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第29話 一夜の留め置き

ー/ー



日が落ちるのを待ってから、セシアとリゼはもう一度だけ北へ出た。

隠れ場所の二階には、ミナとエナとルイを残してきた。
誰も止めなかった。止められないと分かっている顔だった。

トマの名は、祈祷書の中に残っている。
白い家の次に北舎があると分かった以上、そこを見ずに朝を迎えることはできなかった。

北側の倉庫街は、夜になると町の他の場所よりずっと静かだった。
灯りが少ない。
人の姿もまばらだ。

だが、静けさの中に気配はある。
誰かが働いている音。
木がきしむ音。
遠くで車輪が石を擦る音。

それらが全部、北舎の白い壁の方へ吸い寄せられていくように思えた。

北舎は、昼間よりもさらに白く見えた。

白い家ほど整ってはいない。塗り直しも雑で、壁には雨筋のような汚れも残っている。

それでも、周囲の石造りの倉庫の中に混じると、その白さだけが妙に浮いて見えた。

「……窓が少ないですね」

セシアが低く言うと、リゼが頷く。

「しかも高い。外から見せない造りだね」

二人は北舎の正面ではなく、裏手の塀沿いを回った。

表の扉の前には白くない服の男が一人立っていたが、裏手には見張りの姿がない。代わりに、使い終わった箱と空樽が無造作に積まれ、壁際に古い荷車が寄せてある。

白い家と同じだ。
正面は穏やかな顔を見せる場所。
裏は、中身を運ぶ場所。

リゼが荷車の陰にしゃがみ込み、目だけで上を示した

北舎の側面、高い位置に細長い窓がある。昼間、影が揺れたあの窓だ。

「あそこから中を覗ければ早い」

「届きますか」

「たぶんね」

そう言って、リゼは積まれた空樽へ手をかけた。

音を立てないように少しずつずらし、木箱を重ね、壁際に細い足場を作っていく。その手つきに迷いがない。セシアも手伝った。指先に木の粉がつき、古い樽の匂いが鼻につく。

足場ができると、リゼは短く言った。

「先に見る?」

セシアは頷いた。

箱へ足をかけ、樽の上へ上がる。壁に片手をつき、背伸びするようにして細長い窓の縁へ目を寄せた。

中は暗かった。

だが、完全な闇ではない。
壁際に吊るされた灯りが二つ、弱く部屋を照らしている。

見えたのは、白い家の待機室によく似た景色だった。

細い寝台。
壁際に並ぶ木箱。
吊るされた白布。
そして、寝台に横たわる小さな影。

全部で三つ。

セシアの喉がきつく締まる。

「……います」

「何人」

「三人……たぶん」

そのうち二人は動かない。眠っているのか、眠らされているのか分からない。
もう一人だけ、壁を向いたまま座っている。膝を抱え、ほとんど影みたいにじっとしていた。

その子の手首に、白い布が巻かれているのが見えた。
札ではない。
だが、目印のように見える。

白い家では番号札が寝台に置かれていた。
ここでは身体に近いところへつけられているのかもしれない。

その時、部屋の奥で扉が開いた。

セシアは反射的に頭を引きかけたが、どうにか堪える。

白くない服の女が一人、盆を持って入ってきた。
器が三つ。
水差し。
それから、小さな瓶が一つ。

女は壁際へ座っている子のそばにしゃがみ込み、器を差し出す。
その子はしばらく動かなかった。
だが、女が何か低く言うと、ようやく両手を伸ばし、器を受け取る。

その横顔が少しだけ見えた。

セシアは息を止める。

見覚えがあった。

白い家の待機室で一度だけ、寝台の端に座ったままこちらを見ていた顔。
はっきりとした目つき。
痩せているのに、目だけはまだ死んでいなかった子。

「……トマ」

ほとんど声にならない声が漏れた。

下からリゼがすぐに反応する。

「見えた?」

