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旅立ち 後編

ー/ー



明朝。
畑仕事の手伝いを頼まれていたレトリは、その人の所へ向かい、予定していた時間の前、正午前には戻ってくる。

そこで貰った農作物を山のように抱えてだ。
はしゃいだ声の出迎えを外で受ける。

「すごーい! いっぱーい!」
「れとりはやっぱりちからもち!」

「いやほんとよくこんなに抱えてこれるもんだ。人間じゃねぇ」
「驚きだよな。まさに筋肉モンスターだよな」

「こらうるさいよ、そこ二人」

「れとりー、あそんでー」
「はいはい、これ運び終わったらね」

玄関の扉を開けてもらって中へ。キッチンまで向かう。
シスターがいることを確認すると、飛び込んでいく。

じゃーん、と自慢げに腕の物を見せた。

すると狙い通りに目を丸くしてもらえた。ただすぐに笑い出す。

「ふふ、ローフ夫妻に感謝しないとなりませんね」
「お手伝いいっぱい頑張ってくれたからって、こんなにたくさん悪いなって思って、言ったんだけど、子供が遠慮するなって」

「もしかすると、餞別も含まれていたのかもしれませんね?」
「せんべつって?」
「今日立つのでしょう。朝に顔を見た時から気づいていましたよ」

サプライズを考えていたのだが、見抜かれていた、ということにレトリは驚かされる。
その理由も気になるところだ。

「どうしてわかるかな……、聞いていい?」
「私はあなたの育ての親ですよ。わかるに決まっているではないですか」

湿っぽい別れなどするつもりはなかった。
しかしその言葉を聞いた途端、こみ上げてくるものがあった。
涙で視界が滲んでぼやけていく。

「しすたぁ、ううん、お母さんっ────!」

腕のものをおろすやレトリは走っていって、シスターの胸に飛び込んだ。

「わたし、頑張る! 精一杯やってくるから!」

まさかこんなに早く別れが来ようとは、少し前までは思いもしていなかった。

成人と見なされる十五となる歳、上の子達は皆その歳で出ていったが、自身は三年も早くにきた。

急過ぎる。
そう思わずにはいられない。

孤児院では今一番上であり、普段はそれに相応しい振る舞いを心掛けてはいた。
しかし二人きりの今は別。本音も好きに出せる。
声を上げ、思いの丈をぶつけた。

「でも寂しいよ! お別れなんてまだ言いたくなかった!」
「辛い思いをさせますね」

頭を撫でられ、鼻を啜った。
泣くのを止められそうもない。

「不安で胸がいっぱいですか」
「うん。そうだと思う」
「ヴァンパイアが力になってくれます。何よりあなたには特別な力がある。それを信じなさい」

「そんな力、わたしにあるかな……」
「ありますとも」
「そりゃ人より、力が強かったり、足が速かったりは、するけど」

「どうしても無理と感じたのなら、役目など放り捨てて、逃げ帰ればよいのです。神に仕える者としては、あるまじき言にも思いますが、それが一人の母として、あなたを思う本音の気持ちです」

「そうする。大好きお母さん────」

足りない分を、甘えるだけ甘えて補い、気持ちに整理がついたなら身を離す。
赤い目元を拭い、顔に浮いたのは、吹っ切った笑みだ。
普段と同じような軽い調子で言った。

「それじゃわたし行くね! 立派な魂の解放者になってくる!」
「ええ、いってらっしゃい。あなたに神のご加護があらんことを」

外に出て、皆の遊びに軽く付き合ったあと、今日立つということを切り出したなら大騒ぎ。
突然だったためか、ブーブーも言われ、泣き出す子まで出て、困り果て袖も引かれたが、あとから出てきたシスターがその場を収めてくれ、ひと安堵。

見送られる中、別れの言葉を口にしながら大きく手を振って、駆けだす。

「それじゃ、いってきます!」

その門出を祝うかのように道の脇に咲く春の小花達が、色とりどりの花弁を空に向かって舞いあげた。
実際のところ人間離れした脚力から生じた風で、物理的に散らされただけではあるが。

