解放
ー/ー 精霊眼の奥で、無数の線が走った。
精霊眼に映った軌道は、四大精霊の試練で戦ったゴーレムすら上回っていた。
勝てるのか。違う。勝たなくてはならない。もう一度、ランパの声を聞くために。
ドラシガーの先端から立つ緑の煙は、一本の線になって立ちのぼった。
「来なさい、ユートくん。あなたは特別です。極上の痛みと恐怖を味わせてあげますよ」
ヴェンの瞳が、静かに勇斗を見下ろしていた。
勇斗は口の隙間から煙を鋭く吐き出し、床を蹴る。
一歩で間合いを詰める。
剣閃がヴェンの喉元へ走った。
だが、ヴェンは左腕をわずかに上げただけだった。甲高い音が響き、クトネシスの刃が弾かれる。
それでも勇斗は止まらない。姿勢を落とし、脇腹へ斬撃を滑り込ませる。
黒い樹液めいた液体が飛び散った。
浅い。だが、通る。
ヴェンの体がほんのわずかに揺れた。
通る。このまま押し切る。
勇斗はさらに踏み込み、二撃目、三撃と重ねる。
ヴェンが片膝をついた――そう見えた。
「ほう……流石ですね。だが」
声が落ちた、その瞬間、ヴェンの姿が視界から消えた。
背筋が粟立つ。全身が警告を叫ぶ。
真上だった。
勇斗が顔を上げた時には、すでに遅かった。
ヴェンの右手が、巨大な斧のような形へ変わっていた。刃ではない。切るためではなく、ただ叩き潰すためだけに凝縮された黒い質量。
「私を舐めないでいただきたい」
衝撃が頭部へ食い込んだ。ごり、と硬いものが砕ける。肉が潰れ、熱い血が顔の半分を一気に染めた。上下がわからない。立っている感覚が消えていく。
膝が折れた。そのまま落ちかけた意識を、ラマシルが荒々しく引き戻した。胸の奥で核が脈打ち、無理やり生へ縫い止める。
止まるな。
勇斗はドラシガーを噛み締め、血に濡れた顔を無理やり上げた。
「醜くも、見事ですね」
ヴェンがわずかに笑う。
勇斗は地を蹴った。剣が振れるなら、まだ戦える。
だが、踏み込んだその瞬間、ヴェンの左手が開く。枝分かれした紅い指が、蛇のように勇斗の左肩へ伸びた。
直後、左肩から胸の上部にかけて、肉も装甲もまとめて抉り飛ばされた。勇斗の体が大きく傾く。次の瞬間、遅れてきた痛みが神経を焼いた。
息が乱れる。視界がぶれる。ドラシガーを噛み潰しそうになる。抉れた肩口から吹き上がる熱と血が、思考を削っていく。
それでも勇斗は、聖剣クトネシスを構え直した。
だが、その足元にはすでにヴェンの右手が伸びていた。黒い枝指が、勇斗の右脚へ絡みつく。
「這ってでも来るというなら、這わせてやりましょう」
ぶち、と鈍い音が響いた。理解が追いつくより先に、右脚が消えていた。断たれた断面から血が噴き出し、その直後に黒い熱が傷口を焼いた。蒸気が立つ。焦げた臭いが鼻を刺した。
勇斗の体は床へ叩きつけられる。
まだ、終わらない。
左脚一本に煙を集め、勇斗は立ち上がった。
「こざかしい」
ヴェンの腕が閃いた。右腕が肩から消えた。直後、聖剣クトネシスが床へ落ちる。高い金属音が響く。その音が、自分の腕から剣が離れた音だと理解した瞬間、右肩の断面で熱が爆ぜた。
噴き出した血はすぐに焼かれ、白い蒸気だけが上がる。それでも痛みは消えない。骨の奥も、神経の芯も、肉の断片ひとつまで焼き裂かれるような激痛が、全身を貫いていく。
両腕と右脚がなくなった。
それでも勇斗は左脚一本で立っていた。倒れるという選択だけは、最後までなかった。
「人間というのは、実に興味深い。弱く、脆く、すぐ壊れる。……それでいて、失うたびに妙な光を宿す」