「はい……たぶん、トマです」

たぶん、ではないと自分でも思った。
でも、断言すると、その小さな確信が壊れそうで怖かった。

女はトマに器を渡したあと、寝台で動かない二人の方へ向かった。片方の子の唇へ何かを流し込む。

薬か、眠りを深くするものかもしれない。手つきにためらいがない。

北舎は、ただ待たせる場所ではない。
整えて、留めて、送るための場所だ。

その時、別の足音が近づいた。

今度は白い上着だった。

セシアは思わず身体を強張らせる。

扉の向こうから入ってきた男は、白い家で見たあの男ではない。
年は少し上だろうか。髪に白いものが混じり、頬が痩けている。

だが上着の白さと、感情を外へ出さない顔つきは同じだった。

男は部屋の中を見回し、女へ短く言う。

「今夜の分は、あしたの朝前に回す」

「三人ともですか」

「いや、二人だ。残りは様子を見る」

紙をめくる音がする。

「二十六は消えた。代わりに――」

そこで男の声が少し低くなり、窓からは聞き取りづらくなった。
だが次に聞こえた言葉だけは、はっきり届いた。

「……トマを先に上げる」

セシアの指先から力が抜けそうになる。

トマ。
名前で呼ばれた。

しかも、“先に上げる”と言った。

上げる。
それは白い家で聞いた“上へ行く”と同じ方向の言葉だ。

女が少しだけ戸惑った声を出す。

「この子は、反応が薄いと」

「だからだ。白い家の穴を埋める。北舎で長く留める意味がない」

書類を閉じる音。

「夜明け前に支度しろ」

男はそれだけ言って出ていった。女も盆を持ち直し、部屋の奥へ消える。

セシアはようやく窓から身体を離した。

樽の上で足が震える。
どうにか落ちずに下りると、リゼがすぐに肩を掴んだ。

「何が見えた」

「トマが、いました」

「確定?」

「はい」

言い切った瞬間、胸の奥に張っていたものが一段だけ深く落ちる。

いた。
名前の先に、本当にいた。

「それで?」

「夜明け前に、上へ送るって」

リゼの表情が変わる。

「今夜か」

「……はい」

短い沈黙が落ちた。

風が塀の向こうを抜け、どこか遠くで板が鳴る。
その小さな音だけがやけに大きく感じた。

リゼが低く息を吐く。

「思ったより早い」

「どうしますか」

「今、やるしかないね」

その答えに、セシアは少しも驚かなかった。

北舎を見つけた時から、こうなる予感はあった。
ただ、今夜のうちだとは思っていなかっただけだ。

「……三人いました」

セシアが言うと、リゼは頷く。

「でも、今狙うのはトマだけ」

その言葉が胸に刺さる。

分かっている。
全員を一度に救う力は、今の自分たちにはない。

「欲張ると、また全部落とす」

「……はい」

「トマを先に出す。その先は、そのあと考える」

現実的な判断だった。
冷たいようでいて、今はそれしかない。

セシアは白い壁を見上げた。

高い窓。
細い影。
夜明け前に支度しろ、という声。

北舎は白い家より静かだった。
その静けさは、もう整った外面ですらない。ただ、人を物として留めておくことに慣れた場所の静けさだった。

「……戻って、伝えますか」

セシアが聞くと、リゼは少しだけ考えた。

「いや。先に外の動きを見ておく」

「外?」

「どの扉を使うか。荷車が来るか。誰がつくか」

たしかに、夜明け前までまだ少し時間がある。
中へ踏み込む前に、流れを知らなければならない。

二人は北舎の周囲を大きく回った。

正面は閉じたまま。
動きがあるのは、やはり側面の扉だった。そこから水桶が入り、空の木箱が出る。人は少ない。だが少ないからこそ、変化が目につきやすい。

裏手には小さな荷車が一台、壁際へ寄せて置かれていた。まだ馬はついていない。だが荷台には白布が積まれ、縄も用意されている。