そのせいでブレーキが効かず、通りに出た際、危うく出会いがしらの衝突事故を起こすところだった。

「わわ! ごめんなさい! 今急いでて」
「レトリ、そんなに慌ててどこへ行くんだい?」
「ラビリンス!」

それは突如として現れる瘴気振りまく穢れた墓標。
負の魂集う黄泉の地であり、そこには俗にモンスターと呼ばれる怪物達が跋扈する。

「おーい、レトリーっ! 暇なら少し店を手伝っていってくれないかーっ!」
「わたし今から森のラビリンスに行くの!」
「な、なんだとぉっ!? お前、一人で大丈夫なのかぁっ!」
「大丈夫かどうかはわかんないけど、大人はみんな見えないじゃん!」

そして、そこで手に入るものが、今はペンダントに加工されて首元で揺れるあの石。

一般的な呼び名は“核”。

魂の解放者にだけ扱えるもので、なることができるのは子供の内だけ。
役目を終えるのは見えなくなる大人になる頃で、それまでは神の意思に従い浄化を行い続ける。

商店が並ぶ場所を抜け、町を出たなら傍の森へと入る。
すぐに目にすることになった瘴気が、あとはその場までの案内を行ってくれる。

「けほ、けほ。やっぱり煙くはあるんだ。まあ煙だし」

濃くなる方へと向かい続けるが、咳き込むくらいで、気分が悪くなるほどのものではない。
聖なる存在である魂の解放者には、効かない、とは聞いている。

しばらく進むと突然、視界を覆う瘴気が晴れてそれは映る。

(うわ、おっきぃー……)

見上げるほどの巨大な建造物が前に現れ、レトリは息を呑んだ。

形は聞いた通りの三角形で、上へあがる階段と、その先には開いた入り口が見える。

しかし、上っていくには勇気がいった。

しばしの間、呆然と眺め、ただ立ち尽くしていると、杖をつくような音が突然後ろからした。

コッ、コッ、と聞こえ、思わず振り返る。
老人が頭に浮いていたが、来るはずもない。

そこにいたのは同年代くらいの男の子で、垢抜けた感じが都会の子に映る。
ここらでは見ない紳士然としたオシャレな服を着て、身嗜みまできっちりだ。
ただ、つり目がちなせいか、きつい印象も受ける。

