出会い
ー/ー あたしには今、会いたくてたまらない相手がいる。
もう、恋焦がれてると言っていいほどだ。いや、恋愛なんてものには縁遠いので、この例えが合ってるのかどうか知らないけど。
守吏里の地方都市にある、国立星蘭大学の二年生に進級した春。講義を受けるためキャンパスへやってくると、高校でも同級生だった友達に声をかけられた。ずっとバスケをやっている子だ。
「ねえ、朝陽~! 来週試合があるんだけど、助っ人お願いできない?」
「ごめん、用事あるから無理ー!」
高校生の頃、強制参加の陸上の記録会でうっかり短距離走の国内新記録を打ち出してしまった。それ以降、こういう類の誘いがよくある。でも、変に目立ってしまっては生活に支障が出るので、照平じいちゃんからスポーツは禁止されているのだ。力を隠し、普通の人間として生活するのはなかなか気を遣う。
講義室へ入り、前方の窓際の席に座った。早く着いたので、時間潰しにリュックから本を取り出して開くことにした。子供の頃から大事にしている海洋哺乳類の図鑑だ。
クジラのページを開き、大きく描かれたナガスクジラを凝視する。スマートで細長いボディ。海の蒼に映える刀身のような深い灰色。その力強い姿は、もう十年も前からあたしの心を掴んで離さない。
図鑑を眺めながら、つい顔がニヤけた。もしかすると、無意識にぐふふと笑い声も漏れていたかもしれない。
するとその時。不意に、人の声が耳に飛び込んできた。
「ここ、いいかな」
顔を横に向けると、微笑みを浮かべる人と目が合った。
一瞬、真っ白な人がそこに立っていると思った。
髪の毛が白――いや、窓からの陽射しが当たって明るく見えるけど、銀髪だ。目が蒼くて肌も白いし、海外からの留学生か何かだろうか。女の子かとも思ったけど、落ち着いた低い声で男の人だと分かった。
その人が椅子をひとつ挟んだ隣――三人掛けの長机の反対端を指さしている。
「はあ……どうぞ」
知り合いだっけ? なんて考えながら返事をすると、その人はありがとうと言って席につき、教科書やペンケースをトートバッグから出し始めた。
……いやでも、他にも席いっぱい空いてない? と思ったけど、どこに座るかなんて自由だしな。黒板が見やすい位置だからかもしれない。
あんまり気に留めず図鑑に目を戻すと、しばらくして視線を感じた。隣に座った男の人が、頬杖をつきながらこっちを見ている。また目が合った。
「それ、何読んでるの?」
「え? っと、クジラの図鑑……です」
答えながら、表紙を相手に向けて見せる。もしかすると先輩かもしれないので、一応丁寧語をつけた。
「クジラ? 好きなの?」
「はい。海洋生物の研究室を目指してて」
へえ、と相槌を打った彼は、上に向けた掌をあたしへ差し出した。
「どうぞ、続けて」
はあ、と気の抜けた返事をして、それに従った。
でもそれからまたすぐに、他の声がした。
「岬く〜ん。もし良かったら、今夜一緒にご飯でもどうかなあ……なんて思ってえ」
ギャル風の女の子二人組が、何だかやたら体をクネクネさせながら、この銀髪の人に声をかけにきたらしい。
すると彼は、目を伏せながら口を開いた。
「お誘いありがとう。でも申し訳ないけど、僕、そういうのあんまり得意じゃなくて」
柔らかくも有無を言わせない口調だった。ギャルたちはそれ以上何も言えなくなったらしく、名残惜しそうにその場を離れて行った。
あたしは間抜けに口を半開きにして、再び一人になった銀髪の人の方を見た。すると彼もまたチラリとこちらを見て、少し困ったように笑ってみせた。そしてまたすぐ視線を前に戻し、自分のノートをペラペラめくり始めた。
――ずいぶん年季の入ったノート使ってるなあ。
なんてどうでもいいことを思ったところで講師が姿を現し、講義が始まった。