セシアの背中に冷たいものが走る。

「あれです」

リゼも同じものを見ていた。

「うん。夜明け前に動かすなら、あれを使う」

そう言ってから、細い目で北舎の扉を見た。

「搬入口じゃない。側面からそのまま出すつもりだ」

北舎は白い家より閉じている。
だからこそ、一度運ぶと決めたものは、無駄なく外へ出すのだろう。

セシアは祈祷書を抱え直した。

トマの名前がそこにある。
そして、その先に本当にトマがいた。

ここで見送れば、もう追えないかもしれない。

やがて夜の色がさらに深くなり、倉庫街から人の気配がほとんど消えた。

北舎の側面扉だけが、時々小さく開いては閉じる。
支度をしているのだ。

「戻るよ」

リゼが言った。

「今のうちに子どもたちに伝えて、こっちも動けるようにする」

セシアは頷く。

来た道を戻りながら、もう一度だけ北舎を振り返る。

白い壁のひとつの高窓に、影が揺れた。
それがトマかどうかは見えない。
でも、今度こそ見失わないと思った。

隠れ場所へ戻ると、ミナがすぐに立ち上がった。

「……どうだった」

エナもルイも、寝台から身を起こしてこちらを見る。

セシアは迷わず答えた。

「トマがいました」

その一言で、部屋の空気が変わる。

ミナの目が見開く。
エナは息を呑み、ルイは唇を強く引き結んだ。

「北舎の中です。高い窓の向こうで……。それと」

セシアは一度だけ息を整える。

「夜明け前に、トマを上へ送るって話していました」

ミナの手が震える。

「今夜……?」

「はい」

リゼが地図を広げた。

「夜明け前にここから出す。たぶん時間は長くない」

木炭で強く印をつける。

「だから次は、もう待てない」

エナが小さく聞く。

「……助けられる?」

リゼはすぐには答えなかった。
代わりに、セシアが祈祷書を開く。

トマの名を見せる。
そこにある限り、終わりにはできない。

「行きます」

そう言うと、ミナもエナもルイも、もう止める顔をしなかった。

トマは北舎にいる。
そして夜明け前に運ばれる。

なら、次はそこが境目だった。


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日が落ちるのを待ってから、セシアとリゼはもう一度だけ北へ出た。
隠れ場所の二階には、ミナとエナとルイを残してきた。
誰も止めなかった。止められないと分かっている顔だった。
トマの名は、祈祷書の中に残っている。
白い家の次に北舎があると分かった以上、そこを見ずに朝を迎えることはできなかった。
北側の倉庫街は、夜になると町の他の場所よりずっと静かだった。
灯りが少ない。
人の姿もまばらだ。
だが、静けさの中に気配はある。
誰かが働いている音。
木がきしむ音。
遠くで車輪が石を擦る音。
それらが全部、北舎の白い壁の方へ吸い寄せられていくように思えた。
北舎は、昼間よりもさらに白く見えた。
白い家ほど整ってはいない。塗り直しも雑で、壁には雨筋のような汚れも残っている。
それでも、周囲の石造りの倉庫の中に混じると、その白さだけが妙に浮いて見えた。
「……窓が少ないですね」
セシアが低く言うと、リゼが頷く。
「しかも高い。外から見せない造りだね」
二人は北舎の正面ではなく、裏手の塀沿いを回った。
表の扉の前には白くない服の男が一人立っていたが、裏手には見張りの姿がない。代わりに、使い終わった箱と空樽が無造作に積まれ、壁際に古い荷車が寄せてある。
白い家と同じだ。
正面は穏やかな顔を見せる場所。
裏は、中身を運ぶ場所。
リゼが荷車の陰にしゃがみ込み、目だけで上を示した
北舎の側面、高い位置に細長い窓がある。昼間、影が揺れたあの窓だ。
「あそこから中を覗ければ早い」
「届きますか」
「たぶんね」