「あ、あなたも、魂の解放者──?」

そう声を掛けたはずが、聞こえていないように無視だ。
どころか、目にすら入っていないかのように横を素通りしていく。

突然のことで、はっきりと発声できていたかは怪しい。

だから聞こえていなかった。
そう思うことにして、隣まで行ってもう一度。

「初めまして。わたしレトリ。ねぇ、あなたも魂の解放者?」

やっぱり目すら向けて貰えず、感じ悪と思う。
しかし引き下がるという選択肢は浮かばず、どうにかこっちを振り向かせてやろうと躍起にもなる。

「おーい、聞こえてないのー? 今日は話したくない気分なのかなー?」

そう言いつつ、その無愛想な顔の前に手を持っていき、ひらひらと煽るように振る。

すると男の子は足を止め、やっと反応を示す。
大きな溜息を落としていた。
その後に苛立ちを露に睨みつけてもくる。

「しつこい奴だな。無視しているのがわからないか」
「やっぱりわざとだったんだ。お仲間なのにひどいじゃん」

「どけ。俺は誰とも関わり合いになるつもりはない」
「そんな言い方されるとちょっとなぁ。どきたくなくなるなぁって」

「殴られたいか」
「そんなに怒らなくたって。名前くらい教えてくれたって。ねぇ?」
「邪魔だ。早く失せろ」

邪険にされて、取り付く島もなしといったところではある。
ただ進展があったのも確か。

そうツンケンしないでよ、という風にニコッと笑って見せると、レトリは襟元から自分の服の中に手を突っ込む。

「わたしのってさ、こういうのなんだけど、君のは──」

そこからペンダントを覗かせ、見せようとしていたら、突然突き飛ばされる。

「おわ!?」

「いいからさっさとどけよ! 興味ないんだよ!」

尻もちついて、呆気に取られている内に男の子は先に行ってしまう。

「いくぞ、魔導兵士」

階段を上り始めると、そんな声がして、その身から眩い光を発した。
目が眩むほどのもので、レトリは顔を伏せ、思わず前を腕で覆う。

瞼の裏から感じる強い光が収まると、直後にシュィーンと不思議な音が鳴り渡る。腕を下ろしつつ、見た。

男の子は体中に機械を纏って、まるで機械仕掛けの身にでも変わってしまったような劇的な変化を見せており、氷の上でも滑るみたく駆けていき、瞬く間にいなくなる。

直後に傍で、どす、と重い音がした。
そこには男の子の使っていた杖があり、置いていったようだ。

いまわかることは、それだけで、他のことは一切わからない。
いいや、頭の奥ではレトリは理解していた。

あの男の子が今、何をしたのかを。

放心状態から舞い戻ると、立って土を払い、ペンダントを掴む。

「今のたぶん、ううん、絶対そう」

自分にもできるはずと思う。使い方ならば知っている。

あの儀式の後に、突然、頭に浮いたのだが、それが魂の解放者となった証なのだとシスターは言っていた。

覚悟を決めて向かい始める。
あの子と同じように、階段を上りながら口にした。

「力を貸して。ヴァンパイア」

いまさっき見たのと同じ光が手元から上がる。
視界を白に包まれた。身も何かに包まれている感覚がある。

──ふふ、はは、アハハハハハハ!!

頭の中に突然、女の子の甲高い笑い声が響く。
ビク、と身を震わせて、レトリは驚いており、何、誰、と思う。

ヴァンパイア?と、まだその時は、怖く感じるよりそう疑問に思う方が優っていたのだが、直後に耳元で(良い子ね)と甘く囁かれて、いよいよ総毛立つ。

「うひぃあっ!?」

心霊現象にあった気分であり、鳥肌が収まらない。
気づけば視界も元に戻り、ふと目に入った今の自分の姿を見て、また驚くことになった。

「えっ、うそ、これドレスっ!? わたしドレス着てる!?」

身を着飾るのは、黒くシックな印象を受けるそれであり、自身はこんな風に変わるのか、と感心しながら上からまじまじ見つつ、触れていく。

手触りが良い。感動を覚えるほどに。普段着ているものとは別次元の質の良さだ。

ひゅー♪と思わず口笛を吹いて鳴らした。弾んだ声も出す。

「さっすがドレス! 良い布してる。って当たり前か」

ふふーんと鼻歌混じりに、目に留まった愛らしいフリフリのスカートを摘み、振った。
その後に両腕持ち上げ、指を収める上品に仕立てられた手袋に見惚れ、最後は足元、踵を持ち上げ艶ピカの丸靴を見る。

「えー、もうぜんぶ可愛いー♡♡ 反則だよこれ、反則。あははは、パーフェクトウ♪」

気分は最高潮で、他のことなどもう忘れた。

足取り軽やかに残りの段をあがっていくと、上でくるりと回る。ドレスを広げた。

すると注いだばかりの紅茶にシロップをこれでもか、と入れて混ぜたかと思うほどの甘く濃い香りが立つ。

「ほわ、あま……、頭くらくらする。お貴族様の香水って感じ」

ヴァンパイアと初めて聞いた時、頭に浮いていたのは、マントをつけた伯爵様だ。

いま頭に浮くヴァンパイアだろう女の子も高飛車な笑い方をしており、ならきっと。

確かなことが言えないのは、そんな人間が身近にはいないから。
お貴族様など本の中だけの存在と言ったところではある。

少し疑問に思うことがあり、手首に鼻を押し当て嗅ぐ。
小首を傾げた。

(──なんでだろ?)

あれほどの匂いがすぐ収まったのだ。
この姿になった直後もしてはいなかった。今もほのかにといった具合である。

(あ、そういうこと……!)

