいている美穂が、裏垢で「#P活船橋」を呟いていたなんて、誰も信じないだろう。去年の夏、美穂に「美代子ならイチゴ(1万5千円)すぐ稼げるよ。緑(LINE)で教えるから」と、まるで放課後の遊びに誘うような軽いノリで教え込まれたのだ。
 だが、美咲の嘘を許さない、けれど優しい瞳を見ているのが辛くなり、美代子は唇を噛んで渋々白状した。
「……実は、副生徒会長の佐藤美穂ちゃんに誘われたんです。彼女がパパ活やってて、私にもできるって……。崎山先生、秘密にしてください。お願いします……」
 美咲は目を丸くし、言葉を失った。カブトガニの模型を手に持ったまま、視線を落として考え込んだ。
「美穂さんが……?あの真面目そうな子が?」
 頭には、生徒会室でテキパキと働く美穂の姿が浮かんだ。成績優秀、教師や生徒からの信頼も厚い副生徒会長。彼女がパパ活?他の生徒を誘った?「本当……?」美咲は思わず呟いたが、美代子の溢れる涙を見て言葉を飲み込んだ。
 美代子だけじゃない。美穂も……そして、きっと他にも。美咲の直感が激しく警鐘を鳴らした。美穂が裏垢で活動しているなら、SNSを通じて他の生徒とも密接に繋がっている可能性がある。
 美咲はスマホを手に取り、Xで「#P活 船橋」を検索してみた。匿名アカウントの呟きが滝のように並び、船橋駅周辺での「茶飯」「プチ」「大人」の募集が飛び交っている。中には、明らかに自分の教え子たちと思われる軽いノリの投稿もあった。美咲の胸が締め付けられた。
(この学校で、こんなことが広がっとるなんて……)
 美咲は決断した。公にはしない。今、校長や教頭に報告すれば、美代子も美穂も、そして他の生徒たちの人生までもが、一瞬で壊れてしまう。だが、決して放置はしない。
(まず、美代子を治療に導く。そして……美穂とも話をせんば。彼女がどこまで関わっとるのか、どんな状況なのか、ちゃんと聞かないかん)
 美咲はメモ帳に「千葉レディースクリニック」「佐藤美穂」と、自分に言い聞かせるように書き込み、頭を整理した。
「美代子さん、治療のことは私がサポートする。リストにあるクリニックに連絡して、どんなところか調べてみるから、安心して。親にも学校にもバレないように進めるよ」美咲は力強く言い切った。
 美代子は小さく、何度も頷きながら涙を拭った。「ありがとう、先生……本当に……」
 だが、美咲の心はまだ激しく揺れていた。梅毒の詳細も、二次感染のリスクも、パパ活のネットワークが校内でどれだけ根深く広がっているのかも、今はまだ分からないことだらけだった。
(私が動かないかん。美代子さんの治療を確実に進めて、クリニックに連絡する。それから、佐藤美穂にどうやって切り出すか……)
 美咲は深く深呼吸し、次の一手を頭の中で組み立てた。
 夕陽が生物準備室に深く差し込み、カブトガニの模型が毒々しく、けれどどこか神々しくオレンジ色に輝いた。美咲はそれを、祈るように手に握り、静かに呟いた。
「……カブトガニみたいに、強く生きなきゃね」
 美代子の去った背中を見送りながら、美咲の目は、すでに次なる戦いを見据えていた。