もう、恋焦がれてると言っていいほどだ。いや、恋愛なんてものには縁遠いので、この例えが合ってるのかどうか知らないけど。
守吏里の地方都市にある、国立星蘭大学の二年生に進級した春。講義を受けるためキャンパスへやってくると、高校でも同級生だった友達に声をかけられた。ずっとバスケをやっている子だ。
「ねえ、朝陽~! 来週試合があるんだけど、助っ人お願いできない?」
「ごめん、用事あるから無理ー!」
高校生の頃、強制参加の陸上の記録会でうっかり短距離走の国内新記録を打ち出してしまった。それ以降、こういう類の誘いがよくある。でも、変に目立ってしまっては生活に支障が出るので、照平じいちゃんからスポーツは禁止されているのだ。力を隠し、普通の人間として生活するのはなかなか気を遣う。
講義室へ入り、前方の窓際の席に座った。早く着いたので、時間潰しにリュックから本を取り出して開くことにした。子供の頃から大事にしている海洋哺乳類の図鑑だ。
クジラのページを開き、大きく描かれたナガスクジラを凝視する。スマートで細長いボディ。海の蒼に映える刀身のような深い灰色。その力強い姿は、もう十年も前からあたしの心を掴んで離さない。
図鑑を眺めながら、つい顔がニヤけた。もしかすると、無意識にぐふふと笑い声も漏れていたかもしれない。
するとその時。不意に、人の声が耳に飛び込んできた。
「ここ、いいかな」
顔を横に向けると、微笑みを浮かべる人と目が合った。
一瞬、真っ白な人がそこに立っていると思った。
髪の毛が白――いや、窓からの陽射しが当たって明るく見えるけど、銀髪だ。目が蒼くて肌も白いし、海外からの留学生か何かだろうか。女の子かとも思ったけど、落ち着いた低い声で男の人だと分かった。
その人が椅子をひとつ挟んだ隣――三人掛けの長机の反対端を指さしている。
「はあ……どうぞ」
知り合いだっけ? なんて考えながら返事をすると、その人はありがとうと言って席につき、教科書やペンケースをトートバッグから出し始めた。
……いやでも、他にも席いっぱい空いてない? と思ったけど、どこに座るかなんて自由だしな。黒板が見やすい位置だからかもしれない。
あんまり気に留めず図鑑に目を戻すと、しばらくして視線を感じた。隣に座った男の人が、頬杖をつきながらこっちを見ている。また目が合った。
「それ、何読んでるの?」
「え? っと、クジラの図鑑……です」
答えながら、表紙を相手に向けて見せる。もしかすると先輩かもしれないので、一応丁寧語をつけた。
「クジラ? 好きなの?」
「はい。海洋生物の研究室を目指してて」
へえ、と相槌を打った彼は、上に向けた掌をあたしへ差し出した。
「どうぞ、続けて」
はあ、と気の抜けた返事をして、それに従った。
でもそれからまたすぐに、他の声がした。
「岬く〜ん。もし良かったら、今夜一緒にご飯でもどうかなあ……なんて思ってえ」
ギャル風の女の子二人組が、何だかやたら体をクネクネさせながら、この銀髪の人に声をかけにきたらしい。
すると彼は、目を伏せながら口を開いた。
「お誘いありがとう。でも申し訳ないけど、僕、そういうのあんまり得意じゃなくて」
柔らかくも有無を言わせない口調だった。ギャルたちはそれ以上何も言えなくなったらしく、名残惜しそうにその場を離れて行った。
あたしは間抜けに口を半開きにして、再び一人になった銀髪の人の方を見た。すると彼もまたチラリとこちらを見て、少し困ったように笑ってみせた。そしてまたすぐ視線を前に戻し、自分のノートをペラペラめくり始めた。
――ずいぶん年季の入ったノート使ってるなあ。
なんてどうでもいいことを思ったところで講師が姿を現し、講義が始まった。
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