ドレスを舞わせたから、香りも舞ったのだと結論付ける。

「でもこれ、外でも着らんないかなぁ?」

孤児院の皆に見せたい。町の人にも。
溜息と一緒に肩を落とした。

「ハァー、無理か……」

力の使い方と同じく、それもどうなるかを既に理解させられてしまっている。がっくしだ。

その直後にハっとした。今はそんな場合ではなく、気を取り直して、いざ、中へ。

「きゅ、急に出てくるとかはやめてよ。怖いからっ」

入り口をくぐれば石壁に覆われた湾曲した通路が前に伸びており、壁には松明が規則的に掛けられていて明るい。奥までしっかり見通せる。

慎重に足を進めており、隠れられそうな場所はないか、無意識に探していた。

しかし際立ってはなさそうだ。
それが不安に感じてくる。

もし今モンスターに出くわしたらと思うと、緊張のあまり胸が苦しくなり、胸に手をあてた。

深呼吸を入れる。冷静になれと思う。

(逃げてどうする。頑張れ、わたし!)

何のためにここへ来たという話。
そのモンスターを倒し、浄化を行う為にほかならない。

閉じていた目をカッと開いて、両手を前に翳す。

「こい、赤いステッキ!」

戦う為の武器ならあるのだ。呼び出し方も無論知っている。
そう口にすると同時に手に吸いつくようにそれは現れる。

頭の部分には名前通りの赤い水晶が飾られていて、ぎゅっと抱くように持って改めて攻略を開始。

最初はおっかなびっくり、そろりそりと。
しかしそのうち大胆に。

何せどれほど進もうと何も出てきやしないのだ。
退屈にも感じてきている。

(なんでかな? 変なの──)

ラビリンスには沢山のモンスターがいるとそう聞かされていたのだが。
もっと奥へと進まないと出てこないのか。

通路の様相が大して変わっておらず、進展具合というのがわかりづらい。
ただ手に取るようにわかることもある。

進む向きが大きな円でも描くように変わっていっており、よもや、ずっと同じ所を回らされているのではないか。

そんな気も。

(あ! あの子が全部倒していったから、それで──)

一つ前のことで思い当たることがあり、今し方考えていたことは全部頭から飛んだ。

(あるって。全然ある。慣れてる感ばりばりだったし。怖がってなかってもんね?)

だとしても、早すぎる、という気はしている。
しかし実際、入ってからは一度も見ていない。

なら先に行っている。つまりはと思うが、同時に嫌な予感もした。
一つの可能性が頭に浮いたのだ。

(これさ、このまま何もすることなく終わったりして?)

ハハ……、と引き攣った笑いが口からもれる。

まさかとは思っているが、もしそうなったりしたら笑うことなどできず、真顔にもなるだろう。

楽できるうえに怖い思いをすることもなくなる。それは確かに素晴らしいことだ。

しかし、得られるはずの物も同時に手に入らなくなる。いわゆるドロップ品というやつが。

「まあ、いいんだけども」

ゆえ、ぼやくようには口にしてしまうが、一番の目的は、最奥にいるボスを倒して、このラビリンスを森からなくすこと。
それさえできたなら、今回は御の字。そう思う以外に今はない。