そう言って、リゼは積まれた空樽へ手をかけた。
音を立てないように少しずつずらし、木箱を重ね、壁際に細い足場を作っていく。その手つきに迷いがない。セシアも手伝った。指先に木の粉がつき、古い樽の匂いが鼻につく。
足場ができると、リゼは短く言った。
「先に見る?」
セシアは頷いた。
箱へ足をかけ、樽の上へ上がる。壁に片手をつき、背伸びするようにして細長い窓の縁へ目を寄せた。
中は暗かった。
だが、完全な闇ではない。
壁際に吊るされた灯りが二つ、弱く部屋を照らしている。
見えたのは、白い家の待機室によく似た景色だった。
細い寝台。
壁際に並ぶ木箱。
吊るされた白布。
そして、寝台に横たわる小さな影。
全部で三つ。
セシアの喉がきつく締まる。
「……います」
「何人」
「三人……たぶん」
そのうち二人は動かない。眠っているのか、眠らされているのか分からない。
もう一人だけ、壁を向いたまま座っている。膝を抱え、ほとんど影みたいにじっとしていた。
その子の手首に、白い布が巻かれているのが見えた。
札ではない。
だが、目印のように見える。
白い家では番号札が寝台に置かれていた。
ここでは身体に近いところへつけられているのかもしれない。
その時、部屋の奥で扉が開いた。
セシアは反射的に頭を引きかけたが、どうにか堪える。
白くない服の女が一人、盆を持って入ってきた。
器が三つ。
水差し。
それから、小さな瓶が一つ。
女は壁際へ座っている子のそばにしゃがみ込み、器を差し出す。
その子はしばらく動かなかった。
だが、女が何か低く言うと、ようやく両手を伸ばし、器を受け取る。
その横顔が少しだけ見えた。
セシアは息を止める。
見覚えがあった。
白い家の待機室で一度だけ、寝台の端に座ったままこちらを見ていた顔。
はっきりとした目つき。
痩せているのに、目だけはまだ死んでいなかった子。
「……トマ」
ほとんど声にならない声が漏れた。
下からリゼがすぐに反応する。
「見えた?」
「はい……たぶん、トマです」
たぶん、ではないと自分でも思った。
でも、断言すると、その小さな確信が壊れそうで怖かった。
女はトマに器を渡したあと、寝台で動かない二人の方へ向かった。片方の子の唇へ何かを流し込む。
薬か、眠りを深くするものかもしれない。手つきにためらいがない。
北舎は、ただ待たせる場所ではない。
整えて、留めて、送るための場所だ。
その時、別の足音が近づいた。
今度は白い上着だった。
セシアは思わず身体を強張らせる。
扉の向こうから入ってきた男は、白い家で見たあの男ではない。
年は少し上だろうか。髪に白いものが混じり、頬が痩けている。
だが上着の白さと、感情を外へ出さない顔つきは同じだった。
男は部屋の中を見回し、女へ短く言う。
「今夜の分は、あしたの朝前に回す」
「三人ともですか」
「いや、二人だ。残りは様子を見る」
紙をめくる音がする。
「二十六は消えた。代わりに――」
そこで男の声が少し低くなり、窓からは聞き取りづらくなった。
だが次に聞こえた言葉だけは、はっきり届いた。
「……トマを先に上げる」
セシアの指先から力が抜けそうになる。
トマ。
名前で呼ばれた。
しかも、“先に上げる”と言った。
上げる。
それは白い家で聞いた“上へ行く”と同じ方向の言葉だ。
女が少しだけ戸惑った声を出す。
「この子は、反応が薄いと」
「だからだ。白い家の穴を埋める。北舎で長く留める意味がない」
書類を閉じる音。
「夜明け前に支度しろ」
男はそれだけ言って出ていった。女も盆を持ち直し、部屋の奥へ消える。
セシアはようやく窓から身体を離した。
樽の上で足が震える。
どうにか落ちずに下りると、リゼがすぐに肩を掴んだ。
「何が見えた」
「トマが、いました」
「確定?」
「はい」
言い切った瞬間、胸の奥に張っていたものが一段だけ深く落ちる。
いた。