ヴェンが歩いてくる。ゆっくりと、静かに。急ぐ必要すらないのだと、その歩き方が語っていた。
勇斗の口元から漏れた煙は、形を保っていなかった。ちぎれ、揺れ、乱れた呼吸に引きずられるよう周囲へ散っていく。
「あの子を思っての執念ですか。絆とは、なんと美しい。ですが、そんなものは無意味です。思い知りなさい」
炎をまとったヴェンの腕が、勇斗の腹部を貫いた。腹の中央から背中へ、焼けた杭を通されたような感覚だった。内側で臓器が焼ける。熱が体幹の奥を這い回り、骨の裏側まで焼いていく。
左脚だけで保っていた均衡が崩れる。それでも、完全には倒れない。
ヴェンが、その様子を面白がるように見下ろした。
「今どんな気分です? 屈辱? 憤怒? 恐怖? 憎悪? 絶望? ……おや、そうでした。もう聞こえませんでしたか。では、そろそろ楽にして差し上げましょう」
右手が、勇斗の胸元に当てられた。
胸の奥が鋭く弾けた。精霊器ラクメトの胸甲が陥没すると同時に、肺と心臓がまとめて破裂し、生命の中枢そのものが潰れた。鼓動が止まる。喉の奥から込み上げた血液が、煙とともに口の端からどっと溢れる。全身から、一瞬で熱が引いた。
ドラシガーの先端から立ち昇る煙は細く、荒い。だが、勇斗の目は、まだ生命の光を失っていなかった。
「なぜ、立っていられる……」
ヴェンがはじめて動揺を見せた。
「なぜだっ!」
ヴェンの右手が勇斗の抉れた左肩へ深く食い込んだ。同時に左手が陥没した胸甲の亀裂へねじ込まれた。紅い指先は割れた隙間をこじ開け、肋の縁へ直接かかった。
勇斗の体が、ぎしりと嫌な音を立てた。
ヴェンは唸り声を上げ、左右の腕を力任せに引いた。
裂けた。装甲も肉も骨もまとめて引き裂かれた。砕けた肋骨が弾け、無造作に飛び散る。勇斗の上半身が大きく左右に開き、胸部の奥にあったものが露わになった。
蒼白い光を宿した小さな球体――ラマシル。勇斗という存在を繋ぎ止めていた、命の核だった。
「なるほど、これが……」
ヴェンの声に、愉悦が滲んだ。
右手が差し込まれる。
「さぁ、これで終わりです」
ラマシルが、ヴェンの手の中で粉々に砕け散った。
その瞬間、勇斗の脳裏に、いくつもの顔がゆっくりと浮かんでは消えていった。
ミュール。チカップ。シグネリア。光太。真弘。美咲。お母さん。お父さん。
そして――ランパ。
口元を離れたドラシガーの火が、ふっと消えた。
◆
血の匂いが、まとわりついていた。
アルトは足を止めた。
床に転がる勇斗の亡骸を見た瞬間、思考が止まった。
すまない、遅かった。
「これで邪魔者はいなくなった」
背を向けたまま、そいつは言った。聞き覚えのある声だった。
「さぁ、新しい世界の始まりだ」
両手を広げるその姿が、ひどく滑稽に見えた。
高笑いが耳障りだった。
「随分と余裕だな」
声を投げると同時に、地を蹴る。
一気に間合いへ入り、刀を振り下ろした。背を裂く感触が腕に伝わった。
「誰だぁっ!」
異形が振り向いた。
「……アルトくん、ですか」
「その声……まさか、トゥーレさん?」
「トゥーレ? ああ、器のことか。私はヴェン。今からこの世界の王となる者だ」
器――それで十分だった。
「そうか。なら、遠慮はいらないな」
切っ先をヴェンへ向ける。
ヴェンの視線が、虚裂虎杖丸に止まった。警戒している。無理もない。形も、まとっている気配も、この世界の武器とは明らかに違った。
説明するつもりはなかった。
踏み込む。間合いを詰め、肩口を斬る。返す刃で脇腹を裂き、さらに頬へ浅く斬りつける。