「おし、もう考えるのはヤメヤメ!」

頬を両手で打って気合を入れ直し、今はひたすら進もうと心に決める。
結局、モンスターとは会えずじまいで、通路の終わりに着く。

溜息落としたくもなるが、壁に覆われたその部屋には、上りの螺旋階段があり、今度こそはと駆け上がった。

最後のコーナーを曲がった直後、予想だにしないものを目にする。
青い空。風も吹いてきており、思わず足が止まる。

「外、出ちゃったよ……」

実際、かなりの段を駆け上った。
その時は、高さ的にも特に変にも思わなかったが、最後まで上がりきると同時に今度は愕然とする。

「え──、えぇええええええええっ!?」

目を疑いたくもなる。屋上に出たのだと思っていたのに。眼前には荒涼とした大地が広がる。

「ここ、どこ?」

困惑する以外になかった。


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明朝。
畑仕事の手伝いを頼まれていたレトリは、その人の所へ向かい、予定していた時間の前、正午前には戻ってくる。
そこで貰った農作物を山のように抱えてだ。
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「すごーい! いっぱーい!」
「れとりはやっぱりちからもち!」
「いやほんとよくこんなに抱えてこれるもんだ。人間じゃねぇ」
「驚きだよな。まさに筋肉モンスターだよな」
「こらうるさいよ、そこ二人」
「れとりー、あそんでー」
「はいはい、これ運び終わったらね」
玄関の扉を開けてもらって中へ。キッチンまで向かう。
シスターがいることを確認すると、飛び込んでいく。
じゃーん、と自慢げに腕の物を見せた。
すると狙い通りに目を丸くしてもらえた。ただすぐに笑い出す。
「ふふ、ローフ夫妻に感謝しないとなりませんね」
「お手伝いいっぱい頑張ってくれたからって、こんなにたくさん悪いなって思って、言ったんだけど、子供が遠慮するなって」
「もしかすると、餞別も含まれていたのかもしれませんね?」
「せんべつって?」
「今日立つのでしょう。朝に顔を見た時から気づいていましたよ」
サプライズを考えていたのだが、見抜かれていた、ということにレトリは驚かされる。
その理由も気になるところだ。
「どうしてわかるかな……、聞いていい?」
「私はあなたの育ての親ですよ。わかるに決まっているではないですか」
湿っぽい別れなどするつもりはなかった。
しかしその言葉を聞いた途端、こみ上げてくるものがあった。
涙で視界が滲んでぼやけていく。
「しすたぁ、ううん、お母さんっ────!」
腕のものをおろすやレトリは走っていって、シスターの胸に飛び込んだ。
「わたし、頑張る! 精一杯やってくるから!」
まさかこんなに早く別れが来ようとは、少し前までは思いもしていなかった。
成人と見なされる十五となる歳、上の子達は皆その歳で出ていったが、自身は三年も早くにきた。
急過ぎる。
そう思わずにはいられない。
孤児院では今一番上であり、普段はそれに相応しい振る舞いを心掛けてはいた。
しかし二人きりの今は別。本音も好きに出せる。
声を上げ、思いの丈をぶつけた。
「でも寂しいよ! お別れなんてまだ言いたくなかった!」
「辛い思いをさせますね」
頭を撫でられ、鼻を啜った。
泣くのを止められそうもない。
「不安で胸がいっぱいですか」
「うん。そうだと思う」
「ヴァンパイアが力になってくれます。何よりあなたには特別な力がある。それを信じなさい」
「そんな力、わたしにあるかな……」
「ありますとも」
「そりゃ人より、力が強かったり、足が速かったりは、するけど」
「どうしても無理と感じたのなら、役目など放り捨てて、逃げ帰ればよいのです。神に仕える者としては、あるまじき言にも思いますが、それが一人の母として、あなたを思う本音の気持ちです」
「そうする。大好きお母さん────」
足りない分を、甘えるだけ甘えて補い、気持ちに整理がついたなら身を離す。
