最接近5日後 ホームセンター
ー/ーロングテールバイクのタイヤが、ひび割れた道路をゆっくりと進む。
ユウゴは前でペダルを踏み、ユズは荷台に座って周囲を見渡していた。
「ホームセンター、もう少しだよね…?」
「おう。
この道まっすぐ行けば…」
そう言いかけたときだった。
ユズが突然、荷台の上で小さく息を呑んだ。
「佐野くん、止まって!」
「え、何!?」
ユウゴは急いでブレーキを握った。
ユズは道路脇のガードレールを指さした。
そこには、ガードレールの白い塗装の上に、うっすらと手の形をした血痕が残っていた。
掌の大きさは、ユウゴやユズと同じくらいだろうか。
ユウゴは思わず息を呑んだ。
「これ、手形?」
ユズは青ざめた顔で頷いた。
「うん…
私たちと同じくらいの…」
二人は顔を見合わせた。
自分たち以外の生存者の痕跡を見つけたのは、これが初めてだった。
ユウゴはガードレールに近づき、手形を確かめた。
「まだ新しい…気がする。いや、よく分かんないけど。
乾いてるけど…そんなに前じゃないような…」
ユズが周囲を見回しながら言う。
「誰か近くにいるのかな…?」
ユウゴは大きく息を吸い込み、思い切って声を張り上げた。
「おーい!!
誰かいますかあ!!」
少しの間耳を澄ました後、ユズも叫ぶ。
「誰かあ!返事してください!」
二人の声は、静まり返った街に吸い込まれていく。
しばらく待ったが、返事はない。
ユズは不安そうにユウゴの袖をつかんだ。
「いないのかな…
でも絶対、誰かいたよね?」
「…多分。
しかもこれ、怪我してるよな…?」
ユウゴは周囲を見渡し、もう一度手形を見る。
「向き的には、あっちに向かってる。ホームセンターの方」
ユズが頷く。
「行こう。
もしかしたら、会えるかもしれない」
ユウゴはロングテールバイクのハンドルを握り直し、ユズは荷台に座り直した。
二人は胸の鼓動を早めながら、再びペダルを踏み出した。
最期に緩やかな坂道を登り切った瞬間、二人の目にホームセンターの建物が目に飛び込んできた。
予想はしていたものの、その惨状に二人は息を呑む。
建物自体はまだ立っているが、全体が大きく前のめりに傾き、今にも崩れ落ちそうだった。
ユウゴはロングテールバイクを建物前の駐車場に止め、不規則に波打った屋根を見上げる。
「ちょっと見てくる。
中に水とか、ライトとか…」
その腕を、ユズが慌てて掴んだ。
「だめだよ!」
ユウゴが振り返ると、顔を強張らせたユズと目が合う。
「余震がいつ来るかわからないんだよ!?
こんな傾いてる建物、絶対危ない…!
やめよう…!」
ユウゴは反論しようと口を開いた。
「いや、でも、ここしか―」
その瞬間、地面がゆっくりと揺れ始めた。
二人は同時に固まる。
揺れはすぐに収まったが、傾いたホームセンターの壁がギシギシと不穏な音を立てる。
建物の中からは、天井材が落下たのか、何かが砕ける音がした。
ユズはユウゴの腕を強く引いた。
「ほら!!
今のでもう倒れそうじゃん!
入ったら絶対つぶされるよ!」
ユウゴは言い返せず、建物とユズを見比べるように視線を往復させる。
ユズの背後、遥か彼方の空が赤く染まっていることに気付いたのは、その時だった。
何が起きているか分からず固まっていると、ユズも視線に気づき、後ろを振り返る。
「…え、あれ、富士山の方?」
富士山の方向、白く濁った大気越しでも分かるほどの、巨大な黒い煙柱が立ち上っていた。
「富士山…噴火してる…?」
ユズは唇を震わせた。
「どうなってるの…
地震だけじゃなくて、富士山まで…」
ユウゴは拳を握りしめた。巨大な災害を前に、無力感を噛みしめる。
ウルゴスが来てから、こんなことばかりだ、と思う。次から次へと難題を与えられ、その中でもがくしかない。
ユウゴは、声を絞り出す。
「分かんね…
とにかく、ここから離れよう。
この建物、貝塚が言う通り危ない」
二人はロングテールバイクに飛び乗り、傾いたホームセンターに背を向ける。
西の空には、黒い噴煙がゆっくりと広がっていく。
ユズが荷台の上で、風に揺れる髪を押さえながら言った。
「もしかしたら、お母さんたちも、噴火から逃げるために移動したのかも」
ユウゴは顔を上げた。
「おお、確かに! 大人たちなら、噴火しそうって分かるもんな!
じゃあ、東を目指せばいいんだな!」
ユズが頷く。
「うん…きっと、そうだと思う」
二人が少しだけ希望を取り戻し、ホームセンターの駐車場を抜けようとした時だった。
ユウゴの視界の端に、駐車場の隅で横倒しになった貨物トラックが映った。
通り過ぎる一瞬、その陰に人の足が見えた気がした。
白いスニーカーと、土埃にまみれたくるぶし。
ユウゴの心臓が跳ねた。
(…死体だ)
反射的に視線をそらし、見なかったことにした。ユズは気づいていない。
荷台から聞こえるユズの声は、いつも通りだった。
「…火山灰が降り始めるかも」
「火山灰?富士山からこんな遠いところにも?」
今見たものを振り払うように、ユウゴは大きめの声で聞き返した。
ユズはゆっくり頷いた。
「うん。
200キロ離れてても、風に乗って来るんだって。
すぐじゃないけど…絶対、こっちにも来るよ」
ユウゴは眉をひそめた。
「でも、灰だろ?
どってことないだろ」
ユズは首を横に振った。
「火山灰ってね、ガラスの破片みたいなんだって」
灰とガラスのイメージが結びつかず、ユウゴは頭をひねる。
ユズが続ける。
「灰が尖ってて、目とか喉とか傷つけちゃうんだよ。
吸い込んだらすごく危ないって、本で読んだよ」
ユウゴはしばらく黙り、肩越しにちらりと遠くの黒い噴煙を見た。
さっきよりもその煙は広がっている。
「じゃあ、ヤバイじゃん…」
ユズは小さく頷いた。
「うん。
だからどこか、灰が入ってこないところを見つけないと」
二人はしばらく黙り込んだ。
その沈黙を破るように、ドオオン…と大きな音が辺りに轟く。
「今度はなんだよ!?」
ユウゴは驚いてブレーキを掛け、辺りを見回す。
「多分、噴火した時の音が今届いたんだよ」
思いのほか冷静な声で、ユズが返す。
振り返ると、富士山の噴煙は西の空を黒く染めている。
「…急ごう」
ユウゴがぽつりと言うと、ユズが頷く。
「うん…」
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