ヴェンの表情が歪んだ。
効いている。肉を裂いているだけではない。刃が触れるたび、奴の力が削がれていくのがわかった。
「何だ、その剣は」
「教える必要もない」
アルトは吐き捨てるように言った。
「こざかしい」
ヴェンが低く唸り、踏み込んでくる。速く、重かった。
アルトの体もまた限界に近かった。呼吸は荒れ、脚には鈍い重さが溜まっていた。
そのわずかな綻びを、ヴェンは見逃さなかった。
次の瞬間、脇腹に衝撃が食い込んだ。
熱が腹を貫く。片膝が床に落ちた。視界が大きく揺れる。
だが、アルトの口元には薄い笑みが浮かんでいた。
最初から、わかっていた。虚裂虎杖丸が示していた。敵を斬ることだけが目的ではない。
アルトは、虚裂虎杖丸を全力で投げ放った。
ヴェンが身をずらす。
「残念でしたねぇ」
虚裂虎杖丸は相手をかすめもせず、その後方へ飛ぶ。
「残念なのは、お前のほうだ」
「何?」
直後、ガラスが砕けるような音が響いた。
ヴェンが弾かれたように振り向く。
水晶柱の中心に、虚裂虎杖丸が深々と突き刺さっていた。そこから亀裂が一気に走る。ひびは瞬く間に全体へ広がり、柱全体が不気味な音を立てて軋んだ。
次の瞬間、水晶柱は轟音とともに砕け散った。
閉じ込められていたランパの体が、砕けた水晶の中へ落ちる。
ヴェンの顔が、怒りで醜く歪んだ。
「貴様ァァァァッ!」
来る、と気づいた時には、もう遅かった。だが、これでいい。
アルトの頭部が吹き飛んだ。
首を失った体は二、三度痙攣し、それから前のめりに倒れた。
◆
――ランパ、目を覚ませ。
声がした。ルークの声だった。
――今、世界を救えるのは君しかいない。
オイラにも、できるかな。
――できるさ。君なら、できる。さぁ、立って。
うん。
ランパは、ゆっくりと立ち上がった。
砕けた水晶の破片が足元で鳴る。目の前では、ヴェンがこちらを見下ろしていた。
ずっと見ていた。こいつが、ユートを殺した。アルトも殺した。絶対に、許せない。
「さぁ、私と共に新しい世界を創ろうではありませんか」
ヴェンが、粘つくような声で言った。
「あなたの力なら、その世界の頂に立てる。支配者として君臨することもできる」
手が差し出された。なんだかいけ好かない。
「ばーか!」
ランパはあっかんべーをした。
「なっ!?」
ヴェンの顔が引きつる。
ランパはヴェンを一瞥もせず、勇斗とアルトのもとへ駆け寄った。砕けた水晶を蹴り散らしながら、二人のそばへ膝をつく。
「なぜですか。あなたの力なら、新しい世界の支配者として君臨できるのですよ?」
「そんなもんに興味ないし」
ランパは振り向いた。
「オイラはなぁ、この世界が好きなんだ。ユートも、ミュールも、チカップも、みんな大好きで、大事なんだ。みんなが悲しむ世界なんて、いらない」
ヴェンは黙ったままランパを睨んでいる。
「だから」
ランパはきっと顔を上げた。
「そんな世界を壊しちまうお前は、大嫌いだ!」
両手を天へかざした。
「チキサ様、オイラに力を!」
瞬間、風が吹いた。ほどけたランパの髪が激しくなびき、砕けた水晶片が宙へ舞い上がる。空気そのものが震えていた。
体の奥へ、温かな力が流れ込んできた。やさしいのに、圧倒的だった。泣きたくなるほど懐かしくて、世界そのものに包まれるような力だった。
ランパは両手を胸の前で組んだ。
「合成!」
勇斗とアルトの体が、淡い緑色の光に包まれる。
光はやがて一つへ溶け合い、静かに脈打ち始めた。