赤い目元を拭い、顔に浮いたのは、吹っ切った笑みだ。
普段と同じような軽い調子で言った。
「それじゃわたし行くね! 立派な魂の解放者になってくる!」
「ええ、いってらっしゃい。あなたに神のご加護があらんことを」
外に出て、皆の遊びに軽く付き合ったあと、今日立つということを切り出したなら大騒ぎ。
突然だったためか、ブーブーも言われ、泣き出す子まで出て、困り果て袖も引かれたが、あとから出てきたシスターがその場を収めてくれ、ひと安堵。
見送られる中、別れの言葉を口にしながら大きく手を振って、駆けだす。
「それじゃ、いってきます!」
その門出を祝うかのように道の脇に咲く春の小花達が、色とりどりの花弁を空に向かって舞いあげた。
実際のところ人間離れした脚力から生じた風で、物理的に散らされただけではあるが。
そのせいでブレーキが効かず、通りに出た際、危うく出会いがしらの衝突事故を起こすところだった。
「わわ! ごめんなさい! 今急いでて」
「レトリ、そんなに慌ててどこへ行くんだい?」
「ラビリンス!」
それは突如として現れる瘴気振りまく穢れた墓標。
負の魂集う黄泉の地であり、そこには俗にモンスターと呼ばれる怪物達が跋扈する。
「おーい、レトリーっ! 暇なら少し店を手伝っていってくれないかーっ!」
「わたし今から森のラビリンスに行くの!」
「な、なんだとぉっ!? お前、一人で大丈夫なのかぁっ!」
「大丈夫かどうかはわかんないけど、大人はみんな見えないじゃん!」
そして、そこで手に入るものが、今はペンダントに加工されて首元で揺れるあの石。
一般的な呼び名は“核”。
魂の解放者にだけ扱えるもので、なることができるのは子供の内だけ。
役目を終えるのは見えなくなる大人になる頃で、それまでは神の意思に従い浄化を行い続ける。
商店が並ぶ場所を抜け、町を出たなら傍の森へと入る。
すぐに目にすることになった瘴気が、あとはその場までの案内を行ってくれる。
「けほ、けほ。やっぱり煙くはあるんだ。まあ煙だし」
濃くなる方へと向かい続けるが、咳き込むくらいで、気分が悪くなるほどのものではない。
聖なる存在である魂の解放者には、効かない、とは聞いている。
しばらく進むと突然、視界を覆う瘴気が晴れてそれは映る。
(うわ、おっきぃー……)
見上げるほどの巨大な建造物が前に現れ、レトリは息を呑んだ。
形は聞いた通りの三角形で、上へあがる階段と、その先には開いた入り口が見える。
しかし、上っていくには勇気がいった。
しばしの間、呆然と眺め、ただ立ち尽くしていると、杖をつくような音が突然後ろからした。
コッ、コッ、と聞こえ、思わず振り返る。
老人が頭に浮いていたが、来るはずもない。
そこにいたのは同年代くらいの男の子で、垢抜けた感じが都会の子に映る。
ここらでは見ない紳士然としたオシャレな服を着て、身嗜みまできっちりだ。
ただ、つり目がちなせいか、きつい印象も受ける。
「あ、あなたも、魂の解放者──?」
そう声を掛けたはずが、聞こえていないように無視だ。
どころか、目にすら入っていないかのように横を素通りしていく。
突然のことで、はっきりと発声できていたかは怪しい。
だから聞こえていなかった。
そう思うことにして、隣まで行ってもう一度。
「初めまして。わたしレトリ。ねぇ、あなたも魂の解放者?」
やっぱり目すら向けて貰えず、感じ悪と思う。
しかし引き下がるという選択肢は浮かばず、どうにかこっちを振り向かせてやろうと躍起にもなる。
「おーい、聞こえてないのー? 今日は話したくない気分なのかなー?」
そう言いつつ、その無愛想な顔の前に手を持っていき、ひらひらと煽るように振る。
すると男の子は足を止め、やっと反応を示す。
大きな溜息を落としていた。
その後に苛立ちを露に睨みつけてもくる。
「しつこい奴だな。無視しているのがわからないか」
「やっぱりわざとだったんだ。お仲間なのにひどいじゃん」
「どけ。俺は誰とも関わり合いになるつもりはない」
「そんな言い方されるとちょっとなぁ。どきたくなくなるなぁって」
