火垂る袋
ー/ー *
君が目を覚まさなくなってから、如何程の時間が経過しただろう?
医師からはもう、永久に目を覚ますことはないと告げられていた。君はそれまでの不眠の時間を取り戻すかのように、眠り続ける。しかし、その間も脳内では神経が変性し続けていて、少しずつではあるけれど、君は着実に『死』に近付いているということだった。
僕はずっと、考えていた。幼い頃にこの郷へ連れて来られた理由。君の家族の一員となった意味。
『両親』からも君からも、その理由を告げられたことはないし、特に意味もなかったのかも知れない。
しかし、この郷はやはり、いつまでも、何者からも侵されることはなく、美しいままであり……それが、僕が此処に生存し続ける意義なのだと思うようになった。
君は眠り続ける。その横で、僕は描き続けた。この郷で……夜の冒険をして、見たもの全てを。
やはり、僕は一般の人間と同じく、夜の眠りに吸い込まれる。それでも、日が差している間はずっと、君が描いていた夜の世界をキャンバスに表現し続けた。そう。僕自身、生命を燃やして……。
僕の描く絵は、君が描いたものほどに人の魂を揺らすものではないだろう。しかし、僕はひたすらに描き続けた。君が「好きだった」と言ってくれた僕の絵を、ずっと、ずっと、描き続けた。そう……君がこの世に存在する証、僕の『家族』がこの世界に存在していた証を、この郷で。
それはさながら、火垂る袋の中でひたすらに生命の炎を燃やし続ける蛍と同じ振舞いに思えた。
絵を描いているうちに、僕は、僕の周囲は、この郷で僕を取り巻く空気は、徐々に変化した。それは、他所者であったはずの僕を受け入れるように……以前よりも僕が、この郷に馴染むことができるような感覚にさせてくれた。そして、その感覚に囚われる時、僕の絵も君が描いたものと遜色ないほどに輝きを放つように思えた。
ふと、顔を上げた。夏の強い日が差していたはずの外は、気付かぬうちに闇に飲まれていた。いつの間にか、夜になっていたようだ。
眠り続ける君の横を通り抜けて、ふらつきながら、外へ出た。途端に僕は、夜の闇に飲まれた。だがしかし、其処は思ったほどに暗くはなくて……僕の目は一筋の優しい光を捉えた。
「蛍……」
それは、火垂る袋に囚われることなく、夜の闇の中を自由に舞い飛ぶ蛍であった。
僕の目は、彼を追う。その光は空間をゆっくりと移動して、そして……満天に星が輝く果てしない夜空へと向かった。
天の川。それは、無数の星の集まりで……各々が、何に縛られることも、何事に囚われることもなく、自由に輝いているように見えた。
そう。本当の自由は、もしかすると……この世界からも、自らをこの世界に縛り付けるこの身体からも解き放たれて、天で輝く其れ等に混じり、輝き続けることなのかも知れない。
『もしも、火垂る袋の中で一生を終える蛍がいたとしたら。どんな気持ちなんだろう……』
いつか、君の口から問われたこと。今なら、それに答えられるような気がした。
蛍はきっと、刻もうとする。火垂る袋の中に、自らが存在した証を。ひたすらに、自らの生命を燃やして……そして、火垂る袋から飛び出して自由になった後も忘れない。自らの周囲を覆っていた、美しい世界のことを……。
滲む涙が溢れぬように、暫くの間、僕は夜空を見詰めていた。美しい星空に吸い込まれるように、涙も徐々に引いてゆく。
だから……僕は視線を落とし、前を向いた。すると、この目はまたしても、儚く揺れる一筋の灯を捉えた。
生命の光が灯る。静かに、細やかに、しかし懸命に。それは、この季節にしか見ることのない仄かな光。
君が目を覚まさなくなってから、如何程の時間が経過しただろう?
医師からはもう、永久に目を覚ますことはないと告げられていた。君はそれまでの不眠の時間を取り戻すかのように、眠り続ける。しかし、その間も脳内では神経が変性し続けていて、少しずつではあるけれど、君は着実に『死』に近付いているということだった。
僕はずっと、考えていた。幼い頃にこの郷へ連れて来られた理由。君の家族の一員となった意味。
『両親』からも君からも、その理由を告げられたことはないし、特に意味もなかったのかも知れない。
しかし、この郷はやはり、いつまでも、何者からも侵されることはなく、美しいままであり……それが、僕が此処に生存し続ける意義なのだと思うようになった。
君は眠り続ける。その横で、僕は描き続けた。この郷で……夜の冒険をして、見たもの全てを。
やはり、僕は一般の人間と同じく、夜の眠りに吸い込まれる。それでも、日が差している間はずっと、君が描いていた夜の世界をキャンバスに表現し続けた。そう。僕自身、生命を燃やして……。
僕の描く絵は、君が描いたものほどに人の魂を揺らすものではないだろう。しかし、僕はひたすらに描き続けた。君が「好きだった」と言ってくれた僕の絵を、ずっと、ずっと、描き続けた。そう……君がこの世に存在する証、僕の『家族』がこの世界に存在していた証を、この郷で。
それはさながら、火垂る袋の中でひたすらに生命の炎を燃やし続ける蛍と同じ振舞いに思えた。
絵を描いているうちに、僕は、僕の周囲は、この郷で僕を取り巻く空気は、徐々に変化した。それは、他所者であったはずの僕を受け入れるように……以前よりも僕が、この郷に馴染むことができるような感覚にさせてくれた。そして、その感覚に囚われる時、僕の絵も君が描いたものと遜色ないほどに輝きを放つように思えた。
ふと、顔を上げた。夏の強い日が差していたはずの外は、気付かぬうちに闇に飲まれていた。いつの間にか、夜になっていたようだ。
眠り続ける君の横を通り抜けて、ふらつきながら、外へ出た。途端に僕は、夜の闇に飲まれた。だがしかし、其処は思ったほどに暗くはなくて……僕の目は一筋の優しい光を捉えた。
「蛍……」
それは、火垂る袋に囚われることなく、夜の闇の中を自由に舞い飛ぶ蛍であった。
僕の目は、彼を追う。その光は空間をゆっくりと移動して、そして……満天に星が輝く果てしない夜空へと向かった。
天の川。それは、無数の星の集まりで……各々が、何に縛られることも、何事に囚われることもなく、自由に輝いているように見えた。
そう。本当の自由は、もしかすると……この世界からも、自らをこの世界に縛り付けるこの身体からも解き放たれて、天で輝く其れ等に混じり、輝き続けることなのかも知れない。
『もしも、火垂る袋の中で一生を終える蛍がいたとしたら。どんな気持ちなんだろう……』
いつか、君の口から問われたこと。今なら、それに答えられるような気がした。
蛍はきっと、刻もうとする。火垂る袋の中に、自らが存在した証を。ひたすらに、自らの生命を燃やして……そして、火垂る袋から飛び出して自由になった後も忘れない。自らの周囲を覆っていた、美しい世界のことを……。
滲む涙が溢れぬように、暫くの間、僕は夜空を見詰めていた。美しい星空に吸い込まれるように、涙も徐々に引いてゆく。
だから……僕は視線を落とし、前を向いた。すると、この目はまたしても、儚く揺れる一筋の灯を捉えた。
生命の光が灯る。静かに、細やかに、しかし懸命に。それは、この季節にしか見ることのない仄かな光。
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