精霊眼に映った軌道は、四大精霊の試練で戦ったゴーレムすら上回っていた。
勝てるのか。違う。勝たなくてはならない。もう一度、ランパの声を聞くために。
ドラシガーの先端から立つ緑の煙は、一本の線になって立ちのぼった。
「来なさい、ユートくん。あなたは特別です。極上の痛みと恐怖を味わせてあげますよ」
ヴェンの瞳が、静かに勇斗を見下ろしていた。
勇斗は口の隙間から煙を鋭く吐き出し、床を蹴る。
一歩で間合いを詰める。
剣閃がヴェンの喉元へ走った。
だが、ヴェンは左腕をわずかに上げただけだった。甲高い音が響き、クトネシスの刃が弾かれる。
それでも勇斗は止まらない。姿勢を落とし、脇腹へ斬撃を滑り込ませる。
黒い樹液めいた液体が飛び散った。
浅い。だが、通る。
ヴェンの体がほんのわずかに揺れた。
通る。このまま押し切る。
勇斗はさらに踏み込み、二撃目、三撃と重ねる。
ヴェンが片膝をついた――そう見えた。
「ほう……流石ですね。だが」
声が落ちた、その瞬間、ヴェンの姿が視界から消えた。
背筋が粟立つ。全身が警告を叫ぶ。
真上だった。
勇斗が顔を上げた時には、すでに遅かった。
ヴェンの右手が、巨大な斧のような形へ変わっていた。刃ではない。切るためではなく、ただ叩き潰すためだけに凝縮された黒い質量。
「私を舐めないでいただきたい」
衝撃が頭部へ食い込んだ。ごり、と硬いものが砕ける。肉が潰れ、熱い血が顔の半分を一気に染めた。上下がわからない。立っている感覚が消えていく。
膝が折れた。そのまま落ちかけた意識を、ラマシルが荒々しく引き戻した。胸の奥で核が脈打ち、無理やり生へ縫い止める。
止まるな。
勇斗はドラシガーを噛み締め、血に濡れた顔を無理やり上げた。
「醜くも、見事ですね」
ヴェンがわずかに笑う。
勇斗は地を蹴った。剣が振れるなら、まだ戦える。
だが、踏み込んだその瞬間、ヴェンの左手が開く。枝分かれした紅い指が、蛇のように勇斗の左肩へ伸びた。
直後、左肩から胸の上部にかけて、肉も装甲もまとめて抉り飛ばされた。勇斗の体が大きく傾く。次の瞬間、遅れてきた痛みが神経を焼いた。
息が乱れる。視界がぶれる。ドラシガーを噛み潰しそうになる。抉れた肩口から吹き上がる熱と血が、思考を削っていく。
それでも勇斗は、聖剣クトネシスを構え直した。
だが、その足元にはすでにヴェンの右手が伸びていた。黒い枝指が、勇斗の右脚へ絡みつく。
「這ってでも来るというなら、這わせてやりましょう」
ぶち、と鈍い音が響いた。理解が追いつくより先に、右脚が消えていた。断たれた断面から血が噴き出し、その直後に黒い熱が傷口を焼いた。蒸気が立つ。焦げた臭いが鼻を刺した。
勇斗の体は床へ叩きつけられる。
まだ、終わらない。
左脚一本に煙を集め、勇斗は立ち上がった。
「こざかしい」
ヴェンの腕が閃いた。右腕が肩から消えた。直後、聖剣クトネシスが床へ落ちる。高い金属音が響く。その音が、自分の腕から剣が離れた音だと理解した瞬間、右肩の断面で熱が爆ぜた。
噴き出した血はすぐに焼かれ、白い蒸気だけが上がる。それでも痛みは消えない。骨の奥も、神経の芯も、肉の断片ひとつまで焼き裂かれるような激痛が、全身を貫いていく。
両腕と右脚がなくなった。
それでも勇斗は左脚一本で立っていた。倒れるという選択だけは、最後までなかった。
「人間というのは、実に興味深い。弱く、脆く、すぐ壊れる。……それでいて、失うたびに妙な光を宿す」
ヴェンが歩いてくる。ゆっくりと、静かに。急ぐ必要すらないのだと、その歩き方が語っていた。