「殴られたいか」
「そんなに怒らなくたって。名前くらい教えてくれたって。ねぇ?」
「邪魔だ。早く失せろ」
邪険にされて、取り付く島もなしといったところではある。
ただ進展があったのも確か。
そうツンケンしないでよ、という風にニコッと笑って見せると、レトリは襟元から自分の服の中に手を突っ込む。
「わたしのってさ、こういうのなんだけど、君のは──」
そこからペンダントを覗かせ、見せようとしていたら、突然突き飛ばされる。
「おわ!?」
「いいからさっさとどけよ! 興味ないんだよ!」
尻もちついて、呆気に取られている内に男の子は先に行ってしまう。
「いくぞ、魔導兵士」
階段を上り始めると、そんな声がして、その身から眩い光を発した。
目が眩むほどのもので、レトリは顔を伏せ、思わず前を腕で覆う。
瞼の裏から感じる強い光が収まると、直後にシュィーンと不思議な音が鳴り渡る。腕を下ろしつつ、見た。
男の子は体中に機械を纏って、まるで機械仕掛けの身にでも変わってしまったような劇的な変化を見せており、氷の上でも滑るみたく駆けていき、瞬く間にいなくなる。
直後に傍で、どす、と重い音がした。
そこには男の子の使っていた杖があり、置いていったようだ。
いまわかることは、それだけで、他のことは一切わからない。
いいや、頭の奥ではレトリは理解していた。
あの男の子が今、何をしたのかを。
放心状態から舞い戻ると、立って土を払い、ペンダントを掴む。
「今のたぶん、ううん、絶対そう」
自分にもできるはずと思う。使い方ならば知っている。
あの儀式の後に、突然、頭に浮いたのだが、それが魂の解放者となった証なのだとシスターは言っていた。
覚悟を決めて向かい始める。
あの子と同じように、階段を上りながら口にした。
「力を貸して。ヴァンパイア」
いまさっき見たのと同じ光が手元から上がる。
視界を白に包まれた。身も何かに包まれている感覚がある。
──ふふ、はは、アハハハハハハ!!
頭の中に突然、女の子の甲高い笑い声が響く。
ビク、と身を震わせて、レトリは驚いており、何、誰、と思う。
ヴァンパイア?と、まだその時は、怖く感じるよりそう疑問に思う方が優っていたのだが、直後に耳元で(良い子ね)と甘く囁かれて、いよいよ総毛立つ。
「うひぃあっ!?」
心霊現象にあった気分であり、鳥肌が収まらない。
気づけば視界も元に戻り、ふと目に入った今の自分の姿を見て、また驚くことになった。
「えっ、うそ、これドレスっ!? わたしドレス着てる!?」
身を着飾るのは、黒くシックな印象を受けるそれであり、自身はこんな風に変わるのか、と感心しながら上からまじまじ見つつ、触れていく。
手触りが良い。感動を覚えるほどに。普段着ているものとは別次元の質の良さだ。
ひゅー♪と思わず口笛を吹いて鳴らした。弾んだ声も出す。
「さっすがドレス! 良い布してる。って当たり前か」
ふふーんと鼻歌混じりに、目に留まった愛らしいフリフリのスカートを摘み、振った。
その後に両腕持ち上げ、指を収める上品に仕立てられた手袋に見惚れ、最後は足元、踵を持ち上げ艶ピカの丸靴を見る。
「えー、もうぜんぶ可愛いー♡♡ 反則だよこれ、反則。あははは、パーフェクトウ♪」
気分は最高潮で、他のことなどもう忘れた。
足取り軽やかに残りの段をあがっていくと、上でくるりと回る。ドレスを広げた。
すると注いだばかりの紅茶にシロップをこれでもか、と入れて混ぜたかと思うほどの甘く濃い香りが立つ。
「ほわ、あま……、頭くらくらする。お貴族様の香水って感じ」
ヴァンパイアと初めて聞いた時、頭に浮いていたのは、マントをつけた伯爵様だ。
いま頭に浮くヴァンパイアだろう女の子も高飛車な笑い方をしており、ならきっと。
確かなことが言えないのは、そんな人間が身近にはいないから。
お貴族様など本の中だけの存在と言ったところではある。
少し疑問に思うことがあり、手首に鼻を押し当て嗅ぐ。
小首を傾げた。
(──なんでだろ?)
あれほどの匂いがすぐ収まったのだ。