名前の先に、本当にいた。
「それで?」
「夜明け前に、上へ送るって」
リゼの表情が変わる。
「今夜か」
「……はい」
短い沈黙が落ちた。
風が塀の向こうを抜け、どこか遠くで板が鳴る。
その小さな音だけがやけに大きく感じた。
リゼが低く息を吐く。
「思ったより早い」
「どうしますか」
「今、やるしかないね」
その答えに、セシアは少しも驚かなかった。
北舎を見つけた時から、こうなる予感はあった。
ただ、今夜のうちだとは思っていなかっただけだ。
「……三人いました」
セシアが言うと、リゼは頷く。
「でも、今狙うのはトマだけ」
その言葉が胸に刺さる。
分かっている。
全員を一度に救う力は、今の自分たちにはない。
「欲張ると、また全部落とす」
「……はい」
「トマを先に出す。その先は、そのあと考える」
現実的な判断だった。
冷たいようでいて、今はそれしかない。
セシアは白い壁を見上げた。
高い窓。
細い影。
夜明け前に支度しろ、という声。
北舎は白い家より静かだった。
その静けさは、もう整った外面ですらない。ただ、人を物として留めておくことに慣れた場所の静けさだった。
「……戻って、伝えますか」
セシアが聞くと、リゼは少しだけ考えた。
「いや。先に外の動きを見ておく」
「外?」
「どの扉を使うか。荷車が来るか。誰がつくか」
たしかに、夜明け前までまだ少し時間がある。
中へ踏み込む前に、流れを知らなければならない。
二人は北舎の周囲を大きく回った。
正面は閉じたまま。
動きがあるのは、やはり側面の扉だった。そこから水桶が入り、空の木箱が出る。人は少ない。だが少ないからこそ、変化が目につきやすい。
裏手には小さな荷車が一台、壁際へ寄せて置かれていた。まだ馬はついていない。だが荷台には白布が積まれ、縄も用意されている。
セシアの背中に冷たいものが走る。
「あれです」
リゼも同じものを見ていた。
「うん。夜明け前に動かすなら、あれを使う」
そう言ってから、細い目で北舎の扉を見た。
「搬入口じゃない。側面からそのまま出すつもりだ」
北舎は白い家より閉じている。
だからこそ、一度運ぶと決めたものは、無駄なく外へ出すのだろう。
セシアは祈祷書を抱え直した。
トマの名前がそこにある。
そして、その先に本当にトマがいた。
ここで見送れば、もう追えないかもしれない。
やがて夜の色がさらに深くなり、倉庫街から人の気配がほとんど消えた。
北舎の側面扉だけが、時々小さく開いては閉じる。
支度をしているのだ。
「戻るよ」
リゼが言った。
「今のうちに子どもたちに伝えて、こっちも動けるようにする」
セシアは頷く。
来た道を戻りながら、もう一度だけ北舎を振り返る。
白い壁のひとつの高窓に、影が揺れた。
それがトマかどうかは見えない。
でも、今度こそ見失わないと思った。
隠れ場所へ戻ると、ミナがすぐに立ち上がった。
「……どうだった」
エナもルイも、寝台から身を起こしてこちらを見る。
セシアは迷わず答えた。
「トマがいました」
その一言で、部屋の空気が変わる。
ミナの目が見開く。
エナは息を呑み、ルイは唇を強く引き結んだ。
「北舎の中です。高い窓の向こうで……。それと」
セシアは一度だけ息を整える。
「夜明け前に、トマを上へ送るって話していました」
ミナの手が震える。
「今夜……?」
「はい」
リゼが地図を広げた。
「夜明け前にここから出す。たぶん時間は長くない」
木炭で強く印をつける。
「だから次は、もう待てない」
エナが小さく聞く。
「……助けられる?」
リゼはすぐには答えなかった。
代わりに、セシアが祈祷書を開く。
トマの名を見せる。
そこにある限り、終わりにはできない。
「行きます」
そう言うと、ミナもエナもルイも、もう止める顔をしなかった。
トマは北舎にいる。
そして夜明け前に運ばれる。
なら、次はそこが境目だった。