勇斗の口元から漏れた煙は、形を保っていなかった。ちぎれ、揺れ、乱れた呼吸に引きずられるよう周囲へ散っていく。
「あの子を思っての執念ですか。絆とは、なんと美しい。ですが、そんなものは無意味です。思い知りなさい」
炎をまとったヴェンの腕が、勇斗の腹部を貫いた。腹の中央から背中へ、焼けた杭を通されたような感覚だった。内側で臓器が焼ける。熱が体幹の奥を這い回り、骨の裏側まで焼いていく。
左脚だけで保っていた均衡が崩れる。それでも、完全には倒れない。
ヴェンが、その様子を面白がるように見下ろした。
「今どんな気分です? 屈辱? 憤怒? 恐怖? 憎悪? 絶望? ……おや、そうでした。もう聞こえませんでしたか。では、そろそろ楽にして差し上げましょう」
右手が、勇斗の胸元に当てられた。
胸の奥が鋭く弾けた。精霊器ラクメトの胸甲が陥没すると同時に、肺と心臓がまとめて破裂し、生命の中枢そのものが潰れた。鼓動が止まる。喉の奥から込み上げた血液が、煙とともに口の端からどっと溢れる。全身から、一瞬で熱が引いた。
ドラシガーの先端から立ち昇る煙は細く、荒い。だが、勇斗の目は、まだ生命の光を失っていなかった。
「なぜ、立っていられる……」
ヴェンがはじめて動揺を見せた。
「なぜだっ!」
ヴェンの右手が勇斗の抉れた左肩へ深く食い込んだ。同時に左手が陥没した胸甲の亀裂へねじ込まれた。紅い指先は割れた隙間をこじ開け、肋の縁へ直接かかった。
勇斗の体が、ぎしりと嫌な音を立てた。
ヴェンは唸り声を上げ、左右の腕を力任せに引いた。
裂けた。装甲も肉も骨もまとめて引き裂かれた。砕けた肋骨が弾け、無造作に飛び散る。勇斗の上半身が大きく左右に開き、胸部の奥にあったものが露わになった。
蒼白い光を宿した小さな球体――ラマシル。勇斗という存在を繋ぎ止めていた、命の核だった。
「なるほど、これが……」
ヴェンの声に、愉悦が滲んだ。
右手が差し込まれる。
「さぁ、これで終わりです」
ラマシルが、ヴェンの手の中で粉々に砕け散った。
その瞬間、勇斗の脳裏に、いくつもの顔がゆっくりと浮かんでは消えていった。
ミュール。チカップ。シグネリア。光太。真弘。美咲。お母さん。お父さん。
そして――ランパ。
口元を離れたドラシガーの火が、ふっと消えた。
◆
血の匂いが、まとわりついていた。
アルトは足を止めた。
床に転がる勇斗の亡骸を見た瞬間、思考が止まった。
すまない、遅かった。
「これで邪魔者はいなくなった」
背を向けたまま、そいつは言った。聞き覚えのある声だった。
「さぁ、新しい世界の始まりだ」
両手を広げるその姿が、ひどく滑稽に見えた。
高笑いが耳障りだった。
「随分と余裕だな」
声を投げると同時に、地を蹴る。
一気に間合いへ入り、刀を振り下ろした。背を裂く感触が腕に伝わった。
「誰だぁっ!」
異形が振り向いた。
「……アルトくん、ですか」
「その声……まさか、トゥーレさん?」
「トゥーレ? ああ、器のことか。私はヴェン。今からこの世界の王となる者だ」
器――それで十分だった。
「そうか。なら、遠慮はいらないな」
切っ先をヴェンへ向ける。
ヴェンの視線が、虚裂虎杖丸に止まった。警戒している。無理もない。形も、まとっている気配も、この世界の武器とは明らかに違った。
説明するつもりはなかった。
踏み込む。間合いを詰め、肩口を斬る。返す刃で脇腹を裂き、さらに頬へ浅く斬りつける。
ヴェンの表情が歪んだ。