この姿になった直後もしてはいなかった。今もほのかにといった具合である。
(あ、そういうこと……!)
ドレスを舞わせたから、香りも舞ったのだと結論付ける。
「でもこれ、外でも着らんないかなぁ?」
孤児院の皆に見せたい。町の人にも。
溜息と一緒に肩を落とした。
「ハァー、無理か……」
力の使い方と同じく、それもどうなるかを既に理解させられてしまっている。がっくしだ。
その直後にハっとした。今はそんな場合ではなく、気を取り直して、いざ、中へ。
「きゅ、急に出てくるとかはやめてよ。怖いからっ」
入り口をくぐれば石壁に覆われた湾曲した通路が前に伸びており、壁には松明が規則的に掛けられていて明るい。奥までしっかり見通せる。
慎重に足を進めており、隠れられそうな場所はないか、無意識に探していた。
しかし際立ってはなさそうだ。
それが不安に感じてくる。
もし今モンスターに出くわしたらと思うと、緊張のあまり胸が苦しくなり、胸に手をあてた。
深呼吸を入れる。冷静になれと思う。
(逃げてどうする。頑張れ、わたし!)
何のためにここへ来たという話。
そのモンスターを倒し、浄化を行う為にほかならない。
閉じていた目をカッと開いて、両手を前に翳す。
「こい、赤いステッキ!」
戦う為の武器ならあるのだ。呼び出し方も無論知っている。
そう口にすると同時に手に吸いつくようにそれは現れる。
頭の部分には名前通りの赤い水晶が飾られていて、ぎゅっと抱くように持って改めて攻略を開始。
最初はおっかなびっくり、そろりそりと。
しかしそのうち大胆に。
何せどれほど進もうと何も出てきやしないのだ。
退屈にも感じてきている。
(なんでかな? 変なの──)
ラビリンスには沢山のモンスターがいるとそう聞かされていたのだが。
もっと奥へと進まないと出てこないのか。
通路の様相が大して変わっておらず、進展具合というのがわかりづらい。
ただ手に取るようにわかることもある。
進む向きが大きな円でも描くように変わっていっており、よもや、ずっと同じ所を回らされているのではないか。
そんな気も。
(あ! あの子が全部倒していったから、それで──)
一つ前のことで思い当たることがあり、今し方考えていたことは全部頭から飛んだ。
(あるって。全然ある。慣れてる感ばりばりだったし。怖がってなかってもんね?)
だとしても、早すぎる、という気はしている。
しかし実際、入ってからは一度も見ていない。
なら先に行っている。つまりはと思うが、同時に嫌な予感もした。
一つの可能性が頭に浮いたのだ。
(これさ、このまま何もすることなく終わったりして?)
ハハ……、と引き攣った笑いが口からもれる。
まさかとは思っているが、もしそうなったりしたら笑うことなどできず、真顔にもなるだろう。
楽できるうえに怖い思いをすることもなくなる。それは確かに素晴らしいことだ。
しかし、得られるはずの物も同時に手に入らなくなる。いわゆるドロップ品というやつが。
「まあ、いいんだけども」
ゆえ、ぼやくようには口にしてしまうが、一番の目的は、最奥にいるボスを倒して、このラビリンスを森からなくすこと。
それさえできたなら、今回は御の字。そう思う以外に今はない。
「おし、もう考えるのはヤメヤメ!」
頬を両手で打って気合を入れ直し、今はひたすら進もうと心に決める。
結局、モンスターとは会えずじまいで、通路の終わりに着く。
溜息落としたくもなるが、壁に覆われたその部屋には、上りの螺旋階段があり、今度こそはと駆け上がった。
最後のコーナーを曲がった直後、予想だにしないものを目にする。
青い空。風も吹いてきており、思わず足が止まる。
「外、出ちゃったよ……」
実際、かなりの段を駆け上った。
その時は、高さ的にも特に変にも思わなかったが、最後まで上がりきると同時に今度は愕然とする。
「え──、えぇええええええええっ!?」
目を疑いたくもなる。屋上に出たのだと思っていたのに。眼前には荒涼とした大地が広がる。
「ここ、どこ?」
困惑する以外になかった。