効いている。肉を裂いているだけではない。刃が触れるたび、奴の力が削がれていくのがわかった。
「何だ、その剣は」
「教える必要もない」
アルトは吐き捨てるように言った。
「こざかしい」
ヴェンが低く唸り、踏み込んでくる。速く、重かった。
アルトの体もまた限界に近かった。呼吸は荒れ、脚には鈍い重さが溜まっていた。
そのわずかな綻びを、ヴェンは見逃さなかった。
次の瞬間、脇腹に衝撃が食い込んだ。
熱が腹を貫く。片膝が床に落ちた。視界が大きく揺れる。
だが、アルトの口元には薄い笑みが浮かんでいた。
最初から、わかっていた。虚裂虎杖丸が示していた。敵を斬ることだけが目的ではない。
アルトは、虚裂虎杖丸を全力で投げ放った。
ヴェンが身をずらす。
「残念でしたねぇ」
虚裂虎杖丸は相手をかすめもせず、その後方へ飛ぶ。
「残念なのは、お前のほうだ」
「何?」
直後、ガラスが砕けるような音が響いた。
ヴェンが弾かれたように振り向く。
水晶柱の中心に、虚裂虎杖丸が深々と突き刺さっていた。そこから亀裂が一気に走る。ひびは瞬く間に全体へ広がり、柱全体が不気味な音を立てて軋んだ。
次の瞬間、水晶柱は轟音とともに砕け散った。
閉じ込められていたランパの体が、砕けた水晶の中へ落ちる。
ヴェンの顔が、怒りで醜く歪んだ。
「貴様ァァァァッ!」
来る、と気づいた時には、もう遅かった。だが、これでいい。
アルトの頭部が吹き飛んだ。
首を失った体は二、三度痙攣し、それから前のめりに倒れた。
◆
――ランパ、目を覚ませ。
声がした。ルークの声だった。
――今、世界を救えるのは君しかいない。
オイラにも、できるかな。
――できるさ。君なら、できる。さぁ、立って。
うん。
ランパは、ゆっくりと立ち上がった。
砕けた水晶の破片が足元で鳴る。目の前では、ヴェンがこちらを見下ろしていた。
ずっと見ていた。こいつが、ユートを殺した。アルトも殺した。絶対に、許せない。
「さぁ、私と共に新しい世界を創ろうではありませんか」
ヴェンが、粘つくような声で言った。
「あなたの力なら、その世界の頂に立てる。支配者として君臨することもできる」
手が差し出された。なんだかいけ好かない。
「ばーか!」
ランパはあっかんべーをした。
「なっ!?」
ヴェンの顔が引きつる。
ランパはヴェンを一瞥もせず、勇斗とアルトのもとへ駆け寄った。砕けた水晶を蹴り散らしながら、二人のそばへ膝をつく。
「なぜですか。あなたの力なら、新しい世界の支配者として君臨できるのですよ?」
「そんなもんに興味ないし」
ランパは振り向いた。
「オイラはなぁ、この世界が好きなんだ。ユートも、ミュールも、チカップも、みんな大好きで、大事なんだ。みんなが悲しむ世界なんて、いらない」
ヴェンは黙ったままランパを睨んでいる。
「だから」
ランパはきっと顔を上げた。
「そんな世界を壊しちまうお前は、大嫌いだ!」
両手を天へかざした。
「チキサ様、オイラに力を!」
瞬間、風が吹いた。ほどけたランパの髪が激しくなびき、砕けた水晶片が宙へ舞い上がる。空気そのものが震えていた。
体の奥へ、温かな力が流れ込んできた。やさしいのに、圧倒的だった。泣きたくなるほど懐かしくて、世界そのものに包まれるような力だった。
ランパは両手を胸の前で組んだ。
「合成!」
勇斗とアルトの体が、淡い緑色の光に包まれる。
光はやがて一つへ溶け合い、静かに脈打ち始めた。
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